第5深 悩ましい。
──【空白】。
それは、何とも悩ましいスキルだった。
その効果は『魂に生じた空白を活用する』というもの。
ソラはこの『魂の空白』とやらを『収納空間』として利用している。それ以外に活用方法を見い出せなかったからだ。
収納系スキルの代表に、『無限に収納出来る上に収納したものは劣化しない』という【無限収納】なるものがある。だが彼の【空白】は
『収納出来る量に限りがあり、収納物は時間経過と共に劣化する。』
そして極め付けなのが…
『収納した物により肉体が影響を受ける』
という……もはやマイナスでしかない効果。
収納し過ぎれば身体は重く感じるし、収納物の状態によっては体調不良を引き起こす。…もはや収納スキルの体裁すら保てていない。それでも、
「よう、ラーム。今日も立派にたわわだな」
この期に及んでこの軽快なセクハラ。
…もはや神経を疑うレベルだ。
「…はい…おかえりなさい、ソラさん」
「うんっ、じゃぁ早速診てもらいたいんだが…」
まただ。きっと今回も【空白】の活用法を探って欲しいという依頼…。しかしそれは何度診ても結果は同じ。だから今回は先手を打つ。
「…偶然ですね。私もお報せしたい事が…」
「お。なんだ?…あ……またサイズが…大変だな。」
「もう!違いますっ!」
あれほど多くの心無い言葉に晒されたというのに。こんなセクハラを言ってくるのに。その目は他の人とは何か違う。胸元ではなくこちらの目を真っ直ぐに見つめてくる。その真摯なのかどうかわからないただただ深い眼差しを見ていると、言うべき事を何も言えなくなってしまう。それが今までのパターンだった。
(だけど…っ)
ラームは今日こそ言わねばと覚悟を決める。このまま放置すればこの人は…次は腕だけでは済まない。いつか必ず、命を落とす。
「(それは…嫌っ)……いいですか。ソラさん。今から重大な事を伝えます。今まで言うに言えなかったのですが…あの、気を確かに持って…」
大き過ぎるその胸を張る。彼女は彼女なりの一大決心を今こそ発動しようとしていた。それをソラも察知したのか。
「何だよそんなに強調し……いや、歯切れの悪い。あんたにはいつも世話になってる。つまり信用してる。だからどんな話もちゃんと聞くさ。遠慮せず言えばいい。」
追加のセクハラを中途におさめ、聞く姿勢を整えてくれた。だが今度はその素直さがラームをツラくさせる。
(人の気も知らないで…)
心の中でそんな自分勝手を付け足しながら。
「ソラさん…あなたは、 あなたには…」
彼女は、遂に宣告した。
「……『魔炉』が、、
… ………ありませんっ」
「ん?ああ、そうなんだろうな」
「ええ…?」
予想に反してソラの反応は軽いものだった。
先述した通り、魔炉とは魔素を魔力に変換する器官。それがない故にソラは魔力を持たず、魔力を持たないが故にスキルが生えるはずもなく…つまりこれは相当、深刻にして重大なお知らせであるはず…なのに。自分で薄々気付いてでもいたのか…この軽い反応…
「『そうなんだろうな』…って……ええ〜…」
解せない。危機感を覚えたラームはもはやなりふり構っていられなくなった。宣告から説得に切り替える。
「もうっ!ちゃんと聞いてください…っ!魂の一部として備わっているはずの魔炉…それが欠落しているんですよ?そうして生まれた『空白』…それがそのスキルの正体なのでしょう。それ以上の事は分かりません…
ですが…!スキルとは魔炉から生まれる魔力により生み出され、魂に刻まれるもので…っ。
つ…つまりっ!その源であるはずの魔炉がない以上…スキルが発現する訳もなくてっ……だからですね…あの…そのぅ…」
「つまりこれは厳密にはスキルなんかじゃなくて、体質というか…下手したら持病みたいなもん…言いたいのはそんなとこか?」
「…………ぅ……はい。」
これ以上残酷な宣告はそうはないはず。……ラームは思い出していた。『やっとスキルが発現したんだ!』そう言ってソラが心底から喜んだ姿を。あの時は自分も嬉しかった。幸せすら感じた。
(一体、、、どれほどの死力を尽くしてきたんだろうこの人は…)
発現するはずもないものが発現したのだ。それは推して知るべき。
(…それを、、私は……)
その全てが無駄…いいや、
『生まれてから今まで……あなたのしてきた努力は全て、無駄だった』
自分は遂に、それを言った。
彼は今度こそ、思い知らされるはず。
……『諦める』という残酷を。
そしてそれを知らせたのは他ならぬ自分…ラームはつくづくと想った。解析士とはなんと業の深いクラスなのかと。
「そう、俺には本当に、何もなかった…魔力も…スキルも…魔炉さえも。」
淡々と語られる言葉の一つ一つが、ただひたすらに痛ましい。だが…どうしても言わずにはいられなかったのだ。
(ソラさん…生きてこそです…)
彼には生きていて欲しい。どうしても。
(だから…どうか…どうか…)
ラームはもはや顔を上げる事も出来ない。
きっと嫌われた。
いや、嫌われたっていい。
生きてさえいてくれたら…
これからは自分が…
(ソラさんを支えて…そして…家庭を…なんて(恥)でも…そしたらこんな仕事にもやり甲斐を……って!何言ってるの私…っ!ソラさんの辛さを知ってこんな妄想…もうっ!)
しかし彼女の暴走はソラが放つ次の言葉で遮られた。
「そう、俺にはなかった。あるべきものが…何も──でもそれは別のもので埋め合わせたからな。だからもう、問題ないぞ?」
「……へ?……えっと……埋め合わ…ええ?」
ソラのその発言は斜め上をいくものだった。
「……いや …あるな。問題。実は今度はそっちが気がかりで…いや、えー、だから。今日も診てもらえるか?俺のステータス」
もはや何を言っているのやら。
「…あの……ええ?…えと…はい…診ますけど…」
理解が全く追いつかない。
追いつかないまま言われるまま。
ラームはソラのステータスを【解析】した。
「え、あれ?なんで?見えない…ソラさんのステータス…これって…」
あわててソラの顔に視線を移せば、何故かの満足顔で…
「そうか。これで行動方針が決まった。有難う。それじゃあ、またなっ、ラーム!」
この反応。相変わらず軽い。いや軽すぎる。何なら張り切っている?そんな感すらある。
「へ?え?あの…ええ?」
ソラのあまりに軽快な反応に呆気にとられてしまったラーム。理解不能をこじらせ心中はこう。
(もう!なんでーーーーーーーーー!?)
街一番の解析士。職業柄、相応のコミュ力を持つはずの彼女を持ち前の無鉄砲さで毎回、必ず、悩ます男。
それがこの物語の主人公。
『ソラ』なのである。
《クレクレ劇場。》
若僧「──という訳でこの物語の作者も最近、ずっと悩んでんスよ。……まあ、せっかくアイデアが湧いたんで、物語を育ててきたらしんスけどね…なのにたくさんには読んでもらえない。なもんだからポイントもなかなか集まらない。
…で、あぶれんのが怖くて『クレクレ』してみたんですけど『野心はあるけどこんなんやってていいのかな?』とかもあって。
かと言って読者を集めるにはランキングに入るのは必須だし。そのためには『ブクマ』や『感想』や『レビュー』や『評価ポイント★』が要るんだけどそれも結局読者集めなきゃっていうジレンマが──つーか。作者なんかよりラームさんすよ。いやマジおっぱいデカイっすよね半端ねーす。…あの!揉んでいっすかっっ!?ちょっとでいいんで!先っちょだけ…──」
ラーム「…んなっ!もう!!いい加減帰って下さい!!!」
ドドドドドドドドドドドドドドドド(誰かが走って来る音)
若僧「おお?あっ!やべぇっ!ソラのおっさ…っ」
ドガドガドガドガドガドガドガドガドガ…!(肘鉄連打の音)
若僧「グあいでえいやマジですんませいでえっ!グアああ!ゲベゴホ!はが!も!ゆぶじでええ…っ!!」
クレクレしたい作者の気持ちは分かる、しかしこの若僧に肘鉄された件については割りと根に持ってたし、自分以外の人間がラームにセクハラするの…なんか腹立つ。
それがこの物語の主人公。
ソラなのである。