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【第三部】アルセンの方舟 ―国家公認裏ギルド交響曲―  作者: 不二丸茅乃
chapter.2 魔女の憂鬱、聖女の溜息

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22.馬車は帰路に就き



 ――馬車は進む。

 重苦しい空気ぶん、進みが遅くなったりはしなかった。

 国が所有する駿馬の二頭は流石に優秀で、乗車する者の気持ちを慮ったりはしない。

 しかしリエラは吹っ切れている様子であるのに、馬車の中で所在なげにずっと無言を貫いているデナスは対照的に暗い顔をしている。今回、全く役に立たないのが露見したのだ。それも、ただの騎士にならいざ知らず相手は王子だ。他の誰かであれば高圧的に、若しくは権力でやり込める事も出来たろうけれど。

 途中、行きに通り過ぎた村に寄って、野宿もして、その間騎士達は一切普段通りの態度と変わらない。

 ソルビットも、アールヴァリンも、フィヴィエルも。

 住む世界が違うのをまざまざと見せつけられる。


 こんな風に、ユイルアルトはなれない。




「……ん」

「起きた?」


 暗くなって眠りについていたユイルアルトが目覚めたのは、またも変わらぬ馬車の中。する事が無ければ、馬車での移動時間など眠るしかする事が無い。それでなくとも疲労は溜まっているし、気分は沈んだまま浮上しない。起きた瞬間に声を掛けて来たのがソルビットだったのも不機嫌な顔をする理由。


「あ、やだなにその顔。折角の若くてかわいー顔が台無しよ」

「……」

「もうすぐ、ね。城下に入るよ」

「城下、って」


 ――もう着くのか。

 夕日の光さえ馬車の中に差し込まなくなってから毛布に身を包んだのは覚えているが、まだ城下の側にまで来ていなかった筈だ。とはいえど、ユイルアルトは城下の外どころか中の地理にもそこまで詳しくないのだが。

 ジャスミンは膝を抱えて、通り過ぎた道を眺めていた。ガタガタと揺れる馬車の中で、その姿は出荷途中の家畜のような哀れさを滲ませている。


「……帰れる、ん、ですか」


 久し振りに、ソルビットへと会話が続きそうな言葉を投げた。お、と目を丸めたソルビットはそれから唇で弧を描く。


「帰れるよ。勿論帰れる。それはあたしが保証する」

「……すぐに、酒場の近くで、下ろしてください」

「んー」


 予想通り、それには難色を示された。自他ともに認める『美人』が、困ったよう柳眉を下げた。


「帰れるしぃ、酒場の近くまで馬車で送るよ。それまで、あくどい事考える第三者からは何があっても守るし。でもほら、手綱握ってるのあたしじゃないから」


 馬車を停めない理由にもならない。

 嘯くソルビットに、まるで興味が無くなったとでも言いたげにユイルアルトは視線を逸らした。「ありゃ」と、先程まで言葉を交わしていた人物から声が漏れる。

 相手が問いを煙に巻こうとするのなら、自分だって疲労を理由にして狸寝入りすればいい。でも、ユイルアルトは尚も不安げなジャスミンに寄り添う事を選んだ。


「ジャス、大丈夫ですよ。そんなに不安そうにしないで」

「……イル。でも……」

「私達は最善を尽くしたんです。それで罰せられるというのなら、国が悪いだけなんですから」


 膝を抱えるジャスミンの肩を両腕で抱いて、自分も過ぎ去る道を馬車の後ろから見る。

 大丈夫、自分達は正しい事をした。だから、大丈夫。

 そう心の中で、自分自身に暗示をかけるかのように唱えるユイルアルト。


「……手、震えてる」

「……」


 指摘されるまで気付かなかったが、指摘されても何も言わない。

 やがて二人の視界に、城下に続く門が見えた。

 馬車の速度は緩まらず、五番街に入っても酒場の近くにすら寄る事は無かった。

 どこへ向かうか分からなくても不安でも、二人は決して狼狽えも泣き喚きもしなかった。

 二人も、振り返ればすぐに分かっただろう。

 十番街に聳える、国王陛下が住まう白亜の城が既に見え始めていた。




 それまで、ジャスミンもユイルアルトも、王族に謁見する時は申請が必要なものだと思っていた。実際その筈で、無駄な足掻きと分かっていても心の準備が出来ると信じていた。

 なのに王城に到着した途端、誘導されるのは待合室などではなくそのまま謁見の間に通じる廊下。平然とした顔で歩む騎士や宮廷医師の後ろをおっかなびっくり付いて歩くのは、最後尾に別の騎士が付いているからだ。

 悪足掻きが許されないのは分かっていた。でも、猶予がないなんて思っても無かった。

 全員の足が止まったのは、謁見の間に通じる巨大な門扉の前だ。断頭台の前に来たかのように、酒場の医師二人の膝が恐怖で震えている。


「……そう怖がることは無いだろう。別に、君達を取って食うわけじゃないんだ」


 怖がるな、なんて、自分が王族の一員だから言えるのだ。アールヴァリンの声は笑いによって震えていて、それが二人が見せる無様が起因してることくらいすぐに分かる。

 断頭台に送られた事が無いからそんな事が言えるのだ――と思っても、二人だってこれが断頭台だと決まった訳では無い。無い、のだが、現状に於ける不安とやりきれなさと恨みを視線に乗せてアールヴァリンへと向けてしまう。


「んぷっ」


 それは笑い上戸な彼のお気に召したらしい。噴き出した彼は咄嗟に前を向いて、それきり振り返らない。別に、彼が悪い訳じゃないから逆に申し訳ない気持ちが一瞬通り過ぎたのだけれど。

 罪人の一挙一動がそんなに面白いのか、と怒鳴り付けたくなった。でも、ここは城内で、彼は王子だ。不敬罪すら罪状に連なれば、どれだけの罰が下されるかも考えたくなかった。

 審判の扉は、開かれる。

 地獄のような胃の痛みと手足の震えを、ジャスミンとユイルアルトに押し付けて。


「――……」


 開かれた扉の先の空間に、何故か二人は不思議な既視感を覚えていた。御伽噺で語られるような謁見の間そのものだったからかも知れない。

 赤い絨毯が敷かれた広間。その絨毯の両側には騎士が二列に並んで向かい合っている。話にしか聞いたことのない近衛兵だ。全身を銀色の鎧で覆っており、兜で顔も見えない。

 時刻は既に深夜を回っているというのに煌々とした灯りが部屋を満たしている。天井を見上げれば、宝石らしい何かが部屋を光で照らしていた。

 通路のように謁見の間を縦に走る絨毯の向こう側には室内というのに階段があり、その先に豪奢な椅子が二つ並んでいる。

 向かって左側は空席、右側は女性が座っていた。その隣に、見覚えのある男が控えている。

 その椅子がある空間の下では――絨毯の中央を開いて六人の人物が到着を待っていた。


「……っ、は!?」


 謁見の間であるにも関わらず、驚愕の声が無断で漏れ出た。

 玉座に座る女性の隣に控えているのは、酒場でも何度か顔を見たことがある階石暁だった。 

 そして階段下に並ぶ六人のうち、二人には見覚えはないものの、二人が客として顔を見たことがある。そして残る二人は酒場の店主夫婦であるディルとアルギンだ。

 なんで、ここに、と口をパクパクさせても、夫婦は知らぬ存ぜぬを突き通す澄ました顔をしている。服装も、平服ではなく場に合った黒の正装だ。よく見ると、騎士達が来ているそれに形だけは近付けている。

 ある程度の距離を歩くと、医師二人以外が片膝を付いてその場に頭を垂れた。二人も気付いて見様見真似で同じ体勢を取る。


「――さて」


 聞こえた声は、上段から。


「急な任務にも関わらず、ご苦労だったな。労いの言葉も多めに掛けてやりたいものだが、さりとて時間が時間でな。余分な口上は省かせて貰う」


 玉座に座る事を許されているのは、この国では二人だけだ。

 今上陛下、ガレイス・R・アルセン。そしてその妻である王妃殿下、ミリアルテア。その顔の前には額飾りに繋がる藍色の垂れ幕が掛かっていて、顔を見ることが出来ない。

 王妃の声は凛としながらも親しみを感じさせる柔らかい声だ。必要以上に気を張っているでもない、母性すら漂わせているような。

 それは自分の腹心たちに囲まれている安心感から来るものかも知れないけれど。


「アールヴァリン・R・アルセン。ソルビット。フィヴィエル・トナー。リエラとデナス。……して、ジャスミンとユイルアルト、だったか?」

「は、はい」

「長旅を善く耐えた。先んじて報告は幾らか預かっている。して、此方でも少し会議を――」

「無礼を承知で、報告差し上げたい事が有ります! 王妃殿下!!」


 その時、許可も無く頭を上げて声を荒げた人物がいた。

 途端、謁見の間の空気がひりつく。晩春の空気が冬にでも戻ったかのような、肌を刺す空気だ。

 温度が変わった訳では無い。ただ、その無礼者を全員が冷めた目で見ている。


「……デナス。発言は許しておらんぞ」

「申し訳ありません! 処罰でしたら甘んじてお受けいたします! しかし、私は嵌められたのです!!」


 嵌められた、とはまた大袈裟な物言いだ。けれど、デナスの言葉で自分達の処遇が変わるかも知れないと感じたジャスミンもユイルアルトも、平然とはしていられない。思わず身じろいで、頭を上げかけた。しかし。


「頭、上げないで」


 まるで見えているかのようなソルビットからの言葉が聞こえて、冷静さを取り戻す。

 彼女も態度を変えて、自分達を断罪するかも知れないのに、その時の二人は従っている方が得策と思えた。声が、優しいものだったから。


「この者どもは、私に仔細を語らず、村に広がる病が何かも言わず、私を出し抜くことしか考えておりません!!」

「ほう」

「私は民の事を考え、熟考し、懸命な治療に当たっておりました!! ですが薬の材料さえ満足に渡されず、私は後手に回るしかありませんでした!!」

「ほう?」


 話は、一応聞かれているようだ。

 けれど、先程初めて王妃の声を聞いた筈の二人でも、その声が詰まらなさそうにしていることくらい分かる。返答も、驚くほどの塩対応だった。


「さて、デナスの報告も済んだな。続きに入ろう」

「は……っ!? お待ちください殿下、私の報告は、まだ!!」

「黙れ」


 次に聞こえた声は、二人にも馴染みのある女性の声だった。


「アタシらの尊き王妃殿下が続きに入るって言ってんだよ。道理も分からなくなったのか」

「ぐっ……!!」


 これまで二人が聞いたことも無いような冷たい声で、アルギンがデナスの言葉を遮る。

 憎々し気に歯噛みしたデナスが黙るのを見届けると、アルギンは玉座に向かって恭しく一礼をしてみせる。その所作のひとつひとつが慣れた動き。王妃はそんな彼女に軽く頷いて見せ、話の続きに戻る。


「……そう、会議をしてな。今回同席者として五大貴族の内コンディ家と、ツェーン家の名代を呼んでいる。今回、此の場での話は後から公に報せる事もある故に、それまで秘匿のものとして貰おう」


 五大貴族。

 酒場の医師二人は、それが何であるかを少しだけだが知っている。王家の次に権力を持っている貴族だとは記憶にあるが、二人には誰がそうだか分かっていない。

 混乱するジャスミンとユイルアルトを余所に、王妃は言葉を続けた。


「今回、ヨタ村の治療に当たって貰ったが――その際、我が国で禁忌とされている毒草を使ったそうだな?」


 その質問は、直球で。

 かつ、一番触れられたくない内容だった。


 頭を下げたまま表情を強張らせている二人とは対照的に、リエラは笑顔なのに気付かない。



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