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【第三部】アルセンの方舟 ―国家公認裏ギルド交響曲―  作者: 不二丸茅乃
chapter.3 あなたをさがして

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2.『あの日』からの異変


 酒場は裏ギルドとしての性質のお陰で、酒場の住民は二人一組で仕事を組まされることがままある。

 店主のアルギンは夫のディルとで、医者二人は仕事内容も相俟って組んで貰っている。これまでメンバーであることがディルに秘密にされていたアルカネットも、開き直ったアルギンによりアクエリアやミュゼと組まされている。基本的に自由が利くのはこの三人で、仕事内容次第でそれぞれ適した人員が出る事になっていた。

 仕事に向かう人員には、拒否権は殆ど無いと言って良い。そもそもどうしても受けられない事情があるならまだしも、不平不満の類はアルギンが全く受け付けない。仲違いをするような人物が居ないのは幸いだ。

 それだけ彼女は酒場に住む人員の能力を把握しているし、信頼もしている。「お前さんの腕を信頼しているから頼んでいる」「お前さんにしか無理なんだ」なんて、彼女の殺し文句のひとつにどれだけ首を縦に振らされたものだろうか。

 だから、という話でもないが。

 その『仕事』の話が舞い込んできた時、ギルドメンバーは皆一様に瞳を丸くした。




「子供?」


 それはディルが知己から呼び出されたとして朝から外出した日の事だった。

 昼前に帰って来たディルは、アルギンが用意していた昼食を目の前にして話を始めた。この日はいつものように双子はソルビットの所へと遊びに出ていて、誰に気遣うでもなくギルドの話が出来ている。

 この時間は酒場に居る面々も昼食の時間だ。今日はアルカネットだけが仕事で外に出ている。


「以前、アルカネットとミョゾティスが救助した奴隷の子供の一人だ。ミョゾティスにとっては最初の仕事の話か」

「ああ、……。あの時の子供が? どうかしたの?」

「どうも、ヒューマンではない異種族のようだ。暴走状態になっている為に、暁の人形すら近寄れず何の種族か判別がつかないと。しかし、特有の動きを見るにプロフェス・ヒュムネである可能性が著しく高いと言っていた」


 ――プロフェス・ヒュムネ。

 その種族名を聞いて、給仕をしていたマゼンタの動きが止まった。


「現時点で、誰の言葉にも耳を貸さぬという。別室にて様子を見ているが、外に出せば他の子供達に危害を与える事必至と。騎士の手も今は使えぬという事で、我等に白羽の矢が立ったようだ」

「子供って……どんな子? 今どこにいるの?」

「フュンフが隊長を務める騎士隊『月』、その管理下である王立孤児院となる。立地としては十番街に在り、王家の膝元だ。子供の特徴として聞いたのは、黒髪である事くらいか」


 黒髪、と言われてミュゼの脳裏に一人の子供の姿が浮かんだ。

 あの仕事の場となった場所で、ミュゼの気が動転してしまうほど酷い状況にあった男の子。小さく、細く、か弱く見えた檻の中の彼だ。

 そんな彼が暴走状態と聞いて、心中穏やかではない。プロフェス・ヒュムネの危険性は、ミュゼもよく知っていた。


「マスター」


 複雑な心境のミュゼを余所に、アルギンに声を掛ける人物がいた。


「その仕事、誰か知りませんが受けるとなったら、私も同席して構いませんか?」


 マゼンタだ。

 この酒場の店員として、そして給仕として働く少女。年齢としては既に成人しているが、黒髪と持ち前の童顔があどけなさを強く感じさせる。

 そんな彼女が、同意を求めている。微笑んではいるが、瞳はどこか笑っていなくて虚ろに見える。

 ミュゼには寒気を感じさせる表情だ。他の者であれば有無を言わせないような視線を受けて尚、アルギンは首を横に振る。


「気持ちは分かるけど、今は我慢して貰いたいな。人数が増えると動くのに手間取る。それでなくとも、王城から一人出てくるらしいから」

「王城から?」

「ロベリア。どうも、王妃殿下からの直々の御命令らしいな」

「ロベ、……」


 それきり、マゼンタは黙ってしまう。そんな彼女を横に置き、アルギンは話を続けた。


「それで、今回の任務は『暴走の収束、なるべく穏便な方法で』……と、言いたい所だけど。別な要件も加わって来る」

「要件?」

「そのプロフェス・ヒュムネを奴隷として扱っていた商人たちが、どうもきな臭い動きばかりしてるみたいなんだよな。確実に取り返しに来ると見ているそうで、依頼達成の条件として『子供の身の安全』『王立孤児院への暫くの滞在』が加わる。その子が確実にプロフェス・ヒュムネだと分かれば、王家が保護する事になってるんだけど……、今、城は別件にかかりきりで手が足りてないそうだ。その事も含めて数日間、ディルを城に派遣する事にもなってる。だからディルは出られない」

「ふん」

「騎士の手が城下に回らないって報告は自警団にも届いてて、だから今日もアルカネットはいない。そうなると、こんな荒事になるって分かってる仕事に、医者の二人に任せる訳にも行かねぇだろ?」


 出られない人物ばかりを先に挙げるアルギンだったが、今回選出する人物は消去法、という訳でも無い。

 元より、その人物の能力に難がある場合は、自分が出る女だった。


「今回は、その子に関して少し関わりがあるミュゼ。そんで、子供との関わり方を知っているアクエリア。二人にお願いしようと思ってる」

「……へ」

「俺もですか?」

「子供って言ったって、ウィリアやバルトより年上だそうだ。エルフの年の功も有効活用して欲しくてな」

「年の功って……。俺が重ねた年月は万能じゃないんですよ」


 アルギンとの付き合いも、そう短いものじゃない。無茶振りにも慣れてしまったアクエリアは大人しく首を縦に振る。

 不平も不満も、無茶振りされた事以上には感じていない様子にミュゼが横目で見ながら不思議に思う。

 これまで、酒場の一員といえど表立って仕事している所を見たことが無かった。何やら裏方に回っている、という事だけは分かったがそれ以上を知りようが無かった。本人に聞いても教えてくれないのもある。


「それから、ジャス、イル。お前さん達はその王立孤児院から別口で仕事を頼まれている。乳児に飲ませても安全な解熱剤が欲しいんだそうだ。出来たら一週間以内に、だと」

「承知しました」

「一週間ですか。そこまで急ぎではないんですね」


 医者二人も仕事が入ったようだ。それぞれ事務的な連絡をして、後は解散。

 ミュゼとアクエリアの出発は理由があるらしく夕暮れ時に、となった。


「………」

「……どうしました、ミュゼ」


 それぞれが部屋に散り散りになっていく中で、ミュゼはまだ客用の椅子に腰を下ろしたままだった。酒場で使う物だから、それほど座り心地の良い椅子でもないのに。

 他の女性陣は先に一階を後にしたが、アクエリアとディルはまだ残っていた。


「私、ここ来てまだ一ヶ月とかじゃんか」

「そうですね」

「色々知らない事山ほどあるなぁー、って思って」

「そうですか? 別に、この酒場について知らない事もいずれ知る羽目になるんですよ。アルカネットさんの話を聞いたディルさんのようにね」

「我の話を持ち出すな」

「まぁそう言わず。折角なら聞いておいたらどうです? 聞いて駄目な話なら教えてくれませんけどね」

「んー」


 折角なら、と言われれば心も傾くものだ。聞いて殺されるわけでなし、問うのは簡単。


「この酒場の裏の顔、秘密なんだよね? そもそもほいほい城に行って良いの? ご近所からすると丸分かりじゃない?」

「王城関係者の騎士以上の立場の者なら知っている事だ。寧ろ、知らなければならぬ事だからな。我等の事を嗅ぎまわる存在を危惧しているのであれば、無用の心配だ。我等の前職を思えば、さして怪しい行動でも無い」

「あー、元騎士隊長様ですものね。はいはい」


 ミュゼは昼食の最後に用意されていた紅茶に手を付ける。優雅に指で支えて口許まで運ぶ、の、だが。


「聖騎士の称号まで戴いたからな。過去には我には不相応な程に無駄に煌びやかだと思ったものだが、騎士の位を返上した今になっては過去の栄光も便利なものだ」

「ぶー!!」


 聖騎士の称号は初耳だったらしく、紅茶を噴き出して動揺した。噴き出した先にアクエリアがいたものだから、露骨に嫌そうな顔をする。ぼたぼたと頭から滴る香りの良い紅茶で無残な姿になった。


「ちょっとミュゼさん、本気で勘弁なさいよ」

「ごめぇん!!」

「……」


 二人のやり取りを眺めながら、ディルが目を細めた。

 ミュゼがこの酒場に身を置いてからというもの、アクエリアの皮肉めいた性格が成りを潜めている気がした。どこかいつも斜に構えていたが、ミュゼが彼を構うとそんな様子がぼろりと剥げ落ちて騒がしくなる。

 ディルも、騒がしいのは嫌いじゃない。尤も、そう考えるようになったのは妻と出逢ってからだが。


「汝等。今日からは泊まりであろ、準備もせず悠長に構えていていいのかえ」

「あ、そうだった! んでもちょっと待って、もうちょっとゆっくりさせて。お茶おいしい」

「貴女ねぇ、用意できなくて遅刻したら置いて行きますよ!」


 ――賑やかすぎるのも考えものだ。


 まだ幼い双子は、妻のアルギンに似て賑やかなものが好きだ。だから自然、二人の空気感も好きになった。

 人を疑う事を知らない幼児はミュゼの事も気に入って、早々に遊び相手の一人として認識している。だから、ディルもミュゼを冷遇する気持ちは無い。……無い、のだが。


「………」


 どうも、ミュゼとアルギンは似過ぎている――と、ディルはここ最近思うようになった。

 顔が少し似るだけなら他人の空似といえばどうにでもなる。しかし、時折見せる表情や普段纏う雰囲気、言葉選びまで似て来るとディルとしても思う所がある。

 別に、既婚者にとって邪な気持ちがある訳では無い。もしそうかと聞かれれば真っ向から否定する。

 ミュゼが酒場に身を置く事になった、それ自体が、何らかの意思が働いているような気がしてならないのだ。けれど不思議な事に、ディルにはミュゼを積極的に疑う気持ちは殆ど無い。


「……しかし、信頼も良い事だとは思うのだが。アルギンもひとつ重大な話をし忘れているようだ」

「重大な話? 仕事以上に重大な話ってあるんですか?」

「我等にとっては仕事以上なのだがな。どうも、汝等相手だと気が緩むようだ。……いや、其れだけ汝等を信頼していると言う事か」

「ディル様、その重大な話って何なの? それによっちゃ、私等の行動も変わるんだけど」


 焦れたミュゼが続きを聞きたがる。そう勿体ぶったつもりも無いのだが、急かされれば答えない訳にはいかない。


「今回の依頼、孤児院にはウィスタリアとコバルトも連れて行け」

「へ」

「は!?」

「我なら兎も角として、汝等が突然十番街の王立孤児院を訪れるのは不自然である。名目は『フュンフを慕う双子を連れてのお泊り会』――と、アルギンは言っていたか」

「…………」


 二人が同時に頭を抱えた。

 重大も重大、まだおしめも取れて間もない子供達を連れてお泊りだなんて、それだけで精神が擦り切れそうな話である。にも関わらず、アルギンは話し漏れている。


「ディル様がマスターの旦那で本当に良かったと思ってる」

「俺もです」

「そう言うな。あの者とて子育て疲れが無ければ相応に有能な長である」


 確かに子供、それも双子となれば母親の疲労は想像を絶するものだろうが――、ミュゼはここに来てからというもの、アルギンが育児をしている所よりはディルが双子に関わっている所をよく見る。

 勿論、アルギンだって何もしていない訳じゃない。ディルが双子の世話をする為の下準備はしているし、それを酒場の経営と並行しているのだから母親としての仕事を放棄している訳では無い。


「マスターも、ディル様が旦那さまで幸せだろうねー。子育てに協力的な旦那とか貴重だよ? あんだけ好き好き言ってんだし、何があっても離れそうにないよねー。浮気しても許しそう」

「………」

「ぶふっ」


 ミュゼの漏らした言葉に噴き出したのはアクエリア。

 何かそんなに面白い事言ったかな、と顔を上げたミュゼの瞳には険しい顔をしたディルの姿も映る。


「ミュ、ミュゼさん。貴女そこまで知ってるんですか。それ禁句ですよ」

「え、何の話?」

「俺にもそんな言葉があるように、ディルさんに『浮気』とか『不倫』とかは禁句なんですよ。だってこの人昔、アルギンに」

「――アクエリア」


 何かを言おうとしたアクエリアの名を呼んで止める声は、冷たい。


「其れ以上を口にするのならば、汝が仕事から戻った時に汝の荷物は全て外に出されていると思え」

「……おお、怖い怖い。良いじゃないですか、いずれ知られる話でしょうよ」

「誰かが口を割らなければ、知られる事も無い」


 ――今回、ディルにとっての禁句を知る事が出来たのは収穫かも知れない。

 普段あれだけ妻や子供達と離れない男が、不貞を表す言葉で反応したのは意外だった。あの旦那命の酒場店主が浮気するとも思えないから、何かしたとしたら、ディルか。

 けれどミュゼの思考は『そんな事有り得ない』と即座に否定した。ディルは他の異性に余所見するような浮ついた思考の持ち主ではない。そしてそうなればアルギンも、ディルの傍に二度と女性を近付けようとしないだろう。

 疑問は深まるばかりだ。でもそれを聞くのは命の危機を感じて憚られる。

 その疑問は、まだ暫くの間解ける事は無かった。


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