故障
ぺろり、と大佐は舌で上唇を舐めた。舌先に髭があたる。ぐっと戦車帽をまぶかにかぶり、煙よけのゴーグルを目にかける。
きりきりきり、と手元のハンドルをまわして砲塔を動かし、主砲の狙いをつけた。
よし、ロボットの背中は真正面だ。
がこん、と音を立て主砲の薬室に第一弾が装てんされる。昔とは大違いだわい……と大佐は思った。戦車の主砲を発射させるときは、弾の装填にすくなくとも三人は必要だったものだ。だが、いまではスイッチひとつで自動的に初弾が送り込まれる。パックの工夫のおかげである。
発射装置の引き金に指がかかった。
お祖父ちゃんが戦車の大砲を使おうとしている!
物影にかくれたミリィは焦った。
もう、戦車は町の中へ入ってしまっている。こんなところで大砲を撃ったら、大変だ。
なんとかして止めなきゃ……!
ミリィは思い切ってハッチを開くと、戦車の上へ飛び出した。
「お祖父ちゃん、やめてよ!」
彼女の叫びに、大佐は思わずふりむいていた。ゴーグルの向こうの両目がおおきく見開かれる。
「ミリィ、お前!」
ミリィは砲塔へ駆けのぼると、大佐の腕をつかんだ。
「やめい! ミリィ、なにをするっ!」
「お祖父ちゃんこそ、なにをしようとしてんんのよっ! 馬鹿なこと、やめてよっ!」
「ば、馬鹿っ! ロボットのやつが町に入っているんだぞ。町を救うためじゃ! その手を離さんか!」
ミリィと大佐は砲塔の上でもみあった。彼女に腕をつかまれ、大佐の手はなんとかふりはなそうとあちこちをさまよった。指先が砲塔のスイッチに出鱈目に触れている。
がこーん、がこーんと音を立て、砲塔が右左に首をふった。
ぐっとちからをこめ、パックは陸橋の上から身を躍らせた。
どすどすと足音をたて、ロボットが接近してくる。
しまった! 飛び降りるタイミングが早すぎる! これじゃ、地面にたたきつけられてしまう……。
みるみる迫る地面に、パックの肝はひやりとなっていた。
その時、大佐の指が発射装置にかかっていた。
どかーん、と戦車の主砲が火を噴く。しかし狙いはそれ、砲弾はロボットの背中をかすっただけだった。しかしその衝撃は、ロボットをつんのめられさせるに充分ではあった。
とっ、とっ、とっとロボットはたたらを踏み、数歩前かがみになる。それがパックを救った。ばん、とおおきな音を立て、パックはロボットの背中に着地することができた。必死になってパックはロボットの身体にしがみついた。
わああっ、と大声をあげ、パックは奇跡的につかんだ指先にちからをこめる。ぐっと筋肉を緊張させ、背中から肩へ、そして首へとよじのぼっていった。
そしてついに操縦席へと這い登った!
「あ、あんた、だれよっ!」
這い登ったパックを見て、キャリーは赤い唇を大きく開き叫んだ。
「これはおれのロボットだ! 返せっ!」
パックも叫び返す。
それを耳にしてキャリーの表情が変わった。
「あんたのロボットだって?」
「そうだ、おれが組み立てたんだ!」
キャリーは腕をのばし、パックの背中をむんずと掴んだ。そのままうーん、とちからをこめ、引っ張りあげる。
どて、とパックはキャリーの隣に転がり込んだ。そのパックの顔をのぞきこんで、キャリーはささやいた。
「それじゃ、こいつをなんとか直しておくれ! こいつ、故障しているんだ」
「え?」
キャリーの言葉に、パックはぽかんと口を開けた。