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【第三部】アルセンの方舟 ―国家公認裏ギルド交響曲―  作者: 不二丸茅乃
chapter.2 魔女の憂鬱、聖女の溜息

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21.宝石の異変




 城の内情は、ジャスミンやユイルアルトでは分からない。


 本当に、育てられない子を一時預かりとしながら人質として扱うのか。預けた子の未来はどうなっているのか。そんな非道を王妃は是としているのか。

 リエラは息子の事を忘れられていないのだ。逢えなくなってどれほど経とうと、母親である事を捨てきれていない。

 二人にとって、今一番近しい『母』という存在は酒場の店主にして裏ギルドの長であるアルギンだ。双子を育てながら精力的に働く、母親としても妻としても愛情深い女。彼女は、この件を知っているのだろうか。知らなかったとして、我が子に逢えない母の姿に何とも思わないのだろうか。

 ――それとも、知っていたとして。国の決定に口を出す事は無いと、知らぬ振りを決め込むのだろうか。




 二人はリエラが去った後に、別の場所へと向かった。

 騎士としての仕事はもう殆ど無くて、今は体力の落ちた村人達の代わりに畑仕事に精を出す三人だ。……とは言っても、積極的に外に出ているのはフィヴィエルだけのようだが。

 納屋となっていた場所を借り受け清掃し、今は三人で屯所代わりとしている。足を運ぶのも、もう数度目だ。


「はぁーい」


 納屋の扉を叩くと、中からソルビットの声だけがした。それを入出許可の合図と取って、扉を開く。

 暗い納屋の中では、辛うじて運び入れられたような寝台が三つあった。そのうちの一つに上がり、服を脱ぎ去って肌を露わにしたソルビットがいる。下着は纏っているとはいえ白い肌を晒し、下半身だって尻を覆うだけの布切れしかない。自身の体の清拭中のようで、口の覆いに使われていたものと似た濡れた布が肌の上を滑る。

 わぁ! と二人が同時に声を漏らし、見てはいけないものを見た気がして咄嗟に扉を閉める。

 そんな状態で声を返すな、と思ったのだが開けたのは二人の方だ。気まずさにその場でまごついたが、今度は中から扉が開かれる。


「入って良いよ、って言ったつもりだけど」


 出て来たソルビットは、肩からふくらはぎまでを覆う長衣に身を包み前を閉じていた。それが、先程の下着姿に羽織っただけだと嫌でも分かってしまう。


「っそ、そんな事出来ません! 大体、私達じゃ無かったらどうしたんですか! 村の男の人とか!!」

「あたし達女同士なんだし気にする事無くない? 村の男は来ないよ、さっきアールヴァリンが周辺案内しろって言って連れてった」

「周辺?」

「井戸が無いのが気になったらしくてね。今後の事も考えて、せめて畑に用水路くらい引いたらどうかって。その関係の案内かね」

「確かに、用水路があった方が畑仕事が楽になるでしょうけど……、そんな事まで騎士様の仕事なんですか?」

「アールヴァリンは王子様だから。それも、第一王子で次期国王。民の暮らしを一番に考えないとね」


 中に医者二人を招き入れたソルビットは、二つ椅子を寝台の前に出してから服の前を解かないまま清拭を再開する。すらりと伸びた脚の肌に、布を滑らせる。患者の清拭なら平気な顔をしていられるのに、病の治ったソルビットの姿は嫌に蠱惑的だった。

 二人が椅子に座れば、美女の身支度が目の前に広がる。


「それで、どうしたの? そっちの方から来るなんて珍しいじゃん」

「あ、……えっと。……ひとまず、服を……着て、くださいませんか……?」

「これが終わったらね」


 昨夜だって、ソルビットはジャスミン達と一緒に風呂を借りたのに。相当な綺麗好きなんだな、としかユイルアルトは考えなかった。


「リエラ様の事なんですけれど」

「リエラ様の?」

「先程、話しの流れで聞いてしまったんです。離れ離れになった息子さんがいると」

「あー」


 あー。あーね。と、何度もソルビットが繰り返す。その様子は、彼女と彼女の息子に纏わる話を知っている風だった。


「フィリート、だったっけ。お子さんの名前」

「そうですね」

「ニ十歳とちょっと。今は何をしているかも分からない、生き別れた男の子」

「人質だと、お聞きしました」

「人聞きは悪いけど、まぁそうだね。まぁ今更、リエラ様だって変な気は起こしたりしないだろうけれど。禁忌指定の毒草さえ使わなきゃ何事も無かったろうに」


 ぽん、とソルビットが清拭に使っていた布を放り投げた。少し離れた水桶に音を立てて入る。

 医者二人は、黙ったままだ。


「……で? そのフィリートが何だって?」

「……。毒草の件、いつから気付いていらしたのか先にお聞きしても構いませんか」

「アルギンが城の奴等に渡して来た最初から薄々思ってはいたけど、やっぱり決め手はニーイックスだよね。あたし一応勤勉で通してるから、そういう関係の本も見た事あるの」


 ソルビットの長い脚が、組まれる。女性としての妖艶さは変わっていないのに、その印象が毒婦に変わるのを二人は感じていた。

 友達になって、と言った同じ唇が、医者の罪を炙り出す。


「薬を処方して貰った感謝と、国の定める法に逆らった医者を黙っておくのは別問題なんだよ。なんてったって、あたし、騎士だから」


 ぷらぷらと動く足先が、そのまま二人の顎先を掬い取ってしまいそうな距離。掬われるのは足元だけではないと、爪先を見ながら感じている。

 こんな女性と、アルギンはずっと一緒に居た。

 こんな、綺麗で、非情な。

 途端に、生温い信頼を寄せていたあの酒場が途端に恐ろしい場所のように感じた。あの店主だって、一皮むけばソルビットのような本性を持っているかもしれないのだ。


「……私達は、どうなり、ますか」

「そっちこそ、どうなると思う? どうなるって思ってあの毒草を使ったの? あたしに処遇はわからないよ。騎士隊長って言っても、国王陛下や女王殿下の決定に口を出す事は出来ない。でもあたし――『私』は、『私』の、守りたい物の為に動くだけ」


 外から、がやがやと複数人が話す声が聞こえた。そのどれもが男性のもので、アールヴァリン達が帰って来たのだと気付く。

 それを話の終わりとしたソルビットが、その場から立ち上がった。


「フィリートの事だけど」


 二人は、自分達に割り当てられた小屋にどう帰ったかも覚えていない。


「王妃殿下が率先して手を下された話を、他人がどうこうする事は出来ないよ。リエラ様の息子さんは今も元気で、幸せとはいかずとも何不自由なく生きている。リエラ様がどう思おうと、それが真実」


 それは、希望的観測なのだろうか。


「貴女達が余計な口を出そうなんて思わないで、そして出さないで。これは、貴女達の問題じゃないの」


 それとも、実物を見たからこそ出来る断言なのだろうか。

 二人には分からなかったけれど、聞き返すよりも追い出された方が先だった。




 それまでの温和なソルビットが一変したかのように、二人に対して強く当たったのはその時だけだった。

 まだ処罰が下された訳でも無いのに、それからはまともな神経でいられなくなった。リエラだけは平気で、否、何もかもを諦めた顔をしていた。まるで、二人の罪も共に背負うつもりかのように。

 表面上は何も無かったかのように振舞う、城仕えの女性二人が恐ろしく思えた。そして話を聞いているのかいないのか、アールヴァリンとフィヴィエルも普段通りの態度。

 ジャスミンはその変わらぬ態度のフィヴィエルに、縋るように心を許しているようだった。決して恋とは口にしないけれど、特別な感情が態度に滲み出ている。

 ユイルアルトは、蝸牛の歩みほどにゆっくりと縮まる二人の仲を冷めた目で見ていた。この先の沙汰次第で、どうなるかも分からない関係なのに。


 そして、村での治療は完了する。最終日には毒の抜けきらないデナスを馬車に放り投げて、全員が乗り込んで出発する。

 村人達との別れは淡白だった。向こうは手厚く送り出そうとしてくれるものの、アールヴァリンが「また、すぐ様子を見に来るよ。用水路の件もあるしな」と言って断った。今回の治療は、恩恵としてそれだけを村に齎した訳では無いらしい。将来有望な王子は、その後の村の繁栄も考えていた。

 馬車に乗って、背後に遠く見える村を横目で見ながら、リエラは言った。


「……私の事を、覚えている人はいませんでした。自分達が追い出した『魔女』、その娘に助けられた感想でもお伺いしようと思ったのに」


 唇に滲んだのは、僅かな憎しみだ。臆病な医師だと思っていた認識が、また変化する。

 その憎しみが耳に届いて、けらっと笑ったのはソルビットだけだ。


「やられた側は一生忘れないけど、やった側はすぐ忘れるものだよ。でも、張本人の害悪だった父親とやらはもう居なかったんでしょ?」

「……はい。……私がこの年齢になってしまったんです。父も、もう既に亡くなっているでしょうね」

「そりゃあいい。死んでたら二度と顔も見ずに済むもん。口出しもされないし、悪影響も受けなくて済む。リエラ様のところはさ、反りが合わないってどころの話じゃなかったじゃない。寧ろ良かったんだよ」

「……」

「これで、どうにか前を向けるでしょ」

「……はい。そうですね、母と私を苦しめた人は……もう、いない」


 前を向ける、のだろうか。

 肉親がまた一人いなくなった、という悲しみはリエラの中には無いらしい。ジャスミンもユイルアルトも、身内と確執が無いから思える事だった。

 でも、二人は知らない。リエラもそうだが、ソルビットすらも自分の『父親』を憎く思っている一人だということを。


「子供を苦しめるだけの親ならねぇ、居ない方がよっぽど良いよ」


 軽い調子で零したソルビットの声に、車輪の音が重なって掻き消す。

 斑になった彼女の声を聞くことが出来ても、理解出来ないものはやはりジャスミンとユイルアルトの二人だけ。

 沈痛な面持ちをしていたのは、御者席にいたアールヴァリンだけだ。耳に聞き慣れた彼女のよく通る声が、彼の鼓膜を揺らす。


 任務は完了した。なのに、馬車の中にあるのはどこか緊迫した重苦しい空気ばかり。

 行きよりも多くの休憩を挟んだ筈の馬車の帰りは下り坂が多く、村に向かった時と同じ日程で道を進んだ。


 それは、審判の時が迫っているのと同義で。

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