6.混戦
「……流石、雑草はしぶといな」
フュンフの呟きは小声で、その戦局を動かすものではない。
楽に倒せると楽観視していた訳では無いが、プロフェス・ヒュムネ達の様子は軽傷の域を出なかった。もしかすると、アルギンが魔法行使した傷よりも浅いかも知れない。
ディルは再び四体の元へ走っていく。その間に、アルギンがよたよたとフュンフの側に近寄って来た。顔色は極めて悪く、今にも倒れてしまいそうだ。
フュンフも、連れて行った筈の馬がいない。町中ではそれだけの激戦が繰り広げられたのだろう。連れてきた精鋭も誰も彼も砂埃や血に塗れていて、疲労の色が拭えない。
同じくらい、アルギンも疲れている。フュンフの近くに腰を落としてへたり込んだ。
「……ごめ、フュン、……も、……うごけ、な」
「無理をするな愚か者め。それだからディル様が、……」
「……?」
「いや」
フュンフは命令として、アルギンを連れて城に戻れと言われていた。
結局成し崩しにその命令は立ち消えてしまっている。だが、その話をもう今更言って聞かせても仕方のない事。
ディルがその命令を下したのは、アルギンを愛しているからだ。愛する者の身を案じて、何に代えても守りたいと思う心はフュンフにだって分かる。
けれど今のディルは、『逃がす為』でなく『守る為』に強くなっているように見えた。全てがアルギンのお陰だというのなら、これ以上憎まれ口を叩く気にもなれない。
「まだ休めんぞ。貴様もディル様の身を案じるなら、確りと自分の足で立て」
「アタシ、……これでも、けっこう……やられてるんだけど……」
「ふん」
ディルの剣筋がまた、一体のプロフェス・ヒュムネを捉える。削るような動きで表皮から深くを切り飛ばされたプロフェス・ヒュムネが一歩分下がった。
このままでは負ける、と判断したプロフェス・ヒュムネ。――途端。
「――――――――――!!」
葉擦れの音がより一層、大きく鳴った。
「……?」
「ぅ、わっ……!?」
フュンフはそれを、ただの葉が奏でる音として聞き取る。
しかしアルギンは違った。耳を塞いで身をもっと屈め、瞼を伏せて何かに耐えた。鼓膜を引き裂くかと思ったほどの超高音だ。
聞こえたのはほんの一瞬。その一瞬の間にも、高音を発したプロフェス・ヒュムネがディルの剣の前に倒れた。
「い、いまの、何だ?」
「何が聞こえた」
「分からねぇ。声じゃなくて音だった。それも凄い高い音。何か……すごく嫌な感じ……」
プロフェス・ヒュムネと距離を近くしているディルにも様子の変化は見られない。フュンフが率いている隊の者も同じで、異変を感じ取ったのはアルギンだけだ。
ただ、空気に何らかの変化があったのは分かっている。緊迫した空気が流れるが――その理由は直ぐに分かる。
「あれ、っ」
遠く、『鳥』『風』が布陣している平野の方向。アルギンが指差した地に、砂煙が舞っている。
地に生える僅かな緑すら削り取るように野を進む、十体弱の新手。
これもまた大小も植物としての種類も様々な、プロフェス・ヒュムネ。――どんどん近付いて来る。
「な、っ……、ここに来て増援だと!? 数えられるか、『花』!」
「さっきのは……もしかして救援要請……? え、ええと……。た、多分八体! 自信無い!!」
「『鳥』と『風』の取り溢しにしては多くないか……! あの数がこちらに来ては、ディル様はともかく他が耐えられんぞ!!」
フュンフがディルに向ける信頼は異常だが、それ以外に対する感覚は確かなものだ。
ディルだから対処できる敵に、他が襲われてしまえばきっと助からない。精鋭として共に居る生き残りもそうだが、アルギンだって、フュンフだって同じ。
平野の方で随分数を減らされているとはいえ、ディルに全てを倒せと願うのは無責任。
ぐ、と歯噛みし、フュンフが今にも他の者達に退避を命じようとした時、二人の視界にはプロフェス・ヒュムネと別の姿が見えた。
それは一人や二人ではない。
馬を駆る、砂埃の中を颯爽と走る騎士の姿。
「たいちょーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
よく通る声が、アルギンにとってこれまでも心強く思えた事は何回もある。
でも今回はその記憶を塗り替えた。先頭を栗毛馬で走る、『花』副隊長のソルビットと。
「残るは、それだけっす!! それで、全部終わりっす!!」
後に続く、『鳥』『風』の隊長と副隊長、それから精鋭部隊。
救援要請を受けてファルミア側に来たプロフェス・ヒュムネを挟撃する形になっている。
あとは混戦の、直接対決だ。援軍がアルセン側にも来たのなら、勝敗はまだ分からない。
「ディル!! アルギンさん!」
馬で駆ける『鳥』隊長にして騎士団長、カリオンの叫びが聞こえた。
「絶対に勝つよ!! こんな所で負けて堪るものか、勝って皆で一緒に帰ろう!!」
「……」
アルセン王国が誇る、最強と言われた二人――ディルとカリオン――が揃った。
勝たなければいけない闘い。
負ける訳にはいかない闘い。
でももう、負けるなんて言葉は思い浮かばない。どうせ負けたら死ぬのだ。勝って、生きて帰らなければならない。
アルギンが大きく息を吸い込んだ。そして。
「ディルは勝つに決まってんだろばーーーーーーーーーーーーーーーーーぁか!!」
心の底から、当然と思って譲らない言葉を大きく吐き出した。
この声は、馬を走らせているカリオンに届くかは分からなかったが。
それでも、アルギンの目には彼が笑っているように見えた。
「こうなったら私も出ずには居られんな。総員、小隊長に指揮権を譲る! 各々、隊長格の援護と『花』隊長の護衛に当たれ!!」
「ア、アタシも出る」
「『花』隊長」
護衛を付けられる覚えが無くて、自分もフュンフと一緒に行こうとしたアルギン。
しかし、それはいつも自分を目の敵にしている筈の彼自身が拒む。
「私は貴方を連れて――逃げる事が出来なかった。何が最適解かは今でも分からない。けれど、今のディル様の強さは貴女が側に居てこそだという事は充分理解したつもりだ。貴女は此処で、ディル様を待っているべきだ」
「……でも、アタシは……『花』の隊長だよ」
「貴女の強みは戦闘でしたかな、それは初耳だ。ではその戦闘には使い物になりそうにない怪我を治さないといけませんな。下がっているといい」
「フュンフ!」
どちらにせよ、戦闘には加わるなと言われてしまった。そのままフュンフは走って行ってしまう。
王国騎士の隊長格が揃った戦闘は、援護もあり互角のように思えた。その中でも、ディルとカリオンの攻勢は一方的だ。
「ディル!!」
「――ああ」
ディルが一撃で倒せない相手でも、カリオンの二撃目で倒す。
過去に御前試合で伝説を残した二人だけに、強さは確かなものだった。
今は御前試合と違って存分に武器を振るえるのだ。二人の背後には、既に三体のプロフェス・ヒュムネの死体が転がっていた。
「っ……本当に、俺達をあんな化け物と一緒にしないでほしいよなっ……!!」
二人の強さに慄いているのは何も敵ばかりではない。隊長ではあるが国の誉れとして一絡げにされているエンダがそうだ。
彼も前線向きの隊を任されているが、元々は諜報部隊の出。荒事はそれ程得意では無い。
「そう言うなよ、隊長。心中は察するけどな」
「アールヴァリン……お前な、そんな無責任な事……」
馬を駆る『風』のエンダとアールヴァリンは隣同士で敵を引き付けていた。時間稼ぎと、隙を見ての一撃を加え離脱を繰り返す。常人離れした戦闘力を持っている者ならいざ知らず、この二人は戦闘に関して言えば突出した能力を持っていない。だから少しずつでも攻勢に加わるならこの方法しかなかった。
しかし荒事は得意でなくても、隊長は隊長。今この時に、戦える体と余力を持ちながら戦闘に出ない訳にいかない。
「勝てばいいんだ。ディルも居るしカリオンも居る。じゃあ俺達に負ける理由は無いよ。な、隊長」
「………」
「……隊長?」
アールヴァリンが発したそれは油断だったかも知れない。
一瞬だけエンダに顔を向ける、次の瞬間。
「っわ!?」
馬体に体当たりを仕掛けられ、アールヴァリンが落馬する。同時、乗っていた馬も転んでしまった。
落馬で咄嗟に受け身を取ったものの、体を打ち付けてすぐに動けない。
何するんだ、と顔を上げたアールヴァリンの視界には。
「――あ」
馬上のエンダの右肩に、深々と突き刺さる緑色の直線。
枝か茎か。或いは似たようなプロフェス・ヒュムネの『破片』が飛んできていた。
貫通して流れる血が、彼の愛馬の体を汚す。ぐらりと、彼の体が斜めに傾ぐ。
「………っく、そっ……」
前から刺さり、肩甲骨付近から出てきた緑色。
それは多分アールヴァリンが落馬しなければ、彼の胴体を軽々と貫いていただろう。
二人とも、それ以上動けなかった。けれど、気付いたディルが視線を向ける。
「――『疾』!」
緊急事態だと判断したディルは、己の剣に命令を下す。その剣は、育ての親から譲られた魔宝石を埋め込んだものだ。
踏み出す一歩、その足元に力を込める。肩から振り抜く、その手には長剣。
命令を受けた件は、振り抜きに任せて空気を裂く。手から離れ、弧を描くことなく直線に飛んだ。狙うは、『風』二人を狙ったであろうプロフェス・ヒュムネ一体。
主要な幹を上下に両断するように刃を喰らったそれは、ずり落ちる自分の上半身に葉擦れを起こさせながらその場に崩れて落ちる。すぐに動かなくなるが、それで何もかもが解決した訳ではない。
戦闘はまだ続く。
それを見届けた後に、エンダが落馬した。
出血もそうだが、状況が悪い。アールヴァリンはすぐさま彼に駆け寄るが、他の者はそれどころではなかった。
「っあ、た、隊長!! 隊長! ……エンダっ!! おい、エンダぁっ!」
決着がつくまでの時間、エンダは治療を受ける事も出来ずにそのまま。
失血の為に冷たくなり行く彼の手を握る事しか、王子騎士であるアールヴァリンには出来なかった。
過ぎる時間は、王子騎士に無力感をまざまざと伝えてくる。
立場が偉いだけでは救える命など無い事を、無慈悲なまでに。




