第7深 出逢ってしまった独りと独つ。
ソラは漂っていた。
虹色に滲む透明な空間の中を。
──身体が重い…いや──
ピクリとも動かせない。
指の先まで。
そこで気付いた。異変に。
重いも何も、五感の内視覚と聴覚以外が効かなくなっている。聴覚にしたって聞こえてくるのは自分の声だけだ。最初は夢かとも思った。だがすぐに気付く。
──そうか、俺は死んだのか──
──ここはあの世──
──いや、俺は…暴走したダンジョンボスに殺されて──
──そしてダンジョンに吸収されて──
──ああ…もしかしたらここは──
ソラは察した。
ここはダンジョンの『胎内』。
…のような場所なのかもしれないと。
その証拠に彼以外の他にも、漂っている。ダンジョンに吸収されたらしい死体や武器や道具。…そんな様々を見て想った。
──なんか、廃棄場…みたいだな──
自分はこれから廃棄されるのだ。この世界から。そう思えてしまえばただ忌まわしい。恨めしい。アレら諸共…
──俺も…ダンジョンの糧とされるのか──
たまらなかった。
無力な自分が許せなかった。
そしてこの、世界が。自分にこんな無力を強いてきたこの世界が。
そう、相手は自分。相手は世界だ。
そんなものを相手にこんな想いをぶつけた所でなんになる?意味など無いと、ずっと見ないようにしてきた。ずっと気付かないようにしてきた。そのまま厳重に、しまってきた。
この…人知れず、我すら知らずに膨大となった憎しみ…やるせなさ…このままこんな感情に灼かれて、感じるだけで何も変えられないまま…
──死ぬのか…俺は──
そんな虚無を埋めてくれるのは、
人、人、人。
人の顔。
こんな自分を見限らないでくれた人々の顔。その中にはラームの顔もあった。
──はは…どの顔も心配そうだ…──
あんな顔をさせたまま、別れる。
そう思うとやはり諦められない自分がいた。でもどうする事も出来ず、それをまた情けなく思った……その時。
【──けた】
──ん…──
【──っと】
──この声は…──
【──けた】
──確かに聞こえる。誰の声だ…──
【──見つけた。やっと。私の、『空間』】
──空間?──俺に言ってるのか──ああ──もしかして【空白】のことか──じゃなくて!──男だか女だかわからないこの声は──こいつは一体──何だ?──
どうやらこの声を発しているのは、ソラの周囲で別に漂う…握り拳大の球体。もちろん、こんなものに覚えなどない。謎の球体だったが。それは言った。
【受け入れなさい。】
──いきなり、なんだ──
これはおそらく声ではない。頭に直接響くこれは、思念。なんとも言えない感覚。つまりこの状況、普通ではない。
だが…今際の際であったからか、それとも持ち前の無鉄砲がまた発動したのか…
──受け入れたなら、どうなる───
ソラはこの正体不明に対し、臆する事なく質問で返した。
【私は、『受肉』を。あなたは『生』を】
『球体』は律儀にも返事をくれた。誠実さを感じさせるその声はさらにと言葉をかけてきた。
【あなたの魂は証明したがっていたはず──おのが、命を。】
言われて初めて、ソラは気付く。
…そうか。
…証明したかったのかと。
きっと自分は、この世界に問い続けていたのだ。なんのために生まれてきたのかと。何故こんな弱者として生まれなければならなかったのかと。
しかし、気付いた所でこの球体の提案に飛びつけない自分もいる。
何故ならその試みは全て無駄に終わったからだ。生き返れるにしても、同じ事を繰り返すには懸けてきた情熱が、あまりにも膨大過ぎた。それに、疑問もある。
──死んだ人間を生き返らすなんて凄い力を持つお前が…何故だ?何故俺なんかを必要とする?──
【いえ、蘇生なんて不可能です。】
即答された。
──不可…ええ?じゃぁこれは何の提案…──
あんまりな肩透かし。
【因みにこの対話は私があなたの魂に直接干渉し、実現したものです。】
──いやだから。蘇生が無理ならお前は一体俺をどうするつもりで──
【…………っせぇな…】
──え?今なんて──
【………イエ、コチラノハナシデス。】
──なんで棒読み?──
【ゴホン。まず一つ目の問いには…『あなただから』と答えます。『あなたしかいなかった』ではありません。『あなたこそが必要だったから』…そう答えます。
そして二つ目の問いにはこう答えましょう。蘇生が不可能でも『生まれ変わる事なら出来るのだ』と。】
──生まれ 変わる?──
【そう、そして、生まれ変わったあなたは『力』を得るでしょう。】
──力を?生まれ変わればこんな俺でも…いやでも、それはもはや俺じゃないんじゃ…──
【それはやってみた後に判断すれば良い事。】
──そんな簡単な話かよ──
【確かに簡単には決められないでしょう。ですが単純な話ではあります。実際このまま無念のみを抱いて消滅するより、よほど良ろしいのでは?】
──…それは…そうかもしれないが…って、そうなのか?…いや…でも……──
『力』。
その言葉を受けた瞬間、走っていた。
脳天から手足の指先まで電流のように。
全身を痺れさせる程の動揺が。
ただ絶望だけはすまいと足掻いてきた。
そのつもりでいた。
だがそれだけではきっと、なかった。
──本当は…俺だって…本当は…っ──
千々に乱れたソラの思念。
纏まりのないはずのその一つ一つはしかし、決して消えようとはしてくれない。そのどれもが熱く、力強く脈打ち、ソラを震わす。
諦めずにきた。
それこそ、死の瞬間まで。
…だが。
果たして、そうか?
あんなに、何度も負けてきた。
何度も何度も負けてきた。
その度に立ち上がってはきたが。
でも本当は?
負けたくなんて、なかった。
負けたくて負けるやつなんていない。
負けを繰り返してきたなら尚更。
勝ちたかったに、、決まってる。
ずっと勝ちたかった。
この心は、拗れに拗れてきたのだ。
『勝つ』という事象に。
単純には『勝つ』を得られないからだ。
何をもって『勝った』とするか。
そんな大前提から悩みに悩んだ。
そんな事で悩みたくはない。
ただ普通に誇りたかった。
ただ自然と誇られたかった。
ただ誰かに認められたかった。
いや、認めてくれる人ならいた。
でもきっと、
誰よりも認めてほしかったのは?
自分だ。
自分で自分を、認めたかった。
だからせめてと守ってきた。自分を。
そして当然守りたかった。大切な人を。
全てを支える…そんな強さを欲しがった。
だがそれは許されなかった。
相応の強さがなければそんなこと…
思うことすら許されない。
ここはそんな世界だった。
……………………ソラは、
この時、
初めて、
思い知ったのだ。
自分がどれほど力を欲していたのか。
弱い自分をいかに無念に思っていたか。
だから…
──いいだろう。……てやる──
迷いは、少なかった。
──…くれてやるっ──
この球体の全てを信じた訳ではない。だが…
──『空間』でもなんでも…持っていけ──
賭けてみてもいい。そう思えた。
──だから、力を──
きっと、自分一人の力など…。
そうだ。
力をどれほど得られたとして、きっとそれだけでは不足なのだ。それは今まで嫌というほど痛感してきた事だ。
そうだ。
死ぬ前の自分は、沢山の人に支えられ生きていた。これからまたやり直すというなら尚更そうなるに決まってる。
そう…きっと。
独りでできる事など高が知れているのだ。
そうだ…………ちやんと、分かっている。
だが。
それでも。
それでも。
支えてくれた人達。思い出すと辛いが忘れたくないあの心配顔達。あれをあのままには、したくない。だから…いや、それ抜きにしても。
それでも。
や……っっぱり。
欲しいのだ。
『力』が。
…だって。
もう駄目で、もう無理なのだ。
奪われるのも。
与えられてばかりも。
───そうだ。今までと、同じだ───
……抗え。
───この、世界に…っ───
奪われたくない。
与えたい。
真にそれを出来る自分でありたい。
そんな思いを、ギュッと込める。
──どんな理不尽にも負けない力を──
見ないようにしてきた憎しみ。
気付かないようにしてきたやるせなさ。
ああ、もう、全部認める。
こうなってしまっては目をそらせない。
──俺の中には…まだ…こんなにも──
在ったから。
こんな灼熱が。
残っていた。
こんなに熱く。
この謎の歓びも、ぎゅっと…
──そうだ。もう、手放せない──
ソラは、千々と乱れて目まぐるしい万感を、手繰りに手繰り寄せた。
そして、ぎゅっと。
二度と離してなるものかと。
そう、ぎゅっと。
込めた。
───……俺は……───
おのれ全てと呼んでいいそれを。
─── ……俺… 俺に……───
もっとだ。もっと。
込めろ。言霊に。
───……カラ……くれ…俺に……───
ありったけ。
込められるだけ、ありったけ。
───俺に───くれぇっ!───
ソラは 叫んだ。
───俺にぃィっ! 力をぉォっ!!───
【 承 《《《歓喜っ》》》 知! 】
応じた球体もソラと同じだった。突出した悦びが白熱する。その他の感情全てを塗りつぶすようにして。
こうなるともはや、何を言っているのか分からない…それ程に巨大な念がぶつけられたと同時。
当の光る球体はソラの胸へと吸いこまれ…
そして…突然の、五感、復帰。
ビビキ…──ぐ?─
ビ ──くか…はっ── ビキ ──う、ぐっ!── ビキビキ ──ぐあ、ぅっ!─── ビキビ ──あ!── キビキビ──あ!── キ…ビキビキビ ──ああ!ぐ!ああああああああああああああああああああああああああああう── キビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキ!
ソラの苦悶の声が止み、やがて訪れる静寂。
【空間、受肉。同化、完了。…はあ…これでやっと…─────
虹色空間に球体の思念だけが響き渡る。
静かに…。
そして、
─〜〜〜ッッッハーーーーー!】
ソレは豹変した。
【クっっソがぁぁっっ!】
虹色の空間をグルグルと響き渡るその声は──
【クソがクソがクソがああ!やぁってやったハっハー!やってやったぞクソがぁっ!ぅオラぁッッッ!!!】
──取り憑かれた者のそれだった。
「………………ええええ…」
聞いていたソラは驚きを隠せない。
【………なっ!】
それは聞かれた側も同じだったようだが。
「……え?」
驚かれた事をまた驚くソラ。
【お前…なんで】
思念の主が思わずと漏らした声。
【なんでまだ残って──】
それを聞いてしまえばソラもさすがに察した。
「いや、おま…マジか。俺を取り込んで乗っ取ろうとした……そんな所なんだろうっ?」
ソラの声には騙された怒りよりも呆れの方が多く含まれていた。いや、それよりこう思っていたのかもしれない。『してやったり』と。
「それに『クソ』とか『オラ』とかお前──」
だから『始めが肝心』とばかり、追求の手を緩めず、ここはとことんやり込め主導権を握ってやる…そう思ったが。
【……………うるせぇ。】
返ってきたそれは、予想外の反応。
「え──」
ソラの驚き、再び。
【うるせぇっつった。】
「ええっ?いや──」
相手もさる者。いやどの者?…いやともかく。あろう事か完全に開き直ってきたのだ。
【おい時間はねぇ。さっさと【吸収】しろ。何でもいいからそこらヘンに漂ってるものを片っ端からっ】
しかも命令までしてくる始末。まるで何もなかったかのように。何という図々しさか。
「いや急に…ええ?【吸収】って一体──」
あまりの想定外にソラも動揺を隠せない。
【だぁから!うるせぇっつの!】
「えええっ?」
【こっちぁ逃げた先でダンジョン発生に巻き込まれてつま弾かれて…そんな不運しょってから隠れて逃げてを数百年繰り返してきたんだ!とっくの昔にヤサグレてんだよぉおっっっ!!!】
ソラにしてみればクエスチョンしかない。そんな怒涛かつ、謎過ぎる言い訳だった。
「いや言われてもっ」
こうして戸惑うだけなのもしょうがなかった。
【さっきのも地だがな。もはやこっちも地だ…だから馴れとけや、早めにな……つか、それよりソラぁ!なぁにを愚図ってんだオラ!早くしろぉっ!】
こうなるともう、巻き返しようがなかった。
「いやいや、でもですね」
ソラからは謎の敬語をまで飛び出してしまった。
【いつもやってる収納の要領で思い切れホラ早く【吸収】しろってんだオラァ!このダンジョン…お前らが言うところの『迷いの森』が許してくれてんだぞ?だからほら!早くやれえっ!】
「あ、ああ。分か…りました?」
いや分からないが。
ソラはともかくやってみた。
透明な虹色空間の中、隻腕に不便を感じつつ藻掻くようにして掻き分ける。手足をバタつかせ、泳ぐようにして。そして近付いた先から触れ……て…
(えっと…どうやるんだっけ)
【だから収納の要領だっつって……くそ!早くやれやあぁぁっ!!】
「う…くそうっ、きゅ、【吸収】っ?」
サァァァァ……
…………………
……………
「え…今の…俺に…?吸収されたのか?でも光の粒子に分解され…そして………消え……って、いやいやいや…なんかいつもの収納と違うぞおい?これで良かったのか?オイお前っ!」
【なんだこら……って、おっとぉ…忘れた頃に…クソ──
《個体名『ソラ』はダンジョンコアと同化を果たしました。》
──なんとかなんねーかなこれ…】
「ううわ。な、なんだぁコイツ…急にまた口調が…つか──ダンジョンコア?」
【うるせぇ俺にもどうしようもねぇんだこれは仕様みたいなもんで───
《個体名ソラは『ダンジョン人間』へと種族進化を果たしました。》
──まあ、気にするな。】
「いやだからその口調変化……なんか怖えーなコイツ…つか、気にするに決まってんだろお!?つかなんなんだダンジョン人間て!ネーミング!凄くダサいぞ!?」
【うるせぇ!】
「その口の悪さも──」
【だあもう!いいから!次いくぞ次!】
「次って…ええ〜…」
盗人の猛々しさ、ここに極まれり。
その謎の勢いに押され。
(あんなに万感込めたのに…)
それも台無しとなった。
ソラはあの日…なんというか…有耶無耶なうちに?…だったが。
生まれ変わったのだった。
ダンジョン人間とかいう、謎の種族に。
《クレクレ劇場。》
??【─〜〜〜ッッッハーーーーー!】
ソレは豹変した。
??【ブっっクマぁぁっっ!】
虹色の空間をグルグルと響き渡るその声は──
??【ブクマブクマブクマああ!感想とかハっハー!あと欠かせないのが評価ぁっ!ぅレビュゥッッッ!!!】
──取り憑かれた者のそれだった。
ソラ「………………ええええ!?」
聞いていたソラは驚きを隠せない。
??【………なっ!】
それは聞かれた側も同じだった。
そしてこれを読むあなたはきっと呆れて……すまっせんんんんんっ!!