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キャッチー081

作者: バイニク

 久しぶりに小説家になろうさんに投稿します。 

 私はホラー小説を20年以上書き続けています。今は発達障害の認定を受けて障害者の作業所で働いています。

 今回は短編です。ちょっと不思議な女の子の物語です。全年齢の方が読めるように書きました。400字詰め原稿用紙換算で34枚になっています。

 読んで頂いた方々に有意義な時間を過ごしていただければ幸いです。また、なにかしら作品に刺激を受けて、元気を与えることができたなら、それが私の何よりの本望であります。



 1


 ぬすっとがあらわれた。持っていたバッグごとベントウをかっさわれた。

「ひもじくてごめん」と、ぬすっとはあやまりながら全速力で走り去っていった。

「こらー、まてー」

 有栖ゆみは(ありすゆみ)は、ぬすっとを追いかけた。かけっこなら自信がある。かけっこ協会公式全国大会で優勝したことがあるほど俊足だ。

 ゆみは、山道のけいしゃをものともせず、ぐんぐんとスピードをあげた。追いついていく。

 タックル。ゆみはぬすっとの右足に飛びついた。ぬすっとは山道に散乱した落ち葉に倒れた。

「ベントウを返せー」

 ぬすっとが大事そうに抱えているバッグを、ゆみは奪い返そうとした。

「やめてくれー」

 ぬすっとは体を丸めてバッグを守った。カメのように強固な防御の姿勢だ。

「きさま−……なにゆえ私のベントウを奪う。簡潔に理由を話してみろ」

 ゆみは怒りに打ち震えながら言った。

「ひもじくて、どうしようもなかったんだー。俺は無職で金がない。食べ物を買う金もない。だから一人でキャンプに来ているあんたを狙ったんだー。一人だから、狙いやすそうだったんだー」

「なにい、私がぼっちだから狙ったのか。ちょっと傷ついたぞお。ぼっちって言ったことあやまれ」

 ベントウよりも、友達がいないコンプレックスを突かれたことがゆみにとって重要だった。

「俺はぼっちって言ってないよお。でもごめんなさい。ベントウを返します。反省しています。どうか許してください」

 ぬすっとは頭を下げてバッグを返そうとした。

「いや、いい。腹減ってんだろ。ベントウはあんたが食え。その代わりだな」

「なんですか?」

 ぬすっとが聞くと、一瞬の間があった。ゆみは顔を赤らめて恥ずかしそうだった。

「私と、友達になってくれ」

 やっと振り絞ったゆみの告白を受けて、ぬすっとはきょとんとしていた。

「い、いやです」

 しかしあっさりと振られた。ゆみは真顔でぬすっとのほっぺをパチンとビンタした。

「なんでだよ!」

 ゆみは涙目になって叫んだ。後ろを向いて全速力でその場を走り去っていった。

 有栖ゆみ15歳。ショートカットが似合う黒い帽子が好きな女子高生。友達になってくれる人募集中。


 

 2


 スーパーマーケット『イチゼロ』に着いた。全力で走って5分ぐらいだった。

 ふとっちょのパパに急かされたのだ。どうしても水餃子に使うポン酢がすぐ欲しいのだと。

 ゆみは額の汗をハンドタオルでふいて、店内に入った。

「イチゼロ、イチゼロ、生きることはイチかゼロ。イチで生きるか、ゼロで死ぬか。それはあなたしだい、そんなあなたの心のふるさと。スーパーイチゼロー」

 陽気な音楽が店内に流れていた。

 ゆみは店内の角にある試食コーナーで、ソーセージの切れ端を食べた。おいしそうにもぐもぐする姿は愛らしかった。

「ポン酢はどこで売っていますか?」

 ゆみは試食コーナーのおばちゃんに聞いた。

「ごめんねえ、おばちゃん入ったばかりでよくわからないの」

「はあ、そうですか」

 知らないようなのでゆみは自分で探すことにした。

 きれいに陳列された商品の棚を一列ずつ調べる。

 カップラーメン、ちりめんじゃこ、ポテトチップス、リンゴ3つ、ダイエットコーラ、それらのゆみが欲しい商品が買い物カゴに入っていく。

「うーん、今晩なににしようかしら」

 ふと今日のメニューを考えている奥さんに出会った。ゆみは奥さんと目が合った。

「あら、声に出ちゃっていたかしら。私にも娘がいるんだけれど、お嬢ちゃんなら晩ごはんなにがいい?」

 優しい表情だった。いなくなったママを思い出すような。

「ハ、ハンバーグ」

 ゆみはとまどいながら答えた。

「ハンバーグ? いいわね。ありがとうお嬢ちゃん」

 奥さんはゆみの頭を軽く撫でた。ママに撫でられたようで少し泣きそうになった。

「あ、あの」

 ゆみがなにか聞こうとすると、もう奥さんはその場にいなかった。

「ママのご飯が食べたいな」

 ゆみはそう呟いた。感傷に浸っていた気分を変えて、またポン酢を探し始める。

「よいしょ」

 無事にポン酢を見つけたゆみは、エコバッグに買ったものをつめた。用が済んだので帰途につく。

「ただいま」

 2階建てのぼろいアパートに帰ってきた。

「おかえり−」

 もこもこしたアフロヘアーのパパが、マラカスを振って出迎えてくれた。

「なにやってんの?」

 ゆみは冷めた目をしていた。パパは陽気だが、少しずれていた。

「なにって、おどってるに決まってるだろう。ゆみもパパと一緒におどろう」

「……はーい」

 ゆみはしぶしぶおどった。家にある大きなスピーカーから大音量でサンバが流れていた。

 サンバのリズムで親子はおどる。軽やかに細かいステップをふむ。

 タン、タン、タタタン。ドン、ドン、ドドドン。ゆみもマラカスを持って、親子一緒にマラカスを振った。

「おーいえーい」

 演奏が終わると、パパはふとった体をくねらせてポーズを取った。ゆみも大の字になって決めポーズを取った。 

「うるさいんだよ!」

 家のドアが開いて、大家さんの一喝だった。  

「ごめんなさい」

 パパとゆみは頭を下げて謝った。

 ママを思い出して、少しずれたパパとおどって怒られる。そんな夏の日。


  

 3


「さて、本題に入ろう」

 黒板にいるメガネをかけた先生が寝ている生徒にチョークを投げた。

「起きろ、有栖」

 ゆみの頭に直撃したチョークはくだけ散った。ゆみは慌てて教科書を手に持ち体を起こした。

「起きてます先生」

「嘘つけ、寝てたろ。まあいい、それより本題に入るぞ」

 先生のメガネがあやしく光った、彼はここ1年A組の担任であり、生活指導の担当でもある安藤義男(あんどうよしお)だ。

「先生はひどく悲しんでいる。なんと、このクラスにいじめられている生徒がいると聞いた。心当たりがあるもの、手をあげなさい」

 安藤は、恐ろしい視線を生徒に向けた。生徒の間に緊張が走り、クラスの空気が一気に重くなった。

「どうした? ここは禅寺ではないぞ。沈黙は美徳ではない。それとも、誰もいじめられていないのかな?」

 安藤は生徒の机の合間を縫いながら、一人一人の表情を確認した。

 おかしい。誰も思い当たる節がなさそうだ。ただの勘違いだったのか。

 ふと安藤は足を止めた。脂汗を流して明らかに苦しそうな顔をしている生徒がいた。

「有栖、どうした? 顔色が悪いぞ」

 それはゆみだった。ゆみはかたく口を閉ざして首を振った。

「有栖、いじめられているのか? そうなんだな? 大丈夫だ、先生が助けてやる」

 安藤は確信を得たようだ。ただ実際には違う。いじめられているわけではなく、ただ単にさきほどからお腹が痛いだけなのだ。

「有栖をいじめているもの、放課後生徒指導室に来なさい。先生と一緒に有栖に謝ろう。お父さんやお母さんには黙っていてやる。ただし、これ以上有栖をいじめるな」

 安藤はさとすように生徒に訴えかけた。ずいぶんと大事になってきた。

「先生、違います。私いじめられていません」

 ゆみはまずいと思って声を振り絞った。

「有栖、もういいんだ。その優しさはお前自身を苦しめるだけだ」

 ダメだこりゃ。有栖は悦に入った安藤の誤解を解くことを諦めた。

「たしかに、有栖さんっていつも一人でいるよね。友達、いないのかな。可哀想」

 クラスの生徒がざわつき始めた。友達がいないことは当たっているのでぐうの音も出ない。

「静かにしろ。いいな有栖、放課後お前も生徒指導室に来るんだぞ」

「は、はい」

 もういじめられっ子になることを受け入れるしかなかった。さっさと終わらせてトイレに行きたい。その気持ちがゆみを支配した。

 そこで話が終わり、ようやくトイレに行けた。ゆみはほっと胸をなでおろした。

 放課後、ゆみは生徒指導室に向かった。

 本当はいじめられていないから、誰も来るわけがないのだが、安藤とゆみは長い時間待っていた。

「来ないな。やはり生徒の自主性を尊重して、相手自ら名乗り出そうとしたのは無理があったか」

 違うのに。と、ゆみは思いながら聞いていた。

「そういえば、友達がいないかもと誰かが言っていたな。本当なのか?」

「は、はい」

 ゆみの胸にぐさりと刺さる言葉だった。

「もう2学期だぞ有栖。高校の友達は生涯の友となりうるかけがえのない財産だ。いじめられててそれどころじゃなかったかもしれないが、これからは勉強も友達作りもがんばるんだぞ」

「は、はい」

 さっきから事実と誤解が混ざって、よくわからなくなってきた。いじめられていないけれど、本当は嫌われているのかもしれないと思い始めた。

「先生」

 そのとき、誰かが生徒指導室に入ってきた。

「丸井、どうした?」

 丸井と呼ばれた少女は、丸いメガネをかけた三つあみの女生徒だった。ゆみには見覚えがなかった。

「有栖さんをいじめていたのは私です。本当にごめんなさい」

 丸井は深々と頭を下げた。ゆみはびっくりした。

「丸井、お前が有栖をいじめていたのか?」

「はい、暗くていつも一人ぼっちだから、なんだかいじめたい衝動に駆られたっていうか、ごめんなさい」

 丸井はまた頭を下げた。誰なんだこの人は、と言いたい気持ちをゆみは押し殺した。

「そうか……よく名乗り出てくれたな。このことは、ここだけの話にしておく。そういうことだ有栖、丸井はつい出来心でいじめてしまったようだ。先生はなんて言えばいいかよくわからないが、どうか許してやって欲しい。有栖、すまなかった」

 安藤も頭を下げた。ゆみは困惑してなんと答えればいいのか困った。

「は、はい。許します」

 もう流れに乗るしかなかった。ちっとも怒りのわかない誰だかわからない丸井を許すことになった。

 安藤が部屋から出た後、二人きりになった丸井とゆみは少し話をした。

「ありがとう有栖さん。本当は私がいじめられていたのに、かばって名乗り出てくれたんだね」

「え? あ、うん」

 いじめられていたのは丸井だったようだ。同じクラスの人だったのか、それすらもわからなかったゆみは恥ずかしくなった。

「私大人しいし、暗いし、これといった特徴もないし、このままいじめられてきっと自殺しちゃうんだろうなって思ってた。でも有栖さん、あなたが私を救ってくれた。本当に、ありがとう」

 丸井の目に涙がうるんでいた。ゆみは顔が引きつっていた。

「あ、ああ。うん、よかったね丸井さん。これで助かったのかな」

 ぎこちなく会話を合わせようとするが、丸井の重い感謝に耐えられなくなりそうだった。

「有栖さん、あつかましいかもしれないけれど、私とお友達になってくれる? ずっと前から有栖さんとお話したいと思ってたの」

 丸井はゆみに顔を迫らせた。ヘビににらまれたカエルのような気分だった。

「う、うん。友達になろう」

「ありがとう有栖さん。ライン持ってる? 交換しよう」

 丸井とゆみはお互いにスマホを取り出して、ラインを交換した。

 丸井は、丸井ゆら(まるいゆら)という本名でアカウントを登録していた。

「有栖ゆみちゃんって言うんだね。これからはゆみちゃんって呼んでいい? 私のことはゆらでいいから」

 ゆらは距離をつめてくるのが大胆だった。

「うん、それでいいよ。ゆらちゃん」

 ゆみは複雑な気持ちだった。でも友達ができて素直に嬉しかった。高校に来てから、いやそれ以前からずっと友達がいなかったから。

「今日はありがとう。また明日ねゆみちゃん」

「またねゆらちゃん」

 ゆみとゆらは校門で別れた。

 なんだかわからないけれど初めての友達ができちゃった。

 ゆみは誇らしげに鼻息を少し荒くした。知らぬ間に自分の魅力が上がっているのかもしれない。そんな錯覚をしてしまうほど偶然に偶然が重なった奇跡の日だった。



 4  

 

 ゆみは自分の部屋を見渡した。  

 音のしない22インチの液晶テレビ。あなの開いたお気に入りのシャツ。古すぎるぼろぼろのジーンズ。賞味期限の切れたオヤツ等。

 買いかえよう。ゆみはスマホでネット通販サイトを眺めた。

 予算は2万円ぐらい。テレビが高いから足りないかもしれない。

 案の定、足りなかった。

 ならば、テレビは自分で修理しよう。

 ボンとテレビの裏のパネルを開けて、スピーカーの辺りの配線を探す。

 どこが悪いから音が出ないんだろう。そんな専門知識はないからスマホで検索する。

 配線図を公開していないテレビは修理が難しい。そのように検索結果がでたので素人では無理だろう。

 だがゆみはやった。どうせこのままテレビを見たって面白くないのだから、いちかばちか直る可能性に賭けた方がいい。そう前向きに考えた。

 ガチャガチャ適当に回路をいじって、一度パネルを締める。

 テレビの電源を入れる。ピーという高周波の音がテレビを切るまで続いた。

 音が鳴った。これは直る見込みがあるかもしれない。

 ゆみは再び回路をいじって、テレビの電源を入れた。

 ブーンというモーターのような不快な音が響いた。

 また失敗かと思ったそのときだった。

「ありがとう」

 テレビから音が聞こえた。はっきりとした声が聞こえる。

 直った。ゆみは自分の秘められた才能に興奮した。

「ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう」

 テレビはそう連呼し始めた。やっぱり壊れてる? と思ったとき、まだテレビの電源コードをコンセントにさしていないことに気づいた。

 つまり、このテレビは電気を通さずに音声を流している。

「ありがとう、ありがとうな。ほんまありがとう。生きてくれてありがとうな。ほんまやで。助かるわ。明後日は曇りやで。おおきに。スヌーピーみたいな顔してありがとうな」

 テレビはおしゃべりだった。冷静にそんな観察をしている場合ではない。

「きみは喋れるの?」

 ゆみはテレビに問うた。

「喋れるで。ほんまやで。スヌーピーみたいな顔してありがとうな。おおきに。助かったわー」

「どうして、喋れるようになったの?」

「きみが僕をいじったんやろ? 理由なんてそれしかないやん。なんで喋れるかって? そんなんわからへんわ僕もう。その質問きついて」

 答えは持っていないようだ。ゆみはこのテレビをどうするか考えた。

「メルカリで、売れるかなあ」

 ゆみはぼそっと呟いた。

「あかんあかん、売ったらあかん。僕はきみのテレビやないか。これからも仲良くしようや」

「私は普通のテレビが欲しいの。地デジは映せないの?」

「残念ながら、映らへんわ」

「じゃあ、やっぱりメルカリで」

「ちょっと待ちいや。僕みたいな可愛いテレビ世界に二つとおらんねんで? 飼ってあげようやないか。広く美しい心を持っとるんやできみは。スヌーピーみたいな顔してありがとうな」

 褒められてるのか、けなされてるのかよくわからなかった。ただこのテレビが二つとないのは確かだろう。

「うーん、じゃあしばらく様子見で」

 ゆみは決断した。友達のゆらちゃんに後で教えてあげよう。

「ありがとう。一生ついていくわ。おおきに。助かったで。愛してるわ。サランヘヨ。君のことがチュキだからー。明後日は曇りやで。スヌーピーみたいな顔してありがとうな」

 本当によくしゃべるテレビだ。関西弁なのはなぜだろう。

 ゆみはテレビにキャッチーという名前を付けた。キャッチーなテレビになって高く売れますようにという、願いを込めて。


 

 5

 

 タン、タン、タタタン、タタタタタン。ウン、タン、ウン、タン。

 腕を横に伸ばして、ステップは激しく細やかに美しく。

 ダンスはキレが大切。

 ゆみはヘルメットを装着した頭を地面につけて逆さまになった。

 ブレイキング、ブレイキング。

 ゆみは頭を支点として回転する大技を披露した。足がキレイに回って実によどみのない迫力あるダンスだった。

 オーと夜の繁華街を歩く通りの人達から、歓声と拍手がわき起こった。

 ゆみはヘルメットを取って頭を下げた。歓声と拍手にこたえる。

「ワンダホー、実に素晴らしいダンスガールだ。きみは一体いつからダンスを始めたんだい?」

 ほりの深い金髪の外国人が話しかけてきた。

「4、4歳からです」

 ゆみは緊張しながらこたえた。

「4歳、グレイト、そんなに小さな頃からやっているのか。師匠は誰なんだい?」

「師匠は……キングダム・ウィルスです」

 ダンスの祖として語り継がれる伝説的なダンサーだ。

「彼ときみとは少し世代が離れていないかい?」

「はい、そうですね。実はパパとママが好きだったんです。うちにキングダム・ウィルスの古いビデオがたくさんあって、彼のダンスにひとめ惚れした私は、毎日のように必死に真似をしていました」

 キングダム・ウィルスを語るときのゆみの表情は輝いていた。それほどゆみにとって恋焦がれるほど憧れの存在だった。

 ゆみが4歳のとき、家にはまだママがいた。ママはプロのダンサーとして活動していた。名前こそ広く知れ渡っていなかったが、その実力は業界でもトップクラスだったそうだ。

 ママのダンスにはキレがあった。美しくて優雅な大人の魅力に満ちていた。ゆみにとって身近に存在するダンスの師であり、いつかプロのダンサーになって、超えなければいけない大きな壁として立ちはだかっていた。

 あの頃は、ゆみは将来の夢を持って輝いていた。

 そんな充実した日々は、ママの死をさかいに終わりを告げた。全てはあの事件のせいだ。

 いまだに誰に言っても信じてはくれない。警察は交通事故として処理した。だがたしかにゆみは見たのだ。車が変形して巨大なロボットになったのを。

「大丈夫かいダンスガール?」

 外国人が心配そうに声を聞こえた。ゆみは思いつめていた顔をしていた。

「ソ、ソーリー。大丈夫」

 ママを亡くして沈んだゆみを救ってくれたのは、キングダム・ウィルスのビデオだった。ゆみは彼の真似をすることでダンスの素晴らしさと楽しさを確認した。

「いつもここでおどっているのかい?」

「はい、たまにですけど。よければまた見に来てください」

 この通りはママが死んだ現場の近くだ。

 ゆみは休日にストリートダンスをおどるようになった。ここで立派にダンスをおどることで、死んだママへ元気な姿を見せられるような気がした。

「もちろん、見させにいただくよ。将来のキングダム・ウィルスがおどっているのだから」

 外国人は最大の称賛をゆみに送った。ゆみは嬉しそうな笑顔を見せた。

 ダンシング、ダンシング。ゆみが笑顔でおどる姿は夜遅くまで人々を魅了した。



 6


 テレビのキャッチーと喋っていたある夜、スマホがブルっと震えた。

 なにかと思ってスマホの液晶を見ると、ラインの通知が来た。丸井ゆらからだ。

 そういえばあれから、学校では話をするけどラインはまだ一回も送ったことがない。

「明日休みだし、一緒に遊ばない?」

 ゆらからのメッセージだ。

「いいよ。なにして遊ぶ?」

 ゆみはたどたどしく文字を打った。友達がいなかったからラインを使うのは初めてだ。

「おしゃれなカフェでお昼ご飯食べたり、買い物しない? 女子高生らしく」

「イイね」

 ゆみはスタンプを送った。約束を取り付けた二人は、待ち合わせ場所を決めて明日会うことになった。

 ザ、ザ、ザ、ピー。

 妙なノイズとビープ音が聞こえてきた。空耳だろうか。

 ゆみはゆらと待ち合わせした、キレイなショッピングモールの前で辺りを見渡した。

 季節は秋にさしかかり、少し肌寒くなってきた。

 ゆみはラッパーのようなだぼった服を着ていた。ドクロの描かれた黒い帽子を被ってピアスをしているので、近づきづらい雰囲気がある。

「ゆみちゃーん」

 10分ほど遅れてゆらが来た。三つあみだった髪は簡単に束ねてポニーテールになっている。学校では丸いメガネなのにコンタクトをしているのか裸眼だ。ファンデーションを使っているのか顔が白い。

 その姿は学校とはまるで別人、化粧もしてばっちり決めてきた感じだ。

「ゆらちゃん、雰囲気違うね」

「ゆみちゃんこそ。ダンサーみたい」

「私はいつもこんな感じ。実際にダンスしてるし動きやすさ重視だよ」

「わあ、ゆみちゃんダンスやってるの。ゲームセンターにおどるやつあったよね。あれできたりする?」

「うん、できるよ。後でやろうか」

「うん見たい。とりあえず、ご飯食べにいこっか」

 まるで女子高生みたいだ。と、本当に女子高生なのにゆみはそう思った。

 ゆみとゆらはスターバックスに行った。窓側の席でフラペチーノとよくわからない名前のドーナツを食べる。

 真昼の外は大勢の人でごった返している。お母さんと手を繋いで外を歩いている少年と目が合って、ゆみは少年に微笑んだ。

 ジー、ジー、ジー。

 店を出て、ゆらと一緒にショッピングモールの人波にとけこむ。なぜかゼンマイを巻いているような音が鮮明に聞こえる。なんだろう。

 シャレた看板のショップに入って、今どきのイケた服を探す。ゆみはもっぱらダンス用の男の子っぽい服しか着ないので、ゆらは女の子らしいスカートをすすめた。

「私にはちょっとハードル高いよ」

 ゆみは赤らんで拒んだ。ゆらに着るようにすすめるがゆらはすでに何着も持っているようだ。

「最近はグレーが流行っていますよ。ボーイッシュに決めたい女の子も増えてきてるんです」

 ショップ店員があらわれた。二人のやり取りを観察して、ゆみに似合いそうなトップスをあてがう。

「ほら、これなんてぴったり」

「うん、私もいいと思う。ゆみちゃんどう?」

 ゆみは困ったような顔をした。色はグレーで地味目だが、やはり今どきの女の子らしさがあった。自分はこれじゃない感じがする。

「買います」

 しかしショップ店員の押しに負けた。結局、すすめられたものを片っ端から試着して、巧みな話術にまどわされながらそのほとんどを買うことになった。  

「ゆみちゃん、よかったね。今の感じとだいぶイメージ変わると思う」

「そうだね。ゆらちゃんは慣れてるの? こういうショップに入って買い物するの」

「ううん、めったに来ないよ。いつもは近場のスーパーの安売りばかり。でもファッション雑誌はばっちり読んでるから、知識だけはあるよ」

 ゆらの目がきらりと光った。本当かどうか疑わしいその表情にゆみは笑った。

「ゆみちゃん、ソフトクリーム屋さんあるよ。一緒に食べない?」

「うん」

 少し疲れたゆみとゆらは、糖分に釣られて店に入った。甘いものはゆみも好きだ。

 それから、ビルの屋上にある赤い観覧車に乗った。頂上から見える景色は、繁華街のビルや街並み、そして人に溢れていた。

 ゲームセンターにも行き、ゆみはダンスダンスレボリューションの最高難度を見事におどってみせた。エッジの効いたキレたダンスは通りがかる人々の注目を自然と集めた。

 友達と過ごす、女子高生らしい良き休日だった。ここまでは。

 キー、キー、キー。

 ずっと気になっていたが、やはりどこかでずっと音が鳴っている。今度は金属同士がこすれる音、ブランコに乗ったときに聞こえるような音だ。

「ゆみちゃん?」

 ゆみとゆらはカラオケに来ていた。ゆらは心配そうに声をかけた。ゆみにはその声がギイーッと聞こえた。

「ゆらちゃん、何の音?」

 マイクを持っていたゆみは、ゆらの方に振り返った。

「ゆらちゃん?」

 いない。ゆらは部屋の中のどこにもいなかった。

 ゆみは目に熱いものを感じて、そっと目元を触った。ゆみの指にどろどろした血の塊が流れた。

「なにこれ……」

 ぞっとしてゆみは身震いした。頭の中でワンワンと犬の鳴き声が響いた。

「オゾン層、壊れたら、次は、犬猫猿キジ。ワンワンワン。ニャンニャンニャン、キーキーキー、チーチーチー、自転したきみは明日のきみ。明日のきみは今日のきみ」

 調子外れた機械の声が頭の中で響く。

 マイクを持つ手が重くて、ぐにゃりと曲がる。

 カラオケの機械が変形して、巨大な機械の手足がはえる。

 昔どこかで見た景色だ。ママが事故にあったあのときの。

「ママ」

 ゆみは叫びながら飛び起きた。そこは自分の部屋のベッドだった。

 夢か、ゆみはそう思ってほっとした。一体いつから寝てたんだろう。

「ねえ、キャッチー。今何時?」

 テレビのキャッチーはピコピコ音を立てて起動した。

「午前8時や。遅刻するで寝ぼすけー」

「ほんと? やばいやばい」

 ゆみは慌てて学校に行く準備をして家を飛び出した。

 学校に着くと、ゆらは教室に普通にいて、昨日の話で盛り上がった。

「あれ、カラオケの後、どうやって帰ったんだっけ」

 ゆみは、記憶があいまいな部分をゆらに聞いた。

「二人とも電車で帰ったよ。覚えてないの?」

「うん、そっか。電車で帰ったんだ」

「あはは、変なゆみちゃん」

 ゆらは笑った。ちょっと不思議だけれど、まあいっか。と、ゆみは思った。

「おい有栖。席に戻れ」

「はい」

 担任の安藤に言われて、ゆみは自分の席に戻った。

 初めての友達と過ごす休日は、実にいい思い出となった。

     


 7


 二つの大きなライトが交わり、ステージにスポットライトが当たる。

「しっとり歌います」

 光の輪にいる女性歌手が言った。ステージの両端にある大きなスピーカーから曲が流れて高校の体育館に響き渡る。

「私が好きなのは、あなただけ。あなたのために、命燃やすの」

 ゆったりした歌のリズムに乗って、真っ暗な体育館をペンライトが照らす。 

「本気で愛すのって、こんなに、せつないの。夜更けのパーキングエリアでキスをしたら、あなたは涙を流して、これが最後だって、さよなら告げる」

 黒山の人だかりにゆみはいた。

 ゆみは静かに目を閉じた。女性歌手のツヤのある声が、だんだんと遠のいて、機械じみた調子外れた声に変わっていく。

「いっぱいのグラスワイン、私の愛の惚れ薬、あなたのワインにそそぐ、そそぐ、アイジョウとオモイデを混ぜながら」

 ゆみは両手で耳を塞いだ。頭の奥からキーンと耳鳴りが聞こえてきて、すごく不快だった。

「最期まで、アイシテ、あげるのは私だけ。高慢な考えかしら? 恋なんて、一時のアヤマチ。私のヒトミにうつるあなたは、無色トウメイな愚かなオトコ」

 女性歌手は情感を込めてしっとりと歌い上げた。強烈な歌詞はまるで自分の体験談のようだった。

 体育館にバッと明かりがともった。集まっていた生徒達は歓声と拍手を送った。

「ありがとうございます」

 女性歌手は頭を下げた。

 今日は学園祭、学校は特別ゲストとして彼女を招いた。有名な歌手らしい、確か名前は。

「有栖ますみさんでした。皆さんもう一度大きな拍手をお願いします」

 司会役の生徒がうながすと、生徒達から割れんばかりの拍手が起こった。

 ひどいノイズがゆみの頭の中に響いた。ゆみは苦痛めいた顔を上げて有栖ますみを見つめた。

「ママ」

 ゆみは叫びながら飛び起きた。そこは自分の部屋のベッドの中だった。

 夢だったのか。また? ゆらちゃんと遊びに出かけたときと同じような。

「キャッチー、今日は今日だよね?」

 自分でもなに言ってんだか、よくわからない質問だった。

「今日は11月14日の午前8時や。はよ支度しな学校遅れるでえ」

 日付は学園祭の次の日であっていた。やっぱり夢なのか。

「やばい、遅れちゃう」

 ゆみは急いで支度をして家を出た。その道すがら自分そっくりの自分が前から走ってきたような気がするが、きっと他人の空似だろう。

「ゆみちゃん、おはよう。昨日のライブは盛り上がったね」

 教室に入ってきたゆみを見て、ゆらが声をかけた。

「ゆらちゃん、そのライブに来てくれた歌手の人の名前ってなに?」

 ゆみはゆらに顔を迫らせた。もし有栖ますみなら死んだママと同姓同名だ。

「え? 唐沢静香(からさわしずか)でしょ。ゆみちゃんファンだって言ってたじゃない」

 だれ? と、一瞬思ったが大好きな歌手だった。やっぱり夢だったのか。

「そっか、そうだよね」

「おかしなゆみちゃん」

 ゆらは笑った。ゆみはキツネに化かされたような気分だったが席に着いた。

「チューニングがな、ずれてんねん」

 その夜、ゆみはキャッチーと会話していた。

「チューニングって?」

「テレビのチューニングや。せやからなんも映らへん」

 ゆみはテレビのリモコンをキャッチーに向けて、適当にチャンネルを連打した。

「無理やて、ずれとるんやから」

「チューニングが合えば、地デジ映るの?」

「そらまあ理屈ではな」

 最近不思議なことばかり起こる。それは私のチューニングもずれているのではないだろうか、なんてゆみは思った。


 

 8


 声が、出なくなった。

 ある日、目が覚めたら突然だった。

 声が出ないことをパパに伝えるために、ゆみは紙にペンで話すことができなくなったと書いた。

「声がでない? た、大変だ。病院へ行かなくちゃ」

 パパは急いでゆみを病院に連れて行った。

 声が出ない原因を特定するために、あらゆる角度からの検査を受けた。

 結果、異常が見当たらなかった。もしかしたら、脳になんらかのダメージがあるのかもしれない。しばらく入院して休息を取った方がいいということになった。

 ゆみは病室のベッドから外を眺めた。声を出せないのは当然ショックだった。しかし最近おかしなことばかり起きていたし、異常が起こる前兆のようなものはあった。

 案外、休めば全て解決するかもしれない。そう前向きに考えた。

 夜寝ていると、ゆみの頭の中にだれかの声が響いた。

「誰か……助けて。お願い」

 ゆみは目を開けた。暗闇の病室を見渡しても、なにも見つけることができなかったが、声の方向ははっきりとわかった。

 ゆみは体を起こして、病室の外へ出た。非常階段のライトを頼りに、声のする方向へ歩いていった。

「助けて……お願い」

 また声が聞こえた。かなり近い。女子トイレの方からだ。

 ゆみはトイレのドアを開けた。トイレの電気をつけて、一つ一つ個室を確認する。

 誰もいない? トイレを全て調べたが人らしき姿は見当たらない。

「ここだよ」

 ゆみは声がした方に振り返った。トイレの洗面所に小さポータブルオーディオープレーヤーが置いてあった。誰かが忘れていったウォークマンだろうか。

 ゆみがそれを拾い上げてよく見ると、有機ELを使って表示されたディスプレイの画面が点滅していた。充電が切れかかっているのかもしれない。

「もう消えそうなんだ。お願い、助けて」

 それはしゃべった。ゆみは急いで病室に連れて帰った。

 USB経由で給電できるタイプのものらしく、ゆみはスマホに使っていたUSBをプレーヤーに付け替えた。

「ふう、ありがとう。おかげで消えずに済んだよ」

 礼を言われたが、ゆみは喋れないのでうなづくことしかできなかった。

「君はいいアンプをつんでるんだね。僕の声が聞こえるなんてよっぽどだよ」

 アンプ? 音楽鑑賞によく使われる音を増幅させたり音質を向上させたりする機械のことだ。

 そういえば、ゆみはテレビのキャッチーとも話ができる。ゆみは今まで深く考えていなかったが、機械の声が聞こえるのは普通ではありえないことだ。

 よく考えれば、考えるほど不思議だ。ゆみはなぜ機械と話せるんだろう。

「きみは話せないの? 音の出力が壊れてるのかな。助けてくれたお礼に、僕が直してあげる」

 オーディオプレーヤーはそう言った。どうやってと、ゆみは言いたかったが声が出ない。

「きみの耳の裏にUSB端子が隠れてるみたいだ。そこに僕を繋いで」

 オーディオプレーヤーに言われて右耳の裏に触れると、ゆみの手に金属の冷たい感触が伝わった。これがUSB端子? 一体いつからこんな穴が。

「さあ、僕を繋いで」

 ゆみは怖くなってきた。この異常な状況に。しかし逃げ出したい気持ちより、自分の正体を見極めたい気持ちの方が勝った。

 ゆみは、おそるおそるUSB端子を自分の耳の裏に差した。

 その瞬間、ゆみに膨大な音の情報が流れてきた。そのオーディオプレーヤーに記憶された音の数々が頭の中で響き渡る。

 頭に電流が駆け巡る気分だ。だが不思議と心地よい。キレイな音が頭のけがれた部分を浄化して、やがてゆみはすっきりした顔になった。

「ありがとう、直ったよ」

 言葉を取り戻したその笑顔に、一点の曇りもなかった。



 9


 人の声がよく聞こえる。より明瞭に、美しく。

 まるでゆみの世界が生まれ変わったような感覚だった。

 音が生き物のように弾んで心地よかった。

 機械の音もよく聞こえるようになった。今までノイズが混じっていて聞こえなかった音も聞き分けられる。

 ゆみが今まで空耳だと勘違いしていたものは全て、機械の声だったのだろう。

 そして、自分が機械の音を聞くことができるアンプを搭載した人間なのだと、知った。

 なぜそんな人間として生まれたのか、わからない。きっと幼い頃から、ママが死んだあのときからすでに、機械の声が聞こえていたんだろう。

 ゆみは歩き出した。明るい音のある世界へと。

「ゆらちゃん、一緒に行こう」

 かけがえのない友と一緒に。

 


 了


いかかでしたでしょうか、いつもは濃度のあるホラーを描くので不慣れですが、少しでもこの作品を読んで楽しんで頂けたなら幸いです。なにかしら気になる点や批評、感想等あればなんでもご連絡ください。

bainiku@gmail.com @bainiku081 Gメールやツイッターでも受け付けております。

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