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【第三部】アルセンの方舟 ―国家公認裏ギルド交響曲―  作者: 不二丸茅乃
chapter.8 思い出の残り滓

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4.もくひ


 ――死した筈の男はどこに身を隠している。


 その問いかけに答えられる者は、この場に居ない。

 そもそも向こうが連絡を絶った状態だ。これまで彼の者の死を疑った者が居ないのだから、そんな事分かる筈が無い。


「……失礼を承知で、ミリアルテア王妃殿下」


 静々と手を挙げたのはアクエリアだ。一瞬ぎょっとしたのはアルギンだけで、王妃は別段気にしていない様子で「許可する」と言ってのけた。


「先に話し合うべきは、ミュゼが何処へ消えたのか――そちらが先では? 暁さんの件の犯人探しも然り。既に行方をくらました男の話の方が大事だとは、どうしても思えません」

「分からぬのか? それとも、分からぬ振りをしているのか? 肉親だからと庇う気も分かるが、惚けるのも大概にせよ」

「……別に、俺は……エイス兄が犯人ではない可能性を指摘しているだけですよ」

「では問うが、あ奴以外に誰が居る。無作為ではなく暁を指定し襲い、ミョゾティスが一人の時に現れて彼女を攫った。そこいらの者には決して出来ぬ芸当ではないか? ……今、こうして奴の名が出て来た時点で、もう答えは出ているような気はしているのだがな」


 『どうやって目を掻い潜った』かはともかく、

 『これまでの行動を実行できる者』となれば、確かに件の男しかいない。

 或いはこれまでの行動を実行できる、こちらで把握出来ていない見知らぬ第三者――だとしたら、暁の恋慕を知っている理由が分からない。

 アクエリアは反論するより先に、頭を抱えた。


「他に、誰か不穏分子が居るって方向で考えないんですか。考えの幅は広い方が良いでしょう」

「その考えも、勿論否定はしない。……だが私の目から見れば、其方は見たくないものから目を背けているようにしか見えぬでな」

「……」


 沈黙したのはアクエリアの方だった。

 酒場の交渉担当と自称しておきながら、この状況は想定外だったらしい。確かに今日この時まで、兄は死んだと聞かされていたのだから頭が上手く働かないのだろう。

 それだけの事を黙っていたのは、アルギン達。


「考えの幅を広げるのは結構。しかし、それで分散し、思考が取っ散らかったままで対応できる相手か? ある程度絞っておくに越したことはなかろう。何と言っても、相手の手掛かりはエイスでなければ皆無に等しいのだから。……して、アルギン」

「……はい」

「占いの結果、いい加減読み解けたかとロベリアに催促したのだがな。其方に聞け、と言われた。其方の判断で、場所だけは伝えて良いと」

「……結局、アタシの判断ですか」


 ロベリアからは、既に場所を聞いている。

 それを言わないでおこうとしたのは現場の判断だ。

 でも、もう伝えて良いのなら――判断なんて、有って無いようなものだ。ここまで出来過ぎたように情報が並んでいる中で、彼の占いが直接示した結果から目を背け続けるなんて出来ない。


「ミュゼは、ロベリアの占い直後。……帝国領内に居ると、結果が出ていました」


 それまで言うかどうか躊躇っていた話も、覚悟が出来ればすんなりと舌を滑り降りた。

 アルギンの背後で、息を呑むような音が聞こえた。けれど王妃は想定内のようで、顔色ひとつ変えないままだ。

 足を組み直して「だろうな」なんて澄ました表情で言うから、アルギンにも苛立ちが蘇る。


「御存知でしたら敢えて聞かなくても良かったのでは?」

「確認の為だ。……相手は帝国に身を寄せられる者で、長距離の移動も可能。彼の国と内通していたエイスなら可能……というか、寧ろもうここまで来たら他に候補は上がらぬのではないか?」

「アルギンさん、どうして今までそんな大事な事黙っていたんです!?」


 来た。

 アルギンが声に出さずに、前だけ向いた表情で語った。

 背後から聞こえた怒声はアクエリアのもので、ミュゼの安否を一番心配していたのもこの男だ。

 気持ちは分かる。同じ立場だったらアルギンだって怒鳴っていただろう。もし連れ去られたのがディルだったらと思うと余計に。

 こうなるのが目に見えていたから、黙っていた。でもそれは悪意があってではない。


「……その場に居た全員で、まだ黙っていた方が良いと話が決まったからだ。これはアタシだけじゃなくて、ディルもフュンフも、ロベリアだって同じ事考えた。……でも、どうして黙っていたのか……詳しい話は、まだ出来ない」

「は……!? アルギンさん、貴女この期に及んでまだ隠し事ですか!」

「仕方ないだろ」


 アクエリアがミュゼを想う気持ちは、自分だけ除け者にされる事を不快に感じている。

 ……だとしても、アルギンだって譲れない。


「ミュゼの命が懸かってたんだ。話す事で、別のヤバい事が起きるんだよ。アタシはそのヤバさに気付かなかった」

「ヤバい、……って? それも話せないんですか」

「二度とミュゼと逢えなくていいってんなら話してやるよ。アタシやディルからの恨みも買うがな」

「それって、どういう……」


 ミュゼが、本当にアルギンの玄孫で。

 それを話したら未来が変わって、ミュゼが消えるとしたら。

 アルギンはこの話を知ってしまった事自体を悔いるだろう。もう、ミュゼに対する感情はアルギンの中でも変わってしまったのだから。


「ミュゼが戻って来たら、あの子の判断で聞かせてくれるだろうよ。……悪いが我慢してくれ、あの子が大事なのはアタシ達もなんだ」


 秘密がある事だけを伝え、我慢を強いる。そんな事を仲間にはしたくないアルギンの心にも負荷が掛かっている。今はアクエリアも、それ以上追及する事が出来ない。

 ……寧ろ、他の理由で出来なかった。

 皆の背後で、誰かが倒れる音がする。ほぼ同時に、ユイルアルトの声。


「ジャス!?」


 来る時は普通通りだった筈のジャスミンが、赤い絨毯の上で倒れている。顔色は悪く、眉間に皺が寄って荒い息を繰り返す。

 呼びかけても反応が無い。咄嗟にユイルアルトがジャスミンの額に手を当てるも、熱は無さそうだった。


「誰ぞ! おらんか!! 急病人だ!! 担架を持って来い!!」


 王妃も緊急事態となれば立ち上がらずにはいられないで、控えているであろう上級騎士を呼びつけた。すぐさま扉を開いて担架を運ぶ騎士達は、流れるような動きでジャスミンを担架に乗せる。


「リエラの許へ運べ。丁重に扱え、大事な客人だ」

「お願いします!」


 付き添いでユイルアルトも騎士達についていく。残された面々は、この事態に戸惑うばかり。

 この謁見の間に入るまでは元気だった筈のジャスミンまで体調を崩したとなれば、道行に不安しか浮かばない。

 話の途中ではあったが、これ以上は進展もなさそうな行き止まりに差し掛かった状態での今だ。それ以上口を開く者は居なかった。


「……これ以上、話を進める事もあるまい。重要な役割を担っているあの二人不在でする話も無い」

「今はお暇しても? ジャスの身体が心配です、さっきまでなんともなかったのに」

「まさか、相手は病魔さえ操れる……となれば、我等に打てる手は無くなるな。リエラの診断次第だが、様子は見に行ってみてくれ」

「畏まりました」


 アルギンは残った者の中で一番早く、挨拶もおざなりに謁見の間を出て行った。おずおずと後を追うのはアルカネット。

 ディルも続きながら、最後まで残ったのはアクエリアだった。


「……其方は行かんのか?」

「病室にそんなわらわら押し掛けたら邪魔でしょう。……それより、騎士は側に呼びつけないで大丈夫なんですか。今この場には、俺と貴女しか居ませんよ」

「ん? 賢い我が手足はな、私が『来るな』と言ったら来ない。『出て行け』と言ったら出て行く。再び呼びつけるまで側に来ることは無い。『忘れて』と言って忘れぬ何処かの駄犬とは違うのだよ」

「……一言多いですねぇ。本当、そういう所は昔と変わらない」

「ふふっ」


 王妃の弾むような笑い声は、在りし日の姿を思い起こさせる。アルギンへの言葉を連ねる時に、顔の垂れ幕は取ってしまったから余計に。

 二十年の時間を、二人の間に広がる溝を、この一瞬だけは飛び越えられたような気さえした。でも互いの関係性は変わってしまっている。

 郷愁に胸が締め付けられつつも、その苦しさを溜息に逃がすアクエリア。たっぷり息を吐いた後に、改めて声を掛ける。


「しかし、ミリアルテア王妃殿下」

「何だ」

「貴女、いつの間にミュゼと仲良くなってたんです。貴女の色々な事、俺が言わずともミュゼは知ってましたよ」

「……何?」

「貴女が、いつぞやに俺と縁を交わした女性であることとか」


 眉間に皺を寄せた王妃に、アクエリアは気付かない。


「ミョゾティスと顔を合わせる機会など、酒場の面々全員を呼びつけるまで無かった。私としては待遇を悪くしないようにと思っていただけで、仲良くなどとんでもない。話す機会など其方等の前以外で無かったのだから、私の事を話しようがないぞ」

「なんですって?」

「どういう事だ? 何故私の事を知っている。詳しいとは、どの部分まで詳しいのだ」

「……」


 アクエリアの耳には、既に王妃からの問い掛けなど入って来ていない。一瞬アルギンから聞いたのかと思ったが、あの馬鹿が王妃に対するそんな不義理を犯す訳がない。

 初めて逢った時の、やけに酒場の情報に明るいミュゼの姿を思い出した。気味が悪いと確かにあの時思っていたのに、いつの間にか別の感情に置き換えられていた。

 ミュゼの本当の姿を知らない。情報の出所を知らない。育ての親だとかいう男の事も知らない。

 知らない事ばかりの女に懸想した自分自身を、今更軽率だと思った。


「……ミュゼ……」


 どれだけ軽率だと自分を詰っても、今更この感情を消す事は出来ない。

 呼んでも、彼女の返事がある訳じゃない。

 アクエリアの心を奪った女性が遠く離れるのは初めてではない。けれど、心の痛みは一度目と変わらず、辛い。

 頭に手をやって、髪の毛をぐしゃりと握る。混乱する頭の中を、痛みで整理を付けようとした。


「ねぇ、ミリア……ルテア、王妃殿下」

「今度は何だ」

「エクリィ・カドラーという男を御存知ないですか? ミュゼの育ての親の名前らしいのですが」


 その名を聞くと同時、王妃は自分の顔に手を当てて考え始めた。地位が高貴であれ下賤であれ、様々な者の名を見聞きしている立場の女だ。縋るような思いで、彼女の不審な点が少しでも晴らせるような情報が出ればいいとさえ思っていた。でも、それが短絡的な願いだとはアクエリアも分かっていた。

 何も言わなくなった王妃に、一度頭を下げて出て行こうとする。他の誰もが外へ出た出入り口の側にまで足を進めると。


「……『エクリィ・カーキィ』と『クオリア・カドラー』なら記憶にあるが」

「は、……?」

「其方が昔、『ミリア』と暮らしていた頃に一度限りで使った偽名ではなかったか? 成程、其方は偽名にそれほど思い入れが無いと見える。まぁ、適当に考えた名前だったろうから当たり前か」


 ――王妃の口から出た二人分の名前は、アクエリアが昔に使った事のある適当なもの。


 アクエリアの血の気が引くのが王妃の目から見ても分かった。

 その名前を考え付く言葉の組み合わせが、アクエリアの頭の中にもあるという事だ。

 言葉を無くすアクエリアに、王妃は呆れ顔を隠さない。今の所、その情報がミュゼの何に繋がるかが不明だからだ。

 ――不明、だと思っていたいだけかも知れない。この事実をもう少し突いたら、自分が後悔するかも知れない話が出て来そうだったから。


「さて、アクエリア。そろそろこの謁見の間も閉め切ろうと思う。そろそろ出て行って貰って構わないか? 掃除の手が入れぬのでな」

「……」

「無言、か」


 王妃が口で追い立てれば、覇気のない様子でアクエリアが出て行く。そうして他に誰もいなくなった謁見の間で、王妃が疲労を隠さない様子で玉座に座る。

 他の者はどうであれ、使用人を待たせるのは仕えさせている側の特権だ。

 あと暫く、こうして疲れを癒そう。そう思っていたのだが。


「……ん?」


 脇の通路、使用人用の扉を開いて入って来る影が二つあった。

 それは『鳥』隊長と副隊長の二人。カリオン・コトフォールとベルベグ・コンディは多少の無理を押し切っても、王妃の側に行く事が許されている。


「お疲れの所、失礼いたします」

「どうした、二人共。火急の用事か?」

「はい。書簡が届いております」

「……書簡?」


 気怠げに騎士への対応をしていた王妃だが、書簡入れに入ったままのそれを渡されるや否や玉座から勢いよく立ち上がる。


 その書簡入れに刻まれていた紋章が、王妃にとって因縁のあるものだった。

 それだけで、王妃を立ち上がらせるには充分な意味を持つ。


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