エイベル・ダルタニアン伯爵令息
「あひはははは!!!風がきーーもーーーちぃーーーー!!!」
「いいっかげん、室内にもどれ!この成金バカ女!!」
甲板で思う様風を浴びていると後ろから罵倒が飛んできた。
乗せてやってるのに失礼な。
今の私は灰色の髪を1本に束ね、風よけのゴーグル、風を通さない青に銀糸のピーコート。厚手のブーツに滑り止め付きの手袋、おまけに命綱もつけて準備は万端。私を止めるものなど何も無い!
と悦に入っていると横抱きに抱えられて室内に押し戻された。
「なによぅエイベル!邪魔すんじゃないわよー」
憤懣やるかたないと態度で示せば、頭上に拳が降ってきた。
「いっっだああ!何すんのよばかエイベル!」
「お前ふざけんなよ!高速推進してる時に甲板でるとか死にてーのかバカ!ほんとお前金勘定以外は大バカだな!」
「失礼な!風と一体化したら戻る予定だったわ!」
「その前に風とともに塵と化すわばーーーーか!!!」
この目の前で一緒に頭の足りない罵倒をし合う男。最初の見合い話のやらかし相手である。
エイベル・ダルタニアン伯爵令息。
なんでそんな遺恨の相手と思われそうだが、実はあれでいてその後の仲は意外と悪くなかった。というか改善した。
元々の悪名は、たかが子爵令嬢に『ナシ』とか言われた伯爵令息(当時7歳、いっこ上)が悔しくて悔しくて友人にぶちまけたところから広まった。まぁ子どもだしね。
だが思いのほかあれよあれよと広まってしまい、逆に青い顔になってしまったエイベルくん。
彼は長年自責の念に駆られたらしく、10歳になったおり、正式に謝罪に来た。
『す、すまない……いくら非常識な発言だったとはいえ、ここまでご令嬢の婚約に禍根を残す気はなかったのだ。今更だが周囲に訂正させて頂く。本当にすまない。』
『ちょーーーっとまって!お願い冷静になって?やらかしたのは本当よ?やっちまった過去は消せないのよ?お願い訂正なんてしないでお見合いなんてゴメンですぅうううう!!』
『え?あ?はぁ?!』
ついでにその際、貴族の結婚なんてゴメンだ、もっとお金を稼ぎたいんだなどと言って縋りついてたらドン引きされた。
そして噂を訂正しないことも了承された。
そもそも貴族間でお見合いがうまくいかないことなんざザラにある。
親同士は少しぎくしゃくしたものの、その後もいちおうお付き合いはある。
悪名の件は、さすがにあちらも顔を青くしてらっしゃったが、当人がそれサイコー!!と言っている。
それ以来、無礼なことをした子爵家令嬢と、悪名をひろげてしまった令息は、なんとなしに腐れ縁の幼なじみポジションに収まってしまった。
おまけに、格が違うというのにくだけた話し方も許された。
今回は『東のシェン国にお茶農家の選定と投資契約の視察に行く』といったら『俺も行ってみたい』と付いてきた。
ちなみに一度、エイベルはオリヴィアと一緒にいる際、オーランド・ヴェルディナント侯爵に『リヴィを伯爵夫人にする気はあるのかな?』と直接聞かれたことがある。
その際のエイベルの絶望顔は、オリヴィア史上でも屈指の絶望顔だった。
あのオーランドが『えっと…うん、ごめん。変な事聞いて』と目をそらすくらいだった。
以来、ヴェルディナント侯爵様は、エイベルをオリヴィアの友人、と一応認識しているらしい。
時おり同情的な視線をエイベルに向けるのはやめていただきたい。
リヴィのことは友人と思えても、結婚相手として考えると絶望しかないエイベルくん。
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