ローズバーグ家の嫡男
「それで僕のところに逃げてきたって言うわけだね?アレン」
「逃げてなんかいません…僕が逃げる理由がない。ただ一緒の空間にいたくなかっただけです」
ぶすっとした顔で兄の執務室にあるソファで本を捲る。
兄は仕事について家でも行うが、わざわざ別の建物に仕事部屋を用意している。領地経営以外はこちらの方が捗るそうだ。
最初は何故わざわざ、とも思ったが、今の僕の格好の隠れ家になっている。
これみよがしに兄がため息をつくのが、ほんの少し、腹立たしい。分かってらっしゃるくせに。
ただ、兄は今、家族の中で一番そばにいて安心できる人だ。
父のように盲目的でなく。
母のように諦めもせず。
姉のことを時折しっかり窘めてくれる。
それに…
ーきっと僕と同じように…
「…また学園で、何か言われたかい?」
びくっと一瞬体が震えてしまう。
「別に…いつものことですし。それに正直、僕だって当然だなって思いますよ、あの人の行状は」
「…そうか」
そういって席を立つと。お湯を沸かし始める。
最新のコンロは、魔導石を効率変換して熱源にしているらしい。早速手にしているのは兄らしいなと思う。
程なくしてお湯が湧くと、兄手ずからお茶を入れてくれる。
添えられた茶色い物体…これは。
「チョコレートだよ。少しだけど貰い物でね」
他の皆にはナイショだよ、と微笑まれた。
兄は美しく、優しく、気品がある。
時折見せる茶目っ気は女性にも人気があるらしい…メイドが騒いでいるのが聞こえた。
辣腕家で物腰は穏やか、理想の貴族男子、代替わり時には陞爵もあるかも…など。
優秀すぎる所には複雑な思いもあるが、何より尊敬出来る存在だ。
でも。
「…僕はチョコレート、少し苦手です」
知ってるはずなのに、意地悪だな、と膨れる。
チョコレートは人気の菓子だ。
昔はそれこそ王族のみしか口に出来なかったらしい。
最近は原料の輸入も安定して、貴族であれば比較的平易に口にできるようになった。
ただ自分にとっては、苦い。
もちろん甘みもあるが、甘いと聞いていたのに口にした時に、思った以上に苦かったのがトラウマになっている。
口当たりもざらざら粉っぽくて、口に残って嫌だった。
そう伝えると兄は少し眉を上げた。
「それを食べたのは随分前だろう。これは違うよ。ひとつ食べてご覧」
「…」
兄に言われて渋々口にする。
と。
「…!」
口に広がる甘みに驚く。
しっとり柔らかく溶けるそれは、かつて感じたざらざら感もない。滑らかだ。
最後に少し苦味があるが、それも快い。
「美味しい、です」
「そうだろう、これは試作品でね。今色々試しているんだよ」
「兄上が作ったのですか?!」
「まさか!私は投資してるに過ぎないよ。ジェンダ男爵が発案者さ。安定したカカオの仕入れも可能になったから、とね。商品の方も、もっと良く出来ないかと思われたそうだよ」
「それでも…さすがです。兄上も、ジェンダ男爵も」
二人とも先見の明をもち、着実に成果を出されている。
同じ男子として、尊敬の念を持たざるを得ない。
「そう言って貰えると嬉しいね…そうだ、部屋に篭もっていてもつまらないだろう。すこし出かけようか」
「ご一緒はしますけど…どこに行くのですか?」
「なぁに、ちょっとした社会科見学だよ」
主人公不在。
まだ少し続きます。主人公もだけど、侯爵もでないな…ラブコメ詐欺ですいません。
====================================
お読みいただきありがとうございます!
ブクマ、☆評価、感想もぜひお願い致します。
更新の励みになります!