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【第三部】アルセンの方舟 ―国家公認裏ギルド交響曲―  作者: 不二丸茅乃
chapte.4.5

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4.5-1-1.自警団との話し合い―前



 国の内政の実権は、国王と王妃が握っていた。

 普通に聞けば納得しそうだが、この事態は異常だった。


 実権を握っている『から』、内政官を一人残らず閑職に追いやった。

 出てくる意見を封殺した。

 自分達に歯向かう貴族を領地へ追いやった。

 苦言を呈する者を冷遇した。

 傾く国の在り方だった。けれど、王妃にとってそれは望ましい事だった。

 王妃はこれまで、この国を支配するために動いていたのだ。早めに国としての体力がなくなり、暴動でも起こってくれた方がいい。城下で街ごとの待遇の格差を大きくしたのもわざと。

 だから、改めてアルギンがその一端に目を向けた時、自分もこのままではいけないと王妃も思った。


 王妃としての生はこれから、この国に暮らす者達の為に使おうと決めた。

 そう目を向けさせた理由は、いつもと変わらぬ阿呆面を晒して笑うアルギンの存在が一番大きかった。

 先ずは、城下の治安を安定させるところから着手する。

 騎士団と自警団の架け橋となるよう任命されたアルギンの、騎士としての最後の任務でもある。




「それで、私が呼ばれたのですか?」

「……」

「貴重な休みにすまんなって思うけど、他に適任者がいないんだ」


 そして王妃との謁見から更に冬は深まり、半月。

 日を追うごとにアルギンの腹は大きくなり、これまで持っていた細身の服では覆いきれなくなっている。

 長い冬の終わりを待つ城下の者達は、日ごとの気温の変化に一喜一憂してそわそわしている。冬眠から動物たちも目覚め始める時期に、アルギンによって酒場に呼び出された非番の騎士は一人。

 ――カリオン。騎士団『花鳥風月』団長にして『鳥』隊長。聖騎士の位をディルと共に戴いた、この国最高の栄誉持ち。

 しかしカリオンだけではなく、騎士としては同じく聖騎士のディルが彼を待っていた。アルギンの夫であり、酒場を家としているので厳密には呼び出された訳ではない。


「大丈夫ならもう出るけど、珈琲飲む?」

「いえ、大丈夫です。遠い訳では無いんでしょう? 馬車を出しても良かったのですが、アルギンさん歩けますか? 外は寒いですよ」

「其の心配は無用だ」


 外気温はカリオンにも厳しくて、妊婦であるアルギンの心配をしただけのカリオン。

 しかしディルは準備万端で、もう行くとなると即座に妻に上着、外套、襟巻き、肩掛けの順に布を重ねた。着せられてる方もされるがままで、あっという間に着ぶくれする。


「あ、ありがと、ディル」

「ふん」

「えへへ、あったかい」

「………」


 このまま投げたらどこまでも転がっていくのではないか、とさえ思われるころころしたアルギンを見ながら、誰かの世話を焼くディルを初めて見るカリオンは何とも言えない生暖かい感情に胸が包まれる。

 

「二人とも、相変わらず仲の良いのは結構ですけれど……、そろそろ約束の時間ではありませんか?」

「んー?」


 昨日、やっと自警団との交渉の案が出来た。この為に閑職から呼び戻された内政長官は、これまで自分を冷遇していた王妃と相談しながらああでもないこうでもないと頭を抱えていた。

 それを託されたアルギンが、この案を提出して、自警団長と話す。そして出来上がるのが、誓約書だ。

 アルギン、ひいては王家が協力を惜しまない、と伝える為に。


「自警団詰所はそこまで遠くないよ。時間通りに行くにしても、まだゆっくり出来るんだ。だからカリオンも早歩きしないでくれな」

「大丈夫ですよ、……そもそもディルが一緒でしょう。隣を歩いてくれるでしょう?」

「手を引いておかねば、今の状態に慣れたアルギンが早歩きするからな」

「………」

「ともすれば走る」


 独身だった時ならまだしも、身重の体で走られては見ているほうの心が不安定になる。

 悪阻も収まり、動き方も覚えたアルギンは以前と変わらず向こう見ずだった。ディルの苦労が偲ばれる。


「アルギンさん、貴女ですねぇ……」

「んだよ。アタシが注意してればいいんだろ、大丈夫コケるような走り方はしてないから」

「そうでなくて」


 二人は気心の知れた間柄だが、今でもアルギンの破天荒な考えは理解しきれていない。カリオンは酒場に来て既に疲労を感じ始めている。

 ここで漫才を続けていても仕方ない。本題に入る前に疲れ切る訳には行かない。だから、夫婦にもう行こうと促そうとしたのだが。


 酒場の出入り口の鐘が鳴った。


「邪魔するぜぇー」

「お?」


 夫の手によってもこもこになったアルギンが来客を見遣る。

 酒場に入って来た者達の殆どが荒くれ者的様相をしていた。数は四名、その中に見知った顔が二名。


「ありゃ? ログアスさんじゃねぇか。アルカネットも」

「居たな、良かったぜ。入れ違いになったらどうしようかと思ってたところだ」

「どうして? アタシらがそっち行く予定にしてたよな、時間もまだ早いからってんで出ずにいたのに」

「いやぁな、アルカネットが、嬢ちゃんが心配だから俺達が向かった方が良いんじゃないかって――」

「団長!!」


 来客の先頭に居たのは、自警団の団長であるログアス・フレイバルト。筋骨隆々の体躯に残らず髪の毛を剃り落した頭、子供好きだが近寄る子供は全員泣かせてきた『子泣かせ筋肉』の不名誉な異名を持つ可哀相な男だ。

 そんな彼に進言して自分達が酒場に向かうよう言ったらしいアルカネットは、ログアスの後ろで顔を赤くしている。

 ……外に出るためにもこもこ着ぶくれしているアルギンは想定外だったようだが。


「何だ? その『お嬢さん』はどれだけ着込んでるんだよ。城下の冬は初めてかい? このくらいの寒さも耐えられないなんてこの城下でやっていけるのかよ」

「ば、っ……、お前!!」


 勝手に軽口を叩く男に、ログアスが血相を変えて怒鳴った。

 ログアスとアルカネットが連れてきたらしい団員の一人が、アルギンに向かって茶化すように野次を飛ばす。相手が誰か分かっていたら、こんな事は言わないだろうに。

 自警団は大なり小なり、騎士嫌いが多い。だから、男二人の正体に勘付いていてもアルギンの方には興味が無いのだろう。


「……」


 言われた側はそれなりにカチンと来ている。


「ディル、ありがとう。でも、ごめん。脱ぐ」

「好きにせよ」


 言われように腹が立ったアルギンはその場でディルに着せられた服の全てを脱ぎ去った。手近なカウンターの椅子にぽいぽいと放り投げ、それを畳むのもディルの仕事。

 本当に、野次を飛ばした男としては少しからかっただけのつもりだっただろう。でも、相手が悪い。

 ディルとカリオンは手近な椅子に座り、ログアスもアルカネットも諦めたように円卓に座る。大人数用のテーブルは、六人しか座れないがそこしかない。

 男の顔色が変わったのは、アルギンが妊婦だと分かる程に身軽になってからだった。


「厚着で悪かったなぁ。アタシもなにぶん二十年近くを城下で暮らしてるけど、妊娠してから迎える冬は初めてなもんでな」

「……あ」

「ログアスさん、女性に目を付けて紳士的な言葉を吐き散らかす部下をお持ちのようで羨ましい限り。久し振りにあんな事言われた気がする」

「……勘弁してやってくれ。俺の監督不行き届きだ」

「そーお? んじゃあ勘弁してやる。今回の交渉が互いにとって最善の形で纏まる事を願っているよ」


 アルギンが『ログアスさん』、ログアスが『嬢ちゃん』と呼んでいたのも原因のひとつだろう。けれど上司が馴れ馴れしくするのを、部下が真似していい訳がない。

 ディルは平然としているが、カリオンは笑みを深めている。けれどディルは知っている。この男の貼り付けたような笑顔は、怒り顔とそう違わない事を。


「それじゃ、自己紹介すっぞ。アタシ、アルギン・S=エステル。現時点で王国騎士団『花鳥風月』の『花』隊長。今回の交渉窓口でもあるが、もうすぐ退任する事が決まってる。こっちの黒髪の男はカリオン・コトフォール。『花鳥風月』団長。こっちの綺麗な銀髪でとっても見目麗しくて優しくて格好良くて強い人はアタシの旦那様で『月』隊長のディル。男二人とも聖騎士の位を賜ってるから下手な事言わない方が身のためだ。以上」


 あっさりと終わった騎士側の自己紹介は、自警団側の知らない顔二人の蒼白な顔色を以て締められる。

 噂には聞いていた筈の、この国に現在は二名しかいない聖騎士の位を戴いた男が両方いる。そして侮った女は隊長の一人であり、片方の聖騎士の妻。


「それで、嬢ちゃん。この国の誉れな騎士様がわざわざ俺達に用件って何なんだ。アルカネット経由で話持って来られた時にゃ驚いたもんだが」

「――失礼ながら、ログアス殿。彼女も騎士隊長の一員なのだ。『嬢ちゃん』でなく、敬意を示した呼び名をお願いしたい」

「いいよぉ、カリオン。別に呼び名が変わったってアタシの品位が変わる訳じゃねぇんだ。それに今さら、顔見知りに他人行儀にされる方が悲しいな」


 ログアスがアルギンに使う呼称にも噛みついたカリオンが、アルギンによって優しく窘められる。

 協力を仰ぐ会議の筈が、出端から先行きの見えない状態となった。とはいえ、怯んだら負けが確定するからアルギンも表情は変えない。


「それで、その用件なんだけど」


 アルギンが自警団員四人の腰掛ける円卓に近寄り、書類を提出する。一枚は内政長官の手書きで、もう一枚はその移し。

 アルギンの説明が不可欠な文章になるが、それは彼女の手腕にかかっている。


「なんだ、これ。……紋章が入ってるが」

「正真正銘、我が国の尊き存在である国王陛下の紋章入り文章だよ」

「陛下ぁ!?」

「これが本物の証書になる為には、互いの合意が必要になる。とはいえ、そっちの意思を無視した、形だけの『合意』には絶対にしない。そこは安心してほしい」

「……信じて良いんだな」

「勿論」


 王国で一番の権力者の印が入った書類を突き付けられて、怯えない者こそ少数だろう。

 恐る恐るログアスが書類を手にする。それに倣ってもう一枚も手に取られた。

 内容はかいつまめば簡素だ。

 『同じ城下に住まい守るべき存在が同じもの同士として協力関係を築きたい』

 『犯した罪の軽重に問わず、犯罪者を捕縛する際の協力には謝礼を出す』

 『生かして捕縛し身柄を騎士へ受け渡した時には別途協力金を出す』

 『捕物の際には事前申請があれば騎士から人材を派遣する』

 『自警団として勤務している間に死傷あれば見舞金を出す』

 『半期に一度、契約内容の見直しをする。その時に互いの意見の摺り合わせを行う』

 『上記以外で契約外の事情を後から持ち出された場合、協力関係に再考の余地がある』

 受け取った時には簡素過ぎて「内政長官の仕事ってこんなんでいいんだ。いい仕事だな」とアルギンがうっかり口にして、カリオンから凄い目付きで睨まれたのはまた別の話。


「契約外の事情ってのが、どうもふわっとしてんな。詳しい説明頼めるか」

「『家の仕事後回しにして出動したから別途手当てが欲しい』とか、『出動している間に家に空き巣が入ったから見舞金が欲しい』とかかな。勿論他にも色々難癖付けてきたら手当て出さねぇぜ、って話だ」

「そういう手合いはどこにでもいるからな……。いや、でも、死傷に見舞い金出るっていう話じゃねえか。……その金額って、こっちに書いてあるコレか?」

「そう。それ」

「……協力、って割には見舞金が少ないんじゃねえか」

「勿論、こっちとしても増額の意思はあるよ。だからこそ、わざと負傷した分を大袈裟に見積もって申請出したとかの可能性を潰しておきたいんだ。協力関係を築けて、それからそっちが好意的に対応してくれるなら大いに見舞金増額したいね」

「負傷なら、まぁ、この額でいい。今まで手当て……なんてのも出なかったんだからな。……俺が言ってるのは、死んだ時の話だ。折角王家様々が協力してくださるっつーんなら、死亡手当はもうちょっと出てくれていいんじゃないのかね」

「あー……。分かった。掛け合ってみるよ。でも増やせたところで三割くらいが限界だと思う」

「充分だ。保険っつーのは、掛けてて損はないからなぁ」


 当事者から言われて気付くことは多い。確かに改めて見れば、街を守る存在の命の対価にしては安すぎる。

 それは持ち帰りの事項として、続きだ。


「ひとまず最初の半年はお試し、くらいに思っていて欲しい。嫌な事があれば、その半年後にある会議の時に色々ぶちまけてくれ。協力者に不快な思いをさせない、ってのも騎士の仕事だ」

「……本当にかぁ? んじゃ、自警団詰所を今より二倍広くして貰おうか」

「っはは、そこは常識的な判断で頼むよ。その調子で要求されちゃ、いつか城より立派な建物が建ちそうだ」


 笑えているのはログアスとアルギンだけだった。

 書面上の難しい話は自警団員は不得手で、騎士とは違う歴戦の覇者然としたログアスと世間話のように会議を進められるのはアルギンだけだ。

 幾らかぽんぽんと軽口を交えながら話が進み、アルギンだって終始笑顔だ。けれど、ログアスは話が終わると。


「……んじゃあ、この話は一旦持ち帰りにさせて貰うぜ」

「あいよ。移しの方は持ってっていいよ」

「助かる」


 流石に、一筋縄ではいかなかった。国家が関わっていて、かなり自警団に優遇した形になっているのに、是の返事が無かった事に一番驚いたのはアルカネットだ。

 そして、この場での返事を強制しないアルギンにも驚いている。


「でも、あんまり全部自警団の皆に話すのは、まだ止めといてくれない? 給金上がる……くらいにしといてくれた方が色々ありがたいんだけど」

「こっちもそう思ってるよ。今は、この金の出所をどう暈して伝えたものかも考えてる。……だが、騎士が関わる仕事が増えるとなると……勘付く奴等もいるだろうしなぁ」

「そこはログアスさんに任せるよ。あんまり、皆を刺激しない方向で頼む。無条件に反発、とかなってこの話がお流れになったらアタシ悲しい」

「任せろ」


 先の戦争は、自警団員は出る事すら許されなかった。外に敵が居る時は、内の敵も活発になるからと。見返りが無くとも全力を尽くした。

 それを今更、金を出す代わりに手足となって働けと来たものだ。――なんて曲解される可能性もある。

 仲間の扱いは、長であるログアスが一番知っている筈だから、彼に任せる。きっといいようにしてくれると信じて。


「それじゃ、俺達はもう戻るぞ。この話、考えるなら早い方がいい」

「え、もう? 折角なら茶でも飲んで行けばいいのに。今から出すよ」

「いいよ、妊婦働かすってのも何だからな」


 そして彼等は来た時と同じように、あっさり波が引くように帰って行った。特にアルギンに無礼な物言いをした男は一番に酒場の扉を開けていた。

 残ったのは騎士が三人。それぞれ顔を見渡し、特にカリオンは不安げな表情を隠さない。


「……私は、来た意味があったのでしょうか」

「何言ってんだ、あるに決まってんだろ」

「本当に?」


 カリオンはログアスに少し噛みついただけで、あとはずっとだんまりだった。

 ディルなどは置物とそう変わらなかったし、全てアルギンだけで良かったのでは――と思わせられる。


「向こうだって聖騎士の顔は覚えたろ。最大限譲歩するっつーアタシの言葉と、聖騎士の顔が繋ぎ合わされば、聖騎士の位に掛けて約束は守られるっていう安心感が出来る筈だから」

「それなら、ディルだけで充分だったのでは」

「ディルはアタシの旦那様だから。アタシらを夫婦って括りで見ると騎士としての説得力無いじゃん。そこに団長がいてくれることで引き締まるんだなぁ」

「……ものは言いようですね」

「そうでもない」


 今の所、アルギンの想定からは大きく逸れていない。


「これまで反発し合ってたんだもん、こっちの手の内は幾らか見せとかないとね。交渉責任者には、団長を動かせる権限もあるんだよ、って」

「……それで私を良い様に使われるのも困るんですけれど」


 休みといえど、仕事の一環。

 呼び出された件については、アルギンの手製の昼食で手打ちとした。その日は他に予定も無かったので、三者三様の思い思いの休日を取る。


 次に自警団が動いたのは、その二日後。



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