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【第三部】アルセンの方舟 ―国家公認裏ギルド交響曲―  作者: 不二丸茅乃
chapter.3 あなたをさがして

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7.鉄扉の中では



「……これは、冗談が過ぎませんか」


 鉄扉に声を漏らしたアクエリアの喉は、何かが詰まったように息を押し出した。


「……冗談、などではない」

「子供なんですよね、相手は。こんな所に押し込めて、まるで罪人にする扱いじゃないですか」


 石造りの壁と、向こうが一切見えない鉄扉。外界と完全に遮断された物々しい空間の向こうに、少年が居る。

 アクエリアから詰るような言葉を言われて、フュンフも目を細めて溜息を吐いた。


「……この音が聞こえても尚、気楽な事が言えるのか」

「音?」


 一人だけ、ロベリアが問い返す。

 注意深く耳を澄ませば、確かに乾性の何かが聞こえる。まるで石畳に鞭を打つような、高い音の短い打音が連続していた。

 この音を、エルフの類であるアクエリアやミュゼが聞き逃す筈が無い。けれどアクエリアは表情を変えることなく続けた。


「聞こえていますよ。でもね、こんな事したら逆効果でしょう。貴方は子供に一番近い立場の癖に、処置が必要な子供を遠ざけてる」

「こちらとしても考えた。だが、他の子供達に危害が及ぶ状況を見過ごす事など出来ぬのでな。……私が何の考えも無しに、このような冷たい部屋へ子供を送ると思ったか」

「思いましたよ。こっちに依頼してくるくらいですもんねぇ?」


 前からミュゼも分かっていたが――アクエリアとフュンフは、犬猿の仲だ。

 皮肉屋のアクエリアと、生真面目なフュンフ。彼等が一対一で話すと、ミュゼの寿命が縮まりそうだ。今でさえ、こんなに言葉に相手への棘が飛び出ているのに。

 二人の会話に耐えられなくなったミュゼが、二人の間を割るように足を進ませる。そして辿り着いたのは、鉄扉の目の前。


「止めてください。言い争いするために、私達が呼ばれたのではないでしょう」

「……」

「………」

「話は聞いていましたが、想像していたより十倍は惨いです。私が見つけた時、動物用の檻に閉じ込められていたあの子が、今もまだ一人でこの中に居るなんて――早く出してやりたい」


 それには、彼の武装解除が必要になる。

 ミュゼは着ていた聖職服の裾を捲り上げる。太腿まで露わになったその下に、括りつけられている固定具。そこにある折り畳み式の槍は、今日は刃を取り付けない。必要が無いと思っただけで、まだ刃は太腿の固定具に残っている。

 長棒同然の槍を手に、背中側に目もくれず宣言した。


「私が先に行く」

「……ですが、ミュゼさん」

「うるせぇ。施設長と口喧嘩がしたいなら一生そこでやってろばーかばーか」

「そんな訳無いじゃないですか。ちょっと、置いて行かないでくださいよ」


 一気に知能指数を下げながら、アクエリアに対する不満を垂れ流すミュゼ。そのまま手は鉄扉に掛けられる。


「……アクエリア。ロベリア、様。開いたら、入りたいならすぐ入る事。閉めるのは施設長にお願いしたいです」

「心得た」

「じゃあ行きますよ。三、二、一……ふっ!!」


 ミュゼが握った取っ手。そこから全体重を扉に掛けて、重い鉄扉を開いていく。

 彼女の細い体では、簡単には開かない。咄嗟にアクエリアが手を貸した。


「ミュゼさん!」

「わーってるよ!!」


 重いのは分かっていた話だ。

 二人分の力が掛かる扉は、一人でよりも早く開く。と同時に、部屋の奥から緑色の一閃が飛んで来る。


「っわ!?」


 ミュゼの目の前を掠める緑は、アクエリアが肩を引く事で逃れられる。

 避けたミュゼはそのまま体勢低く、転がるようにして中に入った。アクエリアも身をやや屈めて後に続く。


「……」

「どうした」


 一人、同行するロベリアはその場に棒立ちになっていた。扉の外まで、先程のような攻撃が来るとも分からないのに。その様子が不可解で、フュンフが声を掛けた。

 中では二人が戦闘を開始している。部屋の中央で、蹲るように座っている少年の背中からは無数の蔦が伸びている。

 あれでプロフェス・ヒュムネではないと言い切る方が無理な話だ。その身に植物を宿す種族が、他にあって堪るものか。


「この依頼に、僕が同行する事になった理由が分からないのです」

「……」

「僕は宮廷占術師で、陛下や殿下の側にお仕えするのが仕事です。今回の件では社会勉強として派遣されましたが、僕に殿下は何を御望みなのでしょう? プロフェス・ヒュムネの子供を、『そう』だと認定するのは僕でなくても構わない筈ですし、そもそも殿下はご自分で確かめようとなさるのに」


 ロベリアの視線の先で、ミュゼの槍が翻る。長いだけの棒が蔦を弾いて、一方的な攻勢に逃げ惑う。

 今はアクエリアも少年の様子を窺いながら、ただ避けているだけだ。


「あの二人も、不思議に思えます。どうして異種族の子供の身を案じるのでしょうか。僕でしたら、自分達と『違う』子供など、居ても居なくてもどちらでも構わない」

「……」

「……すみません、こんな話は貴方に聞かせるべきではありませんでしたね」

「いや……。違う。当たり前な疑問だ。しかしロベリア、君は他種族の子供と関わりが無いからそう思うのではないか?」

「……関わり?」

「殿下は恐らく、君に世界を広げて欲しいと思っているのだ。疑問に思うなら、あの二人を参考にしてみるといい。……敢えて言うのなら」


 ロベリアはまだ若い。だからこそ、そんな傲慢な疑問さえ出てくる。

 自分の知っている範囲で世界を完結させるのは勿体ない。

 新しく知った世界があれば、もうその世界無しに物事を考えるのは難しくなる。興味や好意を抱けば尚更に、深くを考えたり知りたくなる。

 世界が広がったロベリアはその知識を以て、今よりもっと王妃の力になる。そう信じている筈なのだ。


「王妃殿下も、以前は同じような事をお考えになっていたのだよ」


 物事を深く知る事で、感じる事で、秘めていた恐ろしい考えを改めた王妃のように。

 フュンフとロベリアは、隣り合って開いている鉄扉に体を滑り込ませた。

 無機質な扉は、大きな音をさせながら二人を呑み込んだ。




 鉄扉の向こうでは、緑の世界が広がる。蹲る少年の背中から生える蔦の数は、目測だけで何十本とあった。

 少年の顔はずっと、膝を抱えた足許に注がれている。意識があるのかも判別不可能で、蔦はまるで主人を守るかのように敵意をむき出しにしている。植物が敵意を以て襲い来る、なんて恐ろしい話だ。

 酒場の二人が縦横無尽に暴れ回っているのは、この攻勢が自然に止むことを期待していたから。もしくは、彼が自分の意志のままに今の状況を作っているというのなら、隙を突いて彼を止められないかと思ったから。

 元々素早さに自信があるミュゼと、動きは早くないものの確実に避けているアクエリア。

 なるべく少年を傷付けない、という意思の元に二人は動いた。それは蔦の一本に於いても同じ。彼の体から成る血肉のようなものなのだろうから。

 

「アクエリア、どんな感じ!?」


 向かって来る蔦の全てを払いのけながら、ミュゼが大声で叫ぶ。

 鼓膜を揺らす声に顔を顰めるアクエリアだが、それも一瞬。すぐ隣にまで寄って、現状を伝える。


「緩みませんね。ずっとこうなのでしょうか。蔦を落としたら攻撃止みませんかね」

「やってみる? 私、的が小さいのはそんな得意じゃないけど」

「貸しなさい」

「え」


 言うが早いか、ミュゼの長棒を隣から掠め取るアクエリア。それには刃は付いていないが、どうすんだとミュゼの表情が語る。


「新しいの買って差し上げますよ」

「へ?」


 ――嫌な予感しかしない。


 アクエリアが口端だけ歪めて笑う姿に、ミュゼは育ての親の事を思い出していた。

 いつもそうだ。

 ずっとそうだ。

 いつだってそうだ。

 ミュゼが小さい頃自分で作った粗末な釣り竿だとか、少し大きくなって小遣いで買った料理包丁だとか、道端に打ち捨てられていたのを拾って来た汚れたぬいぐるみだとか、ミュゼが高価でなくても大事にしていたものばかりをあの男は横から奪っていく。奪って代わりの物を用意するならまだしも、あの男はそれきりだったのだ。その恨みは未だに根深くミュゼの心の中に残っていて、育ててくれた感謝と同じくらいの怒りを抱かせている。人の物を勝手に持って行くな、そして壊すな、無くすな。その不満をあの男にぶつけても。


 ――「諦めな」と、笑うだけなのだ。


「っや、やだ、持ってっちゃ、わたしの」


 昔の事を思い出したからか、反射的に口を突いて出てくるのは幼さを感じさせる言葉で。

 けれどアクエリアは静止を聞かずにそのまま走り出した。こういう時の足の速さも、本当に苛立つほど育ての親と同じ。


「諦めなさい!」


 何を、どう、諦めろと。

 持って行ったのはそっちだろう。

 軽快なアクエリアの走る足音とそう叫ぶ声が聞こえ、武器を失い行動不能になったミュゼが立ち竦む。蔦の狙いは全てアクエリアに向かったようで、アクエリアの移動を遮るかのように幾筋もの緑が彼の前を阻む。

 しかし、それこそが彼の狙い。


「邪魔、するんじゃないですよっ!」


 振り抜く長棒に、絡みつく蔦。強大な力を持つプロフェス・ヒュムネと拮抗する、非力なはずのエルフの力。

 アクエリアの走る速度は変わらない。寧ろ、増している気さえする。ちか、ちか、と点滅するように彼の宿す色が変化しながら、室内だというのに彼の周囲に風が巻き起こった。

 走りは部屋の中を外壁に沿うように一周する。絡む蔦もそのままにして、残る他の蔦も伸びた蔦が巻き取るような形になる。根元を括っただけでは、その先の動きを阻害する訳でもないのだが。


「――『炎の精霊』」


 彼は、非力なだけのエルフでは無いのだ。


「『命令だ、本体は燃やすな』!」


 言葉にして伝える相手は、ミュゼではない。その一瞬だけ、彼の姿が大きく変わる。

 青みがかった紫色の髪の色も長さも、暗い海を思わせる瞳も、エルフに擬態した肌の色さえも、全てが変わる。

 点滅して見えるのは、素の姿形だけではない。彼が持ち得る残虐性も見え隠れしている。

 こんなのを隠し通すなんて、無理だろう。その必要さえ無いのかも知れない。

 今の彼は、楽しそうだった。


 命令を受けた炎の精霊は、彼の指先から炎を巻き起こす。それはミュゼの長棒を伝い、蔦に燃え移り、少年の背中である根本の直前までを炎で包み込んで、全てを灰にしてしまう。

 暗く冷たい鉄扉の部屋が、明るく、熱くなる。けれどそれでも少年は動かなかった。

 少年が動いたのは、蔦すべてが灰へと変わって、崩れるようにその場に倒れた後だ。 



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