血肉の青
こんなに義体化が進んだ世の中じゃさ、死ぬ夢なんてもん怖くないって分かっちゃいるけど、ちょっと聞いてみてくれよ。人の夢に興味が無いのは俺も同じさ。そんだけ怖かったんだって。
あれはなんだったかな、まあいいや。『ロボティクス社』みたいなところが主宰する……試験? 社内アンケート? とにかく試験場みたいなところ(大学の大教室にも似てたな)に何人も、いろんな年代の人間が集められて説明を受けてたんだ。
『我がロボティクス社の科学力は地球一! おかげさまで義体化シェアNO1を獲得致しました!』みたいなこと言ってたっけ。そん時俺は隣の女の子と喋るので忙しくてよ。俺がペンやら100円玉やら落としてひーこらやってんのをまず後ろの奴がからかってきて、それを傍目に爆笑してんだよ。いやあ、可愛かった。どこから来たのとか、何してるのとか、どうでもいいこと聞きまくったよ。
そうそう、エイリアンの話はニュースで聞いてるか? バカ、マザーエイリアンだよ、一般個体の奴らじゃ無くて。ロボティクス社さんもご丁寧に言ってたぜ。『我々の機械部位動作を狂わせるだけの愛らしくも厄介なエイリアン共は、我々『ロボティクス社』の尽力により駆除活動が前進しております。そして先日マザーエイリアンなる者が到着してしまいました』ってな。到着してしまいました、ってふざけてるよな?
でもな、ロボティクスのあの……甲高い声が耳障りな女のアンドロイドは、おおげさに『でも大丈夫!』って言った。そいつの言うところによると、ロボティクス社の新作兵器、エイリアン判定機を持った警備がいるから今から全員分チェックするんだと。おいおいマジか、どんだけ時間かかるんだと思ったね俺は。
まあ結構スムーズに進んだんだけどな。『サッサッ』ってかざすだけでよ。そんで俺の前も『サッ』するだけで素通りすると思うじゃん?
違った。あの女警備は俺の横に突っ立って、訝し気に判定機のメーターを見つめていた。俺も横からその計器を覗こうと必死だった。その瞬間、判定機が『ブーン』て低く唸った。再度俺に向けた瞬間だ。
俺に全身の毛は無いが、全身の毛が粟立つとはあの感覚だ。からだじゅうの血液が沸騰してめまぐるしく流れるような感覚だった。
まさか俺がマザーエイリアンだったのか? 俺はどうなる? 処刑? 死? 窮地に陥ると人は思考が加速する。もういろいろ考えたよ、故郷や家族や、俺は女だったのか!? てこともな。
でも結果的に、そんなことは杞憂に終わったんだ。
何故か? マザーエイリアンは隣の女の子だったからだよ。
『人間を故障させるのがエイリアンなら』
いきなり喋り出したその声は明らかに異質で、奴の周りの席は俺以外全員その瞬間飛び退いた。無様な四足歩行のロボット形態に皆変形してな。
俺? 俺は動けなかった。なんだか、映画の主人公になった気分で、一番近いその特等席で彼女が喋りながらエイリアンに姿を変えていくのを見ていたんだ。
『その長は人間を破壊できるということも言えよう』
実際のところ、その姿はよく覚えてないんだ。そのあとのことで全部すっぱり忘れちまった。何の因縁か、それともちょっと仲良くなったからか、彼女は……いやマザーエイリアンは、俺を殺そうとしたんだ。
恐怖さ。だって俺たちは死なんて忘れてずっと生きてきたじゃないか。永遠の不死性……いきなりそれが終了ですってなったら誰でも錯乱して恐怖するだろう!?
教室内は大混乱。大勢の人々が逃げ惑う中、奴は執拗に俺のみを狙った。奴の胸部かそのあたりの大砲は、人間の物質を完全に消滅させるらしい。逃げて、ロボティクス社の中を逃げた。
そんで、たどり着いたのが『ゴミ選り好み場』だ。そこのおっさんは誰と間違えてんのか、俺に仕事が来てるぞ、なんてぬかしやがる。それどころじゃねえんだと思ったが、俺はこの状況を利用することにした。清掃員のフリをしてやり過ごそうとしたんだ。
意味の分からないがらくたの中に飛び込んで、適当にかごの中へと選り分けていく。全く気付かれねえだろうと思った。俺はそこに落ちてた作業着す着て、帽子も深くかぶった。
だが奴は……ひたひたと、俺の前まで歩いてくる。
何も言わなかった。俺は全く顔をあげることができなかった。意外と人間臭い奴の両足を眺めるだけだった。
そして、胸を刺し貫かれた。それから、顔面も。ふわりと俺の体が持ち上げられて、奴の顔が見えたんだ。
青い覆面。どこで拾ったのか。その覆面に俺の赤い血肉が飛び散っていたのを鮮明に覚えているよ。
俺の話はこれでしまいだ。どうだ、怖かったか?
え? 俺が生きてるじゃないかって? まあ当然の疑問だわな。
じゃあもう一個怖い話をしてやろう。ああ時間は取らせないから安心してくれ。
『マザーエイリアンは殺した人間の記憶を取り込むんだ』