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18.制圧完了:一階


 目的地である二番街までは二時間程度の徒歩で到着した。

 途中の重苦しい空気にさえ耐えていた以外、特に問題は無い。暗がりの中というのに悪漢に襲われる事も無く、ただの散歩のようだった。

 街に付随する数字は、その数が小さければ小さいほどに治安が悪い。二番街では男であるアルカネットですら絡まれる事があるのだが、今日は様子がおかしかった。

 ――静かだ。自警団が見回りしている時以上に、街全体が大人しい。


「……ミュゼ、二番街に来たことはあるか」

「ええ? ……用事が無い街になんて行かないよ。この城下についての注意も受けてたし、四番街以下には足を踏み入れた事も無い」

「賢明だ。注意した奴はよく分かってるな。……こんなに静かな事なんて無いくらいだから、これがいつもの姿だと思うなよ」

「へぇ」


 二人が足を進めるのは、二番街の中でも浅い場所にある。奥に行けば行くほど目を背けたくなるような光景が広がる事もあって、アルカネットは出来ればこのシスターにはそういう物を見せたくなかった。

 脳内にある地図を頼りに進むと、書類に刻まれていた印と相違無い場所に建物がある。

 周囲は今にも倒壊しそうなあばら家ばかりだが、そこだけは周りと比べると安普請ながらそれなりな作りをしている二階建てだ。外から窓を見つけられない、倉庫のような佇まい。大きさも一丁前に、床面積だけで言うなら酒場よりも広いかも知れない。


「制圧って言ってたね。敵の数はどのくらいだろ」

「書類を信じるなら五から十五。あとはそれぞれ別に細々とした拠点を持ってるらしい。全部潰して回るのは難しいから、一番大きい本拠地を潰すって話だ」

「五から十五? 随分幅があるけどどうなってるの」

「……毎回、現場判断になる。そこまで丁重に下調べなんてして貰えないし、お前もあの酒場に身を寄せるなら覚えておけ」

「なんだそれ」


 命の危険がある仕事で、そこまで情報が曖昧だとは思わなかった。ミュゼが不満に唇を歪めるが、そんな事したって無駄だ。

 アルカネットは既に覚悟を決めている。あとは、ミュゼの心の準備が整いさえすれば。


「俺が正面から乗り込むから、お前は裏から入れ。もし裏に見張りがいるなら、そいつが中の異変に気付いて動き出してからでいい」

「……え、一人で行くの?」

「裏も抑えておかないと、逃げられたら一大事だろうが」


 それもそうか、とミュゼは不満を抱きながらも無理矢理納得した。

 裏に回る道も、地図には書いてあった。少し離れた小路を通れば見つかりにくく辿り着く。

 二手に分かれた後は、アルカネットが溜息を漏らす。

 別に、一人でも完遂出来る仕事だ。寧ろ、これまで一人だったのだ。なのに今日は審査という名目で、使い物になるかどうかも分からない人物が一人付いてきた。


「……面倒だな」


 裏に見張りが居て、そいつがずっと動かなければいいと思った。そうしたらミュゼは大人しく待機していてくれるかも知れない、と。

 でもアルカネットの知っている女は皆、アルカネットの思惑を裏切る。それがいい意味でも悪い意味でも、思い通りになった事なんて一度もない。女難の相が出ていると人は言うが、そんな相など有料でいいから誰かに引き取って欲しかった。今なら顔は悪くない女達との縁が付いてくる。


 アルカネットが担当する正面入り口には誰も居ない。焚き火の跡があるが、それ以外は薪も何も無い。

 木材のひとつでもあれば武器になったが、暗がりの視界の中にはそれらしいものが一つもない。仕方ないから、アルカネットは丸腰のまま入り口の扉に手を掛ける。


「………」


 扉に耳を付け、無言で一分。中で聞こえる話し声は、建物の粗雑さを無視したような馬鹿デカさ。

 あまり頭の良さそうではないガサツな声で、この建物から移動できない現状に不満を漏らしている。次に目を付けた女が何処にいるとか、売れそうな子供が何処にいるとか、そういった話も聞こえて来てアルカネットが嘆息を漏らす。

 こんな馬鹿どもに目を付けられた奴等の不運と、ここでこの馬鹿どもを制圧しなければ悲惨な目に遭う未来を断ち切れる幸運に。

 暫く声を聞いて、聞き飽きた頃合いに耳を離す。そして一思いに扉を大きく開くと、中にいる男達は驚いたように身構えた。


「誰だテメェ!!」

「……」


 答えるのも面倒だ。ここで馬鹿正直に話して覚えられてもいい事が無いので、無言を保つ。

 ずかずかと中に入れば、武器になりそうなものは幾らでもある。早速目に入るのは大きなテーブルと、六人分の椅子。壁には趣味のよろしくない調度品が置かれたり掛けられていたりして、暖炉は使われず灰ばかり溜まっている。

 全体的に臭くて埃っぽくて、流石に酒場と比べると失礼過ぎてアルギンがキレて包丁を振り回して来そうだった。


「聞いてんのかこの野郎!!」


 不用心に鍵も閂も掛けずに、馬鹿話に興じている野郎共に名乗る名など無い。

 男共はそれぞれ、自分の武器らしいものを手にアルカネットを睨んでいた。

 鉄の棒が二人、短刀が一人、粗悪品と思わしき長剣持ちが二人。今この場にいるだけで五人。この時点で、既に最初の予想の最少人数を上回る数がこの建物にいるだろうことが分かる。


「ああ、聞こえている」


 端的に言ったのは馬鹿にする意味合いが強い。たったこれだけの言葉でも、馬鹿相手には充分挑発になり得る。

 案の定顔を醜く歪めた男達は、アルカネットに向かって一斉に襲い掛かって来た。


「何の用だ!」

「勝手に入って来やがって!!」

「死ねやコラァ!!」


 安い言葉だと思う。

 けれどその安い言葉を聞き慣れてしまった自分を思うと悲しくなった。

 特に、こんな語彙力の少ない罵りを使う女が自分の近い所にいる。


「……死ねと言われて死ぬような奴が何処にいる」


 そして、こういう言葉を使う人物は一部を除いて武器に頼りがちだ。

 向かってくる男達を避けるのに、大きな動きは必要ない。少なくて一歩、多くて三歩動けば回避は十分可能。最初に長剣の二人組、次に鉄の棒持ちが向かってくるのを見てアルカネットは片方に狙いを定めた。


「でりゃあああ!!」

「……」


 声も大きければ振りも大きい。

 頭上に振り上げた鉄の棒を避け、振り下ろされると床にめり込む。その一瞬に合わせて、その棒を持っていた男の鳩尾目掛けて蹴りを喰らわせた。


「ごぁっ!?」


 腰を捻り体重を掛けた一撃だ。男の体はよろめいて床に蹲る。

 手から離れた鉄の棒を手にして、次に向かってくる男の脇腹に振り抜く。


「があ!!」


 次、長剣持ちの男二人にはアルカネットから向かって行った。棒を剣のように持ち、下から振り上げる。一人は顎に喰らってそのまま昏倒したが、もう一人は抵抗するように剣で防御態勢を取った。

 その防御を振り払うかのように、剣の刀身に渾身の力で振り抜いた途端、剣は真っ二つに割れた。


「ひっ!?」

「あーあ」


 息を呑む男を目の前に、アルカネットはもう一度棒を構える――と見せかけて、男の横っ面を回し蹴りで仕留めた。吹き飛ぶ男はそのまま気を失って気絶した。

 残る一人には棒の一撃を鳩尾に喰らわせて、この部屋の鎮圧は完了した。


「……やれやれ」


 ここまで動いて、アルカネットの息は殆ど切れていない。鍛え方が一般人とは違う自負もあり、この程度で動けなくなっては自警団の名折れだ。

 今のうちに縄か何かで縛っておきたい所だったが、生憎周辺にそれらしいものが見当たらない。視線で周囲を探っている間に、奥の方からどやどやと声がした。


「おい、どうした!」

「何があった!!」


 声と足音からして二人以上がこの部屋に近付いてくる。鉄の棒を握り直したアルカネットが、他の部屋とを繋ぐ出入り口の横に控えて新手が来るのを待った。

 しかし。


「うわぁ!?」

「ぎゃあ!!」


 短い悲鳴と、何かが倒れる音と共に急に静かになった。

 暫く待っても誰かが来る気配すらない。

 突然の無音に、アルカネットの血の気が引く。だって、自分とは別に一人来ている。その人物しか、こんな真似はしない。


「……シスター・ミュゼ……?」


 名を呼んだ。が、返事が無い。

 あまりに悪趣味だ。あと彼女しかいないだろうに、その彼女が返事をしない。

 ――そういえば、アルカネットはアルギン達の判断に任せたのだが、彼女が一員になりたいと言った理由を知らない。その理由が、酒場の内側からの壊滅であったならアルカネットはどうするべきか。

 先程までそれなりに話せていたミュゼが、急に恐ろしいもののような気がした。彼女の底知れなさは、離れてから不安を煽る。


「あいよー」


 不安が彼女を呼ぶ声に漏れていた。なのに、暫く経って返って来た返事には気の抜けた音しか無くてアルカネットが脱力する。

 は、と短く吐いた息に震えが混じる。本当に、彼女を敵と思わなくていいのかと。


「……お前、聞こえてるならさっさと返事しろよ……」

「仕方ないじゃん、こっちだって忙しいんだよ」

「忙しいって、お前何――」


 ゆったりとした足取りで姿を現したミュゼ。その足音は小さく、靴裏に綿でも貼っているのかと思わせる程だった。

 その左手には巻いた縄と長棒を持っており、右手には伸びた縄を持っていた。その先に続いているのは、気絶した男が三人。床を引きずられても起きない程に痛めつけられていた。


「……おま、それ、お前がやったのか……?」

「まぁねぇ、待ってるのもまどろっこしかったから。死んでは無いよ、息はある」


 事も無げに言うミュゼの表情も呼吸もいつもと変化が無い。

 ミュゼはアルカネットが倒した敵の居る部屋に、自分が倒した男達を並べて放置した。


「げぇ、こっち五人いたの。流石に私でも骨だなぁ、お疲れアルカネット様」


 底知れぬ武力と冷静さを備えた女だ。そんな女から労われるのに違和感しか無い。やや気後れしている間に、ミュゼは床に転がる五人を片っ端から縛り上げて行った。


「その縄、どこから持って来た」

「裏にあったよ。荷台の上にあったから、ちょっと失敬した」

「……」


 荷台の上にあった、人を縛るのに適した縄。

 合点が行ったアルカネットはそれ以上の質問を止めた。

 それにしても、ミュゼは人を縛るのも器用だ。アルカネットも自警団員として幾らかの心得があるが、ミュゼも同じくらいに慣れている。


「……お前、いっそ酒場の一員とかじゃなくて自警団所属になった方がいいんじゃないのか」

「え?」


 最後の一人を縛り上げた後、ミュゼがきょとんとした顔で振り向いた。


「自警団って、私でもなれるかな?」

「なれるさ。それだけの腕があるなら――」

「アルカネット様だって私の事最初侮ってただろ? 男社会で私が一員として本当の意味で認められると思う?」

「……」


 痛い所を突かれて、アルカネットがまた黙る。本当に、女という生き物とはつくづく相性が悪い。


「いいんだよ、別に。私だって女っていう外見で得する事はある。侮ってくれた方がやりやすいし、そういう意味じゃ私も性別を利用してる。それに、私は無条件で誰かを守りたい訳じゃない。私が守りたいのは、本当に、ほんの一握り」


 自分の中ではっきりした善悪を持っていて、その上で判断しているミュゼ。誰にも流されない芯の強さが、アルカネットには眩しすぎた。

 ぱんぱん、と手を払うミュゼは立ち上がる。これで終わりというには、まだ残っている。


「んじゃ、行こうか。あとは二階だろ?」

「……ああ」

「階段上るのか……先に行っていい? 討ち漏らしたら宜しく」

「ああ」


 ミュゼは強い。それは話にも聞いていて分かっている。討ち漏らす心配なんて、きっと無いだろう。

 これが審査だと言ったアルギンの本音は分からない。この建物内くらいならば、もしかしたらミュゼ一人でも制圧できたかもしれない。

 二階は、今まで以上の敵がいるとも考えにくいから、制圧はほぼ完了したも同然だ。


 言い得ぬ不安が、アルカネットの胸に燻ぶる。

 ここまでの能力を持つミュゼが、どうして酒場にこだわるのかが分からなかった。



 

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