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【第三部】アルセンの方舟 ―国家公認裏ギルド交響曲―  作者: 不二丸茅乃
chapter.3 あなたをさがして

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17.その陳情には取り次ぎも要らぬ




「……………はぁ……」


 王城へ向かう騎士の隊列。

 その前方の中では中間地点にいるのが、他のものよりも煌びやかな馬車だった。

 折しも城下は豪雨一歩手前の雨模様。この国でいと尊き――なんて騎士が謳う王妃を運ぶ馬車はそんな事で止まりはしない。そもそも、少し前から降り出した時に途中で雨が止むまで待つか、との進言を無視したのも王妃だ。もう王城まで目と鼻の先だというのに、これ以上外で気力を浪費したくなかったから。それに、雨に降られる騎士達の体力も懸念事項ではある。

 顔に垂らした布は、表情を読み取られないようにしている王妃の通常装備。その布の下から手を入れた王妃は、窓で頬杖を付いてぼんやりと外を見た。


「お疲れですね、義母上」

「……」


 王妃の乗る馬車に同乗を許されているのは一人だけだった。その唯一が気安く声を掛けてくる。でも、その表情がとても面白くなさそうだった。

 彼も同じように頬杖を付いている。髪に国王のそれと同じ色を宿した、第一王子にして王国騎士の隊長。


「其方こそ疲れているであろ、ヴァリン。久方振りの王族としての振る舞いだったろう」

「俺はいつも王族としての振る舞いを忘れた事はありませんよ。尤も、それが父上や義母上の望む形であるかは分かりかねますがね」

「………」


 粘っこさを兼ね備えた嫌味。

 国王の後妻である現王妃は、第一王子アールヴァリンと血の繋がりは無い。前王妃が産んだ子供は四人で、ミリアルテアは末の姫だけを産んだ。

 王妃は、アールヴァリンにとって良い母親では無かった。現在進行形で、かも知れないが。

 彼は兄妹達の中で年齢が一番上のせいで事態の理解が早く、後妻として王家に名を連ねた王妃に余所余所しかった。自分に慣れないヴァリンを可愛いと思えず、今となっては後悔しか無い扱いをした頃もある。

 ほんの数年前までは、二人きりで馬車の中なんていう状況すらどちらかが拒んだ筈だった。それほどまでに、親子としての関係性は最悪だったのだ。


「王家としての自覚があるのなら、自分を卑下するような事を言うな」

「それはすみません。なにぶん、どうも疲れてしまっているので。公務で俺がアルセンの姓を使ったのは久し振りですから」

「…………」


 アールヴァリンがやや強く当たるのは、関係性が悪いせいではない。――寧ろ、今は逆だった。

 数年前までは、どれだけ疲れていても、それを直に伝えるどころか嫌味を口にする事すら許されなかった。

 はぁ、とやや大きな溜息と共に頬杖の手を上に滑らせる。髪の毛を掴んで軽く引いて、疲労感と気まずさを誤魔化した。混ざった感情の中に苛立ちは無い。


「お陰で助かったよ、ヴァリン。其方が来てくれたお陰で、私も幾らか楽が出来た。私とて流石に体を二つも三つも裂くような事は出来ぬのでな」

「御謙遜を。俺は煩い古狸共に挨拶しただけですよ。……その挨拶だけでも、相当疲れてしまいましたが」

「あ奴等に挨拶出来るだけでも、其方の能力は高いよ。あまり諸手を挙げて褒める話では無いだろうが、側に居たディルも威嚇に協力しておったのもあろうし……、ん?」


 義理の息子に対して、気遣うとかいう意思は無い。けれど、彼が苦心していたのも本当だから、裏の無い素直な労いを口にする。

 そしてその労いが、道中の警護を未だに続けているディルにも向いた時、馬車の挙動がおかしくなった。

 ――止まった、のだ。

 停車する時の揺れが二人の体を襲い、反射的にアールヴァリンは王妃を庇おうと手を伸ばす。しかし、それきり雨音以外は静かになってしまった。


「何があった!!」


 アールヴァリンが声を張るが、外から聞こえるのはやはり雨音だけ。窓から外を覗こうとしても、二人の位置から見える範囲には数名の騎士が棒立ちになっている姿と、雨に烟る城下が見えるだけ。

 待たされることに焦れたアールヴァリンが、自分の手で馬車の扉を開けようとした瞬間だった。


「――王妃殿下、アールヴァリン」


 がちゃりと開いた扉の向こうから、頭までずぶ濡れになったディルが現れた。

 結婚してからというもの血色のいい顔をしていた筈の彼が、今に限って血の気が薄い。


「……如何した。敵襲か?」


 王妃は、本当はこの男の事がそこまで好きではない。昔ほど忌み嫌っては無いが、能力を認めこそすれ人間性が苦手だ。

 だから、揶揄い半分でそう聞いただけ。


「――そうだ」


 けれど、ディルの返答はこれまた意外なもので。

 城下、それも符号としての数字の高い街で敵襲なんて、ディルがまた似合わない冗談でも吹っ掛けて来たのかと思った。

 でもディルの顔色が、その冗談を肯定している。敵襲だなんて、ここ数年は聞かなかった言葉だ。


「王妃殿下。失礼を承知する」

「……何の、つもりだ」

「一刻を、争う」


 ディルの手が、王妃に延ばされる。

 それはこの雨の中、外に出る事を強要されているようだった。

 実際ディルが冗談なんて言うはずが無いと分かっている。この鉄面皮の男は、冗談でさえ結婚前の妻に愛の言葉ひとつ囁けなかった男だ。

 男のものにしては白い指に手を乗せる王妃。その手は、雨のせいで冷たくなっていた。


「……内容に因っては、幾ら元聖騎士の貴様とて厳罰に処す」

「構わぬ。……構わぬ、其れで、我が子達が助かるのならば」

「子供達? ……今、子供達と言ったか」


 寒さのせいで青白くなっているディルの唇が漏らした言葉を聞き逃さなかった王妃。聞き返すと同時、ディルの顔すら青白い理由に嫌な予感を覚えた。

 体が勝手に、ディルの手を振り払った。そして、彼を押しのけるようにして外に出る。


 雨が降っていた。


 頭も足元も濡れる事すら構わず水溜まりへと降り立った王妃は、馬車の前方に五人の人影を見つける。


 一人は、自分が城で傍に仕えさせている宮廷占術師。

 二人は、とても近しい存在の女だ。揃いの黒髪を持つ姉妹が王妃を見ている。

 もう一人は、地面に座り込んでいた。頭を差し出して懇願する体制で、この雨の中何事かを叫んでいる。

 その座り込んだ女の隣にもう一人、同じ様な体勢をしている見慣れた女が居た。


 道を阻むように、その五人が居た。


「……ロベリア、紫廉、緑蘭、……は、アルギン、に、ソルビット……?」

「おうひ、でんか」


 誰も彼も、『見覚え』どころの人物ではない。


「申し訳、ありません。後から幾らでも、この咎は償います」

「何があった。アルギン、言え」

「申し訳、ありません。申し訳ありません。申し訳ありません」


 全員が、それなりに長い時間を知り合った人物だった。特に、アルギンは並々ならぬ思い入れがある。


「――王妃殿下っ!! 申し訳、ありませんっ!!」


 その声はアルギンのものだった。絶叫のような声が、豪雨の音に割り行って聞こえてくる。


「アタシ達の、子供が!! 双子が、攫われましたっ!!!」

「――」


 悲痛な声が、王妃の鼓膜を突き刺した。


「馬車を止めて、申し訳ありませんっ!! でも、でもっ! アタシは、あの二人に何かがあったら、生きていけないっ!!」

「……は、……」

「お願いです! お願い、しますっ!! 二人を助けるのに、どうか力をお貸しくださいっ!!」


 ――そんな話で、馬車を止めたのか。


 王妃の呼吸に、引き攣った音が混じる。

 この城下を騒がした人攫いの奴隷商の仕業だと、すぐに分かった。アルギン達が着手していた依頼はその件に関係していた筈だ。

 王妃が、両手で目元を覆った。


「双子、か。ウィスタリア、と、コバルトのことか、アルギン」

「そう、です」

「まだ時々夜泣きがあると言っていたな、ディル」

「――その通りだ」

「攫われた? その二人が、か」


 背後に控えるディルの声が、震えていた。昔はディルを人形のようだと(あげつら)っていた王妃だが、そんな声も出せるのだなと今更になって認識する。

 王妃とて、双子と面識がある。無理を言って、アルギンに数度共に城に泊まらせたこともある。母親に似て、とても人懐っこくて素直な子供達だ。感情を露わにすることが少ない人形めいた父親に似なくて、無邪気で、素直で、可愛い。


「王妃殿下、任の途中で弁解の余地も無い。だが、我は我が子供達の身を案じる。故に此の場で失礼させて頂きたい」

「……失礼、だと……?」


 王妃の声すら、ディルのそれが伝染したかのように震えていた。


 子供の命が懸かっているのに、失礼も何もあるものか。


「自らの子の一大事に失礼も何もあるか貴様っ!! こんな所で油を売らずにとっとと行けっ!!」

「――最大の感謝を申し上げる、王妃殿下」

「早う行けと言っとるにっ!!」


 王妃の檄を受けて、ディルが妻の許へと走り出す。その一瞬で気が緩んだアルギンは、雨か涙か分からない液体を顔から流す。

 二・三言葉を交わした夫婦は、他の者を置いてすぐに揃って走り出した。雨で足場は良くないが、戦場で名を馳せた二人なら大丈夫だろうという安心感が他の者に口を出させない。


「ロベリア」

「はっ」

「双子の居場所の目星は付いているのであろうな?」

「恐らくは四番街です。ただ、その中でも絞り込むのは難しくて……」

「成程な。……だから、其方が付いて来たのかソルビット」

「……」


 ソルビットは、騎士隊長としての立場がある。だからアルギン程には王妃に自由に振舞えない。

 でも、今回懸かっているのは双子の命だ。自分の大事な人が産んだ、大事な子供達。

 深く頭を下げて、許しを乞う。この事態に、自分の容貌が乱れる事にソルビットも気を遣っていられない。


「我が『花』隊を動かす許可を頂きたいのです、王妃殿下」

「……許可など。此度の件には例外が適用されると後からでも宣えば良かったのではないか?」

「では、許可してくださると?」

「勿論だ。――我が国民の、それも幼気な子供達に手を出した罪を存分に味合わせねばならぬだろう?」


 雨の中、垂れ幕の下で王妃の双眸が見開かれる。その瞳に宿した苛立ちを見ることが叶うものは誰もいないが、声に滲んだ怒りは全員が聞き取れる。

 そして、その怒りはヴァリンにも託される。


「ヴァリン!!」

「はい」

「機動に於いて、其方の『風』隊に勝る隊は無い。聞こえていたのであろ、双子奪還に協力せよ」

「……協力と言われましても」


 しかし、必要以上の怒りで頭に血が上っている王妃とは違い、王子騎士は乗り気ではなかった。


「俺は今、王妃殿下である貴女を護衛するために居るんですよ。幾らあの双子の為だとて、この国でいと尊き王妃殿下を置いて別任務に就くのは無理な相談では無いでしょうか」

「貴様、私が簡単に悪漢に襲われるとでも思っているのかこの親不孝者!!」

「えー」


 自分の仕事を全うしようとしている義理の息子に吐きかける言葉ではない。

 やや面倒臭そうな感情を混ぜた吐息で不服を伝えようとしても、王妃は全く意にも介さない。

 ぷりぷり起こる王妃と、どうしたものか迷う王子騎士。そんな彼に近付くのは、癖のある茶の髪を持つ他隊の隊長。


「ヴァリン」

「どうしたソル」

「あたし、双子ちゃんと遊ぼうと思って今日から三日間休みとってたんだよねぇ。でも双子ちゃんがこうなったじゃん。無事に帰って来ても、多分もうあたしと遊ぶ余裕なんて無いじゃん? 空いた時間どうしよっかなぁって考えてるんだけど」

「…………。………、……その時間、俺の為に使う事は?」

「あの双子ちゃんが無事に戻って来たらあるんじゃないかなぁ」

「義母上。『風』、出陣可能です。何としても双子を無事に親の許へ送り届けなければなりません」


 私欲に満ち溢れた王子騎士の言葉だが、目的は一緒だ。

 ソルビットがヴァリンに耳打ちした言葉が、何かしら艶っぽい事に関する事だと気付いていても王妃は口を出さない。


「先ずは城下の全出入り口の封鎖。それから徐々に探索の範囲を狭めましょう。俺の心残りは、義母上の貴女の身柄を安全に運ぶ事が出来ない事ですが」

「それは私達が承りましょう」


 進言したのは酒場で働くオルキデとマゼンタだ。

 二人の言葉には、アールヴァリンといえど異論は唱えられない。寧ろ、大丈夫かと心配するだけ無駄だ。


「お願いしても?」

「勿論」

「では、頼みます――『義叔母上』」


 そうして王妃の身柄を店員姉妹に頼んだ『風』と『花』の隊長も走ってその場を後にする。馬車なんて悠長に乗っている時間も無いのだ。

 そのうち豪雨と呼ぶべき雨も次第に弱くなる。

 いつまでも強く降る雨など、存在しない。


「……最初から大人しく了承していればいいものを、あの親不孝者は」

「まぁまぁ。本当に不孝なのは『姉様』に対してじゃないでしょうに」

「む……」

「板挟みは辛いでしょう。可哀相に、少しは汲んで差し上げた方が良いのでは」

「あーあーあー! 緑蘭、お前のお小言は聞き飽いた」


 緑蘭、と呼ばれたオルキデが微笑む。

 それはオルキデが、故郷であるファルビィティスで名付けられた名前だった。

 そして姉様、と呼ばれた王妃も微笑む。

 店員二人と、王妃は、姉妹だ。

 それは王妃がプロフェス・ヒュムネである事と同義で。


「充分な人手は揃っただろう、我々は城で吉報を待っていようか」

「殺して良いなら私も行きたかったなぁ!! あの双子ちゃんに手を出すなんて全身の骨を折ってもまだ足りないわ。体中の骨を折られてもまだ生きてるヒューマンってのも見ていて楽しそう」

「我慢しろ。そうして許されるのは、攫われた親であるアルギンとディルだけだろう」


 酒場で温和な店員として密かな人気がある、マゼンタの言葉とは思えないものが口から零れる。

 その言葉に釣られるように、王妃の口からも残虐な言葉が漏れた。


「あの夫婦に伝え忘れたな。今回は、不殺の誓いなど如何でも良い。子を盗られて怒らぬ親が居ようものか。全員残らず殺してしまえ――と」


 理性さえも捨てさせるような言葉を、あの夫婦が聞かなかったのは幸か不幸か。


「双子を連れ去った奴等を、あの二人は不殺を守って生かして連れて来るかな?」

「無理でしょう。そもそも、原型を留めているかも怪しいですよ」

「とっても楽しみだなぁ。あの夫婦だけじゃなくて、今回の事は酒場の皆怒ってたわ。やっぱり、ヒューマンは感情が表に出る時が一番見ていて楽しいね」


 馬車に乗り込みながら、悪趣味な事を語り合う三姉妹。ロベリアはそんな王妃姉妹を乗せた馬車の扉を閉める係だ。

 再び、馬車は何事も無かったかのように走り出す。

 空には、雲の切れ目から青空が覗き始めていた。

 

 


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