表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第三部】アルセンの方舟 ―国家公認裏ギルド交響曲―  作者: 不二丸茅乃
chapter.2 魔女の憂鬱、聖女の溜息

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/278

4.それが王子にはご不満なようで




「手伝ってくださって助かりますよ。僕では気が回らない事が多々あると思いますが、その都度仰ってくだされば嬉しいです」

「いいえ。私達も、見てるだけなんて出来ませんから」


 日も沈み、夜になってから馬車は止まった。馬が食べられそうな草の豊富な地点で、小川も流れる格好の野宿場所だ。とはいえゆっくり寝られる訳が無い。休憩を取ったらまた出発しなければならない状況だ。

 外で竈を組んだフィヴィエルに、水を汲みに行ったアールヴァリン。ソルビットは保存食を幾らか馬車から出してきた。ユイルアルトとジャスミンは、竈を組む手伝いに燃えそうな枯れ枝を拾って来た。


「こんな粗末なものを宮廷医師に出すとはな」


 デナスは配られる食事に相変わらず嫌味を言っていたが。


「粗末なものが嫌ならそこに新鮮な草があるぞ。ジョマと一緒に喰えばいい」


 運良く水汲みから帰って来たアールヴァリンに撃退されてまた黙る。


「ジョマとは?」

「馬の名前なんですよ。今回ご一緒する馬はジョマとネリアという兄弟です。よく働く子達ですが、ジョマの方が気難しいですね」


 少し離れた草地で食事中なのは、馬車を運んだ黒馬と栗毛馬だ。仲良く並んで草を食んでいる姿は、並みの馬より少々大きそうだ。

 二人とも、故郷で馬くらい見たことはある。記憶の中のそれらより大きいのは、どうやらそういう品種らしいから。

 竈を囲んで食事が始まる。初日の夕飯は固い黒パンとチーズ、それから水を沸かしただけの白湯。

 質素すぎる理由は、夜はもう寝るだけだかららしい。それにしたって、移動の為に馬を駆る騎士の三人だって同じ物しか食べてない。

 パンを齧るジャスミンとユイルアルトに、ソルビットが申し訳なさそうな顔を向けて来た。


「味気なくてごめんねぇ。急ぎだとどうしても他の食料とか乗せられなくてさ」

「大丈夫です。寧ろ食べ物を用意して貰ってるなんて思わなかったので」

「えー? そのくらいはするでしょ、一日二日連れ回す訳じゃないんだよ。……でも、そっちも荷物だいぶ軽かったけど、食料無かったらどうするつもりだったの」

「現地調達ですかね」

「ほう?」


 ジャスミンの言葉に興味を引かれたのはアールヴァリンのようだった。彼はわざわざ固いパンですら一口大にちぎってから口に運ぶ。育ちの良さがこんな所でも垣間見れた。


「現地調達って、どうするんだ。まさか本当に馬みたいに草を食べる訳でもないだろう?」

「食べられる草もありますよ。今の時期だと、少し固くなってるかも知れませんが山菜が美味しいですね」

「スープに入れるだけでちゃんとした一品になりますから。そうなった時の為に調味料は持って来たんですよ」

「……」


 アールヴァリンがソルビットに視線を向けた。

 彼女は首を竦めて苦笑しながら首を振る。


「あたしがそんな準備してる訳ないじゃない。料理してる時間があったら馬を走らせるよ、悠長にしてる余裕が無いからあたし達が駆り出されたんだし」

「……そうだよな」


 残念そうな表情を浮かべるアールヴァリン。

 ん? とジャスミンが引っかかりを覚えたのはその時だ。白湯を啜るソルビットの表情が、いつも見せる底抜けの明るさを保っていない。例えるなら今は、夏の太陽のように肌を焦がす光でなく、夜闇に点す灯りのような。

 落ち着いたソルビットを見るのは初めてだったから、そんな顔もするんだなと思いながら二人を見ていた時。


「ふんっ、得体の知れない草のスープなど、飲むくらいなら餓えて死んだ方がましだな!」


 また、デナスが空気を壊す。

 彼は満足に食事も摂ってない癖に、齧りかけのチーズもパンも置いて立ち上がる。そのまま馬車まで戻ってしまった。


「えー……。食べ物無駄にしたらバチが当たるんだけどなぁ」


 ソルビットが呆れて愚痴を漏らすも、アールヴァリンとフィヴィエルは特に反応を見せない。デナスの癇癪はいつもの事なのかもしれない。

 でも、その癇癪を目の前にして小さく震えている影があった。肩に掛かる水色髪を一つ結びにして、デナスと似通った白衣を着ている女性だ。年齢はデナスとそう変わらないだろうが、気苦労が多いのかやや窶れている。


「大丈夫、リエラ様? あたし達がいるんだから大丈夫っすよ、……って言っても無理だよね、あんなデカい態度取られるんじゃあね」

「……す、すみません、ソルビット様」

「やーだ。あたしに様は要らないって言ってるでしょ」


 リエラと呼ばれたもう一人の宮廷医師。

 その気苦労は察して余りあるようだ。あんな男は五番街でも殆ど見ない、地位あるクズの見本だ。そんな男が同僚なのだから。

 白湯のお代わりを渡されて、デナスの居ない空間にやっと一息つけたリエラ。


「しっかし勿体ないことするよねあの男。誰か食べる?」

「断る。あいつの臭い食い差しなんぞ誰が食べるか」

「……僕も、遠慮させていただきます……」


 彼がいなくなれば、穏やかな空気はまた戻って来る。

 そして騎士達は切り替えも早く、既にデナスの事は忘れたように振舞った。


「さっきジャスとイルが言ってたスープも美味しそうだよね。こんな味気ない食事が続くのかって思ってたから、想像したら食べたくなっちゃった。明日辺りに作ってくれる?」

「勿論。材料が必要になるので、作るなら今からでも探しに――」

「それは反対だ」


 白湯を啜るアールヴァリンは、頼られて浮き立つソルビットに一言を強めに言い放つ。


「夜は危険だし、どんな危険があるかも分からない。……ジャスミン、ユイルアルト。君達は依頼に来てくれた手伝いではあるが、ディルとアルギンの二人から託された大事な客人だ。俺達は傷一つなく、君達を酒場に返さなくてはならないんだ。その辺りを念頭に置いていてくれよ」

「……はぁ……」


 冷たい美貌の王子が、微笑を浮かべて優しい言葉を掛けてくる。それだけで舞い上がる乙女はいるかも知れない。

 けれど、二人は違った。彼に生返事をするだけで、互いに顔を見合わせる。

 王子の姿は、確かに一度見かけた事はある。街中を凱旋するという姿を、アルギンの案内付きで二人して酒場の窓から見た。

 民を前にしても一度として笑みを浮かべずに、馬に乗ったまま憂い顔を隠さなかった。その横顔はよく覚えている。


 彼を見たのは、本当に、その一度だけだったろうか。


「……アールヴァリン殿下は、お優しいのですね。私達にも気を遣ってくださる」

「おいおい、もう言ったが俺は今時点では騎士の位を戴く一人だよ。殿下とか付けなくていい。王族と思わなくてもいい。……いや、違うな。王族とか、そういう風に思って欲しくない」

「不思議ですね? ……デナス様だって、権力を振りかざしておられた。王族である貴方はそうではないのですか」

「あんな中途半端な権力しか持ってない奴と一緒にするなよ。権力なんて、持っててもいい事なんて無いぞ。特に、本人に資質が無ければ余計に」


 苦笑を浮かべているはずの顔すら穏やかに見える。その穏やかさを余所に、フィヴィエルとソルビットは表情に難を浮かべたが。


「アールヴァリン。あたしは、騎士としてその言葉を看過する訳にはいかないんだけど。次期王位継承者としてしっかりして貰わないと」

「……はいはい」

「殿下……先程の話、僕達が聞いていたから良かったようなものを……。他の口煩い連中に聞かれたらどうなっていたか」

「お前まで殿下呼びか。やめろって言ってるんだよこっちは」


 ジャスミンとユイルアルトから見た騎士の三人は、どこか楽しそうで落ち着いていた。

 三人が醸し出す空気が酒場のそれとは違って煌びやかで、気後れする。

 居心地の悪いほどのものではなかったが、どうしても顔に出てしまったのだろう。気付いたソルビットが白湯の残りを飲み終えて、医者二人に話を振った。


「……帰って来るまで何日掛かるか聞いてないんなら、アルギンから自分達がどうして出張任務に選ばれたか聞かされてないんじゃない?」


 それは彼女なりに気を遣ってくれた、二人の心境を安心させるための取っ掛かりの言葉だっただろう。

 でもソルビットの考えとは違い、一応あの色ボケ妻は話してくれていた。ふるふる、と首を振って伝える。


「それは……大まかな所を聞いています。私の薬の効きが良かったからって」

「あら意外。話してないって思ってた」

「でも、私はそういうのより……もっと、ずっと気になっているのに聞かされていない事があって」


 アルギンの言葉に嘘は無いと分かっている。あの女は嘘が吐けない正直な性格だ。だから余計な事まで言ってすぐに誰かの怒りを買うんだ。

 ソルビットの言葉にも、アールヴァリンの言葉にも今の所嘘はないだろう。騎士であり、王子である事も本当。……その判断には、勘が二割ほど入っているが。

 だからこそ分からない事が、ジャスミンとユイルアルトの頭に浮かんでいる。


「あなた方と、アルギンってどういう関係なのです?」


 あの酒場の女が。

 裏の顔を持つ、王国の走狗と自嘲する彼女が。

 どうして騎士と、そして王家と縁があるのか。

 その問いかけは聞いてはいけないものかと思っていた。でも、ソルビットの顔を見て不安が消える。


 まるで楽しいおもちゃを見つけたような、爛々と目を輝かせるソルビットの顔があったから。


「え、聞きたい? 聞きたい? めっちゃ長くなるよ、いい? 長くなるから馬車戻ろうか」

「……そ、そんなに念押ししなきゃいけない程に?」

「当たり前よ。そんな一年二年の関係じゃないもの。一日寝られない程の話があるよ」

「……なんか、それ、アルギンがいつもしてるディルさんへの惚気話みたいですね……?」

「ふふっ、そうかもね」


 男二人はうんざりした顔をしている。その様子を見るに、ソルビットのこの様子だっていつもの事なのだろう。

 ディルを愛するアルギンのように。


「あたし、アルギンの事愛してるから!!」

「……チッ」


 胸を張って声高に宣言するソルビットと、その声を聞いて表情暗く舌打ちするアールヴァリン。そして苦笑するフィヴィエル。うふふ、とやっと声を上げて笑うリエラもいる。物静かな彼女はやっと笑顔を見せた。


 アルギンを愛している、とまで宣うソルビット。

 その時に表情が曇ったアールヴァリンを、医者二人は見逃さなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ