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【第三部】アルセンの方舟 ―国家公認裏ギルド交響曲―  作者: 不二丸茅乃
chapter.3 あなたをさがして

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5.孤児院到着



 ディルが飛び下りた馬車は、そのまま十番街へと入って行った。

 暫く走り続けて、孤児院へと辿り着く。走る馬車の紋章を確認するや否や、孤児院の扉はすぐ開いた。誰が乗っているものか分かるからだろう。

 お泊まりを楽しみにして無邪気に振舞う双子と、不遜な様子で窓の外を見るフュンフ。慣れない馬車と空間に顔を顰めたままのアクエリアと、これから起きる出来事に不安しかないミュゼ。

 五人を乗せた馬車は、外から開かれた。使用人が開くような貴族の馬車だが、孤児院で開くのはここの職員だ。


「……あ、あれ? シスター・ミュゼ」

「……シスター・フェヌグリーク?」


 その職員は、今回はフェヌグリークだっただけの話だ。

 同じ酒場に住まう仲間の一人、アルカネットの妹――だった女。

 血の繋がりを否定され、挙句彼女は過去に滅んだ国に住まう種族だった。今は王家からの保護を受け、フュンフから安全な住処と仕事を提供されている。だからと甘えてばかりの彼女ではなく、孤児院の職員として見習いながら優秀な仕事ぶりを見せていた。

 そしてミュゼは、そんな彼女の同僚だ。


「おかえりなさいませ、フュンフ施設長。シスター・ミュゼと御一緒とは驚きました」

「暫く、彼女達はこの施設に滞在する。職員用の部屋はまだ空きがあったな」

「はい。女性棟と男性棟、どちらも空いています。……それで、この子達は……」

「ふぇぬぐりーくおねえちゃーん!」

「おとまりにきたのー!!」

「子供達の部屋で、八号室の寝台が二つ空いているな?」

「そちらも空いていますが……ほ、本当にお泊まりって……」


 フェヌグリークも、二人との面識がある。そして、その親とも。

 だからこそ、この馬車の中の混沌とした空気に戸惑いしか無かった。彼女の視線はアクエリアに向いて、一瞬だけで逸らされる。


「……シスター・ミュゼはいいとして。……その、その人が乗ってるのって。……『あの子』の事で、ですか」

「………」

「あの子っ……、悪い子じゃなくて! 少し、今は混乱してるだけで、だからっ!!」

「シスター・フェヌグリーク」


 『あの子』――つまり、プロフェス・ヒュムネと思わしき少年の話だろう。彼に危害が加えられないように、言葉を連ねるのは同族だからか。それとも。

 そんな彼女の焦りを汲み取るように、ミュゼが声を掛ける。


「私達だって、あの子が苦しんでいるなら助けてあげたい。大丈夫、心配しないで」

「……本当に?」

「本当に。私が嘘を言った事がありました?」


 ミュゼは、子供の扱いに多少の心得があった。

 その言葉に安心してしまうのは、フェヌグリークが子供のような純真さをまだ持っているからだろう。でも、ミュゼだってこの言葉を本当にしたい。誰も傷つけたくない。

 五人が馬車を下りると同時、御者はそのまま方向転換をする。施設の外へと向かうからには、元の持ち主の所へ戻るのだろう。

 アクエリアにとって初めての来訪で、ミュゼにとっては非常勤の仕事場で、双子にとっては遊び場のひとつ。

 十番街王立孤児院。王家の膝元で、この国の未来を背負う子供達を保護する場所だ。


「しっかし。十番街なんて初めて来ましたが、何ですかココ。子供が住むような場所に見えませんが」

「何だね、藪から棒に」

「ゆとりが見えないんですけど」


 十番街は王族が住まう城がある。国として最高の治安と環境が約束されている場所だ。

 公的な施設なのもあり、施設長を務めるフュンフの堅物が移ったのではないかと思うほどに清廉とした場所。

 施設長は代々城に仕える神官騎士だが、宗教色は少ない。しかし施設の佇まいからして、無機質で息が詰まりそうになる。青と白を基調にした四角の美しい建物は、子供が住むような場所と言うよりも博物館か何かのように見え、生活感が感じられない。


「ゆとりとは、建物の外観から滲むものかね? そんな事を言っては、あの小汚い酒場でディル様やこの双子が生活している事自体が私にとって由々しき事態だが」

「あの建物もだいぶ長いでしょうからね。貴方の私財で改築してくれませんか」

「馬鹿者が」


 先頭を歩くフュンフと、その隣をぴったりついて歩くウィスタリア。少し離れてフェヌグリークが付き従う。小さな双子の方がこの場所に慣れ親しんでいて、フュンフとウィスタリアはまるで親子かと思う仲の良さにアクエリアが溜息を吐く。別に、今回この施設に来たのは双子のお守が主な仕事じゃないけれど。

 アクエリアが二人の後ろを歩き始めたが、ミュゼとコバルトはまだ歩き出しても無い。


「……? どうしたの、バルト」

「………」

「皆行っちゃうよ。手、繋ごうか? 一緒行こう?」


 気の乗らない子供のぐずりはよくある事で、この時のミュゼも深く考えたりはせずに手を差し伸べた。

 コバルトは父親譲りの切れ長の瞳を瞬かせ、ミュゼを見る。


「おねえちゃん、うそついたことあるよね」

「……え、………えっ?」

「どうして、あんなこといったの? うそついちゃいけないんだよ」


 ディルと同じ、人を見透かすような瞳。自分の悪事を反射する、鏡のような輝き。

 ミュゼには、すぐに思い当たる『嘘』は無い。フェヌグリークにもコバルトにも、嘘を吐いた覚えはない。けれど、何故かコバルトの言葉は嫌に胸に突き刺さる。悪い事をしたのだ、と、認識させられるような瞳の澄み具合だった。


「……っば、バルト……。お姉ちゃん、何か、バルトに……嘘、ついた事あったっけ……?」

「……」

「あったら、ご、ごめん。私、何か嘘吐いてたなら教えてほしいな。どんな嘘だったっけ」


 嘘を、吐いた。

 自分の記憶にないその言葉が、嫌に心音を早める。薄い胸が破れそうな程鼓動を増して、悪寒に額から汗が滲む。

 こんな風に、昔、糾弾された事が――あったような気がする。

 それは、いつだったか思い出せないけれど。

 やがてミュゼの冷や汗が背中にも滲む頃、父親とは似ても似つかない笑顔を浮かべるコバルト。


「おぼえてなーい」

「……へ?」

「おぼえてないよー。いこ、おねえちゃん」


 呆気に取られるミュゼの横を通り過ぎ、先に行った皆の元へと走るコバルト。

 揺れる肩までの髪の毛先は、彼女と同じく自由奔放だ。

 心臓を直接握られたかと思うような圧迫感と恐怖に襲われていたミュゼは、震える膝を奮い立たせた。


「……なんだってんだよぉ、もう!」


 怒っている訳じゃない。ただ、驚きに身動きが取れなかっただけだ。この感情のやり場が無くて、自然と声は大きくなる。

 あんな小さな子供に嘘吐きと言われて、それでも生意気だと苛立つ心は無かった。最初にミュゼの心に浮かんだのは、罪悪感と謝罪だ。心当たりが無いのに、それでも口では言い表せぬ不安があった。

 本当に、嘘を吐いたことがあるかのように。


「……うわ」


 違和感を感じて、広げた掌に視線を運ぶミュゼ。

 血の気が失せる程握りしめていたその中で、水で濡らしたかのような汗が噴き出ていた。




 双子は早速別室へ。アクエリアとミュゼは割り当てられた部屋へ。

 もう、アクエリアとミュゼは双子についていなくていい。自分達は自分達の仕事をするだけだ。

 別室に通された酒場の二人が廊下で合流する時には、この施設の制服を着せられたアクエリアを見る事になる。ミュゼも制服を着ていたが、それ自体は布生地の質は大きく違えど、これまで五番街の孤児院で着ていたシスター服とそこまで大差のない形。聖職服が制服の役をしているのだ。


「似合わねぇな」

「うるさいですよ」


 アクエリアの姿を一笑に付したミュゼ。

 首元までの詰襟に、黒一色の布地。動きやすさを重視している割には体にぴったりと貼りつく形。

 いつも緩やかな服を着てだぼっとした格好ばかりのアクエリアは、この服に慣れそうに無かった。


「首が苦しいですねぇ。締められてる訳でもないですが、こうもぴったりだと圧迫感があります」

「似合わないけど格好良いよ。こう、すっごく胡散臭いね」

「お黙りなさい」


 似合わないのも格好良いのも胡散臭いのも、そう思う心は本心。ミュゼはアクエリアの普段と違う装いを見られて満足している。

 どことなく気恥ずかしそうにしているのはアクエリアだけだ。普段と違う格好で彼女の前に出ることがくすぐったい。


「大体、どうして俺がこんな服着なきゃいけないんです? 着せ替えしたいだけだったらフュンフさんに文句つけますよ」

「この格好してたら子供達が職員として認識してくれるんだよ。普段着で子供達の前に出て見なよ。どこから来たの、何しに来たのって囲まれて質問攻めに合うんだから」

「……尤もらしい理由は一応あるんですね」

「そうだよ。でも、一番の理由はそれで子供達を興奮させない為かなぁ。それでなくとも、今のここは別の孤児院の子供達が一時的に引っ越してきてるのもあるし、子供達を必要以上に興奮させるのは良くない」

「……ああ、五番街の子供達も今はここにいるんですっけ」

「他にも、六番街の子供達もいるんだよ。一斉改修してるみたいでね。だから、五番街の子達が捻じ込めたんだって話は聞いた」


 孤児院には孤児院の、フュンフにはフュンフの事情がある。利己的な考えや悪質な企みではなく、純粋に子供達の事を思って計画された改修工事。

 別に、アクエリアにとっては恩恵なんて無い。それでも、子供達が皆笑顔で楽しい生活をしていればいいなとは思う。孤児というだけで大人の理不尽に巻き込まれているのに、フュンフが彼等の笑顔を多くしようと取り組んでいる。本人の性格はいけ好かないが、子供に対して真摯な部分は素直に尊敬に値する。


「さー、行こうかアクエリア。大丈夫かな、相手はあのプロフェス・ヒュムネなんだろ」

「……そうですけど。貴女、プロフェス・ヒュムネについて詳しそうですね」

「そう? まぁ、少しはね」


 プロフェス・ヒュムネ。

 滅びた国の生き残りで、今は奴隷として破格の価値がある。

 奴隷となった切っ掛けの戦争を怨み、国を怨み、理性を失うと手が付けられない程の戦闘力を有する草の民。


「因縁が無いようであるからね、私」


 ミュゼがプロフェス・ヒュムネの話を聞いたのも、育ての親からだった。

 今、『エクリィ・カドラー』は側に居ない。代わりにいるのは、少し怠惰で無気力で皮肉屋なアクエリア。

 二人が並んで向かうのは、フュンフが居る施設長室だ。

 これから始まるプロフェス・ヒュムネの少年を鎮圧する戦闘の下準備の為に、二人は不安入り混じる顔で廊下を進んだ。



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