第6深 急転。
この物語の主人公『ソラ』。
彼は【空白】というスキル(仮)に目覚めた。しかし今更そんじょそこらのスキルに覚醒した所で焼け石に水。彼はそれ程の弱者であった。
というより、手にしたこの【空白】という能力はスキルですらない。ただの体質。もしくは持病。と云うのも、かなりの役立たずなのだ。場合によっては敵以上に足を引っ張る出来損ない。…であるのに彼に許された仕事はダンジョンに潜る探索者…もはやこれしか残されていなかったのだ。
探索者というのは危険極まるダンジョン探索を主な仕事とする。どの職よりもクセがあり、何よりも強さを必要とされる。という訳で底辺弱者と呼ばれていた彼が最も就いてはいけない職業でもあった。ソラを取り巻く状況は、最悪を越えて厳しいものだったのだ。
それでも彼は諦めない。
昨日も懲りずにダンジョン探索。
たった一人で。
結論から言えばその探索行も散々なものとなった。いや、昨日は特に…か。
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Cランクダンジョン『迷いの森』…ソラはその中を探索していた。
深い緑と数多の命が複雑に絡み合う。そんな大自然…そう言ってしまえば聞こえは良いが、地を隙間なく這う樹木の根とそれらにびっしりと生えた苔により、凹凸激しい上に滑りやすく、足場的には非常に悪い。そもそもが鬱蒼とした森なのだから視界も悪い。じんわりと漂う不思議な光に気を取られたりすれば、方向感覚など途端に狂う。地形的には非常に厄介な難所だ。
そしてその光こそがこのダンジョンに棲息する魔物。魔法攻撃を主とし、実体を持たず物理攻撃が効かないという厄介な『精霊属』なのであるがしかし、彼らは性格の大人しい個体が殆どで、こちらに害意がなければ滅多な事では襲って来ない。
ダンジョンランクがCと低く設定されているのはそのためだ。だから当時とびっきりの弱者であったソラにとっても探索可能な、数少なく相性の良いダンジョンであった。
ただこのダンジョンは先程述べた通り、地形的に難所である上、元々迷いやすい地形を忙しなく変えて侵入者を惑わす。実際行方知れずとなった者も多い。大自然と言うより大不自然と呼んだ方がしっくりくる。
ここが、食材や建材などの恒常的に必要な物資が豊富で、他にも魔法薬や魔道具の材料となる希少な素材も多く採れる事で有名でありながら、なんとなく人気がないのはそのためだ。そしてその性質からいまだ最深層に辿り着けた者はいない…そうされてきた。
だが彼は辿り着けてしまった。
偶然にもその最深層に。
当然、興奮した。
レア度の高い素材の数々…まるで、今まで彼を見放していた運が急に掌返しをしたかのようだった。そこはお宝の山だったのだ。
「これだけ珍しい素材を集めたんだ。武具にすればきっと…そうだ。強くなる手段なんて…まだまだあるはずなんだ。」
執念が凝縮されて昇華され、もはや自動的に生み出されるようになったソラの無理矢理プラス思考。
そう。
いつもの事だ。
だから分かってもいた。
自分がどれほど分の悪い挑戦を繰り返してきたかも。その尽くを失敗してきたのだから尚更だ。良く分かっていた。
他の探索者が自分を疎む気持ちも、自分がしている事が彼らの言う『無駄な足掻き』なのだという事も、分かっていた。
ラームが心配してくれている事も、ソラに死んで欲しくなくて…探索者を辞めさせようとアレコレ動いてくれているその優しさにだって…本当は気付いていた。
…全部。
気付いていたし、
分かってもいたのだ。
だがどんなに無駄と言われても、不可能を証明されても、どんなに疎まれても、どんなに心配してもらっても、どんなに苦しくても、納得しないのだからしょうがない。
それに、色々と事情もあった。いや、それら事情を差し引いたとしてどうか?
それでもきっと…自分は諦めたいと思わないだろう。
だから…やっぱりしょうがない。
『ならば突き進むしかないではないか?』
それが彼の主張だ。自分でも不思議に思う時がある。この諦めの悪さはどこから来てどこに向かおうとしているのか。
お節介にもそんな救えない魂を救済しようとでもしたのか。
それは突然、 現れた。
実体なき精霊として生まれるはずだった者。それが精霊のまま実体を伴い生まれた異形。精霊でありながら物理に特化した異端。禍々しき紋様を全身に纏う人の形。
精霊の守護者にして財宝の守護者。
『スプリガン』
ソラはこの魔物の存在をこの時まで知らなかった。だが、それでも。
見た瞬間に悟った──この魔物はきっと、迷いの森の『ダンジョンボス』──だがそれならばおかしい。
ダンジョンボスとはダンジョンの心臓部『ダンジョンコア』を守護するために存在する者で、ボス部屋と呼ばれる最奥に座し、侵入者を待ち構える存在。
つまり、ダンジョンボスとはそのダンジョンにとっての最終兵器であり、当然どれも強力な個体となる。
それは生み落としの親であるダンジョンですら制御しがたいとする程だ。だからボス部屋という特別厳重に封印が施された場所が設けられ、閉じ込められている。
(それが…解き放たれた?こいつは徘徊型──いや…)
違う。
ボス部屋という絶対の封印をすら食い破り今、目の前にいるこれは…
「…狂戦士化…─!─してやがるのかっ!」
狂戦士化した者は守備力と技量が下がる代わりに攻撃力と速度が跳ね上がる。そして例外なく闘争に狂う。
疲れ知らずとなり、
痛みを忘れ、
死を恐れず、
その呪いが解けるか、
襲う相手がいなくなる。
…もしくは死ぬ。
そうなるまで敵味方の分別なく戦い続けるという…バッドステータス中、最悪の類いとされる狂戦士状態となって今、目の前にいるのはしかも、ダンジョンボス。
一体全体、どういう星の巡り合わせでこうなったのか。
…狂戦士化した理由までは分からない。だが遭遇した瞬間にそこまでを看破してのけたソラは、探索者として相当に優れた感性の持ち主…そう言っても良い。
だがいかんせん、ソラは才持たぬ者。力が足りなかった。圧倒的に。そして手にしたスキル(持病?)も最悪だった。
あの『収納した物により肉体が影響を受ける』というマイナス効果が、しっかりと作用してしまっていたのだ。
そこまでの道のりで掻き集め、【空白】の能力で収納してきた素材の数々は彼の動きを知らずの内に鈍らせていた。
咄嗟の反応に困らぬようにと、厳選に厳選を重ね、制限に制限して収集してきたつもりでいたが、彼だって人間。お宝を前に我を忘れてしまっていたのだろう。
重量超過。自身の体重がいつもの何倍にも重く感じた。こんな鈍った状態では戦う事も逃げる事もかなわない。
ならば。
先ほどまでの執着を即座に捨てる。【空白】に収納していた全てを放出。…するも、時既に遅し。
「く…、」
あっさり間合いを詰められた。
「ぐ…っ」
そして腕を掴まれた。
「が…っ」
ねじられた。
「くそ…やめ──」
何気ない動きだった。
「がっっ!」
なのに簡単にねじ切られた。
「ぐああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
右肩から大量の血が吹き出した。
欠損はあっという間だった。
「ぐ、う…ぅ…ぐ、」
しかも千切られた腕は目の前で食われ──
「ちくしょ…」
…それをただ、呆然として見守──
「…るかよ…っ」
──いや、そんなソラではない。
「死んで、たまるかよ…っっ!!」
服を裂き、それを止血帯代わりにする。
冷静に迅速に止血を完了させる。
敵を見れば喰らう事に夢中となっている…?
(それに…)
欠損した分、身体は軽くなった。
そう無理矢理、判断…する!
「(ならこれは、好機だ!)…痛ぅぅっ)」
そう、無理矢理でも、そう思えっ!
「(行け!)ぅご、け──」
一目散──逃げるっ。
ガ「な…っ」クンッ
だがその逃げ足はさらにと鈍っていた。それは片腕を失ったからだ。急激にボディバランスを損なったからだ。ただ走る…それだけの事が上手くいかない。
「─…────!」
だがそれでも、、
ソラは、諦めないッ。
「~~─────!」
その場で出来る最善を尽くすのみ。弱者であるゆえに身に着いた一心不乱。
──…ただ、
「くそ──」
その場で出来る事がこの、最悪にぎこちない逃走であっただけ。
ただ、
「くそぅ……っ!」
生まれた時から遡って運から徹底的に見放されていただけ。
ただ、
──ゾブり──
「く──そっ…たれ」
気付けば血にまみれた紋様だらけの太っとい腕が、自身の胸から生えているのを見───いや、背後から貫かれ──……
そんな現実を見てもなお。
「がああ!ぃぃ!い!く、、そ ぁああああぁっ!ジぬかっ!じんでだまぶふがぁあっ!」
諦めない。それが、ソラ。
『必ず生きて帰る。』
そう信じ──
信じたが──
ただ──
「く───そ──」
いつもの悪運が、発動しなかっただけ。
「俺………死───ラー…──」
───かくして。
────あの時。
…ソラは死んだのだ。
そのすぐ後の事だった。
【私を受け入れなさい──ソラ。】
彼が『あの者』に出会ったのは。
《クレクレ劇場。》
こんな作者の救えない魂を救済しようとでもしたのか。
ブクマをくれた読者。
その上感想をくれた読者。
しかも毎話評価をくれる読者。
さらにはレビューまでくれる読者。
『愛すべき読者達』
「その上…クチコミ…─!─してくれるのかっ!」
そしてやがては…
「やったあ!ランキング一位だ!頑張れば必ず報われるってアレは、都市伝説なんかじゃないっ!本当だったんだっ!」
そう信じ──
信じたが──
ただ──
そこで目が覚めた。
───夢オチだった。