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【第三部】アルセンの方舟 ―国家公認裏ギルド交響曲―  作者: 不二丸茅乃
chapter.4 花鳥風月

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17.未来を見据えて


「謁見、準備整ったそうです」

「ありがと」

「支え、本当に要らないんですか? 転んだら大変ですよ隊長」

「そんな簡単に転ぶか。ゆっくりだったら大丈夫だよ、アタシの事はいいから戻ってくれ」


 アルギンを最後まで支えようとしたリケイロとは、廊下の途中で分かれた。

 ゆっくり歩いている間に国王陛下は謁見の準備まで終わったそうで、可能な限り足を速める。王妃経由で、妊娠の事は聞いているだろう。だから、何を陳情したいかも予想がついているはずだ。

 急ごうにも、少し力を入れると腹が引き攣ったような違和感を感じる。それが、胎の中の子達が急ぐなと言っているようで、まだ生まれても無いのに母と繋がっているのだなと思うと不思議な気持ちになる。


「……ふー」


 これまでは何も考えずとも歩いて来られた謁見の間。今日は、非常に全身が重い。

 扉の番をしている全身鎧をつけた『鳥』の騎士が、外套を置いて来たアルギンの腹と顔を見比べて動きが止まっている。顔さえ見えない兜の下では、さぞ仰天していることだろう。しかしこちらとしても、扉を開けて貰わないと困る。


「あのさ」

「!!」

「扉、開けてくんない? 今日は勝手に開けて良いの?」

「し、失礼しました!!」


 兜の下から聞こえるくぐもった声で、「あー、お前さんだったか」とやっと分かる。

 合図と同時に開く謁見の間は、相変わらずこの国の権威を示すかのように煌びやかだった。


「……」


 近衛騎士が列を組んで横並びにしている中、一歩ずつ、緋色の絨毯を踏み締める。中の階段上にいるのがこの国で尊い存在とされる国王陛下と王妃殿下――の筈だった。

 今日は段上には王妃しかいない。いつものように顔を垂れ布で覆い、今日は気怠そうに肘をついていた。

 え、と思いながらアルギンが決まった場所で膝を付く。


「良い、アルギン。その体勢は厳しかろう。立つなり腰を下ろすなり、必要があれば椅子を持って来させる。楽にしろ」

「……は、で、ですが、アタシが殿下の御前で椅子に座るなんてそんな不敬……」

「そうか椅子が良いか。誰ぞ、持って来い。アルギンの所へ運べ」

「殿下……」


 近衛騎士もやや慌てた様子で、アルギンに椅子を持って来る。滅多に使われる事のないものだが、劣化している訳でも無く座り心地も良い。

 折角の取り計らいなので座面に大人しく腰を下ろしたものの、アルギンだって城に仕えて十余年。こんな事は初めてなのでとても居心地が悪い。


「アルギンよ。今日は陛下の体調がよろしくなくてな。ここ最近の寒さもあろうが、先の件の後始末で無理が祟ったのだろう。其方には不満もあろうが、私が話を聞く事で妥協して貰えんか」

「だ、妥協!? そんな、畏れ多い! 身に余る光栄にございます!」

「……光栄、か」


 玉座に座る王妃は、アルギンの言葉を鼻で笑った。別に、馬鹿にしている訳では無い。


「……アルギン、して、今回の話は……私のみが聞く方が良いか? 望むなら、人払いも可能だが」

「殿下!?」

「煩い。見ての通り、アルギンは妊婦だ。例え万が一があった所で、胎に子を宿して先日まで床に伏せっていた女が、私に害を成せるほど俊敏に動けると思うな」


 近衛騎士が近衛騎士たる理由は、相手が誰であろうが謁見の間では国王、王妃を優先する事にある。

 確かに騎士隊長が謁見相手ならば、ここまで厳重な警戒も必要ないかも知れない。けれどそもそも、騎士隊長達が人払いしなければ口に出来ないような話を持って来るというのも有り得ない話ではある。

 この場でする陳情には、公的な意味を持つのだから。


「……いえ、人払いまでは、結構です。……寧ろ、人がいてくれた方が……アタシの考えが、こうだっていうはっきりした意思表示になるかも。アタシの考えが伝わる人数は多い方がいい」

「そうか? では広場で公開陳情でも行うか? 停戦後の催事一番乗りになるが、賑やかなものを好む其方らしくないか」

「御冗談を……」


 本気とも取れる王妃の言葉に困ったアルギンだが、王妃の声はどことなく楽しそうだ。

 全てはアルギンの良いようにしている。彼女が萎縮しないよう、ちゃんと普段通りに話すよう。

 居てもいい程度の扱いになった近衛騎士達だったが、その場に律義に立っているあたりよく訓練されている。しかし、アルギンの言葉には流石に平静を保てなかったようだったが。


「……王妃殿下。ここまでアタシを重用してくれた事、感謝に絶えません。でも、アタシは、この身体でこれからの責務を全うできるとは到底思えないんです」

「………」

「アタシが執務室に戻った時、ソルビットは……アタシの代わりに全て執務を終わらせていました。アタシの自慢の部下達は、アタシの為に頑張ってくれていました。アタシが居なくても大丈夫だと言ってくれました。……アタシは、お腹のこの子を妊娠して、幸せです。これからは母として、この子と、ディルの為に生きていきたい。騎士の位を、返上したいと考えています」

「それが、此度の謁見申請の内容か?」

「……はい。半分は」


 ――騎士隊長を、辞める。

 アルギンほど部下に揶揄われながらも愛された隊長はいない。『花』隊はなんだかんだと騒がしくしながらも、統率の取れた集団だった。

 その頂点に立つ、見目儚げでも隊員の倍は煩いアルギンがいなくなる。

 『鳥』に属する近衛騎士達にも緊張が走った。


「半分、か。もう半分を――聞くのは、怖いな」

「でしょうか。アタシもです。もしかすると、殿下の御不興を買ってしまうかも知れません」

「心にも無い事を言うな。私の不興など買ったところで、其方は何とも思わぬのだろう」

「それは……差し支えなければ、黙秘、ということで」


 王妃と『花』隊長の交わす言葉に敵意は無い。しかし、種類は違うが女狐と呼ばれる者同士の会話だ。真意がそこにちゃんとあるかも分からない。

 近衛騎士たるもの、この会話にさえ耳を澄ませてよく覚えておかねばならない。茶会での他愛ない会話と変わらない内容なのに、空気が重い。勿論、緊張しているのは近衛騎士達だけなのだが。


「それで、アルギン。騎士を辞めた後の其方は母として、妻として、あの酒場の主としてどう生きていく?」

「聖騎士の位を戴いたディルを支える妻として、彼の子を産む母として、酒場と裏ギルドを兼ねながら生きていきたいと思っています。……そこで、陛下と殿下に相談があったんです」

「相談とな?」

「アタシ達は、もう、命令であっても人を殺したくない。……少なくとも、騎士じゃなくなったアタシは、子供達に顔向けができる母でありたい。裏ギルドで賜った勅命は、殺さないままこちらに引き渡す――じゃ、駄目ですか」

「……ほう?」


 アルギンが育ての親の死から裏ギルドの暫定責任者になっているのは、この場に居る誰もが知っている事だった。

 その地位も、国王陛下あってのものだ。だから拒否どころか意見を口にするのも不敬である――というのが全員の認識だった。けれど、アルギンは怯まない。


「……アルギン、其方も知っているとは思うが。罪人は、特に私達が其方に手を下すよう命じる者達は、そう一筋縄ではいかぬのだぞ。殺してしまったほうが手っ取り早いと思わせるほどに凶悪な者もいる」

「痛いくらい、存じ上げています。けれど、罪人はやはり、相応しい刑罰を与えられてこそだと思うんです。アタシ達が誰にも知られぬうちに殺して終わり、じゃ、被害を受けたり犠牲になった民だって納得しないでしょう。国が公に罪を裁けば、民からの信頼もより厚くなるかと思われます」

「ふむ……。となると、騎士の部門に対罪人専任が必要となるか? 似たような部門は『鳥』や『月』にもあるが……」


 ちょっとだけ頭を使って捏ねた理屈を話せば、少しばかり考え出した王妃。この提案は国にとって悪い事ばかりではない。

 あと一押しだと思ったアルギンは、その考えを阻害するように口を開く。


「王妃殿下は、その人員の伝手に心当たりがありませんか?」


 ――プロフェス・ヒュムネを使え、と。

 日陰に彼等が生きるのでなく、この国の為に働く伝手を用意すれば。

 もしかすると彼等だって、この国の民と共存していく未来を考えてくれるかもしれない。

 この王国を、第二の故郷と思ってくれるかも知れない。


「ん? ……あ、……ああ、成程な。成程、其方は最初からその腹積もりでこの提案を持ち出したのか」

「アタシばかり悪人みたいに言わないで下さいよ」

「どの口が言っておる?」

「っふふ」

「ほほほ」


 近衛騎士から見た二人は、腹の探り合い只中の女狐二頭そのものだった。

 けれどこんな政策の話をしている時に、王妃の声がこんなに穏やかだったことはなかった。


「しかし、アルギン。そうなると手が足りないのではないか? 殺して死体を積むのはディルだって得意だが、あの者は生け捕りが苦手だ。同じように、生かして捕縛するとなると倍以上の手が掛かる」

「そこは、アレですよ。アタシの義弟に自警団員が居ることはご存知でしょう。これからアタシの立場が一般市民に戻るなら、伝手頼って騎士と連携取るようにお願いしてきます」

「自警団か……。其方はあの組織と騎士が反目し合っているのは知っておろう? なのに王国の手柄の為に手を貸せと厚顔晒して言うのか? 騎士の中には自警団を小馬鹿にしている者もいると聞くが、その者にも連携を取れと?」

「そうです。アタシはアタシの理想が叶う為なら、どっちにだって頭下げますし、アタシで叶えられる要求なら呑みます」

「……」

「自警団は『この国に住まう皆の生活を守るため』、騎士は『この国と陛下達王家の方々を守り、この国に住まう民を守るため』。利害は一致してるんだから、連携取った方がいいよねって話なんで。……それに、プロフェス・ヒュムネの皆様も騎士団に力貸してくれたんでしょ。同じ種族同士でいがみ合うの止めましょうよ」


 これまで騎士達は、王侯貴族が住まう場所ばかりに警備の手を回していた。それは慣例で、昔から続いていた差別だ。

 騎士の手が回されない地には、自然と自警団が出来た。住民の寄付や礼、或いは自分達の少ない私財を投入して出来た集団。それは時を経るごとに大きくなり、いつしか城下には騎士と自警団で管轄が自然と出来上がった。

 互いに侮蔑しながらも、その存在を黙認し続けて来た。これもまた、国の暗部と言えなくもないのだが。


「……改めて言われると、私のこれまでを悔い改めよと突き付けられているようだ」


 王妃は背凭れに体を預け、天井を仰ぎ見た。

 正直、馬鹿だなんだと思い続けて来た女にこんな形で逆襲されるとは思っていなかったのだ。

 国の中の諍いや蟠りを解消するのは王家の仕事。なのに、その役まで身重の体で買って出るという。

 今までの慣例をぶち破る女だ。だから、王妃はアルギンを好んだ。


「アルギン」

「はいっ」

「私もな、色々とこれまで考えていたんだよ。……考えて、考えて。けれど、所詮私とは種族の違う者達だ、と、いつも途中で考えるのを止めていた。私が陛下と結婚した時、余計な口出しをして来る貴族を全員城下から領地へ追い出したように。……けれどそうやって、私が遠ざけていたものを、其方が考えるとなると……その考えの甘さに笑いさえ出てくる」

「あ、甘い? 甘いですかね」

「自警団は薄給と聞くぞ。なのに高給取りの騎士にいいとこ取りされて、それで良いと奴等は言うのか」

「え……そ、そりゃ、金の面はアタシも出来る限りで協力を……」

「これまでの其方の微々たる蓄えと、あの寂びれた酒場の売り上げでこの先何年を『協力』するつもりだ? その爪の甘さを持って、私も改めて其方に言おう」


 その時のアルギンには、王妃の口から却下の言葉が出るものとばかり思っていたが。


「………ばーか」

「ふぁ!?」


 あまりに気安すぎる声に、アルギンのみならず騎士も一人残らず驚いた。


「勝手に使えるような金は無い。だが、あるところにはある。特に今回、戦果を逃れた領地でのうのうと金策に励んでいた輩も居よう。今回帝国に吹っ掛けた賠償金も既に届いて、用途を会議に掛けている最中だ。アルギン、自警団との交渉窓口に汝を任命する。最後の『騎士の任務』として、自警団と騎士団の協力の体勢を整えろ」

「え……、そ、それって」

「幾らか、『協力』の草稿は纏めておこう。案を出すから、自警団の団長と交渉の場を設けよ。こちらの出した案で納得しなければ、少しくらいなら譲歩するとも伝えるがいい」

「本当、ですか……! ありがとうございます!」

「っふふ……。ああ、国が荒れるぞ。金を引っ張る為に、私が外へ追い出した貴族たちももう一度引き戻さねばなるまい。忙しくなるぞ。私が厭った混沌が、もう一度この自由国家へ押し寄せてくる……!」


 王妃の声は怠そうにも聞こえたが、これからの未来を思って楽しそうでもあった。

 これまで同族に心を砕きすぎて、王族としての責務を全うして来なかった王妃。そのツケが今回って来たのは、この国と向き合う事を決めたら逃れられないから。

 溜まった政務をこなすのか簡単ではない。でも、王妃にはアルギンがいる。

 向き合う事を決めさせてくれた女だ。


「……アルギン」

「はい」

「代わり……と言っては、なんなのだが。私が其方の案を飲む代わりに、私から其方に飲んでほしい話がある」

「飲んで、って……。そんな、お話しください。これだけの厚意を受けておきながら、アタシだけ聞かないって出来る訳ないじゃないですか」


 今はまだ、王妃と騎士。

 王妃の言葉は絶対だ。いっそ命令にされた方が頷きやすいのに、と思ったアルギンが改めて全肯定の意思を差し出す。


「……そうか」


 本当に馬鹿な女だ。私人としてのアルギンが拒絶したい内容でも、言質を取れば拒否できなくなるのに。

 その馬鹿さも、王妃は気に入っている。そして、自分の手元から放したくなくなる。


「では、拒否してくれるなよアルギン」


 放したくないのは、扱いやすくて、見ているだけで楽しくて、いつの間にか『配下』以上の感情を抱いてしまっていたから。

 それは王妃の妹であるオルキデやマゼンタもそうなのだけれど。


「自警団の協力を得て騎士の位を返上した其方は――マスター代理などではなく、正式な裏ギルドの主となれ。そして、重犯罪者であっても、誰も殺さないと誓え。誓いを破ったら、貴様といえど厳罰に処す」

「……、はい」

「そして、だな。これは完全に、私情になるが」


 思ってしまったから。

 こんな友人がいたら、きっと人生は楽しいだろう、と。


「私の友と、なってくれ」

「――へ」

「騎士を辞めた其方は、私に仕えずともいい。私の友人となって欲しい。そしてまた、私が道を踏み外そうとした時に、地獄の共連れとなれと言って欲しい。……本当に共連れになれ、とは言わぬ。だが、互いに、互いの進む道が正常である事を願える間柄になって欲しいのだよ」


 友人と落ちる地獄は、きっと寂しくないだろう。

 友人と探す正しい道は、きっと困難な旅でも見つけられる。

 アルギンは目を丸くして暫く硬直していたが、程なくして瞬きを繰り返しながら、言葉も無く頷いた。




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