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【第三部】アルセンの方舟 ―国家公認裏ギルド交響曲―  作者: 不二丸茅乃
chapter.3 あなたをさがして

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4.馬車の中では




 酒場の面々が乗り込んだ馬車には、王家とは違う紋章が刻まれている。

 幌馬車とは違う個室のような、部屋そのものを運ぶような形の馬車だ。その扉にはミュゼも見た覚えのある紋章があって、うへぇと顔が歪む。

 中は二人ずつが向かい合って座る、四人分の座席しかない。しかし双子はそれぞれ隣り合っているディルとフュンフの膝の上に乗り、座席の数としては問題なかった。


「豪奢な馬車を持って来たものだ」

「名代として会議に出席した権利を行使し、実家から持ち出して来ました。一番乗り心地がいいものは、この馬車が妥当だと思ったので」


 ――五大貴族、ツェーン家の紋章。馬車の扉にあった悪趣味な権力誇示の紋章は、今でもミュゼの瞼の裏に焼き付いていた。

 ディルがいつもの調子で振った話に、フュンフの返事の生温さが耳の穴につっかえている気がする。ミュゼは権力は好きでも無いし、そもそも騎士だ王侯貴族だという話も元から嫌いだった。だから馬車の居心地も悪い。乗り心地は良いのが少し癪に障るが。


「それで、ミュゼ」


 そんな不快感を察したのか、フュンフはミュゼに声を掛ける。その語り口はアルギンに対するものよりも柔らかく、どこか好意的に感じられた。


「君が今回の依頼を受けてくれたと聞いて安心した。普段の君の働きは、このまま十番街の孤児院に正式採用したい程だ。非常勤なのが悔やまれる」

「ありがとうございます。今の勤務体系は自由が利いて、とても助かっています。そのお陰で酒場では双子とも遊べますし。ねー」

「ねー」

「ねー」

「この子達の愛らしさや聡明さは私も保証する。ディル様の御子なのだからな。だが、君があの酒場に在籍する事で、あのアルギンに嫌気が差す事があればいつでも歓迎しよう。酒場以上の待遇を約束できる」

「期待の新人を勧誘しないで頂けませんかねぇ?」

「……勧誘は自由だろう。選ぶのはミュゼだ」

「やっと酒場に慣れてくれた頃なんですよ。簡単にほいほい鞍替えされても困ります」


 その好意は、ミュゼには純粋なものに見えて、アクエリアには不純なものに見えた。

 アクエリアだって、ミュゼの事は美人だと思っている。時折奇行に走るし、誰も彼もを見透かすような気味の悪い事も言う点が気になる所ではあるが。

 でもアルギンはミュゼを珍重し、ディルも無下に扱わない。人好きのするところなども、アルギンによく似た女だ。彼女に対して人格の好ましさはあるので、このまま孤児院専任にされては堪ったものではない――という考えだけで、フュンフを牽制したのだが。


「アクエリア、其れは悋気かえ?」

「は!?」


 天然なのか、狙ってなのか。

 フュンフの隣に座っていたディルが、死角からとんでもない発言を投げて来た。

 アクエリアが驚いて大声を出すと同時、馬車の車輪が何かを踏んだらしく大きく揺れた。「わ」と声を漏らして椅子係の大人にしがみつく双子。


「違うのか。人の心とは未だ、我には難しいものだな」

「あっ……なた、ねぇっ! そんな直球で聞かれて、はいそうです、なんて言えると思いますか!?」

「では、悋気か」


 悋気――つまり、嫉妬。


「違います!」


 否定したアクエリアは、そこでやっと双子が少し不安そうな顔をしているのに気付いた。

 いきなりのアクエリアの大声に驚いただろう。咄嗟の言動が奇妙なのは自分もだ、と思わずにいられない。双子を怯えさせる事に思い至らなかった自分の落ち度だと思い口を閉ざす。エルフである自分の半分にも満たない年下のヒューマンにやり込められた気もして苛立ちもあった。……実際の所、双子は大声に恐怖したのではなく、突然の大きな揺れに驚いたに過ぎないのだが。

 片手で顔を覆って笑いに震えているフュンフを余所に、アクエリアはいたたまれなくなって視線を隣に移す。ミュゼが今、どんな顔をしているのかが気になってしまったのだ。

 だが、それも良くなかった。


「………」


 ミュゼは顔を赤くして、やや下を向くようにして唇を引き結んでいる。困ったように下がる眉は、照れを押し隠す形をしていた。

 前から、アクエリアもミュゼから感じる好意は薄々感じていた。態度に滲み出る感情は、勘違いや思い上がりでもないだろう。アルギンやディルにそうだったように、異様にアクエリアの話に詳しいのも彼女からの好意を感じた理由のひとつ。

 誰かから好意を向けられても、ここ二十年のアクエリアは応えたりしなかった。面と向かって言われても、手紙や他人経由で伝えられても、はぐらかしたり断ったりして終わった。誰かからの好意を受け入れる事が出来ない自分は、確かに居る。それが酒場の新入りであるミュゼであるなら、なるべく問題にならないうちに穏便に終わらせられれば――とも、思っていた。


「……」

「………」

「……さ、流石に、これだけ狭い所に人が乗ってると、暑いね」

「……そうですね」


 でも、ミュゼは好意を隠そうとするだけで、直接アクエリアには言って来ない。 

 ただの仲間とは一線を画した狂った距離感で、そのままいるのはアクエリアの心だって落ち着かない。


「ふっ、如何な君とはいえ美人には弱いらしい」

「フュンフさん、その言葉そっくりお返ししましょうか」


 馬車は問題なく進んでいるというのに、その馬車に乗っている面々に問題がある。

 こんな悪趣味に囲まれて、ミュゼが哀れに思える。もう一度視線を向けた時には、彼女の頬の赤みも少しは和らいでいたけれど。


「……何?」

「いえ」


 やや睨むような目つきで言われて、アクエリアがすぐに視線を逸らした。

 確かに、彼女は好意を口にしない。だから、勘違いと言われてしまえばそれまでだ。


「確かに、美人だなぁと思いまして」

「はぁ!?」


 けれど、ミュゼは確実にアクエリアを好いている。

 根拠に乏しい思い上がりだが、確信と言っても良い。その思い上がりは、ミュゼの更なる赤面が肯定した。

 アクエリアの表情は変わらない。美人と思っているのは本当だし、彼女からの好意をここ暫くいつも感じているので、自分の理解している中での当たり前の光景があるだけだ。

 ……この行動は、勘違いして言い寄って来る女性にもしていた。酒場まで押しかけられたり罵詈雑言を投げられて当然の事はやっている。自分にはその気が無いから大丈夫、なんて言い訳は通用しない。


「――頃合いか」


 馬車の中の悶着から暫くして、ディルがふと顔を上げる。窓の外を見ると、既に雑多な街並みは遠ざかっていた。今は長く続く塀が見える。


「こ、頃合いって? ここどこ?」

「九番街だ。この塀が途切れた先が十番街になる、十番街奥に孤児院はあるが、我の目的地は其処まで行かずとも良い」


 フュンフは落ち着いて座っているが、アクエリアの膝にはコバルトを置かれた。え、と戸惑うエルフの視線を背に、ディルは馬車の扉を中から開いた。


「――では、仕事が終わり次第酒場で」

「へ!?」


 その驚きの声は、アクエリアとミュゼが同時に出す。

 二人の驚きに背を押されるように、速度が出ているままの馬車から飛び降りるディル。石畳の上を滑るような音がするが、受け身は取っていたらしくその直後平然と立ち上がる姿が見えた。


「ぱぱすごーい!」

「すごーい!」


 無邪気に喜んでいるのは双子だけだ。やる事がいちいち危なっかしくて傍迷惑で、ミュゼの開いた口が塞がらない。

 いくら目的地が少し違うといえど、ちゃんと停めて貰ってから下りろ! ……と言いたくても既に声は届かない。


「ディル様はいつもの事だ。あちらも気にしていないのだから気にするな」

「そんな事言ったって……。あれは幾らなんでも危なすぎるでしょう。双子も見てんのに、この子達が真似したらどうすんです」

「そんな事を心配しているのか? 二人ともアルギンの腹から生まれた、ディル様の子だ。あの二人の間に産まれた子供が、下手を打つ訳が無いだろう」

「だからって、子供の好奇心を甘く見たら」

「この二人ならば無傷で馬車を下りるに決まっている」

「そっちかい!」


 孤児院の施設長として、子供に信頼を置いているのは分かる。でも、この双子に関して言えばその信頼が別の方向を向いていた。この男がそんな風に認識しているのは双子だけなのだから、彼の中のディル像が改めて心配になる。

 親が親だから、随分能力を高く見られているが――本人達はまだあどけない子供だ。血筋で能力が決まるなら、ミュゼだって。


「……私、あんな事要求されても絶対嫌だ……危険すぎる」

「? 君には誰も要求しないだろう」

「………まぁ、それは、……」


 思った事がそのまま口に出てしまっていた。フュンフから指摘されて、曖昧に濁す。

 アルギンとディルの血は、フュンフにとって何代先まで有効なのだろうか。

 どれだけ血が薄れれば、『あの男』は――。


「ミュゼ?」

「……何でもない」


 あの男は。

 ミュゼの育ての親、エクリィは。

 彼女から言われた呪いから解放されるのだろうか。

 血の繋がらない子供を託されて、その子供達が子供を産むまで側に居て、更にその子供達の面倒まで見るなんて呪い。


「親が優秀だからって、子供に過剰に期待するのは間違ってるよね」

「………」

「フュンフ様に言ったんじゃない。大丈夫、違うから」


 血筋に過剰に期待していた人物がいたとしたら、ミュゼの育ての親のエクリィだ。それに比べれば、フュンフの期待はまだ少し甘い。

 死なない生き物がいるものか。例えヒューマンでもエルフでも、死んだら皆土の下だ。


「ね!! アクエリア! 幾ら血筋が秀でても子孫に期待するのは間違ってんだよ!! 秀でてるのはその代だけなんだから!! 出来の悪い子ほどかわいいって言葉もあるんだから、子孫にあんまり祖先の偉業を押し付けるのはどうかと思うなぁ!!」

「何で俺です?」


 話を振られたアクエリアも困惑するばかりだ。同時に、ミュゼの怨嗟に心当たりがあるのかフュンフも複雑そうな顔をしていた。

 別にアクエリアは双子に何かを押し付けたつもりはない。二人は存在するだけで愛らしい『子供』だ。子供が子供らしくあれるように、酒場の面々は二人を可愛がっている。それは勿論アクエリアも。

 けれど二人の潜在能力は確実に親譲りなのも知っているから、ミュゼの味方もフュンフの味方もしない。


「……アクエリアってさ。あの双子ちゃんの子供とかその孫とかその先にも過剰な期待してそうだから」

「なんでそんな未来の話を? ウィリアもバルトも結婚どころか成人もまだ先の話でしょ、そんな話されたって困るんですが」

「……まぁ、それは、そうかも、しれないけどさ」

「そもそも」


 大人同士の話に飽きたのか、コバルトはアクエリアの膝を下りてフュンフの隣に座る。ウィスタリアはフュンフの膝の上を譲るつもりはないようだった。

 コバルトが居なくなることで、アクエリアも足を組みやすくなった。やや広くなった馬車の中で、アクエリアが占める空間が広くなる。


「俺は、出来の悪い子を可愛いとは思いませんから」


 ――空気が、凍った気がする。


 傍若無人なアクエリアの姿は、ミュゼの生まれてから一番古い記憶に居座り続ける人物の姿と重なった。言葉遣いも違うのに、根っこは同じなのだと思い知らされる。

 エクリィ・カドラー。

 血の繋がった親を失ってからの、ミュゼの育ての親。

 彼に育てられたミュゼの人生は、流血しない日が無かったほどだった。


 それもこれも全部、自分の血筋が原因なのだけれど。




 

 

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