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 王族二人、騎士二人のどこか緊迫した茶会はすぐに終わった。

 ウィスタリアは悠長に茶を飲む趣味も無く、騎士二人も団長と隊長だ、忙しさはどんな日も変わらない。

 最初にカリオンが、そしてすぐ後にソルビットが退室した。代わりの護衛人員は来たのだが、王城が忙しいと分かっていながら長居出来ない、とウィスタリアが言ったのがお開きの切っ掛けだ。それでなくとも、幾ら小さい頃から見知っているとはいえアールリトは結婚を控えた女性なのだ。

 そうね、残念だけど、と少しだけ寂しそうに言ったアールリトに、ウィスタリアが頭に手を乗せる。


「ああ、ちゃーんと成長しとるなぁ。昔は座らんと届かへんかった頭が、今は屈むだけで届くようになっとる」

「……もう、ウィスタリアさんってば」

「幸せになりや。わいは、式には多分参列出来へんけど、叔父上あたりが行くさかいに。……元気でな」


 それが、二人の最期になるだろうことは分かっていた。

 これから先、平和な時間が続けば顔を合わせることはない。アールリトは個人的にウィスタリアに会いに行かないし、ウィスタリアだって同じ。互いに王族と、他国に嫁いだ姫として、噛み合わない時間の中で生きる。例え互いに友情に似た感情以上のものを抱いて無くても、勘繰る者は幾らだっている。

 もし、また顔を会わせる時が来たら。

 どちらかの力を頼らねばならない程に、世の中が乱れた時だ。


「幸せに、なりますよ」


 アールリトは、それを『寂しい』と思ってしまった。


「おお! その意気やっ」


 ウィスタリアは、その心の動きを知っている。

 けれど自分からは何も言わない。遥かに年下の小さな子供が、未来に続く花をつけようとしているのだから。

 あとは小さく手を振って、ウィスタリアは振り返りもせずに離れを出て行った。護衛として付いた騎士もその後ろを付いて歩く。


 赤髪の獣人がくれた日記帳を胸に抱いて、その背を見送ったアールリト。

 誰にも秘める事が出来るその日記帳に、今から何を書き記そうか想いを馳せながら。




「いやぁ~、暫く()ンうちに色んなモンが変わっとるなぁ。リト嬢もそうやし、騎士達の雰囲気もそうやし。特に空気が前と比べて、かなり緩なっとらん?」

「……」

「なぁ、そう思わんか、フュンフ?」


 ……騎士団長カリオンから言い遣わされ、抜ける騎士二人の代わりとして離れに呼び出されたうちの一人、フュンフ。

 彼もまた騎士隊『月』の隊長なので暇ではない筈なのだが、何故か無理矢理押し付けられた任務に苦虫を噛んでいる。

 フュンフもウィスタリアと顔馴染みだ。というより、友誼を結んだアルギンに無理矢理知り合わされたというべきか。この二人もカリオンの時と同じく、仲はそこまで宜しくない。

 フュンフはカリオンより若干身長が低いので、カリオンと並んだ時よりもウィスタリアの巨人ぶりが引き立てられる。男として面白くない状態にフュンフが手の中の錫杖を強く握った。

 ウィスタリアにとっては、来た道を帰る。

 フュンフにとっては、客人を外へと送る道すがら。

 二人の間に漂う空気は少しばかり重かった。


「……我々の生きる時間は長くありませんからな。何かするにも急がねばならない、……と、貴方であれば御存知の筈でしょう。空気が緩く感じるのは、そのせいで不必要な礼儀にまで回す時間が無いだけの話です」

「んー? まぁ、ヒューマンのお歴々は生き急いで大変やなぁ、いうンはいつも思とる。昔みたいに国々分かれていがみ合う訳でもあるまいし、難儀(バカ)やなぁ、ってな」


 けらけら笑うウィスタリアの言葉に、フュンフはほんの小さく舌打ちをした。

 いつまでも上から目線でヒューマンを見られては堪ったものでは無い。自分達は自分達なりの矜持を持って生きているのに、異種族というだけで知ったような目線で何かを語られるのに嫌悪感を覚えるからだ。


「仰る通りです。我等も毎日暇な訳では無い。時間ばかり持て余すような生き方をしている種族には分からぬ話でしょうが」

「……」

「貴方の戯れも例外では無いのです。……次からは、きちんと所定の手続きを以てして入国頂きたいものですな」

「へーへー。次からは気ぃ付けますぅ。……にしても、あんさん。その嫌味な物言いは遺伝なん?」

「……」

「あんさんの兄さんも、父さんも、同じような言い方しはる。流石ツェーン家の――」

「家は関係ない。身内もだ。……無関係な血縁の話を持ち出すのは止めて貰おうか」

「はいはい」


 フュンフが、あまり身内と仲が良くないのは知っていた。唯一心を許している血縁は異母兄妹であるソルビットだけ。

 二人が兄妹という話もウィスタリアは知っている。二人共あまり隠そうとはしていないし、その事実を疎んじているのもフュンフを除く他のツェーン家の者だけだった。

 フュンフからして見たら、身内とウィスタリアが接点がある事だけが恥じ入る気持ちを持たせる。ソルビット以外の身内とは同じ血が流れているとも思いたくないのに、今話題に出されても困るのだ。


「しっかし、相変わらず面倒臭いやっちゃなぁ。少しはアルギン嬢見習ったってええんちゃうン?」

「……そこで、何故彼女の名が?」

「好き嫌いはっきりしとって面白いわー。昔はからかい甲斐あったのに、既婚者になってから余裕身に着けとって。ディルもやけど、結婚した事で心構えが変わったんちゃうかって。 ――てな訳で、どや」

「どや、とは」

「あんさんもすぐにでも結婚せぇへん?」

「断る」


 やや語気を強めてフュンフが拒絶の意思を示すと、ウィスタリアは「なんやつまらんなー」としか言わなくなる。

 フュンフに結婚願望が無いことを知っていて、そうやってからかうのだ。

 でもウィスタリアは、結婚願望が無かったディルが結婚したのを知っている。だから、いつかフュンフも――とは思っているのだが。


「それより。……今回城下外から入って来る時、貴方の側に小さな子供がいたとの報告を受けています」

「……ほー?」

「貴方が結婚したという話は聞きませんし、子供が生まれたという話も聞かなかったのですが、その子の書類には『息子』とあったと」

「まぁ、そやな。わいの血ぃ引いとるさかい。子供時代と見紛う程、瓜二つでそっくりな美少年やろ?」

「………」


 盛大に溜息を吐いたフュンフは、それ以上ウィスタリアの話を聞かないように努力した。生返事と適当な相槌で躱すが、何かしら返答を返すと問題のありそうな質問だけは無言を貫く。

 揶揄って遊ぶのにもそこそこ満足したウィスタリアは、変わらぬ笑みを浮かべたまま。


「――アルギン嬢の様子、おかしかったで」


 アールリトが同席している場では聞けずにいた質問を投げた。


「……」

「カリオンが言うンは、王家は関与してへんって話やったけど……ほんなら、なんで嬢は店閉めるねん。経営がうまく行っとらんって訳でもあらへんやろ、いつも通りに煙草買っとったで」

「……少しばかり、重大な話です」

「ふぅん?」

「念を押させて頂きますが、他言無用にお願いします。勿論それは、貴方の祖国にも」

「まぁ、内容次第やな。……今の所、シェーンメイクの脅威になる何かがあったような気はせぇへんけど」

「……」


 この話をフュンフの一存で、ウィスタリアに伝えるのには抵抗があった。

 ウィスタリアと名乗るウルバン・ホライズンブルーは『アルギンの悪友』であり、『アールリト王女の友人』。しかしそれが『アルセン王国の良き仲間』には成り得ない。国としては商業面に関して連合関係を築いている国もあるが、武力面では永世中立を宣言しているのだから。

 自国に牙を剥かれなければ、他の国がどうなったって知らない。……それが、彼等だ。


「アルギンの酒場、の。……配下が一人、連れ去られています」

「……ほぉ?」

「期を同じくして、我が国の者が一人……何者かに因る大怪我を負いました。一命は取り留めましたが、未だまともに起き上がれもしません」

「犯人は分かっとるんか?」

「他国の者……かも知れない、というのが……我々の見立てです」


 今はそれ以上の情報が得られない――得られたとして、罠かも知れない。

 このまま黙って諦めるつもりはさらさら無いが、今直ぐ動き出さない理性も持ち合わせている。もし、この場でフュンフが『帝国の者かも知れない』と口走ってしまえば、それだけで問題があるのだ。

 言えない何かを隠しているフュンフには、「ふーん」と鼻を鳴らすウィスタリア。深入りしても良い事が無さそうな空気を感じ取った。


「なので、アルギンはその正体を掴むために動こうとしている。勿論、我々も同時に動きます」

「同一人物、或いは組織の犯行っちゅー訳かいな」

「分かりませんが、我等はそうだと思っています。……ですので、ウルバン様におかれましても、我が国で迂闊な言動はお控えくださると――」

「ああ?」


 フュンフの注意に、途端に声に含まれる棘を増やすウィスタリア。濁った低い男がフュンフの鼓膜を揺らし、錫杖を持つ手が一瞬震えた。


「俺がこの国に不利益齎すために来たとでも思っとンのか」

「……」

「今の発言は、不快やなぁ。めっちゃ気分悪いわ。わいかて努めて仲良くしようとは思うとらンけど、率先して険悪になりに来とんのとちゃうで」


 語気荒く、不快を真っ直ぐに伝えるウィスタリア。これからあの天使のような双子の姉が名前を貰ったなんて、何かの冗談みたいだ。

 敵に回すと厄介な人物であるのは間違いないので、フュンフは自分の非を認めるしか道が残っていない。


「……失言でした。申し訳ありません」

「ふん」


 その謝罪だけで許されたのかどうかは疑問が残るが――ウィスタリアもそれ以上責めなかった。

 やがて城の敷地外に出て、最後までフュンフはウィスタリアに顔を見せないように頭を下げていた。謝罪の形だけを取っていても、早く追い払いたい気持ちが滲み出ている。……お忍びで来た他国の要人など、抱えた爆弾のようなものなのだから仕方のない側面はある。

 僅かな時間、茶を少し飲んだだけのウィスタリアだったが、空を見れば既に日は高い。そんなに時間が経ったのか、と思いながら、顔を合わせておきたかった相手の数を数える。アルギンと、アールリトと、あとは他にも得意先を回らねばならない。

 行くか、と背負った荷物をもう一度担ぎ直し、王城を背にして進むウィスタリア。

 全て終われば、アルギンの酒場で一杯やれる。それが今の所足を進める原動力だ。

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