住民
わあ、きゃあ! という悲鳴が両隣の家々の窓からあがった。窓がばた、ばたんと開き住民が顔を出す。
「なにをしやがる! 戦車なんか持ち出して……」
「すまんのう……なにしろ町の一大事なのじゃ!」
叫び返して大佐はゆうゆうと路地に戦車を無理やり乗り入れた。がががが……と、戦車の外板が塀を削り取っていく。
ああああ……と、それを見ていた住民たちは悲鳴をあげた。
「ヘロヘロ、右じゃ!」
「しかし大佐……」
「いいから曲がれ!」
砲塔で大佐は背後をふりかえった。
パトカーは見えない。大佐はふん、と肩をすくめた。
「署長め、あきらめたかな?」
大佐の命令にヘロヘロは戦車をふたたび右へ進ませる。今度は広い庭のある、おおきなお屋敷の塀を突き抜けていく。
きちんと刈り込んだ芝生を戦車のキャタピラが蹂躙していく。庭に植えられた花畑が無残に踏みにじられた。
「な、なにをするんです!」
この屋敷の夫人らしい女がひとり、両手をふりまわしながら飛び出してきた。年は六十ちかくか、真っ白な髪の毛と、ちいさな鼻眼鏡をかけている。ふだんは上品そうな夫人なのだろうが、いまは驚きのあまり顔を真っ赤にしている。大佐は砲塔から身を乗り出し、挨拶をした。
「いやあ、すまんです! なにしろロボットが暴れておるのですからな。いまは非常事態でありますから、これにて失礼……」
夫人はあっけにとられ、口をぽかんと開けたまま突っ立っている。その横を、戦車が轟音をたてて横切っていった。戦車は屋敷のもう一方の生垣を乗り越え、通過していった。夫人は戦車の踏みにじった庭を見渡し、唇をふるわせた。いまにも、わっと叫びだしそうな気配である。
と、がやがやという声に、夫人は戦車が最初に突き抜けた塀をふりかえった。
戦車のキャタピラのあとを、町の住民がぞろぞろと追いかけていった。
「畜生! おれの家の塀を削り取っていって、なにが一大事なんだ!」
「うちは窓ガラスを割られたぞ!」
「あたしのとこの自転車、あの戦車に踏み潰されたのよ!」
口々に言い合い、興奮していた。呆然となっていた屋敷の夫人もまた、怒りを顔にさしのぼらせた。
「うちの庭が……それに塀も……! なんてことでしょう! もう、我慢できませんわ!」
夫人の言葉にひとりが叫んだ。
「そうだ! とにかく、あの戦車を追いかけよう」
「そういえば、朝からパトカーのサイレンがうるさかったなあ。あの戦車に関係しているのと違うか?」
みな、顔を見合わせた。
ひとりの青年が叫んだ。
「行こうぜ!」
うん、とみなうなずきあった。青年を先頭に、全員戦車の通過したあとを追いかけ始める。




