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【第三部】アルセンの方舟 ―国家公認裏ギルド交響曲―  作者: 不二丸茅乃
chapte.4.5

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4.5-1-3.自警団との話し合い―後


「あたしが模擬戦?」


 強制的に会議の場に参加させられたソルビットは、ソファは埋まっていたので椅子を持参して卓を囲む。

 アルギンは運ばれて来た冷製スープでやっと朝食だ。カップに入っているので、食事を摂っていてもさほど見苦しくない。


「別に良いっすけど……。後誰が出るんです」

「カリオンとフュンフ。ディルは怪我人が出るから駄目」

「わぁおー」


 駄目、と妻に言われたディルは不機嫌そうな表情を隠さない。この国が誇る誉れであると同時に、戦闘に関した事柄には手を付けられない常人の手には余る男。早々に除外されては、再び置物になるしかなく。


「じゃあ、場所移動しようか」

「え? 今から? 後日とかじゃなくて?」

「その為にあちらさん、頭数揃えて来たらしいから」

「……」


 ソルビットはその時になって、どうやら自分が来る間が悪いと思い至った。それにしたって、王妃も居て聖騎士の二人も居て、誰も否を唱えなかったのが疑問だった。そもそもディルが参加しないとしても、だから怪我人が出ない――なんて図式にはならない筈なのに。

 厄介な事になったな、と思ったソルビットの耳に、ふと誰かの声が耳に届いた。


「――なんだ、女か」


 それは『弱そうで助かったな』という意味合いを充分に含んだ声だった。

 聞いて、何も思わないソルビットではない。彼女だって騎士で、力で勝てない男に負けない別の才能を持っているし、矜持もある。


「………」


 沈黙は長かった。そして、いつもは上機嫌でも不機嫌でも笑みを作っている顔が途端に無表情になる。

 そして、改めて今自分が纏っている騎士服を見遣った。


「……隊長」


 ソルビットがアルギンを『隊長』と、間延びも甘さも無い声で呼ぶ時、いつもアルギンの背中には緊張が走る。


「ど、どうした」

「ちょっと、靴替えて来ます。武器の禁止事項は無いですよね、先行ってててください」

「は、刃物は駄目だぞ!! あと故意に傷付けようとかするのも駄目!! 力量見るんだから相手を制圧する程度でね! どっちもね! お願いするよ!!」


 今更言うには遅すぎる注意事項かも知れないが、騎士達が物騒すぎるだけなのだ。

 がやがやと騎士達が移動する。ディルはアルギンの側に付いて歩き、カリオンは騎士団長として王妃の椅子を引く。優雅に立ち上がる王妃のドレスには、皺ひとつ付いていない。

 そして最後に恐る恐る自警団の面々も立ち上がろうとした、その時。


「アルギンが妊娠していて良かったな、其方等」


 自警団に掛けられた王妃の声で、ログアスの表情が再び引き攣る。

 今回模擬戦を言い出したのは付いて来た男共で、ログアスには参加の意思は無い。なのに、王妃の顔はログアスに向いている――ような、気がした。

 垂れ幕に隠された表情は見えず、言葉の意図は分からない。だから、王妃に返せるものは曖昧な返事しか無かった。


「……は、はぁ。まぁ、彼女はエイスさんが引き取った時から知っていますが、よく立派に成長して出世したと思っています」

「同感だ。あの跳ねっ返りが、よくここで感情を抑えられたものだ」

「……跳ねっ返り?」


 ログアスの中のアルギン像と、王妃の口にするアルギンが一致しない。ログアスが知る彼女は、確かに怒りっぽくはあったがエイスの隣で笑う少女だ。未来の美しさを確約されたような可憐な姿で、よく気の回る活発な酒場手伝い。

 くく、と笑った王妃は自警団員に背中を見せる。王妃が知るのは、城に仕え始めてからのアルギンだから。


「あの者がもし妊娠していなかったら、模擬戦を言い出した所で其方等全員張り倒されていたと思うぞ」

「………」

「私も高みの見物をさせて貰おうかの。やれやれ、アルギンが参戦しないことだけが残念だ」


 そうしてカリオンを従えて廊下へ向かう王妃。自警団の面々はそのまま暫く固まってしまった。


「……これは……俺達は舐められてると思って良いのか?」

「違うぞ、アルカネット。そう思うならお前も模擬戦に参加すればいい」

「……嫌だ。俺はそういう役目で付いて来たんじゃないんだからな。アルギンと関わりがあるからってだけの理由で連れ出しやがって……」


 そしてログアスに話を振られて、やっと口を開いたのは――アルギンとディルの義弟、アルカネット。

 相変わらず物騒な事ばかりを言う騎士達に、成人して然程時間も経たない彼は不本意にも恐怖するばかり。

 本当の本当に不本意だが、アルカネットはディルどころか、アルギンにも絶対に勝てない事を知っていた。実力の差が分かっていたからこそ、この協力関係を持ち出して来た騎士に模擬戦を提案しようと言い出した男達を止めようとした。しかし。

 ――『お前はまだお子ちゃまだから怖いだけなんだろう』

 と言われて黙らざるを得なくなった。

 自警団員は、基本的に頭を使わない。脳味噌まで筋肉で出来ているような者が多く、騎士を毛嫌いしている者が大多数だ。だから騎士との力量差があっても、見て見ぬ振りをする。その差を明らかにしようと意気揚々と城に来た者達は、気配から分かる圧倒的強者感にすでに戦意消沈気味。

 模擬戦をやると言い出した者達は、必死にソルビットと対峙出来る事だけを祈っていた。




 場所は代わり、王城広場。

 だだっ広いだけの空間は、戦争が無ければ持て余し気味の場所になる。端に東屋がある周囲は、御前試合の会場として使われる場所だ。

 冬の空気は冷たいから、ソルビットは靴の履き替えのついでにアルギンへ肩掛けを二枚用意している。一人ぬくぬくとした格好で、アルギンは東屋に待機していた。

 広場で自警団員と向き合う騎士は総勢三名。待機を命じられたディルはアルギンの隣で置物を続けていた。他の者達の注意が自分達に向いていないのをいい事に、アルギンはべったりとディルに寄り添っている。自警団余りのログアスとアルカネットは、東屋の側で夫婦の醸し出す甘い空気に割り入る事も出来ずに立ったままになっている。


 二階にはすぐ近くにテラスがある。そこの手摺りからは王妃が楽し気に地上を見下ろしている。

 自警団員――三人が三人ともアルギンの名の知らぬ者達――は、自分の目の前に立つ騎士に引き攣った表情を隠しきれていない。それが絶望でも安堵でも、どちらでも結果は変わらないのだが。

 自警団員から見て、左からソルビット、真ん中にカリオン、右にフュンフ。

 これが騎士同士の一騎打ちならば、賭けの倍率はフュンフがやや高めだったろう。

 でももし今、緩い騎士達が賭けをしたところで、誰も彼も騎士の勝利に賭けるから不成立になっただろうが。


「一度の合図で三組同時に模擬戦開始と行こうか。合図は私が掛けるよ」


 カリオンの言葉に、それぞれが身構える。

 自警団に対する優遇条件として、彼等は木製の模造刀を持っているのに対して騎士は短刀の偽刃しか与えられていない。

 降参、もしくは床に膝を付いた時点を以て終わりとする。当たれば勝ち、などではない。


「さあ、行くよ。……三、二、一、はじめ!!」


 どこか遊戯気分が抜けないカリオンの間の抜けた声。そして、騎士の三人は動かない。

 となると、自警団側が動かなければならない。

 カリオンを相手とする自警団員は、隙を窺ってまだ動かない。

 ソルビットを相手とする自警団員は、相手が女だからと思って油断している。

 フュンフを相手とする自警団員が、動いた。


「はあああああっ!!」


 威勢は良し。模造刀を肩に構え、どすどすと床を蹴る音は耳障り。二人の間の距離を詰めようと走って来る姿に、フュンフが目を細める。

 こんな動きは、孤児院で行う避難訓練の時の強盗役がしていたな――なんて、思いながら。


「……」


 自警団がどう模造刀を扱うかを見た。体を捻り、刃先を後方に向け、大振りの構え。

 その一瞬に、フュンフが同じように距離を詰めようと、しかし足音を立てないように走る。そして大振りの射程から逃れるように、身を屈めて地面を靴底で舐めるように滑る。


「っは、はぁ!?」


 その位置も、男の正面から僅かに逸れた。そのまま男の足を引っかければ、男の足は縺れるように転んでしまう。

 あとは男の転んだ背に足を掛け、首筋に木目の短刀を当てて、制圧完了。


「えー。一撃くらい受けてやれよぉー」

「ソル……ビット。野次を飛ばすならそちらも早く済ませてはどうか」

「えぇー? ソルちゃん、か弱いからぁー。きゃーこわーい」


 軽い調子で会話をしだす異母兄妹に、緊張感などは無い。

 くねくねと(しな)を作るソルビットが、怖い怖いと嘯きながら自分と相対する相手に近付いて行った。


「怖いけどぉ、あたし強い人は好きだよぉ? あたしに勝てるくらい強い人だったら、なんでもひとつだけお願い事聞いちゃおうかなぁ」

「……へ、へ? お願い、ごと?」


 騎士服の上からでも分かる、豊満な体の凹凸。とろんと甘く垂れた目許と、血色のいい厚めの唇。

 邪な方向に考えてしまうのは、男であれば仕方ない事だ。簡単な挑発にも引っかかるのは、相手が傾国の美女だからか。


「……へ、へへへっ。じゃあ、じゃあ……なるべく、痛くないように、してやるよっ!」

「……」


 痛くないように、と振り上げられた剣。その力がソルビットの挑発によって鈍っている。

 まっすぐに振り下ろされる剣先を――ソルビットは受け止めた。それも、逆の脚と一直線になるほど高く空に開いた脚の靴底で。


「はぁ!?」

「こう見えてもあたし副隊長なの。甘く見られても困んのよね」


 何より驚いたのは、剣先を受け止めた靴底が鉄と同じ音の響きをさせた事だ。安全を兼ねた仕込み靴なのだが、そんなものを履いて平然と動いている女がいると思わなかった。

 男の腕が、受け止められた時の衝撃で痺れている。半歩下がると同時、ソルビットの反撃が始まった。


「はっ!!」


 高く上げられた脚が下がると同時、逆の足の爪先が男の顎を狙った。

 男が体勢を引かなければ、一撃を喰らって昏倒していただろう。


「ひっ……!?」


 避けられたと同時、甘ったるい声を出していたソルビットの口許から舌打ちが聞こえる。瞳は既に戦闘態勢の眼光で、男を獲物としか見ていない。

 かと思えばソルビットは、ぱ、と手を離して短刀を地面に落とした。刃先から落ちた偽の刃は、地面に刺さって暫くそのままだ。

 ソルビットの構えは一瞬。大きく踏み出した一歩の靴がどすんと地にめり込んで、白く、華奢な掌が腕に対し直角に引かれる。


「は、っ!!」

「ごが、っ……!!」


 あとは、一撃で決まった。

 顎下に食らわせた掌の一撃。全身を伝って手首に届く渾身の力で繰り出す強打を喰らって、男は膝を付いた。

 残るはカリオンの方だが――笑顔を深めて近付くカリオンと、残された男では既に勝負にならない。「来るな」「来るな」と言うだけで後退する男の、模造刀を握っている手を一瞬の隙を狙って掴んで引き上げて、それで終わり。


「はい。終わり、ですね」


 始まれば、ほぼ秒で終わる。テラスで勝負を見守っていた王妃は、手摺りに両腕で頬杖を付いていた。


「退っ……屈だの。いつぞやカリオンとディルが殺し合った時ほどの緊迫感は一切無い」

「ははは。私ももう二度と、味方同士での殺し合いはやりたくありません」


 乾いた笑い声をあげながら、カリオンが手を離す。これで完全に決着がついた――が。

 それまで妻と寄り添って状況を見ていたディルが立ち上がる。


「下らぬ。――自警団の戦力とは其の程度かえ」


 あまりに戦力差のある戦いぶりに、苛立ちが抑えきれなくなったらしいディルが立ち上がる。例え後衛部隊といえどこんな無様な戦いをしていたら聞くに堪えない怒号が飛び交ったところだ。

 児戯にも満たないものを見せられた不愉快さに、ディルが腰の剣を抜こうとする。それを抑えているのもアルギンなのだが、そんな叱咤を聞いてログアスが声を出す。


「ええ、『この程度』ですよ。……『月』隊長ディル様。お分かりになりますか、まだこの三人は若輩でありますが、若いからこそ自分の力を過信してしまう。でもそれが、『持ち得る才能がその程度』なのか、『ちゃんとした体の使い方を学べば化ける』のか、俺には分からんのですよ。俺も人に教えるのは得意じゃないんで」

「……ほう?」

「もうひとつの条件――というと烏滸がましいですが。自警団を、鍛えて頂きたい。だからこいつらに力の差を思い知らせる必要がありました。これでもこいつらは、自警団の中でも荒事を得意とする立場にあります」

「鍛える? 騎士団に教えを乞うというのか」

「そうでもしないと、貴方がたと協力関係を結ぶに相応しくありますまい。俺達の個々の戦力が上がった方が、より良い協力関係となれると思いますが――どうでしょう?」

「……」


 ディルは視線を王妃に向けた。判断を委ねる視線を受けて、王妃も考える。

 協力関係はほぼ確定したようなものだ。でも、だからと騎士の手を自警団に割くとなるとまた難しい。

 鍛えるにしても一朝一夕で済むような話でもない。長期間を見越した計画が必要だ。

 

「……その提案は肯定的に考えさせて貰おう。しかし、知っての通り戦後の対応にも追われている。答えはすぐに出せぬし、こちらでも慎重な計画が必要になる。分かっているであろうが、この件専任のアルギンが出産を控えている為に、残りの対応は全て別の者預かりになるだろうが――それでも構わぬか?」

「大丈夫です。そう簡単に返事が来るとは思っていませんし、長期的な計画になるだろうことは分かってますから」

「そうか。ならば良し、これで我等は協力関係を築こう。互いに実りあるよう切磋琢磨し合えれば良いな」


 最終的には、王妃がそう宣言して事は成る。

 窓口であったアルギンは、自分不在でも話は進んだのではないかと思いながらも、隣に居る夫の顔を見ては笑顔を浮かべている。

 けれどアルギン以外の全員は、その笑顔に不思議なものを見るような視線を向けていた。

 少なくとも自警団側からは決して言えない、騎士側からも縁者がいなければ思う事も無かった、分かり合うことが殆ど無い二つの勢力の協力関係。

 繋ぎ合わせようと進言したのはアルギンだけだったし、またアルギン以外が繋ぎ合わせようとしても聞く耳を持たなかった者がいただろう。


「?」


 ディルからも何も言われず視線だけを向けられて、アルギンの頭に疑問符がもたげる。

 けれどそんな一瞬の疑問も、夫から頭を撫でられれば思考の片隅に追いやられて、そして消えるのだった。



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