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【第三部】アルセンの方舟 ―国家公認裏ギルド交響曲―  作者: 不二丸茅乃
chapter.3 あなたをさがして

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16.飛沫が知らせる塒と所在


「貴方は、この城下の出身ではありませんね?」

「……ああ」

「では、どこ出身なのでしょうか。その訛りは近隣では聞きませんね……あ、逃げようとして隙を窺っても駄目ですよ。僕に何かしたら、さっきの女性が貴方の頭を砕きますので」

「………」

「貴方達の塒は幾つあるのでしょう。九番街にある事は聞いていましたが、それ以外とは初耳です」

「へ、へっ……、そう簡単に塒を教える訳ねぇだろ」

「無駄な口数は減らない方ですね。その数に見合うように、舌を薄く二枚に裂いても良いのですよ?」


 床に落ちた札を一枚、人差し指と中指で拾って、目の前にちらつかせるロベリア。

 後方で成り行きを見ている酒場の面々もそうだが、腕を組み足の爪先で忙しなく床を踏んでいるアクエリアは待つだけのこの時間を耐えきれないようだった。


「……こんな事して、何の役に立つんです。今すぐ皆で外に探しに行った方が遥かにマシなんじゃないんですか」

「こんな少人数で? 人海戦術には、相応の人手が必要になるんだよ。こんな数でバラバラに動いて取り零しがあったら、責任取れるのアクエリア」

「……」


 冷静で無くなるアクエリアの頭を冷まさせる役は、ミュゼが担った。

 いつもは全てを斜に構えて皮肉ぶるアクエリアだが、双子の安全が懸かっているとなると話が違う。

 双子が産まれてから、ずっと傍に居た。自分の亡き兄が引き取って育てた女が、愛する男との間に産んだ子供。無邪気に「おじちゃん」と呼んで慕ってくれる、未来への希望の形そのものだ。


 その希望は、汚い男共が邪な思惑で触れていいものではない。


「……ウィリア……っ、バルトぉ……」

「………」


 ロベリアが男に詰め寄っているのを、アルギンとソルビットは顔を青褪めさせながら見守っていた。

 特に、ソルビットに肩を抱き寄せられているアルギンの憔悴振りは痛々しい程。子が事件に巻き込まれて平然として居られる親など、どこにもいない。

 強く握りしめたアルギンの手は、爪に肉が食い込んでいる。血の気の引いた掌を決して解こうとせず、唇も噛みしめすぎて血が滲んでいる。


「……せめて、こんな天気じゃなかったら」


 外は雨。雨音が室内にまで響くような降り方になって暫く経った。外套さえ着れば外に出られない訳では無いが、視界はとても悪い。

 こんな天気じゃなかったら。

 きっと、誰も彼も正気を失って街の中を走り回っていただろう。連携さえも取れない状態で、必死で双子を探していた。こうやって焦燥感に炙られながらも固まって作戦を練られるのは、悪いばかりの話ではない。


「九番街に塒があったのなら、他の街にもあると考えるのが自然ですね。五番街にもあるんですか? 二か所だけじゃないでしょう、それ以上の数あると考えた方が自然ですよね。他に何番街にお持ちなんですか」

「……っど、どう考えりゃ自然か何かなんて俺が知るかよ」

「質問には、回答を返すものですよ。……尤も」


 ロベリアが流した、占い札の上の真紅の液体。

 一本線を描いただけだった、それらが、僅かに動いたように見えてジャスミンが目を擦った。

 医療を身につけたジャスミンにとって、血は流れるものだ。体内だろうと体外だろうと、重力に従うものだ。

 液体が蠢くように床の上を這う頃には、その場にいた全員がその挙動に視線を奪われていた。


「口で聞いて答えが返るとは思っていません。――アルギン様」

「っあ、な、何?」

「地図を、お持ちではないですか。出来れば、この城下を広く描いたものが良いです。お持ちでしたら――急いで」


 急に話を振られたアルギンは、それまで真紅の線が蠢く光景に意識を奪われていた。急に名前を呼ばれて用事を言われ、慌てたように酒場の中を走り回る。

 そんな広域地図なんて普通は持っていないが、裏ギルドといった場所の特性上所持していなければならない。ばたばたと足音を立ててアルギンが戻って来た時には、その手には卓に置けば天板を占領して尚四隅が飛び出るほどの大きさの地図を持っていた。それなりに詳細が記されている地図ではあるが、一番街の辺りだけは空白。


「これ! これで、いい!?」

「充分です」


 真紅の線は、縛られて詰められている男に躙り寄っていた。

 見た事のない挙動をする液体に「ひ、」と男が声を漏らしても、線は男の足許へと移動する。だが男を直接害する訳では無く、線の目的地は床に広がる血液だった。

 男が流して酸素に触れ変色した血液に辿り着いた線は、赤褐色と混ざり合う。びちゃびちゃと、意識を持って自らひとつになろうとする気色の悪い光景。充分に混ざり合った後は、液体とも思えぬ挙動を再び繰り返す――が。


「『うらのりょうがのげぢなり』」


 ぱん、ぱん。

 二回、何かの言葉を口にしたロベリアが手を叩く。

 途端に液体の動きは遅くなった。


「『わろびとのてにかかりてぐしいなれきわらはどもはいずこなりや』」


 抑揚のないそれは、異国の呪文のようだった。アクエリアが使うような精霊を使役する魔法のようで、でもアクエリアでも理解出来ない言葉だ。音として聞き取れても、一息で唇から紡がれるそれは意味のある単語に聞こえないのだ。

 ロベリアの言葉が途切れると、力も掛けられていないのに、液体がひとつの塊になって空中に跳ね上がる。拳よりも小さな毬か何かのような形になったが、それだけだった。


「『わろびとのかくれやはいずこなりや』」


 更に言葉を連ねたロベリア。

 占い、と呼ぶにはあまりに詠唱めいている。精霊の動きも無いのに、血と液体が混ざり合って出来た球体が蠢いているのを見るのはあまりに不思議な光景だった。

 ロベリアが口にした言葉に反応して、更に動きを変える球体。暫くの後に、それが――弾けた。


「わぁっ!?」


 驚愕の声を上げたのはスカイだった。

 皆の目の前で弾けた球体だが、飛沫が飛んだのは一方向にだけだ。アルギンが広げた地図の上に、不規則に飛び散ったかに見えた。

 それにある種の規則性を見出したのは、ロベリアやソルビット、あとはアルギンだけだ。


「………」


 九番街に一ヶ所、あとは六番街以下の一番街以外に二ヶ所以上の飛沫が付いている。アルカネットとミュゼが急襲し、子供達を助けた廓がある場所にも飛沫が飛んでいた。

 四番街に至っては、中央からその周辺が真っ赤に染まってしまっていた。こんな毒々しい飛沫に、何の意味も無いなどとはアルギンも思っていない。

 それが、ロベリアのプロフェス・ヒュムネとしての能力、『占術』だった。


「四番街に、いるんだね」

「恐らく」


 他の街に付いた飛沫の場所は、奴隷商が塒として使っている場所だ。

 あまりに数が多いが、それ全ての名義が奴等のものではないだろう。空き家を勝手に失敬していたり、ただの倉庫だったりする筈だ。

 五番街にも三つほど付いている飛沫のひとつは、顔見知りの家だった。でもここ暫くは旅行に出ていて家を空けているのも知っている。

 最悪だった。空き巣としても、かなり手慣れている。でも絞るべき場所が分かったのは幸運だったろう。これで、ロベリアがこの事態に鉢合わせず酒場にいなかったらと思うと、アルギンの背筋に悪寒が走った。

 でも、そのロベリアは眉間の皺を深めるばかりだ。


「……しかし、四番街のこの広範囲は……? まるで」

「まるで?」

「……今まさに移動中、かも知れません。それも、この範囲の中だけを」

「移動中って。……それ、急がなきゃいけねぇ奴じゃ!?」


 アルギンが焦りの色を見せる中、ロベリアは落ち着いていた。

 『この範囲の中だけを』『移動中』。他の場所に移ろうとしているのなら、こんな偏り方はしない筈だった。何か、他に要因があっての歪な飛沫の形になっているのではないか。

 でも、それをアルギンに伝えている時間も心も余裕も、彼女には無い。 


「……四番街か。留守をジャスとイルに任せてもいい? アルカネットがもし戻って来たら、経緯を説明してくれると助かる。スカイの事も見ていて欲しい」

「大丈夫です」

「双子ちゃん達と、無事に戻って来てくださいね」


 ふたつ返事で了承してくれる仲間がいることに、今以上に感謝した事は無い。


「アクエリア。ミュゼ。二人は今すぐ、組んで四番街へ向かってくれる? 二人を見つけたら即座に保護して。でも、絶対無理はしないで」

「分かりました」

「勿論」


 二人の返事も分かっていた。こんな時に双子を第一に考えてくれる二人の存在は心強い。


「マゼンタ。オルキデ。ロベリア。ついてきて」

「いいですよ」

「承知しました」

「はい」

「ソルビットは――」

「あたしも一緒に行く。絶対、付いていく」


 アルギンは、恵まれすぎている。

 自分の発言に従う仲間が、こんなに居る。

 彼等に上下関係を強いた事は殆ど無い。でも、皆アルギンを尊重してくれた。

 三人についてきて、と言ったはいいが外は雨だ。植物でもこの天気が続けば、根腐れを起こしてしまいそうな雨量。ソルビットは、アルギンが何をしたってきっと一緒に来てくれるけど、


 本当は、双子の奪還だけを考えて同行を言った訳では無い。


「なぁ、マゼンタ。オルキデ」


 呼んだのは、店員姉妹の名前だ。

 名前――と、言って良いのか。アルギンは二人の事情を、それなりに深い所まで知っている。

 自分の背後に付いて歩く二人に向かって呼んだそれは、『本当の名前』ではない。


「はい?」

「何でしょう」

「……」


 頭から雨具を被って外に出る。酒場の扉の鐘が低い音を鳴らすが、閉まればもう聞こえない。

 大雨の中、アルギンは雨具なんて何の役にも立たない程濡れてしまった。晩春だが、既に気温は初夏のそれだった。冷たさもさほど感じないのは、季節のせいか、それとも状況のせいか。

 もう、寒いなんて考えている余裕が無いのかも知れない。


「運が良ければ、もう帰って来るよね」

「え」

「殿下の乗る馬車を止めたら、アタシも不敬罪に問われるかな」


 声は聞こえているのに返事をしなかった。店員姉妹は勿論のこと、ソルビットすら。

 出来ないだろう。不敬罪を覚悟している女は、何と言ったって止められないのだから。

 危ないから止めろと言って、それで考え直す女なら。


「アタシは、皆に、ついて来て、欲しいな」


 こんな風に、人を巻き込む事もしなかった筈だ。

 無鉄砲で、我儘で、人を振り回す事を何とも思っていない女だったら、マゼンタ達は疎か夫であるディルだって苦労はしていない。

 ――同時に。


「いいですよ」


 良かれ悪かれ、その性格を、面白いと思う事も無かったろう。

 双子の為に形振り構わないその行動を、マゼンタは肯定する。そして、味方になろうとする。

 公務に出た王妃の馬車を止めるなんて、確実に不敬罪は免れない。懇意にしているアルギンといえど、私情で止めるのであれば。

 一瞬ぎょっとしたように目を見開くオルキデとロベリアだが、アルギンもマゼンタも言い出したら止まらない性格なのを知っている。知るほどの付き合いになってしまっていた。


「ありがとう」


 アルギンが礼を言うと同時、走り出す。向かうは外から城下へと、出入りが出来る数少ない門がある場所。五番街にも門はあるが、王妃が出入りするなら七番街の方だ。

 久し振りともいえる豪雨の中、足許すら気にせず走る。

 五番街の舗装されていない道を走っても、六番街以降の石畳に泥汚れの足跡を作っても。

 酒場を飛び出したは、その速度を緩める事は無かった。


 王城へと向かう、前方の王妃の乗る馬車を守る騎士の隊列に追いついても。



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