20.予期せぬ出遭い
――二階の制圧も完了した。
二階に関しては制圧するまでも無かった。この建物の敵勢力は一階に集中しており、二階にはそれ以外の人物しかいなかった。
年端の行かない子供や、思春期を迎える前のうら若き少女。性別も関係なく、総勢七名の身柄を保護した。事前に目を通した書類の中に記載された特徴を持つ子供も確認できる。
その誰もが恐怖に怯え、中には口で言えないような傷を負っている者もいた。医療道具も専門技術も無いミュゼには、治療なんて出来ない。
「……どうすればいいんだ、これ」
今回が初めての『仕事』であり、審査中である筈のミュゼは、制圧完了と同時に子供達に駆け寄った。
それぞれの部屋から一室に集めた子供達の顔色は一様に悪く、酷い怪我を負っている者は、あの大部屋で檻に閉じ込められていた者だった。その子だけは自力ですら動けず、無理に動かした方が危険だと判断して毛布だけ掛けている。
「後処理係を呼ばんとな」
「後処理係?」
「俺達に出来る事は終わったんだ。外に出る」
「……この子達を置いて!?」
不安に顔を曇らせる子供達が、ミュゼの大きな声に身を震わせた。やべ、と口を噤むももう遅い。
いつも通りの『シスター・ミュゼ』が取り繕えない。それだけ、彼女の冷静を欠くような異様な状況なのだけど。
「……置いて行くも何も、二番街の外なんぞに出した方が危ないと思うんだがな」
「それは、……」
「不安なら、側に居ることも出来る。だが、後処理係も管轄外の奴がいると邪魔なんだよ。あいつら呼んだらすぐ来るしな」
アルカネットは最後まで素っ気ない。急いでるようにも見えるほど、直ぐに部屋を出て行った。
ミュゼは迷う。不安を抱える子供達を放って出て行っていいのか分からなかった。でも。
「……すぐ、他の助けが来て……傷も治して貰えると思うから。ごめん、どうか……待ってて」
『仕事』の経験数が多いのはアルカネットだ。その判断に任せる事に決めた。
慰めにもならないだろうが、案ずる言葉は置いて行っていいだろう。短い言葉だけを残し、部屋を出てアルカネットの背中を追う。彼はもう階段を下りていた。
「アルカネット、待って!!」
「……」
ミュゼの声を無視して一階さえ突っ切るアルカネット。床に転がる制圧済みの敵はまだ目を覚ましていない。
外に出て、アルカネットが最初にやった事は――空に手を掲げた。
「待ってよ、アルカネット。私、まだ聞きたい事は山ほどあるんだ」
「……」
「後処理係がすぐ来るって、どのくらいかかる? 後処理係が来るまでココに居て良いの? そもそも誰が来るんだよ、……って、それなに」
アルカネットは掲げた手をぐるぐると回し始める。この仕草をアルギンもしていたような気がして、聞きたい事のひとつに追加される。
数回頭の上で手を回し終えたアルカネットは、そのまま建物の脇に移動した。そして自分の胸元を漁って巻き煙草を出す。
「……あの、質問……答えて」
「後処理係はいつも通りだと五分も掛からん。誰が来るかはその時次第。来るまで居たいなら居ればいい、あいつらは仕事さえ出来ていたら俺達に何の強制もしない。この動きは奴等を呼ぶための儀式みたいなものだ」
口に咥えて火を点けた、その先から煙が空に漂った。
「……アルカネット、もうひとついい?」
「あ?」
「私にも一本ちょーだい」
次も質問が投げられるのかと思ったアルカネットが、その言葉に面食らう。
このシスター崩れは酒のみならず煙草まで吸うのかと表情に出すが、それが伝わる訳が無い。
渋々手持ちから一本譲り、火まで点けてやる。誰かの世話を焼くところも、全てほぼ無意識だ。
「ありがと」
煙草を吸えば、やっと落ち着きを取り戻すミュゼ。紫煙を肺に溜め込むが、吐き出す唇が震えている事に今更気付く。
闘うのも、何かの拠点に乗り込むのも、初めてじゃない。でも、尊厳を害されている弱者の救助は初めてだった。そして、そういう存在を前にして背中を向けるのも。
「……アルカネットは、こういう仕事何回目なの?」
「……。さてな。数えてない」
「そう」
二人分の煙が夜空にぷかぷか浮かぶ。火が近くなりすぎて指を灼かないうちに、火のついたままのそれを地に捨てる。踏めば消火は完了だ。
吸い終わって溜息を吐く頃に、静かでありながら異様な空気を感じた。車輪の音が聞こえ、複数人が動くような空気の動きを屋外でも感じる。
何だ、とミュゼが視線を向けたのは、自分達が来た道の方角。馬車を引いた同じ服装の男達が姿を現した。
「――何者だ」
それは男達から、明らかに部外者な自分達に掛けられた声だ。
服装は白を基調として、縁取りや部分部分に橙色を施したやや仰々しいもの。留め具の紐は明るい茶色で、明らかに二番街に存在しては浮いてしまう格好だ。
同時に悟る。これは、権力を持っている者共の服装だと。
「え、あ、……」
ミュゼは返答に困る。無理して口を開く必要は無い筈だが、その威圧感は先程まで精神的に疲弊していたミュゼを呑み込みそうになった。
そんな彼女の前に腕を出し、守るかのように位置付くアルカネット。
「アクエリアから報告受けただろ。今日は俺達が出て来たんだよ」
「……」
彼等はその言葉に、興味を失ったかのようにぞろぞろと建物の中に入っていく。馬車は入り口付近に位置付いた。
六人を数えた辺りで、ミュゼは最後尾を歩いている人物に視線をやる。
「――成程な」
その最後尾の男は、アルカネットとミュゼの二人を交互に見ていた。
「今日出向いて来たのは君だったか、アルカネット」
「……うわ」
手に角灯を持ち、前方を僅かに照らすだけの灯りでは彼の顔がしっかり見られない。でも、アルカネットはそれが誰かを理解したようだった。
それまで列を成した男達とは違う、闇を吸ったような黒い服。よく見れば、外套と思わしきものの間から見える部分は男達の着ている制服と色違いのようだ。
「さっきの、あんたの部下か。それにしては俺達に威圧感増し増しで話しかける余裕があるんだな」
「彼等は今日借り受けたに過ぎんよ。不手際があれば後から議題に上げておこう、素直に改善点を聞くくらいには、我等が団長には余裕がある。……ところで」
アルカネットのこれまでの話から、彼等が『後処理係』なるものだと理解は出来る。
しかし、二人の間で交わされる言葉にミュゼは恐ろしいものを感じている。『部下』『団長』そして揃いの制服。
人知れず冷や汗をかいているミュゼに、男は視線を向けた。僅かな灯りを反射して、瞳に捉えられたと気付いたミュゼは身を竦ませる。
「見知らぬ顔だな」
「……新入りになる、かも知れない女だ。あんまり怖がらせるな、仕事は今日が初めてだ」
「新入りに? まさか、あんな女に更なる配下が増えるというのか。……悪い事は言わん、考え直せ。あんな蓮っ葉に使われるくらいなら、他に条件のいい仕事など探せば幾らでも見つかるだろう」
心底不憫そうに言うその男は、灯りを翳してミュゼの姿を見る。しかし、その灯りが顔を照らした時に彼は言葉を飲んだ。
見たのだろう。その『あんな蓮っ葉』に似た顔を。
「条件のいい仕事とは言えないが、本来は孤児院のシスターをしている。そっちの仕事の腕は素直に評価できるから、あんたが仕事紹介できるならしてやってくれ」
「孤児院の? ……まさか、君の出身とか言うあの場所の、ではあるまいな」
「……何で知ってんだよ」
「やはりか」
男は今度はアルカネットを無視して、ミュゼの側に寄る。かといって近寄り過ぎる事もなく、ミュゼが後退りしても追いかけない程の紳士さは備えていた。
近くで見たその男は、癖の強い髪の毛をしている。長いそれを首筋で結んでいるので、そこまで野暮ったい訳では無い。年齢は、酒場で見たディルよりも老けているのは間違いない。
「ディル様より色々な話を言い遣っている。成程、そうであれば色々辻褄が合うと言うものだ。話は帰りながらするとしようか、不埒者や子供達と相席になるが良ければ送ろう」
「え、相席って――」
ミュゼの疑問はそこで一度途切れた。
建物に入って行った男達が、ミュゼとアルカネットが倒した男達を口や目を布で塞いで簀巻きにして担いで出て来た。乱雑に馬車に放り込んで、また建物の中に入る。
仕留めた人数分きっちり雁字搦めにして逃げられないようにして詰め込んで、次は子供達を丁重な手つきで連れて出る。馬車は一台しかないから同じ荷台に入らなければならないが、子供達の口から嫌がるような悲痛な声が漏れる事はなかった。
「……あの中に入れって?」
「座席の無い馬車だから余裕はある筈だ。名目上、不埒者達が起き出さないようにする見張り役とでもしておこうか。その方が、君達も乗り込みやすいだろう?」
「要らない気遣いありがとうよ」
「この程度。君達が動きやすいよう、この街を分かりやすく練り歩いた時間と手間に比べれば何でもない」
アルギンが言っていた『大丈夫』。
それは彼等騎士の下準備があっての事だった。今日は街が大人しいのは、恩着せがましく彼等が動いてくれたからだ。
馬車に乗らない選択肢は無くなった。
実際、片道二時間というのは疲れる。この疲労感を抱えたまま居たくなかったのもあり、ミュゼは素直に聞き入れる。
男の先導で、ミュゼが次に乗る。後から乗り込むアルカネットは、苦々しい顔を隠さない。
「まだ、名前を聞いていなかったな」
他の騎士を乗せて馬車が走り出した頃。
ミュゼに話しかけてくる茶髪の男が、名前を聞いてきた。
「……ミョゾティス、と申します。ミュゼで結構です」
「そうか。では、ミュゼ」
男は気さくという訳では無いが、会話に詰まる事は無く、粛々と話をする性格のようだ。ミュゼは不思議な話し易さを感じる。少しばかり堅苦しいが、シスターなんて仕事をしているミュゼにとってその堅苦しさは許容範囲だ。
アルカネットの態度は苦手な者を相手にしている時のそれだが、彼は年中反抗期のようなものである為に『大人』を感じさせる存在全てを苦手としているようだったから気にしない。
そんなに悪い人物では無いのかも知れない、と思った時。
「私も名乗るのが遅れたな。私は、フュンフ。フュンフ・ツェーンという」
茶髪の男の名前を聞いた瞬間。
「……あ”っ?」
ミュゼの喉を通り過ぎていったのは、女の口が出したとは思えない程に濁った音だった。




