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22.真実



 孤児院再建の話は、次の日には大事になっていた。

 まず、子供達の引っ越し。それまでの荷物を全て纏めて、他の孤児院へ移動になるという。

 シスター達もそれぞれ新しい仕事先を斡旋された。通える体力のある者は再建までの間を別の孤児院で働き、体力のないものは孤児院のこまごまとした内職を言い渡された。内職といえど国家の関わる仕事なので、給金は傾きかけた孤児院に勤めるよりも遥かに良い。

 不安を隠せない子供は勿論居た。でも、シスター達が一緒に異動になるのだからその不安は薄れるだろう。何より、少し待てば見違えるほど綺麗になった施設でまた暮らせるのだ。

 これは最善の方法でもある。フェヌグリークへの監視という名目を最大限に使った、子供達の為の大人げない大人の行為。


 そして孤児院を一時的に引き払う日、子供達とシスターはフェヌグリーク以外皆先に出た。

 残ったのは見送りに来ていたミュゼとフェヌグリーク、そしてアルギンとアルカネット。

 荷造りは夕方まで掛かり、周囲は夕日に染まっている。子供達を乗せた馬車が見えなくなる頃、ミュゼは抱いていた疑問を口にした。


「どうして、今更?」


 今になってどうしてあの孤児院を王立分院にして立て直しを図るのか。

 ミュゼの疑問は幾つもあった。


「そりゃ、アルカネットが素直にアタシ達に頼ってくれたなら、いつでも動けたよ。男の矜持か何か知らんが、一人で抱え込んでくれなくても良かったんだ」

「……それ、戦争に出てたお前が言うか」


 少し距離を離して立っているアルカネットにも、義姉の言葉は届いていたようだ。苦い顔を向けるが、心底嫌がっている顔ではない。


「お前が、……お前らが、いつ死んで帰って来るか、ずっと不安だったんだ。アクエリアと一緒に、今日は何も報せが無かったって確認する毎日だったんだぞ。お前らが戦場で死んだら、酒場はどうすればいいか分からなかった。……戦争で命を懸けたお前らに、俺の事で手を煩わせる訳にはいかないだろ」

「あら、それは初耳だなぁ? やだ、アタシ達思った以上に愛されてるじゃん」

「茶化すな」


 アルカネットは、結局今でも義姉に頭が上がらない。反抗期を抜け出せていない弟の顔を見せるのは珍しいが、彼もそれが本当に嫌な訳では無いだろう。

 いざとなったら頼りになる義姉と義兄だ。二人の存在があって、救われるアルカネットの心も今まであった筈で。


「……お前らが居なかったら、ウィスタリアとコバルトもいなかっただろうしな。あの二人が元気で幸せに暮らしてるから、俺は酒場に帰ろうって思えるんだ」

「……ありがと、アルカネット」


 改めて口にしなくても、互いの関係性は空気で分かっている。照れ臭そうに礼だけ言って、アルギンは孤児院に視線を向ける。

 遠目から、何回かは見たことがあった。義弟が心を砕き、自分の稼ぎを擲った施設だ。恋の絡まない愛を向けた、古さに負けない温かな施設。

 ふ、とアルギンの口から笑みが漏れた。朽ちないものは無いと知っていても、アルカネットはこの孤児院で受けた恩を忘れていなかった。


「アタシもね、一時期は孤児院の世話になった事があるよ。ここじゃない場所だけど、すぐ追い出された。アタシみたいな戦災孤児がいっぱいいた時代でね、年齢の高い順から放り出されるんだ。何も知らない子供が自活しろって、街の只中にね」

「……」

「兄さんに引き取って貰ったのはその時だよ。……だから、アタシは誰かの為に働く奴が大好きだ。アタシが兄さんに助けて貰った時と重ねちまうからだろうね。だからアタシはディルが大好きなんだけどぉ!」


 余計な一言が付け加えられた色ボケに、もうアルカネットは視線を向けない。アルギンがどれだけディルに想いを寄せているか、これまでも聞かされて分かっている。

 フェヌグリークが、三人の姿を横目で見た。自分だってアルカネットの妹だが、三人には不思議な繋がりがあるように見える。関係の浅いミュゼは、アルギンに似ているから余計そう思うのだろうと自分の中で答えを見つけて。


「……なんか」

「ん?」


 ――自分だけ、仲間外れみたい。


 声になりかけた不満は喉奥で潰される。なんでもない、と笑って首を振る程度の事は出来た。

 この古い建物とも、今日が最後だ。名残惜しくて見つめるフェヌグリーク達の耳に、ふと気づけば誰かの足音が聞こえた。それは遠くから近付いてくるようで、こんな時に客人が来る訳も無くてその方向を向く。


「アルギン様ぁ」


 足音の主の声は、どこか粘っこくて陰気さを感じさせながらも、どこか嬉しそうに弾む声。

 夕暮れで分かりにくいが、上下共に白っぽい服を着ている男だった。服と同じく、髪の毛も白。

 よく見れば、その隣を背の小さい水色髪に黒服の女の子が歩いている。しかし、動きがどこかぎこちない。


「は? なんでお前さんが来たの」


 新たに姿を見せた男に、アルギンさえも驚いていた。酒場で見た顔じゃないな、とフェヌグリークも考える。

 かくついたような動きを見せる傍らの少女は、およそ人の動きをしていない。不気味な二人連れはアルギンを目標にまっすぐ歩いてきた。


「なんで、って……、検体出して貰ってないからですよぉ。アルギン様も御存知でしょ、王家庇護下に入る者は身柄を明らかにしておかないといけませんし、子供達は子供達で戸籍作る為にもウチが出ないといけないんですよぉ? 子供達は後からでいいとして、そこの金髪さんの検体は酒場で貰おうと思ったら居ないし」

「あー」

「戸籍?」


 初耳のミュゼが聞き返す。自分の居ない間に孤児院の様々な事が決まってしまったので、説明をちゃんと一から聞いていないのだ。

 言い忘れていたフェヌグリークが、あ、と声を出す。


「……私達、運営者がはっきりしてない孤児院の孤児だったから。戸籍とか、用意して貰ってないんです」

「それで、王家庇護下ってのになるならそれが必要になるの?」

「国が身元を保証するって事だから悪い事じゃないんだよ。面倒だが」


 ミュゼの疑問に注釈を入れるアルギン。そんなものなのか、と納得したようなしていないような顔を浮かべるミュゼは、新しく現れた男の姿をまじまじと見る。

 白い髪、白い服。目は開いているのか分からない程細く、唇は笑みを象っている。一見すると人当たりの良さそうな見た目だが、得体の知れなさも同時に感じる。


「フェヌグリーク、ミュゼ。紹介するよ、コイツは階石 暁(シナイシ アカツキ)。一応この国、引いては国王陛下に仕える直属だ。戦闘職じゃないが、『アタシら』の監査役――の、一人だ」

「御紹介に与りました、暁ですぅ。宜しくお願いしますぅ。早速ですが、ミュゼさん。フェヌグリークさん。早速ですが、血をちょっと頂けませんかぁ?」


 その得体の知れなさは、彼自身の言葉で確信に変わった。即座にアルギンが「前置きぃ!」と言いながら暁の脇腹に拳をめり込ませている。

 悶絶する暁を余所に、アルギンとアルカネットが困ったように顔を見合わせる。監査役だとか直属だとかの説明の前に、彼が漏らした前置きとやらを話しておかなければならないようだ。


「……ここ数年、新しく作る戸籍には種族情報も必要になるんだよ。アタシはハーフエルフ、アルカネットはヒューマンとして登録してあって、子供達も新しい預かり先でちょっとだけ血を貰うことになってる。って言っても、指先とか耳とか、踵とかに小さな傷をつけるくらいだけど。その血で種族を鑑定する」

「鑑定って……どうやって?」

「それが、こっちの人形の仕事」


 アルギンが指差したのは、暁の傍らの少女だ。人形と呼ばれた少女は、動き以外は生きているようだった。

 フェヌグリークが視線を向けると、かくり、と首が地面と平行に傾いた。生き物に非ざる動きに恐怖に引き攣った声が漏れる。


「この人形、血で種族が分かるような細工がしてあるんだって。……試しに、ほら」


 アルギンが自分の腰に手を滑らせると、下げられていた短刀が出てくる。それで指に軽く滑らせて、皮膚を裂き小さな血の球を指先に呼び出した。

 人形と呼ばれた少女に近寄って、その手を取り関節部分に血を落とす。


「……。……、………。約五割、ヒューマン。約五割エルフ。結果、ハーフエルフと判断」

「な」

「何が『な』なんだよ。約ってなんだ」


 ぎこちない声と喋り方で、精密とはいえない結果を出す人形。出来の悪い冗談に付き合わされているような気がしてミュゼが憤慨する。

 でも王国の信頼を勝ち得ているアルギンと暁には逆らえない事も分かる。渋々アルギンから借りた短刀で、自分もほんの少しの傷を作った。


「……、…………。……」

「誤反応するんじゃないだろうな」

「さぁ。結構古い人形らしいし、でも戸籍作るにはこれが出す情報で問題ないって。鑑定受けさせた事実があれば多少は多めに見るんだそうだ」

「随分適当なんだな?」

「だってここはアルセン王国だぞ。個々の自由を重んじる国だ、そこには種族差なんて関係ないからな」

「じゃあ何で調べさせるんだよ。……にしても、結果出るの遅いな?」


 ミュゼとアルギンが会話している間、人形は黙したまま動かない。

 二人が顔を覗き込んで暫くした所で、カっと目を開いて二人を驚かせる。


「約ニ割ヒューマン、約七割エルフ。残り一割判別不能。結果、クオーターヒューマンと判断」

「………お前さんの血筋どうなってんの」

「マジか。残り一割判別不能って何が入ってんだ私」


 どうやら種族が混ざり過ぎていると、その分判別に時間が掛かるようだった。判別不能な部分に疑問が浮かぶが、今調べる方法が無いからそれは置いておくとして。

 次はフェヌグリークの番だ。アルカネットの妹だから、ほぼヒューマンで確定だろう。と、全員が考えた。


「次は嬢ちゃんの番か。痛いの嫌だよな、どうしよっか」

「え、えっと、この前から出来てる逆剥け剥くくらいの血でいいなら」

「聞くだけで痛いなそれ」


 刃物を用いて血を出すのと、逆剥けを剥くのとではどちらがいいか。フェヌグリークの中では逆剥けの方に軍配が上がったらしい。

 ぴり、と彼女の皮膚が剥ける。ほんの僅かすぎる傷口を少し強めに絞り、小さな血の球を他の二人がしたように人形の関節部分に触れさせた。


「そー、上手く出来たなフェヌグリーク。まぁすぐ結果出るだろ」

「本当ですか? 私も早く子供達に追いつかないと、環境の変化に興奮しすぎてあの子達今日寝ないかも」

「も゜」

「………」

「……」

「…………今の声、誰?」


 変な半濁音が聞こえた気がする。アルギンは声の主を探すために視線を巡らすが、新しい人物が増えた気がしない。

 声は高かった気がするので男のものではない。

 本当は気付いているが、気付かない振りをしていた。暁が「あー」と間延びした声を出しながら、薄く笑う。


「今の、ウチの子の声ですねぇ。スピルリナ、どうしました。計測不能ですか」

「も゜めぇ」

「あー、はい」

「何今の声!!」


 人形と造物主の間だけで通じる会話が眼前で繰り広げられ、アルギンが突っ込みしきれなくなっている。

 そして次に暁の口から飛び出す、慈悲無き一言。


「その人、ヒューマンじゃありませんよ」

「……え?」


 フェヌグリークに向かって。


「ほぼ確定で、ウチのスピルリナで判別しきれない種族の血の持ち主です。ちょっと、今日は子供の世話とか言ってる場合じゃなくなりそうですねぇ?」

「マジかよ」

「スピルリナ、幾らかの種族は知らないからですねぇ。希少種族は元より、獣人系も細分化しすぎて無理ですよ。こないだ狼獣人さんで同じ声出しました。その時登録させて貰ったから、次狼獣人さん来ても大丈夫なはずです」

「こんな声前も出したの? マジ?」


 アルギンと暁が事務的な話に私的会話を織り交ぜつつ話しているが、フェヌグリークはそれどころじゃない。

 自分の事を、ずっとヒューマンだと信じて来た。ちらりと視線を向けたアルカネットも、動揺を隠し切れずに瞳が揺れる。しかし今は妹の方が不安だろうと、触れられるほど近くに歩み寄る。


「……アリィ。アリィは、なんて出たの」

「……俺は、ヒューマンだったよ。それも、十割」

「うそ」


 こんな所で嘘なんて言われる筈ないのに、フェヌグリークの唇を突いて出た言葉。

 兄妹と信じていた二人が無言になると同時、暁が様子を窺って声を出す。それは助け舟になり得ない言葉だったが。 


「この反応は誤作動じゃないですからねぇ。まー、貴女の見た目からすれば一番答えに近いのはプロフェス・ヒュムネなんじゃないでしょうかぁ? って、確信が持てないのにこういう事言うと怒られるんですけどぉ」

「……プロフェス・ヒュムネって」

「詳しい話は王城でしましょうか。大丈夫、貴女方の身柄は国王陛下、そしてそのお妃様が保証してくれますよ」


 世界が一変するような感覚を、フェヌグリークは耐えている。

 働く場所も、暮らす場所も、待遇も、理解出来ない速さで目まぐるしく変わった。そして、止めが自分の種族。

 自分の両親は誰なのか、なんて疑問もとうの昔に置いて来たというのに。


「……ちょっと、まってください」


 何より、フェヌグリークにとっての支えは兄と信じた男だった。


「――プロフェス・ヒュムネって、何ですか」


 兄と信じたからこそ、ずっと抱いて来た想いを封印した筈の相手だった。

 手は勝手に兄だった筈の男の服を掴み、絞り出すように問い掛ける。

 こんな状況では、血よりも声を絞り出す方が難しい。


「私が、プロフェス・ヒュムネって。ヒューマンじゃないって」


 フェヌグリークの知らない種族。

 無理もない。その種族が暮らしていた国なら、もう既に滅ぼされている。


「なにかの、間違いでしょ」


 滅んだ国の生き残り。

 妹がそうだという可能性を突き付けられて、アルカネットの思考も上手く回らない。

 小さい頃はずっと一緒に居た。大きくなっても関係は絶えなかった。


 突き付けられた真実は、二人の関係を大きく揺るがすものだ。

 揺るがせるだけ揺るがせて、暁は笑う。





「そんなの、ウチの知った事じゃありませんねぇ?」




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