18.誰の娘に手を出した心算か
――続々と酒場の人員や騎士達が集結しつつある、その時よりも少し時間は遡る。
城下各地に塒を確保している奴隷商たちは、今日が城下に滞在する最後の日だと決めていた。
スカイを奪還出来るか否かに関わらず、非力そうな関係者を適当に一人か二人攫えば良いと決めていた。
それをスカイの身柄と引き換えにするも良し、スカイの代わりに売り払うも良しと考えている。
それで連れ去られたのが、ディルとアルギンの間に産まれた双子だったの、だが。
「ほう? 噂に聞く元聖騎士の娘ってのがこいつらか」
背負い箱に入れられて四番街の空き家まで連れて来られたウィスタリアとコバルトは、とある人物の前にいた。
子供だから、とやや緩く後ろ手で縛られ、口だけ布を噛まされた状態だ。泣き濡れていたコバルトは真っ赤になった目で男を睨みつけているが、ウィスタリアは特に恐怖は感じていないようなけろっとした顔をしている。
男は、年を取って髪の色素が落ちている。顔にある大きな目立つ傷のせいで、日の光の下を歩けまい。物騒な仕事柄鍛えられた体は、白と黒を基調とした外套の下に隠れている。
実名は既に忘れ去られて久しく、今は奴隷商としての『ウバライ・ゴーン』という名前で生きている。
「なかなか上玉じゃねぇか。そっちの趣味がある奴等に高く売れるだろうよ?」
「二人合わせてスカイくらいにはなりますかね」
「馬鹿、あれ程は無理に決まってんだろ。先に買い手に交渉してみっか。スカイの身柄と一緒に身代金も要求できるかもな」
――勿論、身代金が払われた所で双子を帰す訳が無いのだが。
それほどまでに薄汚れた男達は、今のうちから金の計算をし出す。姉弟の双子と思われているから、値段は少しだけウィスタリアの方が高い。
自分達の事で、またよくない話がされているのは分かっているのでコバルトはまた泣いた。
でも声をあげると、今まで聞いた事のないような怒声を浴びせられるから、声を殺すようにして泣くしか無かった。
父からも、母からも、酒場の皆からも、親しくしている『先生』からも怒鳴られた事が無いのに。
「そんじゃ、野郎共。そろそろ出発するか」
四番街のそこには、外に小さな馬車が付けてあった。
馬一台で引けるような、荷物を運ぶためのもの。申し訳程度の幌がついているのは、その荷物が何であるかを隠すためのものだ。
中に乗り込むのは、行商に擬態するために詰め込まれた荷物の奥側に詰め込まれるウィスタリアとコバルト。そして、見張りとして付く男が一人。
めそめそ泣くコバルトはさておき、平然な顔をしているように見えるウィスタリアは馬車に乗り込ませた後も狼狽える事は無かった。
「…………」
見張りの男には、それがとても気味悪く思えた。
馬を操る御者席にはウバライが乗り込み、ゆっくりと進み出す。
王妃達が城下へ帰って来る頃合いを見て、そちらに掛かりきりになる門を抜ける算段だった。
馬の速度は次第に乗り、先程までいた空き家が遠くなる。
「んー」
そこでやっと、ウィスタリアが声を小さく出した
「あん?」
「んー。んー」
布を噛まされた口で、何かを訴えている。その声も控えめで、こんなに小さいのに大人の顔色に配慮できる能力を備えている事に薄ら寒さを感じた男。
しかし、このまま唸られていても困る。男は渋々、轡を外してやった。
「うるせぇぞ、黙れ」
「くるしいんだもん。ねぇ、おじちゃん。わたしたち、ばしゃよっちゃうの」
「ああん?」
「おそと、みたい」
「外、っつったって」
幌馬車には窓など無い。見るとしたら、後ろから過ぎ行く街を見るしか出来ない。
しかし身を乗り出せば誰かに見つかってしまうかも知れない。
最初から話を聞く気が無かった男だが、ウィスタリアの言葉は続く。
「わたしより、バルトのほうがよいやすいよ。もしかしたら、このなかで、おえってなっちゃうかも」
「………」
「おねがい、ちょっとでいいの。わたしたち、おとなしくするから」
幼児、と言うにはあまりに落ち着き払った交渉だった。泣くだけのもう一人と違い、自分の置かれている立場を理解していなさそうな落ち着きぶり。
それはあまりに無邪気だから、なのか。
「……少しだけ、だぞ。身を乗り出すな」
「はぁい」
行こ、とウィスタリアが声を掛けると、ぐずぐず泣いていたコバルトも立ち上がって馬車の後ろへとよたよた歩く。
揺れる馬車の中で、転ばないように寄り添って歩く姿は健気に見えた。揃って後方で身を屈めて外を見る。
「まちだねー」
「……」
「ねぇ、バルト、あのね」
「うるせぇ、黙れガキ共!」
何かを話し出す双子に、男がまた声を荒げた。それで肩を揺らしたのはコバルトのみ。
今度は、うるさくなければいいのかとでも言いたそうに、男にも聞き取れない小声で話し出すウィスタリア。
どうも、子供のような振る舞いが見られない。
それが男にはやはり気持ち悪く感じる。自分達が飯の種にしてきた子供達とは全然違って見えるのだ。
だからと、小さな体にはこの状況はどうしようもないだろう。雨の中、馬車の速度は出ているしコバルトは布を噛まされたまま、双子の両手も縛られている。――縛られている筈だった。
「……は、はっ!?」
男が気付いたのはその時だ。
いくら少し緩いとはいえ、双子を縛っていた手首。ウィスタリアの方は、結んだ時よりももっと緩んでいた。それを、小さな手が引っ張って、きっちり結ばれているように見せかけていたのだ。
「バルト!!」
男が気付いたのに、ウィスタリアも気付いた。
その場に立ち上がった双子。しかし、コバルトの方は口も手もどちらも自由じゃない。
男の手が伸びる。こうなってしまっては、年齢など関係ない。手荒い方法になったとしても確保しなければならない。
でも、男の手よりウィスタリアの腕の動きの方が早かった。自分に巻き付いていただけの縄をさっと外すと、大事な妹を両腕に抱く。
「おまえらなんかこわくないもん!!」
そしてウィスタリアは――荷台から飛び降りた。
外は雨が降っていて、飛び出した先は地面だ。受け身を取るにも、妹を守るように抱いていては難しい。
それでも、ウィスタリアは飛んだ。
「わたしたちは、ぱぱとままのこどもだもん!!」
知らぬ男達に捕まって、スカイを苦しめる事になったり、人の気持ちも無視して勝手に売り払われたり。
そんな事になるくらいなら、ウィスタリアは大人しく荷馬車に揺られるよりは飛び降りることを選ぶ。
ディルと、アルギンの子供だから。
父親が、馬車を飛び降りる悪い見本を示してくれたから。
「っな、は、はああああっ!?」
「っ――」
何があっても、妹は傷付けない――という一心で、強く胸に抱く。
怖くない、なんて啖呵を切ったウィスタリアだったが、飛び降りる事への不安はあった。でも、勇敢な騎士の子供だから、悪人に簡単に屈する自分を、幼いながらに許せなかった。
やがて体が地に落ちると、勢いよく二人が転がる。重なったまま数度回転するが、止まると同時に二人が同時に立ち上がった。
その後のウィスタリアの行動も早かった。緩んでいた腕の縄を器用に外して腕を自由にさせてやる。
泥に塗れて体は濡れて、見える肌のあちこちに擦り傷を作っていてもそっちに構う暇はない。
「バルト!」
「ほ……、ほぇ、ほへぇひゃぁん……」
「いくよ!!」
口枷を外すよりも先に二人は手を繋いで、馬車とは反対方向へと走って逃げた。
見張りの男も声を荒げる。
「っあ、た、大変だぁお頭ぁ!! あの二人が逃げたぁ!!」
急ぎで馬を止めても、子供の足は速い。
その場に荷馬車を置いたまま、双子と大人達の追いかけっこが始まった。
双子が向かったのは、四番街の倉庫街だった。
先程まで拘束されていた建物とも近く、住居となる家も少ない土地。
塒で待機していた男達も駆り出されて、双子との鬼ごっこが始まる。
最初は、遮蔽物も多いこの場所で楽に捕まえられるものだと思っていた男達。相手は年端も行かぬ小さな子供だ。どこか行き止まりにでも追い詰めれば、簡単に捕まると思っていた。
「っの、畜生が! おい待てっ!!」
その頃にはコバルトも姉の手によって猿轡を外されていて、縦横無尽に大人の手を掻い潜って逃げ回っている。
「もうつかれたの!? おとななっのにー!! へんなのー!」
「んだとコラぁっ!!」
相手にしているのは、子供の筈だった。
しかし子供特有の瞬発力と小回りに加え、大人顔負けの持久力は年齢を疑うものだった。どれだけ走っても追い付かず、捕まえたと思っても手をすり抜ける。追い詰めようとしても、決して狙った方向に行こうとしない。
それだけでも苛立つ大人に、子供らしい煽りをかますコバルト。更に頭に血が上り、冷静な判断が出来ない男達。
コバルトの襟元に、今にも手が届く――と、なった時には。
「そーれっ!!」
「わぶっ!?」
さっと建物の角から現れて。、雨のせいで湿った泥玉を、男の顔目掛けて投げるウィスタリア。物陰に隠れてせっせと泥玉を作っていた彼女は、一個を投げた後も二つを両手に持っていた。
コバルトに渡す頃には、己の水分でどろりと形を歪める泥玉。双子は両手を泥だらけにしながら、さっきまでの表情も忘れたように満面の笑みを浮かべていた。
「あっちいこ、バルト!」
「わーい!! いくいくー!」
「て、てめぇらっ……、まち、やがれっ……!!」
泥玉の土が目にまで入った男はその場で悶絶している。
次に双子と出くわした人物も災難で、計三発の泥玉を顔に喰らって身動きが取れなくなっていた。
一ヶ所に投げる狙いを定め、確実に仕留める。その体力も腕も、間違いなく親譲り。
いつしか雨足は弱まり、小降りになり、空には雲の切れ間から光が差し込み始める。
きらきらと雨の雫で輝く街中で、双子は鬼ごっこの心持ちで楽しんでいた。雨が弱まった頃を見計らって、あちこちの壁にべちょべちょと泥玉を投げて遊んでいた。
「そこまでだ、ガキ共っ!!」
肩を並べて楽し気に走り回る二人の前に、ウバライ・ゴーンが立ち塞がるのもその時だった。
足を止めた双子は、両手に新作の泥玉を抱えたまま敵の親玉を見る。
「調子こいてんじゃねぇぞ、ガキがっ! 随分遊んでくれたようだが、それも終わりだ!」
「………」
「……」
怒声に一瞬怯んだコバルトだったが、ウィスタリアの瞳は曇らない。それどころか、無感情な視線をウバライに向けている。
あまりに子供らしくない態度だった。これまでの落ち着き払った様子も含めて、ウバライにも薄気味悪さを感じさせる。
「あそんだけど、ちょーし? にはのってないよ。のったのは、ばしゃだったよ」
「このクソガキっ……!!」
表情も、言葉選びも、ひとつひとつが苛立ちを抱かせるものだ。
でも、それは双子を勝手に侮ったウバライのせい。
自分達より弱い存在を食い物にした代償は、今訪れる。
「ぱぱもままも、いってたもん。わたしたち、せかいでいちばんだいじなんだって。だから」
ウィスタリアが言葉を切った。
「な、っ!?」
それは突然、天を覆う雲から雷光が起きたような光が瞬いたからだ。
ウィスタリアの言葉と同時、空に光が飛び散った。轟音が同時に襲う。
しかしウバライが驚いたのは、それだけが理由ではない。
空で、雷光が留まっている。留まったまま、空に模様を描き出す。
それは、まるで目玉の形に。
「おねえちゃん」
「うん」
双子は模様を見上げる。そして微笑んだ。
「ぜったい、なにかあったらたすけにきてくれるって、いってたもん」
まるで空の瞳と見つめ合うような、双子の姿。
やがてその空の光、天の瞳孔から――光が、落ちて来る。
雷よりも一直線に、二人の側を目指して。
落ちて来た光が薄くなると、その中にいた人物達の姿が徐々に見えて来た。
一人は褪せたような色の伸びるに任せた金髪、浅黒い肌、長い耳。緩やかな服を着た体は、雨粒ですっかり濡れてしまっている。
もう一人は、艶のある一つ結びの金髪に白い肌、そして長い耳。暗色のシスター服を纏った体に、手には長槍を持っている。
光と共に下りて来た二人組は、俯くような視線から――ウバライを睨みつけるように顔を上げた。
「二人を連れて行ったのは貴様か、ヒューマン」
低く、低く、怒りを湛えた男の声。
「殺したら駄目だよ、アクエリア」
「命令するな」
「命令じゃないってば」
窘めるミュゼの声は、アクエリアの耳に届いていても、承知されるかどうか怪しい所だ。
これ以上無いというほどの怒りを覚えた彼は、ミュゼが側に居ることでなんとか最後の一線を越えずに居られている。
普段の仮の姿が保てない。
ダークエルフである本当の姿さえ隠せなくなっても。
「殺すな。殺すなよ、頼むから」
ミュゼの声だけが、なんとかアクエリアに届いている。
「親の二人が我慢してるのに、お前が手を下すのは駄目だろ」
冷静な声だけが、アクエリアの正気を繋ぎ止める最後の頼みの綱だった。




