12.帰宅
小さな双子のお泊まり会は、これまでの最長期間である五日間で幕を閉じた。
初日から、ミュゼが心配していたような帰郷感に泣く双子でもなく、行く時も帰る時も笑顔だ。
帰宅は、孤児院が馬車を出す。荷物を運ぶのによく使うそれは人が乗るのに適していないが、他の幌付きの馬車を急いで手配できなかったからだ。
アクエリアとミュゼ、それからスカイと双子が揺られて帰る。がたがたと、夕日に照らされた石畳を踏むたびに音がなる。けれど双子は歌を歌って上機嫌だった。
「あーるせんのーおーがーわーはー」
「きーよきながーれーのー」
孤児院で歌われていた歌だ。小さくて狭く、一頭の馬が引くような規模の馬車の中で双子の歌声が癒しになる。僅かな荷物と共に帰る五人の中でも、アクエリアとミュゼの顔色は悪い。体重を掛ければその分体が沈んでしまう幌に背中を預けて、疲労を隠し切れない表情で座っている。
「……ミュゼさん」
「……なに?」
「貴女が、あの孤児院で常勤になりたがらない理由が分かった気がします」
「そう?」
孤児院を抜けてしまえば、それまで意識していなかった疲労まで現れた。
ミュゼもそうだが、アクエリアは男性として肉体的な仕事を任される事が多かった。荷物持ちや倉庫整理、昼休みの子供達の外遊びの監視や参加など。
ウィスタリアとコバルトと接して、子供相手の力加減が分かっているとはいえど相手は数十人にも及ぶ。五日間、スカイの面倒を見ながらも他の子供達と遊んでいたアクエリアは疲れ切っている。
ミュゼはどちらかというと、遊びよりも子供達の勉強を見てやる時間の方が多かった。昼休みのみならず朝も昼も夜も、ずっとシスターとして子供達中心の生活をしていたのだ。その仕事内容は、普段怠惰な生活態度のアクエリアからしてみれば修行僧のようなもので。
「帰ったら、酒の一杯でも奢りますよ」
「めっずらし。んじゃ、一番高いのでもお願いしようかな」
大人二人が労いの言葉を交わす間に、双子とスカイは幌馬車の後ろで過ぎ行く街並みを眺めている。ふんふふーん、と歌う鼻歌が、石畳を走る車輪の音に掻き消されても双子は上機嫌だ。
「おにいちゃんといっしょにかえるの、たのしみ!」
「たのしみー!!」
「……今から行くのは、ふたりの……おうちなんですよね?」
「そだよー!!」
「ぱぱとままと、みんなでくらしてるよー!」
「……」
無邪気に喜ぶ双子の笑みに、スカイは口を挟めずにいた。
自分は帰る家も、頼る親もいない。だから、二人がそれほどに喜ぶ感情を知らない。少し前までスカイが身を置いていた場所は、明日の命も確約されない地獄だったから。
「ぱぱもすぐかえってくればいいなぁー」
「だねぇー」
「……ぱぱ、って」
「ぱぱね! ぱぱね! かっこいいんだよ! ままもぱぱのことだいすきなんだよ!!」
「わたしもおねえちゃんも、ぱぱだいすき!」
地獄を知らない双子は、にこにこと好意を口にする。
スカイだって、双子の口から好きだと言われた。彼女達の好意は、その心に恐怖を植え付けなければ誰にだって平等に与えられる。
今まで触れた事のない温かさだ。スカイはそれを心地良く思ったし、アクエリアも、ミュゼも、どちらも怖い事をしてこない大人だと理解した。双子の母親だって、スカイの抱く怒りを推奨した。酒場に居れば、きっと自分は身も心も守られる、とも思った。
でもスカイは、まだ双子の父親と顔を合わせた事は無い。
「……ふたりの、ぱぱさん、と……。なかよく、できるでしょうか」
フュンフに二人の父親の事を聞いても、礼賛する言葉ばかりが上げ連ねられるばかりで人となりを知ることが出来なかった。スカイもそんな聖人が居るとは俄かにも信じられず、初めて施設長の話を聞き流してしまっている。
「できるよー!! ぱぱかっこいーんだよ!」
「こないだはねぇ、ばしゃからこーやってとびおりたんだよ!!」
「わぁあ、ふたりとも! あぶないですよ!!」
父親がやった行為を真似しようと、馬車から飛び降りようとしたウィスタリアを慌てて引き留めるスカイ。
それを見て血相を変えたアクエリアとミュゼも、双子の身柄を確保しに馬車の中を動いた。
五人が酒場に戻った時には、既に夕日は沈んだ後だった。
「おかえりー!!」
外が暗くなり行く時の酒場は、客の入りがいつもと比べて少なかった。
勝手の分かっているアクエリアもミュゼも普段通りに正面から店内に入り、双子などはその二人の間を縫うように走って中に入る。
出迎えたのは先に戻っていたアルギンだ。双子は笑顔を浮かべて母親に抱き着いて、仲の良い親子の姿を見せた。
「おっ、ちいさいお姫様達のお帰りかい!」
「えへー!」
「ただいまー!」
常連達は暫く双子が不在にしていたのを知っていたし、そんな常連達に双子は愛嬌を振りまいた。一気に店内に活気がついて、注文に店員を呼びつける客が増える。
マゼンタはいきなり仕事が増えて、店内を走り回っていた。
「忙しそうだね、手伝おうか」
「良いんですか、ミュゼさん? じゃあ、料理の配膳お願いします」
「あいよ」
戻って来たばかりで疲れているミュゼも、マゼンタが目を回す姿を見てしまえば協力的にならずにいられなかった。即座に仕事に回る彼女を尻目に、アクエリアはスカイを連れて空いている卓のひとつに着いた。
スカイは既に委縮している。大人ばかりの空間が、居心地悪くてたまらない。酒を供する建物の中に居た時、スカイの身が無事に済んだ記憶がないからだ。
四人掛けの卓に、隣り合って座るアクエリアとスカイ。その肩が縮こまっているのを見ているからこそ、アクエリアは卓のひとつひとつに備え付けられているメニュー表を彼の眼前に出した。
「何食べます、スカイくん」
「……え」
「何でも好きなもの注文していいですよ。もうすぐ夕食の時間です、先に済ませてしまいましょう」
それは、スカイの視界を塞ぐようなやり方だった。
他の何も見えないようにしていれば、無条件に抱いてしまう不安も紛れるだろうと。
アクエリアの予想通りに、スカイの表情は和らいだ。そして文字だけで構成されているメニュー表と顔を突き合わせる。
「……これ。これは、どういうたべものなんですか?」
「これはパンに卵とミルクを浸して焼く甘い食べ物ですね。双子も好きですよ」
「こっちは?」
「魚の塩漬けを使ったパスタですね。大人向けかも知れません」
「アクエリアさんは、どれがすきですか?」
「こっちの、これですね。季節によって中身が変わりますが、この時期だったら春野菜もまだ入っているでしょう」
「じゃあ、ぼく、それがいいです」
メニュー表を読めるだけの語学力は、まだ充分ではないかもしれない。それよりも、メニューに書かれた料理をスカイは知らない。
これからは、スカイには色々な事を教えなければならない。生活に密着するような、一人で自活できるような手段だとか、一般常識として世に知られている物の名前だとか、困った時に相談したい事をどういった立場の相手に話せば解決するのか、とか。
その点に関しては、施設の外を案内出来ないフュンフよりもアクエリアの方が適任だった。
酒場に身を寄せる事になった今でも、スカイの身の回りの世話を他の誰かに任せるつもりもない。一番彼に慕われている自負はあった。異性だからと無意識に気を遣うミュゼでは駄目だと、アクエリアは確かに思っていた。
双子の子育てに協力してきた過去があるから、強く思う。
子供は、せめて育つ環境は幸せでなければならないと。
王妃の元に送るまでの、短い期間だけれども。
自分の事に怠惰でも、自分が関わる事になった子供に不便はさせたくなかった。双子によって培われた父性は、スカイに注がれようとしている。アクエリアが持て余した父性を、孤児であるスカイに注ぐのは――流石兄弟といったところか。
そんなアクエリアを遠巻きにしながら、カウンターに居る常連客とアルギンは不思議なものを見るような視線を注いでいた。
「……なぁ、アルギンの嬢ちゃん。アクエリアのあんちゃんは……一体なんで子守なんかしてるんだい? 隠し子?」
「やだなぁ、おっちゃん。あいつにそういうの聞かれたら耳引き千切られるよ」
「そんなつもりで言ってんじゃ無ぇよ。これまで変な女にばっか取っ捕まってただろ、今回はそういうのにテイ良く子供預けられたんじゃないかって思ってな」
「体良く……って言ったら、まぁ、違うとも言い切れないんだけど。でもほら、思い出さない?」
「思い出すって……、ああ」
「ああいう所、似てるよな。アタシを兄さんが引き取ってすぐの時、おっちゃん達も今のに似たような好き勝手言ってたの忘れてないからなこっちはよ」
「……あの時は、悪かったよ」
カウンターの中では、アルギンが注文を受けた分だけ酒を用意していた。酒場店主だけあって、酒の数種類混ぜたものや水割りなどを作っては、配膳するマゼンタやミュゼに渡していく。
その誰もが、アルギンの言葉の真意に気付いている。余計な事を言うなと釘を刺された常連客も。
「あんな感じで、アタシも育ててもらったな、って思うなぁ。アクエリア、なんだか楽しそうなんだ。兄さんも、どっかで見ていてくれないかな。今のアクエリアのこと。なんて言うかなぁ」
――アルギン・S=エステル。それが店主の名前。
エステルの姓は、引き取って育ててくれた育ての親の姓だ。それはアルカネットも同じものを持っている。
その姓を持つものは、この酒場に他にもいる。
アクエリア・エステル。
アルギンの育ての親であった先代マスター、エイス・エステルの実の弟だ。
『一風変わった』エルフであったエイスの弟は、この酒場に呼び寄せられるように一員となっている。
アルギンと意気投合したのも偶然では無かったのかも知れない。今でもこの酒場から離れられないのも、なんだかんだで今の生活を楽しんでいるのも。
すべて、亡くなった先代マスターがアルギンの為に用意してくれた縁に思えるのだ。




