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【第三部】アルセンの方舟 ―国家公認裏ギルド交響曲―  作者: 不二丸茅乃
chapter.2 魔女の憂鬱、聖女の溜息

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24.楽園行きか、それとも奈落か




 王妃の言葉通りに、それからは階下に並ぶ六人の表情も穏やかなものになっていた。

 城仕えである彼等の事を説明するために、王妃が口を開く。


「知らぬ顔もいるだろう、紹介しておこう。向かって左から、我が国の内政長官であるシロフォ・コトフォール。王国騎士団団長であり騎士隊『鳥』隊長のカリオンで、シロフォの弟になる。その隣がその『鳥』副隊長にして五大貴族コンディ家の次期当主ベルベグ。あとの三人は知った顔の筈だが」

「……はい」

「フュンフも名代ではあるな。どうも、当主は顔を合わせにくい相手がこの場にいるらしい」


 知った顔も、なにも。

 二人は住んでいる酒場の店主とその夫だし、もう一人は時々ディルを訪ねて酒場に来る男だ。それがまさか、五大貴族一家の名代としてこの場に参席している騎士隊『月』隊長フュンフ・ツェーンという男だとは知らなかったが。当主が顔を合わせにくい相手、と聞いても城の事情に明るくないものは首を捻るばかり。

 緊迫した空気から一転、アルギンなどはキャッキャと笑うほどに緩やかな空気になっている。医師三人には、疲労からの特別例として椅子が用意された。

 和やかな歓待の空気――という訳でも無い。王妃からの質問はまだ続いていた。


「今回の件について、禁忌植物を使用した事自体を責めはしない。その判断で助かった命があるからな。しかし、使うに至った仔細は幾つか聞いておかねばならないので、暫し時間を貰うぞ。罰したりはしないから、正直に答えてほしい」

「はい」

「使用を言い出したのは誰だ? 使用した禁忌植物はどの種類を、どの量? そもそも何処から調達したのだ?」


 幾つかの質問に答えるうちに、王妃以外の表情も驚きに変わる。

 宮廷医師と同じ知識を持つ医師が酒場に居る、という事実。薬についての質問をすれば、デナスとは違い満足いく質を備えた返答が来る。

 特に内政長官であるシロフォと名を持つうねる黒髪を何重にも結って垂らした男と、相変わらずの癖の強い茶色の髪を持つフュンフからの質問は多かった。王妃が充分聞いたと思った内容を聞いた後に、自分の疑問を片っ端からぶつけていく。薬草それぞれの生息域や注意事項、他にどんな薬が作れるのか、等々。

 全ての質問に返答し終えた後、三人には疲労の色がそれまでより濃く見えた。


「疲れているのに悪いな、三人とも。……ヨタ村は其方の故郷であったな、リエラ」

「……そうですね」

「後日、再度ヨタ村へと向かって貰おうか。各種薬草の見本が最低二株ずつ欲しい所だな。其方の母が遺したという菜園も保存せねばならん。薬の材料として城下近くに移送したいものだが、生育環境としてその地域が相応しいのなら、村ごと王室公認の菜園として手配する」

「でしたら、次は『月』より派遣しましょう」

「人員は一任しよう。それから禁忌植物の在り方についても議論が必要だな……とはいえ、その手間を省略するために今日この場にこれだけ呼んだのだが。古い法が未だに整備されておらん部分は多いが、それが人命に関わるとなると速やかに着手せねばな。優秀な医師の妨げになってはならん」


 自分達の処遇を気にしていたジャスミンとユイルアルトだったが、目の前で即決される様々な国政。そして、その手腕を振るうのが国王でなく王妃という疑問。

 二人が問いに答えている間に、国で行う事業が幾つも興された。こんな話は会議室かどこかで時間をかけて決まるものではないのか。


「どうだ、ベルベグも聞いておきたい事は無いか」

「いえ、既に皆様が一通り聞かれた後ですから。それに、私まで話を御伺いするとなると三人の疲労が限界を超えてしまうでしょう」

「ひとまず、今練り上げられるものはこのくらいか……。あとは医師免許と医学校の設立計画の立案に、学校で使用される教科書の作成……。後は何がある、シロフォ」

「教員の誘致とその知識の試験ですね。いきなりすぐに学校の設立は不可能ですので、時間をかける必要があります。先に免許制度の話を詰めた方が宜しいかと。協力者の方々の予定は聞いております、明日の夕方から会議が開けるかと」

「本当、あの痴れ者が宮廷医師の座を世襲したのは医師免許制度が無いからだ……。あの者にはほとほと困り果てていた……一生を掛けて恨もう……」


 それまできびきびと仕事を割り振っていた王妃が、一段落付いた途端に姿勢を崩す。肘掛けに肘を立て、頬杖をついたと思ったら足を組んでデナスへの恨み言を口に上らせる。酒場の医師二人がぎょっとした顔を見せるも、同時に掛けられた声にそちらに振り向いた。


「んふふふふ。んふ、お疲れ二人とも。大変だったねぇ。今日は疲れてるだろうし、明日辺りデカい仕事が終わったお祝いしような。ウィリアとバルトも帰りを待ってるよ」


 緩み切った笑顔を隠さずに近寄って来ていたアルギンだった。

 いつもは化粧っ気も無い彼女の顔に、僅かながら粉をはたいてある。いつも以上に血色のいい唇は紅を差しているからだろう。着ている服は暗色を基調とした踝までの肌を隠すまでの礼装。

 こうして見ると、アルギンだって美女だ。ソルビットの情熱を感じさせる華やかな美貌とは違う、中身とは正反対の、今にも溶けそうな雪を彷彿とさせるどこか儚げな美貌。この顔を以てすれば、傾く国もあったかも知れない。


「……疲れ、ました」

「うん、そうだろうね。明日は何でも食べたいもの作るよ。作れる範囲でだけど」

「………」


 こうなる事を、アルギンは知っていたのか。もしかしたら、ソルビットもか。

 聞きたい事は幾つもあるのに、疲労で言葉が出てこない。先程の質疑応答で頭の中にある言葉が全て出て行ってしまったようだった。


「アル、ギン、は。どうして、ここに?」

「アタシ? アタシは一応、お前さん達の身元引受人だから。これでも権限は色々あってね、この時間に王城に来ても追い返されないようになってるの。呼ばれてないけど無理矢理来たんだ」

「……身元、引受人」


 どうしても、事務的な言葉ばかりが耳につく。欲しかったのはそんな言葉じゃなくて、消沈してしまった自分に気が付いて愕然とした。

 この女店主に、自分は本当は何と言って欲しかったんだろう。


「――して、我は其のアルギンのお守に付いて来ただけである」


 アルギンの後を追って側に来たのは、その夫のディルだった。長身の彼は、『月』隊長であるフュンフに似通った形の黒い衣服を纏っている。違いは、宗教色がフュンフのものより薄い事か。

 正装と思わしきその格好を、美形であるディルがするとまた違った印象になる。いつもは緩やかな平服しか着ている姿を見たことがないから。


「……お守?」

「汝等が出発した後のアルギンの荒れ様は酷かったのでな。あの悪名高きデナスが同行すると後から知った時、汝等の身を案じて自分も行くと息巻いた程だ。医師としての同行はリエラだけだと思っていたのだな」

「やだディル、その話は今はしないでよ……」

「今日とてそうだ。デナスが汝等に無作法をした形跡があれば殺してやると暴れていた。故に我が付いて来ねば、今頃アルギンと言えど監獄の中だったやも知れぬ」

「やだってば!!」


 この夫の苦労が偲ばれる。普段は昼行燈と変わらぬ生活態度を送っているが、育児と妻の扱いに長けすぎていた。

 殺してやる、とはあの酒場をしても不穏な言葉だ。二人の居ない間の行動を明らかにされて、アルギンの頬が朱に染まる。


「……心配だったんだもんさ。離れてたらアタシが守れる訳じゃないし、そのくらいの心配はしたっていいだろ。二人とも大切な、酒場の仲間で……アタシの友達なんだから」


 見せる表情が童女の拗ね顔にも似て、普段の竹を割ったような性格とは違う一面を見せる。

 友達、と照れながらも惜しげもなく言い切るアルギンのそれは長所だった。素直な気持ちを惜しみなく伝える、その態度に二人の心が揺れた時。


「だからあたしに任せてくれたんだよねぇーアルギン? 大丈夫二人に何かあったら絶対にあたしが守ったから。デナスも事故死して貰う予定組んでたくらいだよ?」

「うわ」


 突然割り込んで来たソルビットに、驚くでもなく無味乾燥な声を出したアルギン。気にせず側に寄って抱き着くその姿は、犬猫を思わせる人懐っこさだ。


「アルギンに任された事をしくじるあたしじゃないじゃない。二人は無事に帰すから、ソルちゃん御褒美欲しいなぁ。これまでずっと頑張ったんだよ?」

「ご褒美って……。アタシからあげられるご褒美なんて無いじゃんか」

「ちゅーでいいよ」

「成らぬ」


 やっとディルが口を挟んだかと思えば、その瞳はソルビットに冷たく向けられていた。

 この鉄面皮が嫉妬するような様子を医者二人の前に見せるのは、これが初めてだ。


「ちゅーはしない。それよりソルビット、二人を酒場まで送ってくれないか。馬車出せるだろ」

「えー」

「二人とも疲れてるだろうし、もう休ませたいんだ。明日はお祝いしたいし、今体調悪くされると嫌だから」


 やや性急な様子のアルギン。彼女に背中を押されるソルビットは、まだもう少し、と往生際が悪い。

 その姿を、王妃は見逃さなかった。


「まぁ、そう慌てるなアルギン」

「………」

「このまま帰せば、其方は二度とその医師と私を会わせる気もなさそうだな。全く、主人の意に背く飼い犬が居ると苦労する」

「……わん」


 犬の鳴き真似をしてみせたアルギンだが、その目は笑っていなかった。


「言いたい事は分かってるから先に言わせて頂きますと、アタシは絶対反対ですからね」

「それは二人の意思を聞いてみない事には分かるまい? 狂犬を妻に持つと大変だな、ディルよ」

「我には妻と子供達が居れば良い。妻の意向次第で、我は他の全てを捨てる覚悟はついている」

「やだディル大好き結婚して」

「とうにしている」

「余所でやれ阿呆共!!」


 もうすぐ夏になろうとしているのに春を謳歌している夫婦に、噛みつく勢いで叫んだのは王妃だ。

 夫婦の戯れを至近距離で見せられて、酒場の医師二人もうんざりした顔をする。

 医者二人の耳に、どこからか「チッ」という舌打ちの音が聞こえた気がした。


「……色惚けはこの際余所に置いてだ。ジャスミン、ユイルアルト。私は二人に提案したい事がある」

「それは……、持ち帰って返答に悩む猶予が許されているものでしょうか?」

「まぁ、少しはな。だが、この場で強制にしても構わん。しかし、出来れば協力という形で関わって欲しい事がある」

「協力、と、仰いますと?」

「先にも言った通り、医師免許や医学校の設立を計画している。その教育には専門分野に長けた人材が不可欠だ。教職には適正もあろうし無理強いはせぬが、教科書作成に協力してほしい。其方等の知識は、我が国の教育に不可欠と考える。協力とはいえ、謝礼は充分に支払おう」


 随分譲歩されたものだ。

 二人は確かに知識こそあれど、それを人に教授できるほど洗練されてはいない。顔を見合わせた二人は、教科書の協力くらいならと視線で会話する。

 二人からの返事が色よいものであると確信した王妃は、更に欲を深めた。


「それから、この先については拒否が可能な話だ。どうもアルギンは断固反対のようだが、其方等の意見を聞いてこその判断だと思っている」

「……」

「それは、難しい話なのでしょうか」

「難しい、な。同時にやりがいについては保証しよう。払われる俸給についても、私としては自信を持って薦めるぞ」

「俸給、ですか」


 その言葉で、何を言われるかが分かってしまった。

 本当は少し前から分かっていた。デナスに向かって王妃が言った、二人を同行させた理由。無能とはいえ、宮廷医師を一人あっさりと切り捨てた理由。


「ジャスミン、ユイルアルト。私は――私達は、其方等を宮廷医師として迎え入れたい。腕の立つ医師は何人居ても良い。その腕は、既に実証されている」


 アルギンの表情が、苦々しく歪んだ。



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