1.何の為に、と
何の為に薬を作るんだ? と聞かれた事が有る。
自分に出来るのがそれくらいだから、と答えた。
何の為に此の街に来た? と聞かれた事もある。
探し人がいる、と答えた。
一言も御礼を言えないまま去ってしまった王国の騎士達。
村を襲った狂信者の軍団を片付けて、特に見返りも欲さず去って行った彼等。
騎士は仕事をしただけだろう。どうして探している? と聞かれて。
「御礼を言いたい心に、相手が仕事だったかどうかなんて関係ないんですよ」
そう突き返した。
ああ、言葉を誤ったかな。自分の悪い癖だ。そんな言葉が浮かんだけれど、目の前で満面の笑みを浮かべる女性は気にしていなかった。
その隣で、女性と自分を交互に見る老婆は不安そうな顔を隠していなかったけれど。
「採用!!」
先程の話から何を感じ取ったのかも分からない。
でも、彼女は寝台に横たわったままの私に向かって言いたい事ばかりを並べる。おろおろとした表情の老婆を無視するかのように。
「行く宛ても無いって言ってたね。この酒場はまだ部屋も空いてるし、ここが一番広い部屋だ。その大きな荷物も置けるだろうし、なんてったってお前さんのその傷薬はよく効くらしいね。アタシ達はお前さんの衣……はともかくとして、食住は提供できるよ。何より、騎士に恩義を感じて追いかけて来たってのに、傷だらけのお前さんを拾ったアタシ達を無下にしないだろう?」
傷を負った私に、拒否権は無かった。
でも、選択肢も無かった。
「公平な取引をしようじゃないか。誓って、アタシ達はお前さんを食い物になんかしない。でも、ちょっとだけお願いを聞いてくれればいいんだ」
住んでいた村を後にして、王国城下へ向かうという商隊に加わったが、そこで奴隷のような扱いを受けていた女に対して破格の待遇だった。
言葉の通りに、彼女は無理な命令をしなかった。
命令自体をしなかった。
その全てを『お願い』『依頼』と言い、充分な対価を支払った。
嬉しくて、人として久し振りに認められた気がして、薬を沢山作った。
胃腸薬、鎮痛剤、睡眠薬、子供の為の解熱剤。
麻痺毒、精神狂乱剤、非致死性毒薬。
彼女に薬を用立てる時に、それを『誰』に使うのかは聞けなかった。
彼女――アルギン・S=エステルの下で薬を作り始めて三年が経つ。
薄暗がりを歩くような彼女の裏の顔も、本当は透けて見えていた。
「本当にごめんなさいねぇ。アルギンだって、悪い子じゃないのよ。ちょっと人を振り回すけれど、根は良い子なの」
アルギンに渡した薬は、酒場に世話になり始めてから先住の老婆に教えて貰ったものもある。老婆を師と仰いで薬の作り方や薬草の育て方を習った。
「良かったら、貴女もアルギンのお友達になってくれると嬉しいわ」
だが、その老婆は本当は先住などではなく。
「――依頼?」
「直々のな」
新しく酒場に新入りが増えた数日後の昼前、ユイルアルトが店主直々に呼び出された。
いつもは時間の合う時に話を持ち出されるのに、珍しい事もあるものだと思いながら一階で紅茶を飲んでいる所にアルギンがやって来る。
何やら重大な用件があるようだったが、その口は重い。珍しくその日は旦那であるディルは朝から不在にしており、二人の愛の結晶である双子も居ない。
不思議な静けさが店内に漂っている。階段を下りる音が無ければ、互いにずっと無言だったかもしれない。
「すみません、マスター! 遅くなりました!!」
「……うん。いや、ごめん。わざわざ悪いなジャス」
二階から下りて来たのは、ユイルアルトと同室のジャスミンだ。職業はユイルアルトと同じく医者。医術の熟練度は少し年下のジャスミンの方がやや劣るが、それでも充分すぎるほどの腕を持っている。
寝過ごしたのか、彼女の肩までの茶色の髪が所々跳ねている。慌てて階段を下りる姿が滑稽で可愛らしい。
ジャスミンがユイルアルトの側に座ると、奥からオルキデが紅茶を持って来た。同じように置かれる御茶請けは、双子が愛してやまないクッキー。それだけ持って来たオルキデはすぐに厨房に引っ込んでいく。
「……あのさぁ。イル、ジャス」
「ええ」
「はい」
「アタシら、ずっとお前さん達に黙ってたことがあったんだけど」
「なんですか」
「はい」
「実はこの酒場な。……王家や王城関係者から公に出来ない依頼受けてるんだよ……」
医者二人は顔を見合わせた、それだけで互いの言いたい事が伝わる。
この酒場に来たのはジャスミンが数か月遅れたが、おおよそ三年世話になっている。この迂闊な店主の悪癖も、既に理解していた。
「そうらしいですね」
「はい」
「あれぇ!?」
ユイルアルトは真顔で紅茶を飲みながら頷いたものだから、アルギンの反応は度を越していた。
「もっと驚くかと思ってたんだけど!?」
「だって、アルギン。貴女、よく他の人達への伝言書いた手紙、床に落としてるじゃないですか。私達拾って元の場所に入れてたんですからね」
「それでなくてもアルカネットさんとかアクエリアさんに依頼出す時挙動不審が過ぎますよ。新しく入って来たミュゼさんもその関係でしょう? 幾らなんでも気付かないなんて鈍感が過ぎますよ」
「はぁ!? 何それ、アタシの努力って無駄だったの!?」
「寧ろ何を努力していたか聞かせて頂きたいんですけれど」
ここまで迂闊で馬鹿正直な性格など、他で見た事も聞いた事もない。よく今まで生きて来られたな、と思うがそれはアルギンの旦那だって同じだ。
夫婦二人揃ってとても鈍い。先日やっとアルカネットが裏ギルドとやらの一員であると聞いて激怒したらしい。
「でも、その王家の方が依頼って……内容は何なんですか?」
「……先に言うよ。アタシは反対したよ。でもあちらさんがどうしてもって」
「御託はいいから要点だけ話してください」
医者二人はアルギンに当たりが強い。幾ら自分達の暮らす部屋の大家だとしても、優先順位が高い人物が他に居る。それに、ちゃんと敬意と感謝を持っていれば少しくらいなら軽く扱ったってアルギンは笑って許してくれるのだ。
「出張依頼。片道、長くて四日くらい掛かる。慣れた奴が馬車を出すけど、整備された道でも無い。行くも帰るもなかなかの苦行で、依頼自体もなかなか危険だ。んで、出発は早ければ早いほどいい」
「危険、って?」
「とある村に、未確認の病気が流行っているそうだ。遠征でその村周辺に出てた騎士達が見つけたそうでな、周囲の村の医者に診させても一向によくならない、と。風土病にしても他の村人も知らないとかいう話で、騎士は騎士だからどうしようもなくて報告に帰って来たんだな。まー、問題はその後で」
「……あ」
医者二人の声が重なる。
病気の広がる村に行った騎士が、無傷で戻れるものか。その病原体は体に入り、宿り、病巣を広げる。気付いた時にはもう遅く、他の者を感染させても終わらない。
「二人は理解が早くて助かる。まぁ、その騎士から城内でも広がっちまったんだな。そっちは宮廷医師が処方した薬飲んで、なんとか半日くらいで咳とかの症状が収まったらしいけど三日は動けなくて。……試しに使ってみろって、お前さん達が以前処方してくれた薬を城の奴に渡してたんだよ。それ飲んだ奴は、一日で症状が全部収まってその次の日には職場復帰したそうだ」
「は?」
「アタシが囲ってる医者の作った薬、って言ったら目をつけられてな。だから今回、その村に宮廷医師と一緒に行って欲しいって言われてて」
「体調不良の騎士を一日休ませただけで職場復帰させたんですか? どうなってるんですか王城って」
「そこ怒るんだ?」
「そもそも前に処方した薬って、冬の常備薬として渡した奴じゃないですか。何か月経ってるんです。そんなもの渡して副作用出たら責任取れませんよ!」
「ごめぇん!!」
ジャスミンも一口ぶん茶を流し込み、苛立ちに目が据わる相棒の姿を見ている。医者としての感情はこちらの方が大きいだけに、自分の体を大事にしない者や他人の体調を軽んじる者を嫌うのだ。
話が逸れてもジャスミンには助け舟を出す気も無かった。アルギンもユイルアルトも、二人とも仲が悪い訳じゃない。
「……まぁ経緯はそんな感じで、正直断ってくれてもいいんだ。宮廷医師の手伝いを、って話だったし、今回ばかりは拒否がしやすい」
「と、仰いますと?」
「お前さん達が、どんだけアタシの支えになってくれてると思ってるの。……上役にも常々話してるっていうのに、あの人は二人に聞いてから答え出せって言うばっかりで……」
その声は、どこか鬼気迫るような低さだった。彼女は自分の両肩を抱いて、自分の中にある恐怖に耐えているようだ。
ジャスミンはその意味が分からずにユイルアルトを見るが、彼女は唇を引き結んでいた。まるで、その言葉の意味を知っているかのように。
酷い顔をしているのが自分でも分かったのだろう。アルギンはジャスミンの怪訝な視線に気づくと、再び冗談を飛ばす。
「ほら! この酒場で、家賃とか忘れずきっちり払ってくれるの二人だけだし!! いよっ太客!!」
「………」
「……」
「何を言うかと思えば失望しました。本当に私の雇い主って薬の使用期限も守らないし金に煩いし酷い話です。腹が立ちます」
「マスター……。流石にその言い草はイルじゃなくても怒りますよ……」
「ごめん! ごめんったらごめん!!」
冗談の質が悪すぎて、ユイルアルトの機嫌が最低まで下がった。
紅茶を飲み干して立ち上がる医者二人。皿の上にはクッキーがまだ残っている。
「私、腹が立ちました」
同じ事を再び繰り返すユイルアルト。しかし、その次に述べたのは。
「だから、その出張依頼受けます。冷静になるために暫く酒場を出ますから、承知の返事出しといてくださいね」
「え」
まるでアルギンの心遣いを無視したような、突っぱねた物言いで。
「ジャスは来なくても構いませんよ。私だけ行けばいいでしょうし」
「え、イルが行くなら私も行くわ。宮廷医師の手伝いなんてなかなか経験出来る事じゃないし、太客は太客らしくお金稼いで来ないとね」
「わぁん!!」
暫くはこの件で弄り回されるのを覚悟していたアルギンだったが、まさかそれさえも無いとは思わなかった。情けない声を上げて許しを乞うが、二人はそのまま二階へと上がってしまった。
残されたアルギンは嘆くのもそこそこに、テーブルに残ったクッキーを指でつまむ。そのまま口に放り込み、自分の失言を悔いている。
二人が階段を上がり切った頃合いに、厨房から再びオルキデが出て来てティーカップを回収する。きちんと飲み切ってあるそれらと、残り三枚になったクッキーの皿を盆に乗せた。
「太客」
「……お前さんまで言ってくれるな……。本心じゃないよぉ……」
「二人だって分かってると思いますよ。マスターの不器用な所もね」
「そうかなぁ……。アタシが言われてたら確かにぶん殴っててもおかしくないよなぁ今の言葉……」
馬鹿正直に反省するくらいなら、下手に取り繕おうとしなければいいのに。
オルキデは言葉を呑み込んで、盆を持ち上げる。
「それで、あの二人が出張可能と返事しても良いのですね?」
「……まぁ……仕方ないよね……。うう、あの二人行っちゃうのか……。暫くウィリアもバルトも寂しがるなぁ……。出発前にいつもの薬、多めに用意して貰えるかなぁ……」
「そこは二人に平謝りして用意して貰ってください。医者の仕事は他の誰にも替えが利かないんですから」
テーブルの上に突っ伏してうだうだと自己反省に忙しいアルギンを無視して、オルキデが片づけを始める。
そろそろ双子が外遊びから帰って来て、付き添いのディルと一緒に昼食を摂るだろう。それまでに、アルギンの気分が戻って居ればいいのだが。




