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【第三部】アルセンの方舟 ―国家公認裏ギルド交響曲―  作者: 不二丸茅乃
chapter.4 花鳥風月

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7.膠着前夜








 決着は、ついた。


 アルセン王国軍、対、帝国軍と奴隷部隊。

 結果だけを言えば、アルセンの勝利だ。

 平野には帝国軍の死体が転がっている。アルセン軍の死体は、緊迫した空気の中で回収が始まっていた。仲間の死体を担ぎ上げる時に、嗚咽が堪えられない者もいる。けれど、担いで運んでやらないと彼等はそのまま野晒しだ。

 最早戦えない者と一緒に、城下や拠点に送り始める。そっちに駆り出されたせいで、『月』隊の騎士や兵士も少なくなった。

 夜を迎えた隊長格が集まる大天幕には、五人の姿だけがある。

 『鳥』のカリオンとベルベグ。『月』のディルとフュンフ。『花』のアルギン。彼女だけは、大天幕の中にひとつだけある椅子を譲られて座っている。

 『風』は、二人とも居ない。『花』副隊長であるソルビットもだ。


「……まさか、エンダが……」

「……」


 重苦しい沈黙に耐えかねて、口を開いたのはアルギンだった。自分の腹心であるソルビットは、昔にエンダの部下だった事があるのでそちらに居る。

 別れた時のソルビットの表情も暗かった。互いに立場があるから公言は出来ないが、二人は隊が別になってからも友誼を交わしていたからだ。


「あの傷は死ぬようなものだとは思わないけれど、……場所が悪いね」

「治療も難儀してるみたいだしな。この場で引き抜いたら死にかねない、ってアタシん所の医療部隊が言ってた」


 確かにエンダの傷は、治療さえ間に合えば生き延びる確率は高いだろう。しかし、ここは戦場だ。

 宮廷医師も二人従軍しているが、治療に必要な道具が圧倒的に足りない。足りないから、城下へ送るしかない。

 エンダの治療を先にしているせいで、アルギンを含めた手当て待ちの怪我人がどうにもならずに痛みを抱えたまま待機するしかない。『月』や『花』の医療部隊にも、人手という限度はある。


「アルギン、汝は大丈夫かえ」

「アタシ? だいじょーぶだいじょーぶ、こんなんで弱音吐いてたらエンダにどやされる」

「エンダと比べないで欲しいな。この上、アルギンさんにまで何かがあったら士気は格段に下がってしまうよ」


 ディルとカリオンが調子を聞いてくるのだが――その二人も、血塗れ泥塗れ。

 結局最後付近は後方で休憩していたアルギンと、最後の最後まで剣を振るい続けていた二人。心配されるべきはどちらだ、と言いたくなるが黙っておく。


「……正直言うと、お風呂……入りたいな。んで、着替えも……したい」

「怪我人が医師の許可も無く入浴できると思うな。頭の傷が開くぞ」

「うぐ」


 治療の順番がまだ回って来ないなら、少しでも身綺麗にしておきたかった。でも、フュンフの正論はアルギンの希望を圧し折る。

 痛くない、なんて言える体ではない。どこもかしこも確かに痛い。本当は、もうゆっくり朝まで寝ていたい。


「でしたらアルギン様、御自分の天幕に一度戻られては? 入浴は叶わずとも清拭なら可能では無いでしょうか」

「……おっちゃん、それ、アタシをテイ良く追い出そうとしてない?」

「………そんな、ことは」


 物腰柔らかな『鳥』副隊長ベルベグ。彼が口にした善意すら、アルギンには怪しいものとして映ってしまう。

 尤も、どもる様子を見るとどうやら確かにまるまる全て善意という訳では無さそうだったが。


「……アタシを横に置いて、勝手に話を進めないでよ」


 重要な話から遠ざけられる事には、もう慣れた。それが身を案じた為だと分かっていても、気分のいいものではないが。

 心当たりのあるディルとフュンフは視線を逸らす。でも、話は聞いている。


「これからどうすんの? まだ帝国は白旗も揚げてないんだろ。このまま戦闘を続けるにしても、戦線を引くか攻めるか。まだ奴隷部隊って残ってる感じなの?」

「それは……無い、だろうね。プロフェス・ヒュムネの部隊を出した直後が、向こうにとって一番の好機だった筈だ。もう手の空いてる『風』の部隊はいないから、情報を探って貰う事も出来ないけど」

「……そんなに、戦況酷いの」

「酷いよ。多分実数は、貴女が思っているより、もっと」


 平野での戦闘がどれほど激戦だったか、それはそちらに布陣した者達しか知らない。

 そもそも、ディルとアルギンがファルミアで迎撃した方が異例なのだ。幾らディルが強いといえど、全員が五体満足でいるのは奇跡。……ディルがその『奇跡』の中に入れるには些か問題がある事は黙っておく。

 この場ではアルギンしか知らない話だが、ディルの右足は義足なのだから。


「『風』は早馬を飛ばしたんだってね。到着までにどれくらい掛かるだろう?」

「伝令も交代で馬も乗り代えてですから、二日も掛からないでしょう。最速で、と伝えたようですし」

「……」


 その伝令を飛ばしたのはアールヴァリンだし、走り書きの報告書を用意したのはソルビットだ。

 エンダの身を案じる二人の行動だから心配はしていない。寧ろ心配なのはアールヴァリンの方だ。

 成人して間もない彼が、目の前で隊長の大怪我を見ている。似たような経験があるアルギンの胸が痛んだ。


 自分の目の前で、自分が守らなければいけない立場の人が、敵の手に掛かる。


「……アールヴァリン、大丈夫かな」

「心配は無用だろう。ソルが付いているからな」


 自分と同じような心の傷を負ったであろう王子騎士を心配するが、次いで言われたフュンフの言葉に目を丸くする。


「え? なんでソルビットが付いてたら大丈夫なの?」

「………、……」

「そりゃ二人は今も昔も同僚だけど、心配無用って程かなぁ。……え、なに皆、その顔」


 ディル以外の三人が、異様な表情でアルギンを見ていた。

 人心掌握は無自覚で得意な癖に、誰が誰をどう思っているかまで考えが及ばない女であることを、それまで全員が忘れていた。夫を得た今ですら。

 否。その夫も似たような手合いだから無理もない。


「……?」


 三人はアルギンを見た後にディルを見る。

 この夫婦の両片想いの図式は長く続いていた。恋愛沙汰に理解の浅い二人が、宝石と呼ばれた女騎士と王子騎士との間の感情を読み取れる訳がないのだ。

 途端に馬鹿らしくなってきたカリオンは、支柱に体を支えさせるようにしてやや無作法に姿勢を変える。


「もう、アルギンさんは戻った方が良いよ。貴女だけ除外して進める話も今は無いし、無駄に起きてても辛いだけだよ。治療終わったら早めに寝るといい」

「……なんで急にそんな冷たくなるの」

「別に?」


 いつも穏やかなカリオンの声に棘があった。彼も疲れているせいだろう、と解釈して渋々立ち上がる。

 歩けないほどの痛みではないが、少しでも体を捻るとあちこち痛い。よたよた、老人のようにゆっくり歩いて天幕を出て行った。

 一先ずの勝利が決まった今、カリオンの言う通り、アルギンに何かを隠す必要も無いだろう。夫と生きて今を過ごせている事が何より嬉しかった。

 アルギンが天幕に戻って暫くして、ソルビットも戻って来た。エンダは既に治療の為に城下に送られたそうで、それから順番にアルギンの所へも休憩すら無く働く宮廷医師であるリエラが訪れた。

 その場の診断では頭部の軽い裂傷、打撲、捻挫、肉離れ、あとは骨の罅、他諸々。包帯を巻かれながら安静第一と言われたが、隊長格が休んでいられない事はリエラだって分かっている。ほどほどに、との言葉を残して彼女はまた次の患者の所へ行く。

 清拭はソルビットが手伝ってくれた。腕が回らない所も拭き上げてくれて、予備の隊服に着替えて、あとは休むだけになって。


「……ソルビット」

「何すか」


 そこでやっと、生き残ったという感覚が襲ってきた。

 体は痛いし、痛みは生きてないと感じないものだと思っていたが、今こうして少しは穏やかな気持ちで寝台に横になれるのが不思議だった。


「アタシ、生きてるよな?」

「はぁ? そんな間の抜けた顔をした亡霊がいるなら見てみたいっすよ」


 ぱちくり、何度も瞬きをしても眠気が来ない。戦闘の高揚感の余韻がそうさせているのかも知れない。

 ソルビットは掛け布も何も無しに転がる隊長を目の前に、溜息を吐きながら毛布を掛けてやった。このまま寝られて風邪でも引かれては堪ったものではない。

 隊長が寝に入ったし、さて自分も少しだけ休憩を、と思ったソルビット。


「なー、ソルビット」

「今度は何すか」


 再び呼び止められ、面倒そうな声が勝手に出た。

 振り返った視線の先のアルギンは、少しだけ毛布を捲り上げて隣をぽふぽふと叩いている。


「……何すか」

「一緒に寝てくれ」

「はあ!?」


 幾ら女同士だと言っても、そのおねだりはあまりに子供っぽい。

 互いに裸くらい見た事ある。でも近くで眠った事はあっても、同じ寝台で寝た事なんて一度も無い。

 同性だが、そのくらいの分別はある。ソルビットがアルギンに向ける感情は、ただの上司と部下の関係で有り触れたようなものではないからだ。


「……同衾相手が必要なら、ディル様呼んできましょうか。あたしじゃ問題ある、……っていうか……」

「問題? どうして? あとディルはただ寝るだけじゃなくなるから今日は無理」

「しれっと惚気ないでくれますぅ!? 問題あるんすよ! 最悪ディル様に殺されてしまう!」

「大丈夫だよ、アタシがソルビットの事一番の友達って思ってるってディルも知ってるし。……それにアタシ、今日は、ソルビットと一緒がいい」


 ――人の想いに気付かない女が、そう軽い調子で言ってしまうのは、罪深い。


 ソルビットが眉根を下げて笑った。ソルビットの苦悩は、この女のせいで幾らも増えているのに。

 けれど彼女が自分を頼ってくれるのが、心から嬉しいとも思う。

 苦悩によって引き起こされる苦痛が和らいで、この空気が心地良いと思う。


 それもこれも全て、彼女が副隊長を任命しなければいけないと決まったあの日に。


 『アタシの側にいたら毎日楽しいよ』と、アルギンが言って手を伸ばしてくれたから。


「……しゃーないっすねぇ、あたしのたいちょーは」


 憎まれ口を叩きながらも、ソルビットが寝台に入り込む。一人寝しか想定されていない寝床はとても狭いが、アルギンが小柄な方だからまだマシだ。

 薄い毛布に、狭い寝台。戦場でなければこんな不便など無いのに。


「……へへ」


 それでも、アルギンは嬉しそうに笑う。そして毛布を引き上げて、ソルビットを見て。


「アタシな、……プロフェス・ヒュムネ達の後ろから、ソルビットが来てくれた時。お前さんが副隊長で本当に良かったと思ったよ」

「………」

「地獄の共連れにはしたくないけど、一緒に戦うってなった時のお前さんは本当に頼りになる。……不甲斐ない、隊長でさ……、まだまだ、迷惑……掛けると思うけど、……これからも」


 人肌のぬくもりが側にある事で安心したのか、アルギンの瞼が落ち始める。


「……よろしく、な。……アタシの、親友……」

「たいちょ、……」

「……」


 それから聞こえる寝息は穏やかで、疲労を滲ませた顔色は悪い。

 ソルビットよりほんの少し年上の女だが、時々凄く子供っぽい。

 そんな彼女の力になりたいと、側に行きたいと、ソルビットもずっと願っていた。


「……は。……親友って、なんすか今更」


 アルギンに想い人がいるのも知っていて、その相手と結ばれるのを、ずっと近くで見ていた。


「……ありがとうございます、たいちょ」


 鈍い銀色の髪を一筋撫でて、ソルビットの手が離れる。このまま隣で眠るのも悪くなかったけれど、今彼女の顔を見ていたら泣きそうになってしまう。

 本当に欲しいものとは違ったけれど、アルギンにとっての『一番』が手に入った。ソルビットの動く理由なんてそれで充分。そろりと寝床を這い出したソルビットは、天幕すらも抜け出した。

 向かうのは大天幕。この時間ならまだ、騎士団長くらいは残っている筈。明日以降の行動予定を今のうちに仕込んでおいた方が良さそうだ。

 ずかずかと天幕の中に入る。打ち合わせをしていたらしいカリオンとベルベグ、それから残っていたディルはソルビットの登場に驚き、或いは目を瞬かせる。


「何見てるんすか」

「え、いや、だってソルビット。君ももう交代の時間で仮眠じゃ」

「あたしのたいちょーが抜けた分、あたしが働くんすよ。かわいーい寝顔晒して眠った、あたしの大切なお姫様の為にね」

「……」

「やだ、ディル様。心配しなくても何もしてないっすよ。いつでもあの人は貴方の事しか考えてないんだから、あたしの立ち入る隙は無いっす」


 一瞬ディルの冷えた視線が飛ぶが、それさえもソルビットはからからと笑って受け止める。

 ソルビットの今の仕事は、ディルと一戦交える事ではない。アルギンの眠りを少しでも良い物にする為に動く事。


「仕事、あと何残ってますか。無かったら『花』の仕事に専念しますけど」

「今は……大丈夫かな。こっちの被害状況も、こう暗くちゃ確かめられないし。代わりに明日の朝からは忙しくなりそうだ」

「了解っす。それまでこっちの仕事してます。何かあったら呼んでください」


 忙しなく外へ出るソルビット。彼女はこれから朝まで自分の仕事をして、それからは騎士団全体の為に動くだろう。

 それがアルギンの為だと思っているから。

 少しばかり厄介な仕事人間の性質を持っている彼女の背中を見送って、カリオンが苦笑する。


「……これじゃ、アルギンさんがやる仕事がなくなってしまうね」

「ふん、其の為に動いているのであろ。あの兄妹は自分以外の為に動く事を好む様だからな」

「そうだね、君だってフュンフに代わって貰ってるようなものだしね。……でも、良いと思うよ。今回の功労者は君だから」

「……」


 功労者――即ち、戦場にて一番敵を屠りし者。

 物は言い様で、人殺しに送られる言葉を栄誉に包んで贈るとしたらその言い方が適当だろう。

 何の感慨も無いディルが、聞き流すように鼻を鳴らした。その言葉が欲しくて戦地に立った訳ではない。


「……帝国が黙っていると思うかい?」


 書類に目を通しながらのカリオンの問いは、ディルへと。

 問いを受けたディルはすぐには答えなかった。こんな質問、答えは未来にしか出ない。


「黙って居れば良い、のだがな。然し此方から仕掛けるには、戦力が足りぬ。向こうもそうであろう」

「……だろうね」

「暫しは膠着、が一番可能性が高いか」


 ディルの読み通り、次の日に朝日が昇った後でも、帝国側の動きは無かった。

 それが一日、二日、三日と過ぎ、平野を挟んで緊張状態が続き。


 五日目に、アルセン本陣に来客が訪れる。

 最初に姿を見せたのは、藍色の垂れ幕を顔に垂らした、王国王妃だった。


 

 

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