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【第三部】アルセンの方舟 ―国家公認裏ギルド交響曲―  作者: 不二丸茅乃
chapter.3 あなたをさがして

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6.情報開示


 フュンフの居る施設長室までの道のりは、ミュゼが知っている。彼女の背について歩くだけで、アクエリアの目の前に扉が現れた。

 一般庶民の家ではお目に掛かれないほどの巨大な両開きの扉。どんな巨体が出入りするのか問い詰めたくなる金の掛けようだ。濃茶の木材は、ここの施設長の髪の色よりも暗い。

 扉の上部には『施設長室』と札が取り付けられている。アクエリアの好まない、権力の象徴のような気がして滅入ってしまう。


「ここね、ディル様よりも前の代からこうなんだってさ」

「……あの人の前、ねぇ。話だけには聞いた事ありますが……そんな前から金使い放題なんですか、ここ……」

「そんな事言わないの。お前だって、その金の一部の恩恵に与ってんだろ」


 ミュゼは扉を躊躇わず叩く。音は三回、けれど遠慮もない大きな音だった。

 中から返事は無い。でも勝手を知ってるミュゼは「失礼します」と一言かけてから扉を開く。


「施設長、アクエリアをお連れしました」

「ん? ……うむ」


 ここでは、ミュゼはフュンフを施設長と呼ぶ。

 彼は扉と同じ深い色合いの執務机に着いて、山と積まれた書類と格闘していた。ほんの少しの間自分達の荷解きと着替えに離れていただけなのに、フュンフはもう何歳か老け込んでしまったようだった。


「……早かったな。暫く施設内を見て回るかと思っていたのだが」

「あまり、施設長をお待たせしないほうが宜しいかと思っていましたので。……その書類、急ぎですか? あ、でも、施設に関係するものじゃなさそうですね」

「覗き見とは感心しないな。……部外者には見せられないものだ、悪いが」

「分かっています、弁えていますよ」


 弁えているのは、この孤児院の中でだけなのだが。

 とんとん、と書類の端を机の上で揃えて、脇に置く。疲れた目頭を押さえながら、フュンフが立ち上がった。


「アルギンより概要は聞いているとは思うが、私の口から詳細を話させて貰う。座り給え」

「アクエリア、どうぞ」


 アクエリアは部屋の中心にある応接用のソファに座ったが、ミュゼは立ったままだ。フュンフが薄手に纏めた書類を準備している間に、また扉が叩かれる。


「失礼します、施設長」


 入って来たのは、フェヌグリークだった。手には盆に乗ったカップ、それからティーポット。

 足を踏み入れる彼女の後ろを、少し離れて同じように室内に入る男性の姿もある。


「……?」


 黒く長い、真っ直ぐな髪。前髪さえも胸元に伸びるほどの長い髪を持ち、頭頂には色とりどりの巻き布を乗せている。肩を出した袖無しの上半身と、下半身に上着を巻いた姿。下履きは長く、先から見える靴は革張りの光沢を持っている。アクエリアには強要された制服姿ではない。

 そして一番彼の目を引くのは、その顔。

 造形さえも一瞬霞んで見えるほど、目立つ刺青――の、ような緑色。左の頬に咲く、菊の花。肌に刻まれた花を模した緑色に、ミュゼもアクエリアも言葉を失った。

 巻き布以外の全身が黒で纏められている。一度として顔を見た事のない人物を、これは『何』だと理解しようとしている二人。


「お待たせ、してしまいましたか。僕が一番最後なんですね」

「ここの三人は乗り合わせて来たのだ。時間も問題ない」

「……施設長。この方は?」


 疑問はミュゼの口から。

 黒髪の彼は、どこか虚ろな瞳をしている。見慣れる事のない緑の菊は、彼の不気味さに拍車をかけていた。


「彼はロベリア。……まだ若いが、宮廷占術師の地位に就いている。今回の件には、彼の同行を王妃殿下より言い遣っている」

「同行? ……積極的に手を貸してくれる、とかは」

「彼は厳密に言えば、戦闘員ではない。ただ、王妃殿下の腹心とも言える人物だ。同じ存在に仕える者として、懇意にしていて損はあるまいよ。……彼は、プロフェス・ヒュムネだ」

「――!?」


 その言葉に、ミュゼが一歩足を下げた。

 武器を持っていたらそのまま戦闘の構えになる姿勢で、唇を引き結ぶ金髪のエルフ。


「……そのプロフェス・ヒュムネの宮廷占術師様が、私達と同行を?」

「そうなる。宮廷、と冠しているが彼自身は気負わず接してくれていいとの事だ。年齢も、フェヌグリーク君とそう変わらないそうでな」

「私と? そうなんですね」

「……宮廷占術師様を、暴走した御同胞が居る部屋へとお連れしろ、と? 私達では責任が取れませんし、この方に被害が及ばないとも言い切れません。安全を考えれば、簡単に私は頷けないのですが」


 給仕をしているフェヌグリークが、その場にいる全員に茶を淹れた。応接用の机にも置き、フュンフの机にも運ぶ。

 フェヌグリークが気にする事は何もないだろう。彼女だって、プロフェス・ヒュムネとして認定を受け庇護下に入っている。立場としては、彼女は国から歓迎されて生きているのだ。

 けれどミュゼにとって、王家から役職を貰って城に仕えているプロフェス・ヒュムネというのは相性が悪く感じている。嫌な汗が流れるのを、どうにも止められない。


「……ふむ。ロベリア、あまり彼女は乗り気ではないようだが……どうするね? 戦闘員は大人数を嫌うだろう、君だけ別行動をして貰っても構わないが」

「いえ……。僕も、殿下より承った任務を反故にする事は出来ません。邪魔にならないようにしますし、自分の身は自分で守ります。どうか御同行をお願いできませんか」

「………」


 話に聞いていたその他大勢のプロフェス・ヒュムネよりも殊勝な態度だ。

 緑の菊の君は、宮廷と冠する職に就いていながら誰かの許可を得る必要性を知っていた。その時の瞳すら、どこを見ているのか分からない不安はあるが。

 ミュゼは悩み、アクエリアを盗み見る。彼もミュゼを見ているが軽く肩を窄めるだけで、自分が何かを言うつもりは無さそうだった。


「……王妃殿下の御下命の前には、私の懸念など塵芥のような物でしょう。何かあった時、私達に必要以上の責任追及をしないとお約束していただけるなら、私もこれ以上苦い顔は致しません」

「……ミュゼはこう言ってくれるが、君はどうだね、アクエリア」

「俺ですか? どっちでもいいですよ。後ろで見てるってだけなんでしょう」


 不安そうなミュゼに対して、アクエリアはあまりにも楽観的だ。勝手にしろと言ってるも同然な言葉に、ロベリアが逆に戸惑って眉を顰める始末。


「では、話が纏まった所で詳細の説明に入る。今から配布する書類に目を通せ」

「書類って……。これは?」

「『あの子』の情報だ。ミュゼ達が制圧した建物の中に残されていた書類と、こちらで纏めた身体特徴だ。癒えきっていない傷がまだ多い、これ以上の暴走は彼の命の危険さえあるだろう」


 フュンフはフェヌグリークを除いた三人に書類を渡す。枚数にして四枚ほどになるそれに、目を通しては次を捲る三人。


 名前、スカイ。

 種族、エスプラス。

 性別、男。

 年齢、推定十四。


 エスプラスと掛かれた部分に、ロベリアが眉間に皺を寄せる。その名称は蔑称だった。

 奴隷として見目麗しい艶やかな黒髪と、飼いならす事が難しいほどに荒い気性と高い戦闘力。だからこそ、飼いならせる主人は他と一線を画す能力を持っている、と引き合いに出されることがある。

 書類にあった外傷の具合は酷い。ただの制圧なら、騎士を使えば良かっただろうが。


「……君達には、あの子を、命のある状態、なるべく傷の少ない姿で鎮圧して貰いたい。彼とて今の状況は不本意な筈なのだ」

「どうして、暴走する事になったんです? プロフェス・ヒュムネといえば、自身の種を摂取しない限り能力さえ発現しない筈ですが」

「……」

「幼いプロフェス・ヒュムネの子供は、奴隷とされている場合種と隔離されている筈です。種を摂取させるより、させないで近くに置いていた方が安全ですから」

「そんな事まで知っているんだな、君は。摂取してしまったのだ。私の居ない所で起きた、私の不手際だ。だから恥を忍んで、君達に依頼した」


 誰に責任があるかなんて、フュンフは明らかにしなかった。

 職員なのだろう。プロフェス・ヒュムネの扱い方の心得が無い者が、不用意に周りの物に触れてしまえばそうなる。種と持ち主は引き合うのだから。

 そうして摂取してしまった自身の種で、スカイは無事暴走――と、相成った訳だ。


「今は雨期前の治水工事で、王城でも大多数の者が出払っている。城下のみでなく、国全域に被害が起きる話だ。今年は大掛かりな遠征も計画していてな、その時にプロフェス・ヒュムネの話が浮上してしまった。借りられる手は幾らでも借りたい」

「治水工事、って……。騎士のする仕事はせいぜい監督くらいでしょう。そんな大多数が必要なんですか」

「監督? 馬鹿を言え、民の為になるならば騎士とて鶴嘴(つるはし)を握る。村や町が水没するのを黙って見ていられる騎士など、叙勲させるものか」


 フュンフの言葉はやや過激だが、内容には納得する。城下でも騎士の巡回は時折見かけていた。今は自警団とも連携を取り、あまり高額ではないが公費まで出ているという。

 城下に目を配り、その外をも気に掛ける王族。これこそ、国の長としての姿。そしてその意志を汲むフュンフも、国の為に働く立派な貴族騎士と言ったところか。


「それで、ディルさんにも鶴嘴を持たせるために呼び寄せたんですか?」

「そんな訳があるまい。あの方にお任せしたのは手薄になる治安維持の依頼だ。君達も、望むなら鶴嘴係と交代でも良いのだが?」

「御冗談」


 書類に目を通せば、一通りの情報は手に入る。件の少年がどんな人格なのかは――接してみないと分からない。


「それで、そのスカイ君ってどちらにいるんです? 早く案内して貰っていいですか」


 アクエリアの姿は、乗り気に見えた。それはミュゼの希望がそう見せるのかも知れないが。

 今は我を失っている、元奴隷の異種族――。不憫な身の上の少年を、どう思っているかも聞けないままだ。

 それでもミュゼは信じるしかない。鎮圧、などと物騒な言葉でなく、少年を助けに来たのだと思いたい。育ての親に聞いていた、血生臭くない酒場に暮らすアクエリアに、そのくらいの望みを託したって罰は当たらない筈だ。

 

「行きますよ、ミュゼさん。せいぜい貴女も俺の足を引っ張らないようにしてくださいね」

「……はいはい」


 立ち上がった二人は、フュンフの案内で再び移動する。

 子供達の生活範囲を超え、外からは見えなかった施設の奥まで進んでいく。

 『入っちゃダメだよ』なんて、赤文字で書いた下置きの看板のある廊下まで超える。そうして窓も少なく灯りも無い道を、奥へ、奥へ。到底普通の子供達が寄り付かないような奥まで。

 やがて、四人は辿り着く。


 孤児院という場所に相応しくない、鉄扉の部屋まで。




 

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