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【第三部】アルセンの方舟 ―国家公認裏ギルド交響曲―  作者: 不二丸茅乃
chapter.7. コワレロ

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14.接触、そして


「で、なんでマスターはそんな体調悪そうなの」

「おかわりしすぎた」

「酒? 馬鹿じゃん。ねぇ、ゾデル」


 そして迎えた、休みの日。

 馬車に揺られて大通りを進むのは、アルギンとミュゼ。アルギンの顔色はここ最近の例に漏れず悪い。

 今日の朝になって二人の護衛が挨拶に来た。騎士団『鳥』隊の二人のうち、馬車の中に同席しているのはゾデルと名乗った、赤茶色の短髪を持つ年若い騎士。スカイとそう年齢も変わらなく見える程、幼いという言葉が似合う少年だ。


「あ、あははは……。アルギン様に僕が何かを言うのは、烏滸がましいですよ……」

「言って良いんだって。護衛対象が自分から体調不良になってんだもん、少しくらい文句言ったって許されるよ」


 アルギンは壁際に頭を凭れさせ、いつも以上に間の抜けた顔を晒している。調子が悪いというのにミュゼは容赦が無かった。

 こんな若さでアルギンという例外に接しているのだ、ゾデルの挙動は狼狽え交じりになっている。彼が城に関わるくらいの年齢の時でも、アルギンは城仕えを辞めて大分経っている筈だから未知との遭遇といったところか。


「許されませんよ。アルギン様の御話は、城仕えになれば誰でも耳にする事です。今でもその功績を讃える言葉は幾らでも聞きますし、アルギン様をよく知らない人物が貶そうものなら、よく知る方々からの……お叱り……が……飛んで来ますから……」

「お叱り、ねぇ。……お叱り……」

「お叱り、です」


 言い淀んだゾデルの言葉から、『お叱り』が言葉だけで終わらないような予感さえさせた。礼節を弁えた少年は、言葉選びひとつをとっても大人顔負け。


「やっぱり隊長が人格者なら、部下もそういう風に育つのかねぇ」

「んだよ」

「別に」


 ゾデルを見ていると、所属している隊の隊長を重ねてしまう。

 アルセン王国騎士団『花鳥風月』、その騎士団長にして『鳥』隊隊長。


「三人とも」


 噂をすれば。

 御者席から声が掛かる。馬車は減速し、見慣れた道の端に止まる。暫く待てば外から扉が開き、まずはゾデルが、それから手が差し出されてミュゼが下りる。アルギンは手など必要とせずにひらりと飛び降りた。


「お疲れ様でした、到着です」

「ありがと、カリオン。ゾデルもありがとな」


 ――カリオン・コトフォール。

 騎士団内で頂点である、騎士団長が護衛として付いて来た。今は国にひとりしかいない、聖騎士でもある。


「アルギンさん、改めて言うけど二時間だけですよ。長引きそうな作業は止めて欲しいな」

「そう言うなら掃除とか手伝ってくれていいぞ? 客席の端から端までな」

「あはは。嫌だな、私はそんな事する為に付いて来たんじゃないからね」


 騎士団長と言えば、御伽噺に出てくるような凛々しくも煌びやかな立場だ。王家に傅き、主の障害となる者に立ち向かう、正義の為の剣。

 気まぐれな髪の毛先以外は実直な、まるで手本のような騎士。……というのがミュゼの評価。


「しっかし、殿下も厳重だよな。こんな酒場で明るいうちから何か起こる訳無いじゃん」

「万が一、を心配なさっているんだ。貴女はそう軽く考えるけどね、暁がああなった以上、今は我が国の緊急事態なんだから」

「うーん」


 言いながら、四人は酒場に向かう。鍵を開けて扉を開けば、聞き馴染んだ鐘の音が出迎えてくれた。

 留守にしてたかだか二日しか経っていない店だ。なのに、何故か懐かしく感じてしまう。


「アタシらより、民や自分達の方心配した方が良いと思うんだ。……アタシは、そんな簡単にやられるような女じゃないじゃん。違う?」

「……違わない。違わないけど」


 扉が、閉まった。


「気遣って貰うのはありがたい。でも、今……アールヴァリンの悩みごとの方がアタシより大事だよ。暁の具合は更に大事だ。なんだかんだ、アイツは命令に忠実だし、アイツほどの駒を失うのは王家にとっての損失だろ。なぁ、ミュゼ」

「……うん……、うん? うーん?」


 同意を求められても、ミュゼには今の話が呑み込めない。


「ちょっと待ってよマスター。アールヴァリンの悩みごとって何。確か王子殿下の名前だよな」

「おおっと」

「暁ほどの駒、ってのも分からない話だけど、何。暁ってそんな珍重されてんの? 私、そこまで王国の情報に詳しい訳じゃないんだよ」

「そっか! うん、そうだよね! ごめんアタシが話振ったのが悪かった!!」


 ミュゼの疑問は先走り過ぎた言葉によるもの。説明はしておかなければならない、と観念したアルギンが口を開く。


「暁は宮廷人形師、兼、この酒場の監査役。王妃殿下、というより王家直属だ。親から継いだ地位ではあるけど、あれでいて諜報も幾らか出来るし、今のアタシら以上に王妃殿下に否が言えない。住んでるのは城内の一室で、命令すればすぐ動ける」

「うん」

「アタシらと王家の板挟みで、都合よくこき使われてるんだけど……それも、アイツが命令すればすぐ動けるからなんだよな。だから、今のアイツが動けない王家は結構痛いんだ。それでなくとも、アールヴァリンが隊長を勤めている『風』部隊は今忙しくあちこちを転々としてるし」

「どうして?」

「それが、アールヴァリンの悩みごとに関わって来るんだけど……、カリオン、いいか。話すぞ」

「どうぞ? 伝えてもいいと許可は下りていたでしょう?」


 カリオンは軽く是と言うが。


「アールヴァリンな、結婚が近付いてんだよ」


 アルギンも軽く放った話に、ミュゼが目を丸くした。


「けっこん?」

「この国の王位継承権第一位なんだ。国王陛下の崩御と同時に、『継承権』は『継承』になって、王位はそのまま引き継がれる。となると、国王に必須なのは――世継ぎだろ?」

「……世継ぎ、って」

「王国を背負う者には漏れなく嫁と子供が必須って訳だ」

「でも、……この国は共和国に変わるって話だったろ」

「だから今、アイツは必死だよ。今代陛下の崩御と共に、アールヴァリンは国王になる。例えそれから共和国になろうが、国王になったら結婚は絶対だ。共和国化が先か、崩御が先か。そして共和国になったとしても、アールヴァリンは政治の音頭を取らなくて良くなったからハイ離婚、ってのが出来ないだろうしな」

「け、けど。結婚相手ってどっかの姫なんだろ? それだったら、そんな悪い話じゃ」

「もし、アールヴァリンには他に好きな相手がいたとしても?」


 アルギンはミュゼに問い掛けるが、ミュゼの返答はない。

 答えられなかった。王族の婚姻は、利害一致の末の結果だ。そこに市井の者のような感情は無いと、どこか違う世界の事のように感じていた。それが、継承権第一位の王子に想い人がいる、と。

 あ、と声が吐息と共に漏れるが、それで終わる。


「……時間が、無いんだよ。アールヴァリンにも、国王陛下にも。アールヴァリンの願いを叶え、国王陛下の命を繋げるっていう手段は、もう共和国化しかない。その為に、お前さん達に全力で手伝って貰ってる。今まで黙ってて悪いと思うけど、アタシだって知ったのは最近なんだ」

「マスターは、納得してるの?」

「納得、……うん、……そう聞かれると、困るな。納得とか、そういう段階じゃないような気もする、けど」


 微笑を浮かべたアルギンは、質問に返す言葉も曖昧で。


「……でも、……好きな相手と一緒に居られないのも……好きな相手以外を利害の一致だけで結婚相手に選ぶのも……アタシだったら、耐えられないかな、って思ったから。アールヴァリンが方々に手を尽くして頑張ってるなら、協力出来るならしてもいいかな、って思った。アタシの考えに、お前さん達巻き込んだのは悪いって思うけど……」

「……別に良いよ。いい、けどさ」


 旦那が中心の思考回路しか持っていないアルギンの回答は分かり切っていたものだった。ミュゼも、その思考回路を知っているからそれ以上の言葉を止めさせる。


「好きな相手以外と結婚したくないのは、分かる。でも、それが王族の務めなんじゃねぇの?」

「そうだろうよ。……でも、内政官も、王妃殿下も、皆そんな事納得ずくで頑張ってるんだ。だから」

「もういい」

「ミュゼ!」


 ミュゼが首を振って、三人の側を離れる。階段に体を向けて、階段を上って行った。


「少し、部屋の掃除して来る。そのうち下りて来るから、心配しないで。ちゃんと酢漬け作るのも手伝うから」

「……分かった」


 アルギンはその背中を見送るしか出来ず、ミュゼの姿は二階に消える。




 二階に消えた後のミュゼは、自室に今入り込むところだ。

 鍵を取り出し、解錠し、扉の取っ手に手を掛けて開く。

 一人部屋のミュゼの部屋には、特に荷物らしい荷物は無い。頻繁な掃除が必要な程、この部屋に入り浸っても無い。


 ――なのに。


「………、嫌な予感がしたと思ったら、案の定か」


 部屋の主よりも、先に部屋に入っている人物がいた。

 それは寝台に腰掛け、長い足を無防備に投げ出している。靴さえ履いていない裸足、その肌は浅黒い。


「やあ、お久し振り」

「帰れ。この時代でお前に挨拶される謂れは無ぇんだよ」

「そう冷たい事を言わないで欲しいな? 私と君の仲じゃないか、ミョゾティスちゃん」

「どのツラを下げてそんな事っ……!」


 麻のような外套を被った、薄汚ささえ感じさせる男。外套から覗く上半身には、それなりに深手、との話に聞いていた通り大袈裟なまでに包帯が巻かれている。

 聞き覚えのある声は不愉快で、軽々しく人の名前を呼んでいいと許可した記憶もない。

 距離を詰める事も躊躇った。扉の前に立ったままのミュゼは、男を見据える。


「暁の件、お前の仕業だろう」

「うん、そうだよ」

「なんでだ」

「こっちにおいでって言ったのに断られたし、暁くんに今死なれたら困るからかな。どうも、私の部下達は血の気が多くてね。しゃしゃり出て来られた時、彼まで殺す訳にはいかないんだよ。他にも殺したら駄目な子達はいるから、適宜間引いてくつもりだけど。ほら、大怪我させて寝込ませてたら、何があっても表に出てこられないだろう?」

「間引く? ……ふざけんなよ、あんな大怪我させて虫の息、って。あとどれだけあんな目に遭わせるつもりだ。お前の目に私達が虫か何かにしか映って無いんだろ」

「うーん……。虫、っていうのも……違うけどね。ほら、君はアルギンの為の『生贄』だから」

「生贄――?」

「ねぇ、ミョゾティスちゃん」


 外套の中で、男が笑う。


「私達と一緒に、おいでよ」

「……」

「君も見てきたろう。君の知ってる世界との齟齬は生まれている。君の知っているアルセン王国が無くなろうとしている。そしたら未来に君が産まれるかも分からないよ。自分の居ないあの世界を、想像した事ある?」

「……そんなの」

「このままこの国が共和国になる。アルギンもディル君も生きていて、両親が死んで孤児になった不幸なウィリアちゃんとバルトちゃんもいなくなるだろう。今までは死んでいた奴等が死ななくても良くなって、そしたらどれだけの齟齬が産まれるだろう。死んでた筈の奴等が結婚したりして、産まれなかった筈の子供が生まれて、それが君の祖先に影響を齎す。そしたら、本来なら結婚していない組み合わせで子供が生まれるだろうね。そうして齟齬が発生した家系図の先に、いずれ生まれる君の名前は本当にあるのかな?」


 男の言葉は、ミュゼの不安を的確に突き刺して来る。

 自分が見ている世界が、変わる。その先に通じる未来に、ミュゼがいるのかどうか。


 エクリィとなったアクエリアは、側にいてくれるのかどうか。


「君の不安は僕が消してあげられるよ。君が不安に思う事はもう無くなる。僕の側に居れば、ね」

「……断ったら、どうする?」

「ん? ……そうだねぇ。ちょっとやり過ぎちゃった暁くんほど酷くしないけど、君にも戦線を引いて貰うよ。君の存在は、アルギンの為になる。だから私は君をまだ生かす考えがあるし、誰にも邪魔はさせない」

「……っは。馬鹿じゃねえのか。お前の口八丁は信じるなってエクリィにも散々言われ続けてるんだよこっちは。……でもよ、『生贄』って、何のことだ」

「それは、その時が来るまでナイショだよ。気になるなら、今度教えてあげる」


 良い様に言いくるめられてる気は――しない。

 けれど、確実に自分の手に落ちると思っている男の笑顔は、腹が立つ。 

 気になる言葉はある。

 気になる未来はある。

 でもその全ては、ただアルギン達の側に居るだけでは到底知ることが出来ない。


 『未来』を乱し、百年後のアルセン王国を良い様に操り、戦禍に巻き込んだ男。

 今でさえ不穏な影を落とす、育ての親が言う所の『元凶』。

 それが今の時代に現れた。ミュゼにとって、全ての災厄とも言える人物が全ての鍵を握る。


「……ここで私が暴れたら、下から駆け付けるマスターに顔見られるんじゃない? 一発かましとく?」


 ミュゼは自分の下衣をたくし上げ、太腿に括りつけた折り畳み式の槍を振り抜き――構える。

 争う理由は充分。ここでもし、この男を殺せたら――すべて丸く収まりそうな気さえしていた。


「良いよ。そろそろ迎えに行こうと思っていたんだ。私の可愛いアルギンをね」

「……」

「そしたら世界が変わるよ。君が恐れている事態が起きるよ。最初に誰を殺そうか。今の時代のアクエリアなんか丁度良いかもね」

「――止めろ!!」


 その脅し文句は、今のミュゼには強く響く。

 好きな男。愛する人。今も昔も過去も未来も、いつも心を奪われたままのあの似非エルフ。

 手を出されるくらいなら。


「……アクエリアには、手を出すな」

「ふぅん? なんか、やけにあいつの臭いがするなぁ……って思ったら、ああ、なるほどね。……へぇ、そういうこと。やるなぁアクエリア」

「私が行けばいいのか。そしたらマスターにも、双子にも、アクエリアにも、手を出さずにいるのか。私が生まれる未来をも、ちゃんと用意してくれるってのかよ」

「それは君次第かなぁ? でも、ほら。私はアルギンの血を引く君の事は今の所大事にするつもりだよ。アクエリアには恨まれたくないから、共寝相手にも選ばないし」

「……」

「その瞳、好きだなぁ。寝首掻こうとするのは止めるんだよ、私の腹心は、私よりも遥かに沸点が低いんだ」


 男は寝台から立ち上がる。そして、窓幕さえついていない窓を開いた。

 爽やかな風が吹き抜ける。男の外套を揺らす。被っていたそれが風で下ろされ、男の頭が出て来た。

 くすんだ金の髪の間から覗く、浅黒く長い耳。


「行こう。私の部下がそこまで迎えに来ているんだよ。アルギンの縁者の君なら、下手な事さえしなきゃ皆が快く迎えてくれるよ」

「……」

「楽しい楽しい、空の旅の始まりだ」


 差し出された手に手を重ねて、二人の姿が部屋から消える。

 ……廊下の外から音がしたのは、その後だ。


「おーい、ミュゼ。どうした? なんか声聞こえた気がするけど、大丈夫?」


 それは、能天気なアルギンの声。


「お茶淹れたんだよ、下でカリオンもゾデルも飲んでるから、下りておいで。掃除も根詰めてやるなよ、休憩しよう」


 部屋からの返事は無い。


「……ミュゼ、……黙ってた事、怒ってる?」


 誰も、その声を聞いていない。


「……ごめんな。アタシ、……いつも、情報開示遅れてさ。でも、わざとじゃないんだよ。……なぁ、ミュゼ、聞いてる? もしかして、寝てる?」


 部屋の中ではただ、床に落ちたこの部屋の鍵だけがアルギンを待っていた。


「――ミュゼ?」




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