3話
再び歩を進める。
今日もとても静かな夜だ。あまりに静かだから、夜の息遣いが聞こえてくる。
息を殺した呼吸音が髪を撫でる。
それは芯から冷えるような冷たさで、私は少しばかり不安だった。
独りぼっちになったみたいな錯覚がする。
全く、質の悪い嫌がらせだと思う。
ジュジューッとさっき買ったばかりの缶ジュースを啜っては、軽くため息をつく。
何もないことは好ましいことだ。私だって、好き好んで物騒なことが起きるのを待っている訳じゃない。
でも、こうも夜をただ歩き回っているだけなんて。
「この街の連中は皆、律儀だよね。夜になると、一人も外から出たくなる。これって不思議というか妙だよな」
「そんなことは有りませんよ。だって、琴巴様。この街の人たちは、夜が怖いことを昔から代々教えられてきているのですから。この土地の習わしとして。
これも一種の暗示なのでしょう」
..そう言われてしまえば、こちらも納得するしかない。ここ最近で暗示そのものが、一種の神秘的魔法であると提唱されている以上。
私も十分そうであると思っている。
「まぁ、それが先祖代々からの教えとなれば、尚更ね」
要するに、強力な魔法になりやすい。
「はぁ。これじゃ、私がここに来た意味無いんじゃない? 『概念示教』のお偉いさん方は、何考えてんだか」
「うーん。私に聞かれても分かりません」
「でしょうね。当分は私たちの屋敷掃除が中心みたいだなぁ..」
「あ、そうでした。屋敷の事についてなんですが、、、、」
────ドクン。ドクン。ドクンドクンドクン
生命の鼓動が怯え震える。空気が拒むように歪乱す。
急にやってきた異常。
二人して息を呑む。
四感(私の場合、目が見えない為)全体で感じ入る。特に嗅覚が強く訴える。
やけに獣臭い。獲物に飢えたこの獣臭さは、こんな静かな夜にはぴったりの狂気にそまる。
すでに、獣の捕食範囲に入っている。
「柊月..」
「..琴巴様私たち─────パキィっ」
パキィっパキィっ────。
嫌な粉砕音が反響する。
あぁ嫌でも想像してしまう..
パキィっパキィっ....グチャグチャ..ヂュルル....ブチャっ.......
これが獣の食事。作法も何もない、ただ衝動に駆られ貪る野生の本能。
食べるという行為にしか生を得られない、意味を見出だせない、愚か者なのか。
「「「「ぁぁ、うまいうまい。ひさしい、ジンニクだぁ」」」」
獣は歓びの声をあげる。
聞くに耐えない、声の塊は笑みすら溢す。
なんと、卑しいことだろう。
僕に、打ってつけではないか。
「そっか。ちょうど、番犬が欲しがったところだったんだよ..」