放生会のタコすくい
内容は、少々シュールギャグっぽいです。
※放生会……「ほうじょうえ」または「ほうじょうや」と呼びます。
F県N市では、海に面した街ならではの特色のある祭りが、毎年9月に行われているのだとか。ちょうど、今の時期だ。
百聞は一見にしかず。本誌の取材班は、さっそく現地に赴くことにした。ちなみに取材班のメンバーは、私1人しか居ない。
♢
おお~。今年も無事に祭りが催されているぞ。人出も多く、出店もいっぱいあり、なかなか賑やかだ。
では、この祭りの特徴について、街の方にインタビューしてみよう。
多くの出店が立ち並ぶ、神社の境内を男性が歩いている。右手を女の子、左手を男の子と繋いでおり、どうやら親子連れのようだ。
「スミマセン」
「はい。何でしょう?」
「私は、逆タネ雑誌『全国、いろんなお祭りを紹介!』の編集委員をしているものでして」
「そうなんですか! 雑誌の編集とは凄いですね」
「まぁ、編集をやっているのは、私1人なんですけど」
「…………」
「それで今回、この街のお祭りが非常にユニークであると聞き、取材にやって来ました。お話を伺っても?」
「え、ユニーク? 地元民である自分にとっては、ごく普通の祭りなのですが……」
男性は、絵空さん。息子さんは真くん、娘さんは実ちゃんという、お名前なのだそうだ。
「お父さん! 僕、《タコすくい》をやりたい!」
「そうか、真。分かった」
タコすくい? ナンダ、それ? 〝金魚掬い〟なら、祭りの定番イベントだが……。
「あの、絵空さん。《タコすくい》とは、何でしょう?」
「今から、やりますので、ご見学になられますか?」
「助かります」
親子は、ある露店へ。そこには――
「うわ! パパ。タコさんが水槽の中に、たくさん! ヌルヌルしてる~」
「お父さん! タコは、みんな活きが良いよ! すくい甲斐があるよ!」
実ちゃんはチョット怖がっており、真くんは興奮気味だ。
露店のオヤジが、ガッハッハと笑う。
「いらっしゃい~。うちのタコは、どいつもこいつも元気だよ。ぜひとも〝すくって〟やってくれ」
そう言って、オヤジは真くんに、水中にいる魚などを掬い取るための網――タモ網を手渡した。虫取り網に似た形をしている。
「よお~し。タコをすくうぞ~」
おお張り切りの真くん。父親の絵空さんに手伝ってもらって、見事に1匹のタコを水槽の中から掬い上げた。
え~と……。
私は絵空さんに尋ねた。
「その掬ったタコを、どうされるんですか?」
まさか金魚掬いで掬った金魚のように、家に持ち帰って飼うはずは――
「ああ。ご存じなかったのですね。我が街の祭りは、放生会なんですよ」
放生会……捕獲した鳥や魚などを、野や海に放って命を救う宗教行事。
そう言えば、ここは海沿いの街で、タコ漁も盛んだ。
なるほど。男の子が掬ったタコは、海へと戻されるわけか。
〝タコ掬い〟は〝タコ救い〟――素晴らしい《タコすくい》!
私は感嘆した。
良く見ると、真くんに救われたタコの瞳は感謝の光を放っている。
「それじゃ、真。その掬ったタコを、タコ焼きを作っている屋台に持っていこう」
「うん! お父さん」
「やった~。パパ、あのね。あたし、タコ焼き大好き!」
えええええ!
真くんと実ちゃんは大喜びしているが……。
掬われたタコは、救われたのでは無かったのか!?
単に海から捕らえられ、更に水槽からも捕らえられただけ?
良く見ると、真くんに掬われたタコの瞳は絶望の色に染まっている。
「絵空さん……このお祭りは、放生会ですよね?」
「ハイ」
「なのに、タコをタコ焼き屋へ?」
「ハイ」
何故だ!?
疑問を抱えたまま、親子と一緒にタコ焼きの出店に行く。
真くんが自慢げに見せるタコを受け取った、タコ焼き屋台の店主は、
「良かったな! タコ。すくわれて」
と言うや、サッと包丁を振るって、タコの足を1本、切り離した。
絵空さんの説明によると――
「この切り取った足を食材にして、タコ焼きを作ってもらうんですよ。持参自消です。そして足が7本になったタコは、海へと放されます」
「おうよ! 俺がコイツを責任を持って海へ帰してやるから、任せとけ!」
「うん! お願い!」
胸を張って宣言する店主に、真くんも笑顔で返事をしている。
持参自消……地産地消なら、聞いたことがあるけれど。
絵空さんが、教えてくれた。
「この街では、7本足のタコのことを《幸運な7本足のタコ》と呼ぶのです」
「ラッキーセブン……」
そこへ1人の女性がやって来た。
「あら、皆でタコ焼きを食べているの? 良いわね~」
「お母さん! 僕がすくったタコで作ったタコ焼きだよ!」
「ママも一緒に食べよう!」
4人になった親子はこれから神社へお参りに行くとのことで、私は別れの挨拶をした。
「イロイロと取材させてくださり、ありがとうございました」
「良い記事を書いてくださいね」
「ハイ。ところで、絵空さん。あと1つ質問が。こちらの神社に祭られているのは、どのような神様なのでしょうか?」
「七幡神様です」
「七幡神? 八幡神では無くて?」
「ご祭神は、七本足のタコ様なのです」
「…………」
F県N市の祭りは、とてもユニークなものだった。
~おしまい~
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♢おまけ
実ちゃんが絵空さんに、ねだっている。
「パパ! あたし、リンゴ~ン・アーメンを食べたい!」
んん? リンゴ~ン・アーメン?
「絵空さん。リンゴ~ン・アーメンとは、何でしょう?」
「リンゴ飴のことを、我が街では、そう呼ぶのですよ。ずいぶんと昔、この地を訪れたキリスト教の宣教師が、この地の風習――捕獲したタコを、足を1本だけ切り取ってから海へと再び放つ――その様子を見て、感激し、祝福の鐘を鳴らしつつ(リンゴ~ン)、祈りの言葉(アーメン)を口にしたことに由来しています」
「意味が分かりません」
「その宣教師は、リンゴ飴が好物だったそうです」
「はぁ」
「《リンゴ・アメ》が、《リンゴ~ン・アーメン》へ……なんか、呼び名が適当に混ざっちゃったみたいです」
「…………」
リンゴ飴は、美味しかった。
♢おまけ2
「絵空さん。最後に、どうしても気になることがあるのですが」
「遠慮なく、何でも尋ねてください」
「《タコすくい》で、水槽の中の全てのタコが掬われるわけでは無いですよね?」
「ハイ」
「だったら、残されたタコたちは……」
どうなるんだろう? よもや、酢の物や唐揚げや寿司ネタに!?
「ご心配には、及びません」
絵空さんは穏やかに言葉を返してきた。そして、遠くを見る眼差しになる。
「掬われなかったタコたちも、当然ながら救われるのです」
「ですよね。放生会ですから」
邪推してしまった。私は記者として、まだまだ甘い。
絵空さんが、微笑む。
「祭りが終わっても水槽の中に残っていたタコたちは、星になるのですよ。海へと帰ることは出来ませんが、その代わり、空へと放たれていくのです。素敵だと、お思いになりませんか?」
え?
「空へ? 星に?」
「そうです。彼らは星のタコ……〝ほしダコ〟になります」
星ダコ……ほしダコ……〝干しダコ〟のことか!?
真くんと実ちゃんは「わ~い。タコぼしだ~」「お星様だ~」と、はしゃいでいる。
しかしながら。
干しダコは製造過程で、〝空へ放たれる〟と言うよりも〝空に吊るされる〟状態になるような――
絵空さんの話を聞く。
ふむふむ。この地では昔から七夕伝説の登場人物が《彦星と織姫》では無く《タコ星と乙姫》として語り継がれているらしい。
タコ星なら一年中、容易に天の川を渡って姫に会いに行ってしまいそうだが、良いのだろうか?
…………うん。良いに違いない。なにせタコ星は、〝星になって救われたタコ〟なのだから。乙姫との逢瀬を楽しんで欲しい。
私はF県N市の特産品《干しダコ》を購入し、街を後にした。
※地産地消(正式な用語)……地域で生産された様々な農林水産物を、その地域で消費すること。
持参自消(勝手な造語)……持参した食材を使って料理を作り(作ってもらって)、その場で食べること。
タコ……本作に出てくるタコさんは全て、マダコです。イイダコ(小さいタコ)・ミズダコ(大きいタコ)では無くて、スタンダードなタコさん(腕を含めた体長60センチ・重さ3キロ)ですね。
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別の小説サイト『ノベルアップ+』における自主企画(イラストのススメ)及び公式企画(SSコン「嘘」)参加作品の加筆バージョンです。
ますこ様の素敵なイラストから、こんな話を考えてしまいました……(汗)。でも、とっても楽しく書けました。ありがとうございます!