2話
夜の散歩──いつ誰がそう名付けたのかは、知らないが。
とても洒落た言葉遊びだと思う。私は気に入っていた。
夜の散歩とはいっても、ただその通り、夜を散策するわけではない。言ったように、それは言葉遊び。
夜の均衡を等しく天秤のようにつり合わせるべく、夜の魔法使いは、夜を見張る。
それが、夜の散歩という言葉の意味するところだ。
最も夜と表現するよりは、夜の闇で満たされた『街』だろうか。
夜がもたらす神秘的概念で、一変も二変も世界は変わり出す。例を挙げるなら、それこそ魔法や魔法使い、幽霊やら妖怪、怪奇現象等まで。それらあらゆる、人の頭を持ってしても説明し難いものを。
一括りに『夜の狂気』と呼ぶ。私個人では、それは狂気なんかじゃなく、夜の魅力だと思うのだが──。
「は様。琴巴様」
「あ、ごめん。どうしたの?」
「いえ、特に何もありません。お考え事でしたか?」
「うーんまぁ、そんな感じかな。でも、どうでも良い事よ」
本当にどうでも良い事に、耽け込んでいた。
柊月の呼び掛けで、我に返ったものの。注意を払って歩かなかったせいで、何処を歩いているか検討がつかない。
「柊月、ここ何処?」
何気なく柊月に聞いたつもりが、後になって思い出す。
「琴巴様、宜しいのですか? 場所当てゲームの最中ですよ。勿論、答えても宜しいですが。
モンブランは、柊月の物となるでしょう」
クスクスと、柊月が笑う。やはりまだ年相応の、あどけなさが抜けきっていない。
普段は、事務的な機械声ばかり耳に慣れていて、一層に新鮮だ。
私もつられて、頬が緩む。
それにしても、わざわざ馬鹿正直に教えてくれるとは。
「迂闊だった。柊月とのマッチバトルだもの」
「ふふ。少し大袈裟かと」
「モンブランが懸かってるのよ!」
「そうですか」
ツボに入ったみたいで、しばらく柊月は可笑しそうに笑い続ける。
その間に、パッと答えて勝利を物にするかと、画策する。
耳を澄ませる。
──うーん。
────あれ?
──────何も聞こえない?
..というか、耳の側から、人肌の温もりが感じる..こりゃ、耳を誰かさんに塞がれてるな。
「柊月の仕業だな」
「はい! その通りです」
これが柊月の本性なのか。
「あ、制限時間が迫っておりますよ! 一、二、三」
「おいおい! 柊月ずるいぞ」
遂に、小悪魔柊月が姿を現した。
柊月の手を払い除けて、耳を今度こそはと澄ませる。
──クスクス。クスクス。
..あいつ笑いすぎだろ。
柊月の笑い声は避けて、他の音を探り出す。
────ギュイイ。ギュイイ。
あった。鳴き声のように呻く、それは「かっこう」だ。
「かっこうの鳴き声がする」
「かっこう? あぁ、琴巴様が名付けた自動販売機君ですね」
そう、かっこうはあの鳥ではなく、私の名付けた自動販売機のこと。私のお気に入りの自動販売機で、その電子音が私には特別に感じるのだ。
特別に感じるものには、名前を付けたくなるなんて、まだ私は子供みたい。
「..てことは、丸々図書館前だ!」
「大正解。琴巴様の勝ちですね」
なぜか柊月は嬉しそう。
モンブランは私の物となったのに。