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【第三部】アルセンの方舟 ―国家公認裏ギルド交響曲―  作者: 不二丸茅乃
chapter.4 花鳥風月

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4.破壊された王妃の未来図


「王妃殿下!!」


 ――それは、戦況を伝える早馬が謁見の間に駆け込んで来た時の話。


「来たか」


 謁見の間には、今はもう王妃と近衛騎士しかいない。いつものように王妃然とした煌びやかなドレスを纏い、顔は垂れ幕で覆っている。青みを帯びた黒髪も纏め、それが誰もが知る『アルセン国王妃』と。

 国王は他国に援助を求めて出ているし、その子らも末の子を残して国外にいる。その目的は周辺国への条約行使であったり、そもそも身を隠す為だったり、王子騎士として義務を果たしに戦場に出ていたり。年若い未成年の末の姫は現王妃が唯一産んだ子であるので手元に置いているだけの話だ。

 王妃は玉座の片方に座り、報告を待っていた。いつもより、伝令が来るのが遅かったのだ。

 もし戦況不利、もしくは敗北となれば生き残りが退却して来ていただろう。そして、帝国に近い村や町が順番に戦火に包まれている筈だ。

 その連絡は、まだ来ていない。或いはこれからなのか――。


「は、っ。せ、っ、戦況を、申し上げますっ……!!」


 王妃殿下の御前だという事で、伝令の男は片膝を付いている。肩で息をする体が揺れていて、ここまで必死に走って来たのだと分かる。

 王妃は肘掛けに頬杖を付いて、続きを待つ。伝令の息が整うまで待つ気はあった。


「敵陣より、プロフェス・ヒュムネ奴隷部隊が出陣っ!! わ、我が軍は、これを迎撃!!」

「――何、だと」


 一番最初に齎されたのがその情報で、王妃は目を剥いた。その瞳さえ、垂れ幕のせいで誰も見ることが叶わないが。

 プロフェス・ヒュムネの戦闘力は、その王族であった者がよく知っている。ヒューマンが口にする『化け物』の範疇に入る、その強さと残虐さ。


「……」


 アルセン王国が――否、王妃――彼等を保護という形で集めているのには理由がある。個々の力では軍勢に勝てないというのなら、こちらも束になればいい。

 帝国の隠し持っていた奴隷部隊というのは不満だが、彼等もアルセンの軍門に下れば戦力になる。何より、同胞には優しく接しようというのが王妃やその妹達の意思だ。


「そうか、プロフェス・ヒュムネの奴隷部隊なぁ……。数は」

「お、およそ三十、ほど、だったと」

「ほう。三十……で、奴隷……成程なぁ」


 王妃が玉座から立ち上がった。

 今や滅びた国の種族である自分達は、存在自体が貴重だ。だから、同じ志を持った同胞は一人でも多い方がいい。

 どうにかして、帝国の(くびき)から解き放ってやりたい。それで、出来るなら此方側へ。玉座を立ち上がったのは、自分も戦場に向かって同胞を助ける為に向かおうとしたからだ。


 自分達の計画を成す為に。


「それで、今は戦闘中という訳か? それから日が経っているだろうが、アルセンの者共が苦戦するのは目に見えている。私も今から戦場に――」

「っそ、それがっ、今は膠着状態との事ですっ!」

「膠着?」


 王妃が不思議な顔をした。膠着、だなんてそんな余裕があるように思えなかった。

 王妃が聞いていた奴隷部隊の戦法は、許しが無い限り後に引けない捨て身だ。休んで自分の首が落ちるよりも、戦って相手の首を落とす。でないと殺されてしまうから。

 これまで獣人やダークエルフの奴隷部隊はそうだったと聞いている。だから、プロフェス・ヒュムネだけがそんな悠長な戦略を取るなんて有り得ない――と、思っていたのだが。


「プロフェス・ヒュムネの部隊は、撃破したと!!」

「――撃、破」

「その数、『鳥』『風』、そして『花』の混成部隊が二十体弱撃破!! 『花』と『月』は――」


 自分の同胞達が、アルセン軍に負けるなんて有り得ないと。


「ディル様とアルギン様のみで、十体を撃破したとの報告です!!」

「――ア」


 その報告を受けた瞬間、王妃の心に過ったのは幾つも折り重なった感情だった。


 力が抜けた気がして、腰からもう一度玉座に落ちる。

 立っていられない訳ではなかったが、聞いた話を整理するには座った方が楽だった。

 嫌な汗が、背中に伝う。


「王妃殿下、これは我が軍の勝利も同然です!! 我が国の誉れである騎士団の隊長二名だけで、プロフェス・ヒュムネを撃破するに至ったのです! 戦場の士気も向上し、我等の道行きに光が差しております!!」

「………」

「今こそ、憎き帝国に思い知らせるべきです!! アルセンに歯向かった事を思い知らせてやりましょう!!」

「――ふ」


 不意に、王妃の口から笑みがこぼれた。


「……ふ、ふふっ……、ふ、っ………ふ、ひっ………は、はははははっ!!」

「で、殿下……?」

「何を思い知らせるのだ? 相手の手は出尽くしたのであろう! 頼みの綱であったプロフェス・ヒュムネの部隊も全滅だと? 三十『人』も居た部隊が!! これ以上何を思い知らせる! 今頃皇帝のジジイも同じ報告を受けて、憤死するほどに頭に血が上ってるだろう!!」


 その笑いは、捨て鉢か、それとも心からの愉悦か。

 同じ場所に居た者共はヒューマンだから、その心の内までは分からないだろう。


「愉快だ!! なぁ、愉快だろう! 私の希望は! 同胞は! 使命は!! こんな所で潰えるものではない! あってはならない!!」


 プロフェス・ヒュムネが一人いれば、その場にいるヒューマンなど赤子の手を捻るように殺せる。

 その戦力は、確かに持っていた。同胞であれば持っている筈なのだ。


「ああ……アルギン、ディル、本当に、其方等夫婦は」


 王妃の声は、未だ笑いに震えてはいたものの。


「其方等は、また、私の未来図を、打ち砕くのだな」


 その瞳からは、瞬きも無しに涙が零れ落ちていた。

 仲間を殺された怒りでもなく。

 自分が所属する王国の勝利が見えた喜びでもなく。

 王妃の胸中には、出所の分からない安堵に満ちている。





 ――報告には少し、間違いがある。


「――く、ひっ。は、っ、……はぁ、……は、……ぅあ」


 それは『ディルとアルギンの二人でプロフェス・ヒュムネの十体を撃破した』というものだ。


「大丈夫か」

「だ、い。じょ、ぶ」


 時は遡り、アルギンとディルがプロフェス・ヒュムネと対峙した時の話。

 相手も馬鹿ではない。一度に一方向から攻めるよりも、散開して多角から攻めた方がいいと考えた。そして、襲撃に波を作る。

 第一陣として、三体のプロフェス・ヒュムネが二人を襲った。まだ、配下である騎士達は町中で手一杯だった。

 この町を制圧されないようにするのが『月』隊とアルギンの仕事だ。だから、追い払うのは隊長である自分達の責務。

 そう、思っていたのだが。


「………」


 第一陣は既に撃破している。三体の死体は、二人の眼前に転がっていた。

 その三体はすべて、ディルの剣の血露になっている。


「どうした?」


 これまで何度も、その強さを目の当たりにして来た。

 初めて出逢った時も。

 幾度も繰り返された戦争の中でも。

 同じ国に仕える騎士同士が刃を交わす御前試合でも。

 彼は平然と立ったまま、あらゆる者を斬り伏せてきた。

 アルギンは既に少し動くだけでも息が上がって、これまでの疲労と痛手が響いて来ている。特に、獣人に殴られて吹き飛んだ体はもう軋んでいた。


「なんでも、ないよ」


 ディルだってここに至るまでに無傷という訳では無かった。

 なのに、彼はプロフェス・ヒュムネ達の間を縫うように走って、全ての攻撃を避けた。そのひとつひとつが全て打撃で、一撃喰らうだけでも大怪我は免れなかっただろう。地を抉るような強烈な攻撃を避けて、喰らわせるディルの反撃は――彼等を両断していった。

 不思議な光景だった。両断された彼等の姿は、植物としてのプロフェス・ヒュムネの姿だった。それぞれ形は違うが皆見た目が植物のようで、花を咲かせている者もいる。彼等は蔦だったり背丈の高い草だったり、それらその物の形や、人の姿から草を体から生やしている者などそれぞれだ。

 その全員が、切れば体から血を流す。流れている血の色は同じだった。


「ディル、つぎ、くる」

「ああ」


 獣人も、ダークエルフもそうだ。

 どうして、奴隷なんて立場を作って従えさせるのだろう。

 帝国の考えが全く分からない。自国民に重税を課して尚、他の種族の尊厳まで踏み躙る。

 アルギンとディルには、最早こうして殺し合う事しか出来ない。

 次――第二陣が、来る。次も三人だ。


「アルギン、下がれ。次も我が」

「やだ」


 夫としては妻の身を案じたつもりだが、その妻が聞かん坊な返事を寄越す。「な、」と漏らす間もなくアルギンが手にしたのは、腰に下げていた短弓だった。

 アルギンの基本武器は短刀だ。他の武器も一通り使えるのだが、一番手に馴染むのはもう亡い兄から貰ったというものだ。けれどアルギンは元々短弓部隊出身の叩き上げ。もうひとつの得意としている武器だった。


「アタシだって、ディルの奥さんだよ。貴方には及ばないけど、弱くない」


 それは彼女の矜持。愛する人の隣に並べる能力は確かに持っている。

 彼女にとって、力とはひけらかすものではない。自慢して公言するものでもない。アルギンには力以上に価値が有ると信じた仲間がいる。ひけらかすなら、彼等との信頼関係だけで充分だった。


「――『水の精霊』」


 アルギンが低い声で呼びかけるのは、昔に兄から譲り受けて契約した精霊。

 短弓を構えた逆の手で、頬に広がる血を拭き取る。少し乾いて赤褐色になったそれが掌にべったりと付いた状態で弦に触れた。

 弦はあれど、矢が無い。けれど、アルギンが呼びかけると同時に掌の中の血が、まるで己の意思が有るかのように蠢いた。


「『我が血は矢雨である』」


 片足を半歩分下げ、弦を引く。その手には赤い塊だけが、矢のように存在していた。

 羽もついていない、ただ長い棒の一本だけがある。その直線で、相対する緑達の頭上を指し示す。

 一つ結びのアルギンの後頭部の髪が、風とは違う理由で不自然に揺れて。


「『飛んでいけ』っ!!」


 アルギンが指を離すと命令の通りに、その直線は空へと飛んだ。飛んで、ある一定の高さで止まって留まる。

 緑色の頭上で。

 己に下された命令を受けて、確かに止まって秒を数える間もなく形を変える。

 たった少量の血液ではあったが、弾けるように広がった。空に薄く膜のように張る血は、そこで乾く事は無く。

 数秒、幕は渦巻くように空中に停滞する。そして。


「!!」


 プロフェス・ヒュムネ達が異変に気付いた時には、既に遅く。

 見上げた空の色が、赤色に染まっているのに逃げられない。


 ――ぽたり。


 血の雫がひとつぶ、落ちる。

 それは合図だった。


 一粒の雫が導くように、次々と膜のような血が新たな欠片となって落ちていく。けれど、それはただの粒ではなく、(やじり)の殺傷力を持った血の刃だ。

 丸を模した雫ではなく、鋭角と硬さを備えて落ちる凶器。アルギンが命じた通りの矢雨となって、プロフェス・ヒュムネ達に降り注ぐ。少し身を捩っただけでは躱しきれない、広範囲の攻撃魔法。


 葉擦れの音がディルとアルギンの耳に届く。

 それはプロフェス・ヒュムネの苦痛の叫び。けれど、その音を聞きたくないアルギンは目を細めて逸らす。

 倒す相手の声を、いちいち聞いていたら心が死んでしまう。それが例え、言葉として通じなくても。


 苦痛は、言語でなく、鼓膜を揺らす音だけでも充分聞き取ってしまうから。




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