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【第三部】アルセンの方舟 ―国家公認裏ギルド交響曲―  作者: 不二丸茅乃
chapter.3 あなたをさがして

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1.結婚詐欺師の仇名の由来



 アルセン王国、城下。五番街にひっそりと佇む、三階建ての酒場『J'A DORE』。

 人を酔わす酒を提供する酒場というだけでやや治安低下が見られるその場所だが、酒を出した時以外にも問題は起きる場合がある。

 それは、酒場の二階以降に宿を借りている人物が起こすこともあるのだが。




「だから、逢わせろって言ってるじゃない!! 彼を出しなさいよ!」


 昼の酒場に押し入って来たのは、一人の女だった。明るい日差しに照り返る、こってりとした化粧と肌の露出が多い薄手の衣装。雨季を越えれば夏もすぐそこだが、そういった意味合いとは違う雰囲気に涼しそうな布生地の衣装。

 化粧のせいで年齢が分からないが、首の皺は少なく声も焼けていない。それなりに若い女性であろうというのは判断がつく。

 恫喝する女に対応しているのは店主であるアルギンだった。彼女の夫であるディルは、教育上悪そうな存在である珍客から子供達を守る為に双子を両脇に抱えて部屋に戻っている。


「そんなキャンキャン言わなくても聞こえてるって。でも、逢わせろって言われてもなぁ……。取り敢えず名前、名乗って貰おうか?」

「さっきから言ってるじゃない、『茜の森亭』の『オーマ』って伝えれば分かるって! 婚約者なんですもの!」

「婚約者なぁー」


 オーマと名乗る女の言葉に、頭から疑ってかかるアルギン。

 これがアルカネットに来た艶聞であれば、冷やかしとからかい混じりで彼を呼びつけただろう。でも、今回の面倒事は相手が違う。


「いるんでしょ、アクエリアさん! 結婚しようって言ったのは噓だったの!?」


 アクエリア、と名を呼んだ女の紅を塗った唇が、気味の悪いほど大きく開く。

 問題は女が主張する、『婚約者』という言葉だった。彼にとってその言葉は、若干の心的外傷として残っているのに。


「あのさぁ。アタシはアクエリアと少ーしばかり家族ぐるみで仲良くさせて貰ってるけど、アイツに婚約者がいるって話は最近聞いた事ないなぁ。結構前ならいたそうだけど」

「何よ、疑ってるの!? 約束したもの、私をあの娼館から連れ出してくれるって言ってくれたもの!」

「あー」


 必死に訴える女の言葉も、アルギンは信じていない。

 彼はお人好しだから、ぺろっとそれに似た言葉を言ってしまった可能性がある。……というより、商売女相手の騒動はこれが初めてでは無いのだ。

 いい加減こういった騒動に巻き込まれるのも嫌だな、と思ったアルギンは冷たく対応する。


「娼館から出たいなら出ればいいじゃん。在籍してんのが茜の森亭なら無理矢理働かされてんじゃないんだろ? 自分から入った世界に嫌気が差したからって適当に男見繕って出ようとしてるんだろうけど、生憎アクエリアはそんな風に安請け合いする男じゃないんだよ」

「っ……!? 女の癖に、何を知ってるつもり!? 茜の森亭がどんなに酷い所か知らないんでしょ!?」

「茜の森亭なら主人がこの酒場の常連だよ。というか、娼館ギルドの会長とも知り合いだよ。そっちこそ、あそこがどんな場所かちゃんと『全部』知っててモノ言ってる?」


 アルギンは困り顔で、オーマは戸惑い顔だ。


「……本当さぁ、アクエリアが将来誓ったってんなら、呼ぶより先に姿見せてると思うんだよねぇ。アイツの本性知らないから丸め込めるって思ったんだろ、アイツお人好しだから」

「はぁ!? あんたがアクエリアさんの事知った振りするのやめてよね! あんたみたいなオバサン、彼だって相手にしないわ!」

「オバサンなのは否定しないけど、お前さんだって自分をいつまでも若いままって勘違いしてない? そんな厚化粧してると五年しないうちに老けるよ」


 オバサン、と言われたアルギンだがそんな嘲りはまったく響かない。白粉と紅を塗りたくったオーマと比べると、あまり年が変わらなく見えるのもあるだろう。何より、化粧をしていないのにアルギンの方が綺麗だった。

 嘲りが全く聞かず、何を言っても動じないアルギンの様子にオーマが焦れる。自分は早く、彼と逢いたいだけなのに、と。


「そんな事言ってごまかさないで! 早くアクエリアさんを呼び――」

「呼んでどうするって?」


 その時、酒場の扉についた鐘が鳴った。アルギンの声より低く、アルギンよりも遥かに背が高く、露出も高いが男のように筋肉も付いている体格の良い女の姿だ。肌は褐色、髪は染めているのか影のような灰に近い黒の中に赤と青の房が幾つもある。豪快で派手な見た目のその姿を見るや否や、オーマが「ひっ」と息を呑んだ。


「悪いねぇ、アルギン。うちの新入りが何か勘違いしているようだ」

「悪いって思ってんなら早く連れ帰ってくれねぇ? うちの双子を外で遊ばせてやれないし、アクエリアも怯えて出て来やしない」

「っはは、あの方が怯えて出て来ないって? そんな有り得ない話があるか」


 言いながら、女がオーマを脇に抱えた。怯える彼女は身を捩って嫌がるが、巨体相手にびくともしない。


「今度改めて謝罪に来るよ。アクエリアさんに宜しく言っておいてくれ」

「言っとくよ。お疲れ、ジーナ」

「やだ、やだ離してえええ!! 戻りたくなんてないのおおおっ!! やだ、アクエリアさん助けてよぉ、嘘つきぃっ! 結婚詐欺師ぃいいい!!」

「金取られてないのに詐欺も何もあるか。お前が勝手に誤解しただけだろ」


 ジーナと呼ばれた女がオーマを抱えて退店した後、アルギンは一仕事終えたように溜息を吐いた。疲労感を逃がす為に、カウンターの中に入って煙草を漁る。お気に入りの一本に火を点け香りを楽しんでいる間に、二階の扉が開く音がした。




「……ん」


 二階で動き出したのは、この酒場の新入りであるミュゼだった。階下から怒鳴り声が聞こえたので、関わりたくないと無視を決め込んでいたのだ。さて一階に下りるか、と思って廊下に出たはいいが、階段のすぐ側で蹲る紫色を見つけた。エルフ特有の長い耳が、髪の間からはみ出ている。


「……どうした、アクエリア」

「………」


 背中を丸めて階下から見えないような場所にいる彼は、一連の話を聞いていただろう。自分は婚約者だと喚いていた女と、そんな女に対応してくれたアルギンの声を。

 ミュゼが声を掛けて漸く、アクエリアが頭をあげる。紫色の前髪の向こうで、夜の藍色を思わせる瞳が瞬いた。


「『いつか貴女に素敵な王子様が現れて、きっと連れ出してくれますよ』って言葉に、求婚の意思は感じられますか?」

「なんだそれ」

「さっきの客人ですよ」

「は、それお前が言ったの? 気障にも程があるだろ」


 半笑いのミュゼだが目が笑ってない。

 素敵な王子様って何だよ、色恋に目が霞む王子なんざ本物の王子に対して不敬だろうが、と呟いて隣を通り過ぎようとするミュゼ――の、腕を掴んで引き留めるアクエリア。


「……離してくれねぇ? 水飲みに行きたいんだけど」

「少し先輩の話し相手になってくださいよ、酒場新入りのミュゼさん」

「やだなー。こういう時のお前は厄介っての知ってるもん」


 別に、寂しいとか、怖かったとか、そんな感情で引き留めたのではない。

 ミュゼは、何かしらアクエリアの事を一方的に知っている態度が多い人物だった。酒場に来た当初から、アクエリアに対しての態度だけが嫌におかしい。馴れ馴れしいかと思いきや、なんでもない時に怯えて見せる。かといってアクエリアには面識はなく、奇妙な距離感に難儀しているのだが。


「……貴女なら、俺がああいう侮辱が一番嫌いなのも知ってるでしょう」

「……、まぁねぇ」


 アクエリア自身その理由を、信用に足ると思った人物の中でも更に少数にしか話していない内容だった。

 ミュゼを引き留めた腕に力が籠る。ぎり、と音を立てるような痛みが腕を襲うが、ミュゼは表情を顰めるだけで無理に振り払おうとしない。


「俺の事を『結婚詐欺師』だなんて。勝手に誤解しただけの言語も分からないような阿婆擦れが、俺の事を知ったような口を利いて」

「……」

「アルギンさんが出てくれて助かりました。真正面からあんな戯言聞いていたら、俺自身何したか分かりません」


 声に怒気を孕んだアクエリアの藍色の瞳が、明滅するように色を黒へと変貌させる。ちかちかと繰り返す変色は、やがて髪にも及んだ。

 青みが強い紫色が、本来の色を露わにする。一瞬だけ、ぱっと明るくなる髪の色を目で追う事もせず、ミュゼが周囲を見渡した。


「アクエリア、正気に戻れ。もう……えっと、二十年前みたいな事は無いだろ。あの女は、お前の二十年前を知らない。だから、昔の話とは関係ない。それより、今の姿を他の皆に見られる事の方が問題ある筈だよ。特に『元の姿』のお前さん見たら、双子泣いちゃうぞ」

「………」

「いいの? あんなかわいい双子泣かせて。怖いって言われて暫く近付いてこないかも知れないぞ」


 アルギンとその夫ディルの間に生まれ、この酒場で皆からの愛を一身に受ける、双子のウィスタリアとコバルト。例に漏れず、アクエリアも可愛がっている。

 双子の話を出したら、色の明滅がすぐ変化する。色は青紫と藍色に落ち着いて、暫くすれば完全に明滅も止んだ。

 どうあれ、気分は落ち着いたらしい。そこでやっとミュゼは腕を振り払う。


「良かった良かった。じゃあ私はこれで」

「待ちなさい」


 今度は言葉で引き留められた。それさえ無視して足を止めずに階段を下りたら、その背後をアクエリアも付いてくる。


「俺の事、色々と知っているようですけれど。どうして二十年前の話まで知ってるんです」

「どうだっていいだろそんな事」

「良くないんですよ。どこで聞いたんですか俺の話」


 階段を下りる二人の姿を見て、アルギンも煙草の火を消した。


「おー、どうした二人とも。飯は食ったろ、茶でも飲むか」

「飲む―」

「アルギンさん、また煙草吸ってたんですか。止めなさいって皆から言われてるでしょ」

「色んな苛々が募ってるモンだから大目に見てくれよ。どっかの誰かさんはまた変な女に誤解されてくるし」

「……それは、……すみません、としか」


 ――酒場には、エルフが三人いる。

 厳密には一人はハーフエルフで店主を務め、もう一人は最近増えた新入りで、残る一人は居候として酒場に住んでいる。

 居候、といえど彼の背景には一言で説明しづらい事情もある。


 二十年前、結婚を約束した恋人が突然行方をくらました。口さがない者は、彼を財産目当てで恋人を捨てた男として罵った。

 彼は恋人が遺した財産を知人に預けて町を出て、それから十年以上探し続けた。

 彼の旅が中断されたのは、この国の城下に来てからだ。自分の兄が育てた女性と出逢い、その女性と意気投合し、彼女の身の回りに襲う様々な事柄の手伝いをしていたらあっという間に五年以上が経ってしまった。

 思えばそれが、お人好しと呼ばれるきっかけかも知れない。


「そういやマスター、どこの銘柄吸ってんの?」

「アタシのはね、だいたいが国産のだけど一番好きなのはたまに来る行商が持って来るコレ」

「げぇ、めっちゃ高い奴じゃん」


 アクエリア・エステルは、話し合う耳長の女性二人を不思議な感覚で見ていた。

 アルギンには、過去を話した記憶がある。けれど、アルギンに顔も雰囲気も似ているミュゼには話した記憶がない。話す程信頼を置いた覚えも無いが、ミュゼはアクエリアの秘密を知ったからといって悪用する事も言い触らす事もなかった。

 最初に警戒していた時より、驚くほど気の休まる相手だった。恋愛感情は無いに等しいが、ああして腕を引いて我儘に付き合って貰えるほどの関係を築けている。たった一ヶ月にも満たない関わりだというのに。

 それはミュゼが、他の面々さえ仰天するほどアクエリアの扱いを心得ているからでもある。期待の新人として酒場の一員となった彼女は、自分の立ち位置を既に確立していた。



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