静寂
彼女がなんと叫んだか、正確にはわからない。あとで町民の話を総合して、どうやら「いいかげんにしなさいっ!」と叫んだようだったが、それも曖昧な記憶である。
とにかく彼女が叫んだあと、すべての動きが止まった。
しーん、とした静寂がステットンの町を支配していた。
ぱりん……
ぱり、ぱりん……
遠くでガラスの割れる音が聞こえてきた。が、ほとんどの人は聴覚が麻痺していて、それを耳に出来たのはそれにそなえて耳を塞ぐことの出来た少数の人々だった。
ばらばらばら……
ヘリコプターが低空を舞っている。しかしその飛行はふらふらしていて、定まらない。地面に墜落する寸前、パイロットはようやく正気にたちもどり、ぐいと操縦桿を引いた。激突する寸前、ヘリコプターは高度をあげ悲劇は回避された!
署長はおそるおそる立ち上がった。
全身の筋肉がこわばっている。
がらがらがら……
ふいに背後でなにかが崩れる音がして、かれはふりかえった。
ロボットと軍隊の攻撃で半壊していた民家の壁が崩れ落ちたのだ。
ふっ、と署長はパトカーによりかかった。
と、かれがよりかかったパトカーが目の前でタイヤがはずれ、ドアが開き蝶番がはずれて地面に落ちる。ぎょっとして身を引くと、パトカーはかれの目の前でばらばらに壊れてしまいあっというまにスクラップとなってしまった。
ぼうぜんとした署長の背後で「うーむ」といううめき声かした。
そちらを見ると、ワイト司令官が目を覚ましたところだった。
「なにがあった……」
かれの目はぼんやりとして焦点が定まっていない。なにがあったのか、まったく記憶がないらしい。署長は同情した。
パックとミリィもまた立ち上がっていた。
あたりを見回す。
目の前の家の屋根瓦がなだれをうって落下している。遠くのほうでなぜか時計塔から調子はずれの時鐘をうっている。
ふたりは顔を見合わせた。
ミリィは口を開いた。
「だから言ったじゃないの!」
彼女の言葉にパックは顔をふせた。ミリィはふたたび言葉を発した。
「ねえ、だから言ったでしょ! 本当にもう! あんたって……」
ちぇっ、とパックは地面を蹴った。
ふらふらと立ち上がった司令官は倒れている部下たちを見やった。兵士たちは全員、気絶している。
くそっ、とかれはじぶんのジープを手の平でぴしゃりと叩いた。
がちゃがちゃがちゃ……
あっという間にジープはかれの目の前でばらばらに分解していく。それを見て、司令官はぎょっとなっていた。
ルースがパックに近づいてくる。
彼女に気づき、パックは顔を上げた。
そのパックの耳を、ルースはぐいとねじりあげた。
「痛え! 痛えよ、母ちゃん!」
パックは悲鳴をあげていた。
「あんたって、もう……! 家に帰ったらおしおきだかね!」
耳を引っ張られたパックは泣き声をあげていた。
「ごめんよう、お母ちゃん……勘弁してくれよお……!」
「いいや、勘弁できません! 今夜は夕ご飯ぬきです!」
憤然となってルースはパックの耳を掴んだまま家へと引っ張っていく。
それをミリィはぽかんと見送っていた。
がしゃ、がしゃん……
町のあちこちでものが壊れる音がつづいていた。軍隊のトラック、戦車、装甲車がばらばらに壊れ、大佐の戦車もまたキャタピラーがはずれ、主砲ががたりと砲塔からはずれ地面に落ちている。気絶から回復した兵士たち、警官たちはぼうぜんとそれを見守っていた。
ふう、とテレス署長はため息をついた。
キャリー一味にかけた手錠の鎖を引っ張ると、歩き出す。
こつん、と足にあたるものがあった。
なんだろうと視線を落とすと、大佐のロボット、ヘロヘロだった。ヘロヘロは地面に横たわっている。
「おい、大丈夫か?」
署長が声をかけると、ふえ……と、ヘロヘロは半眼をあけた。
「なんだかいまの音で、おらの身体どっかおかしくなったみたいでがんす……」
よろよろと立ち上がろうとするが、かくんと膝がおれてしまう。署長は首をふった。無理もない、ルースの声をまともに聞いてしまったのだろう。署長はヘロヘロに肩をかしてやった。
かれらは静寂の戻ったステットンの町を歩いていった。
町には平和がもどっていた。