起動
「はやくエンジンをかけてよっ!」
ロボットの操縦席でキャリーは顔を真っ赤にさせて叫んでいた。運転席にすわったウッドは、ひたいにびっしりと汗をうかせ、必死になって操縦装置を点検している。となりに座るジェイクはなにもできず、おろおろしているだけだ。
「動かないの?」
キャリーの言葉に、ウッドは絶望的に首をふった。
その時、納屋の外からスピーカーを通した声が響いた。
「キャリー、中にいることは判っているぞ! お前たちがその納屋に入ったところを、町の人間によって目撃されているんだ。いいかげん、出て来い。もう、お前たちの逃げ場はない!」
「畜生……テレス署長の声だよ! あいつ、性懲りもなくまだあたしを追っかけているんだね!」
署長の声を聞き分け、キャリーは唇を噛みしめた。操縦装置と格闘しているウッドに叫ぶ。
「なんとか動かしておくれっ! こんなところで捕まるわけにはいかないんだ」
そう言うキャリーの座席の横には、現金を詰め込んだ銀行の袋がずっしりとつまれている。
なにもできず、ただ焦っているだけだったジェイクだったが、ふと足のさきになにか硬いものがふれるのを感じていた。
なんだろう?
操縦席のしたにもぐったジェイクは一本の鉄棒を手にしていた。エンジンのスターター・レバーだ。
ジェイクとウッドのふたりの顔に、理解の色が浮かんだ。
「そうか! こいつでエンジンを動かすんだ! なんとまあ、古臭い……」
そのふたりにキャリーは叫んだ。
「感心していないで、さっさとエンジンを動かしておくれ!」
「待ってておくんなせえ!」
レバーを手にしたジェイクは、操縦席からするすると地面に降りると、ロボットの背後にまわった。
「どこにあるんだ? スターターは?」
やがてジェイクは喚声をあげた。
「あった! こんなところにありやがる!」
それはロボットの尻にあった。レバーの先を穴に突っ込み、ジェイクはぺっと手に唾を吐きかけた。
「廻すぞ!」
叫ぶとウッドは操縦席で手をふった。
レバーを掴んだジェイクは、ぐいと全身にちからをこめた。
ぎゅるるるる……!
顔を真っ赤にさせ、ジェイクは必死になってレバーを廻している。
と、いきなりロボットの全身が震えだした。
すぱん!
すぱぱぱぱ……ん……!
頼もしいエンジンの振動に、ジェイクは喜色をうかべた。
しかし──
ぷす──
いきなりエンジンは停止してしまった。
ジェイクはうなった。
「くそ!」
つぶやくとふたたびちからをこめ、レバーを勢いをこめて廻した。
ぎゅるるるん!
どどどどど……!
今度こそエンジンに命がともった。
ジェイクは叫んだ。
「やったぜ!」
操縦席でウッドはうなずくと、アクセルをふかせた。
ばばばん!
ロボットの尻から突然まっくろな煙がふきだした。その煙を、ジェイクはまともに受けてしまった。
わあ! と悲鳴をあげたジェイクの顔は、すすで真っ黒になっていた。
「なにしやがる!」
怒鳴ったジェイクに、ウッドは恐縮して首をすくめた。
むくり、とロボットは立ち上がる。
がん、とその頭部が天井に当たり、ばらばらと屋根の裏側からほこりが落ちてくる。
ずしり……、とロボットの足が床を踏みしめる。
「おいっ、おれを置いて行くつもりかっ!」
あわててジェイクは歩き出したロボットに追いすがった。いけねえ、とウッドはロボットを停止させ、腰をかがめた姿勢をとらせた。追いすがったジェイクは、はあはあ息を切らして操縦席に這い登る。
「それじゃ、こいつで逃げ出すよ!」
キャリーが叫び、ウッドはうなずき運転席のハンドルを握った。足元のアクセル・ペダルを踏み込み、エンジンを全開にする。
ぐわああんん……!
ロボットのエンジンが咆哮し、歩き出す。
ずしり、ずしりと重々しい音をたて、ロボットは納屋の扉に突進した。