主砲
うわあああ……と、まるで狂犬の狂騒のようなサイレンを高らかに響かせ、パトカーの群れはロボットを追跡している。先頭を走るパトカーにはむろん、テレス署長が同乗していた。
がりがりがり……。
署長は口にくわえたキャンデーを音を立てて齧っていた。その視線は、大股で歩くロボットの背中にぴたりと当てられていた。
「くそ! キャリーの奴……おれの所轄でふてぶてしい奴だ……絶対刑務所にぶちこんでやるからな……」
ぶつぶつとつぶやいているのだが、自分では気づいていない。となりでハンドルを握る部下がのんびりとした声をあげた。
「署長、あいつらどこへ行くつもりなんでしょうね?」
ん? と、署長は部下の顔を見つめた。
「なんでそんなこと口にするんだ」
「だって、このままだとあのロボット、町の中へ入ってしまいますぜ。国境を目指すなら、方向がちがいまさあ」
むう……。署長はうなった。確かに国境線を越えるつもりなら方向違いである。
「町に入られると面倒だな……」
部下はうなずいた。
「ええ、ステットンの町の道は狭いですからね」
署長はダッシュ・ボードのマイクを掴んだ。
「二号車、三号車! あいつを包囲するんだ! 先回りしろ!」
了解……と応答があり、テレス署長と併走していたパトカーが散開して町の外をめぐる道路へと散っていった。
署長と部下の会話どおり、ステットンの町の道路は複雑で、きわめてわかりにくい。もともとこの町は高低差のつよい、丘の斜面に形作られ、その丘をまわるように道がつけられていた。したがって、目指す家にたどりつくまで、町の周囲を一週半することすらあり、不便であった。そのため、ステットンの町はじょじょに不便を解消するため、トンネルをうがち、あるいは陸橋をかけて近道をつくったのだが、それがさらに町の道順を複雑にしていったのであった。
町に近づくと、家々の窓から人々が何事がおきたのかと顔を出した。どすどすと地響きをたてるロボットを目にし、あっけにとられぽかんと口を開く。わあわあと指さし、騒ぎ出した。
まずい……。
署長は唇を噛んだ。このままロボットが町に入ると、不測の事態がおこることも考えられる。かれはマイクを手にし、スピーカーのスイッチをオンにした。
「ステットンの町のみなさん! ロボットが近づいています! 外に出ないように、お願いします! このロボットには凶悪な銀行強盗犯が乗り込んでいます。大変、危険なので外に出ないで!」
署長のアナウンスに、人々はあわてて顔をひっこめた。
きゅらきゅらきゅら……。
奇妙な音に署長は眉をひそめた。
なんだ、この音は?
ふとミラーを見た署長は身をこわばらせた。
背後から戦車が近づいてくる! この音は戦車のキャタピラの音だった。
ぐあああん、とエンジンの轟音とともに戦車は署長の乗るパトカーに併走してきた。
テレス署長は窓から首を突き出した。
砲塔を見上げ、あっとさけぶ。
「大佐!」
「よお、テレス署長。大変なことがおきたなあ」
風に髭をなぶらせ、大佐が署長に顔を向けにやりと笑った。ひどく機嫌がよさそうである。
ごくり、と署長は唾を飲み込んだ。
よりによって大佐がこんな場面にしゃしゃりでてくるとは!
「大佐、そ、その戦車は?」
「いや、なに。こんなこともあろうかと、ひそかに準備しておったものでな。町を救うため、およばずながら助力したい」
署長はかっとなってパトカーの車体をばんばんと叩き、叫んだ。
「なーにが助力だ! そんなもの引っ張り出して、いったい戦車でなにをするつもりなんだ!」
「決まっておろうが! あのロボットに、あんたら手も足も出なかったんじゃないのかね? あんたらの貧弱な銃が、あれに通用するものか……。この戦車の主砲なら、あれを撃退できる!」
「ば……馬鹿な……そんなもの、町の中でぶっぱなしたらどうなるか……」
ふたりが言い合いをしているうち、ミリィは後部のハッチを少しだけ開き、あたりを見回した。
テレス署長がパトカーから身を乗り出し、大佐と口角泡を飛ばし、言い合いをくりかえしている。ミリィはハッチを持ち上げ、頭をつきだした。
揺れる戦車の車体から、ロボットの後ろ姿が見えている。大佐は顔を真っ赤にさせ、怒鳴った。
「もう、我慢できん! わしは勝手にやるからな!」
ヘロヘロ! 全速力だと大佐は喚いた。ぐわーん、とエンジンの轟音が高鳴り、戦車は蹴飛ばされるように速度をあげた。まっしぐらにロボットへ追いすがる。全速力を出した戦車は、パトカーを追い越し、猛然と突進していく。テレス署長はあっけにとられて見送っていた。
ミリィは唇を噛んだ。
お祖父ちゃんったら、本気で戦車でロボットに立ち向かうつもりだ!
なんとかしなくちゃ……。