第31深 語如。
ニョルニには『旧始街』と呼ばれる区画がある。
ここは少し…いやかなり寂れた場所だ。ソラが住むあのボロアパートもこの区画にあり、そして今ソラ達が巡っている屋台通りはその旧始街の境で途切れる。
屋台飯をさらにと大量に買い込んだソラとラームの二人は、その境まで来ていて、奇しくもこの時、同じ事を考えていた。
『楽しい時間はすぐに過ぎる』と。
繋いでいた手も今は離れている。二人とも屋台飯が詰まりに詰まった紙袋を両腕にかかえているためだ。ソラは最終的にラームが買い込んでいた分の4倍近くまで買い込んだ。もはや抱える荷物が大き過ぎて前が見えにくい状態だ。当然ソラが大部分を持つ形にしてはいるが、それでもラームには酷な量であったかもしれない。それでもソラは歩くのをやめなかった。
『どうやら目的地は既に定まっているらしい』ラームがそう信じて荷物に四苦八苦しながら付いていった距離はしかし、ほんの数十メートルだった。どうやら目的地に着いたらしい。
「ソラさん、ここは…?」
ラームは比較的にだが治安の悪いこの旧始街にはあまり馴染みがない。
「ここは、俺の古巣で…孤児院だな。」
ソラからそう聞いたラームは、荷物越しにその孤児院の敷地内をゆっくりと眺めやった。
「…なるほど。ここで育ったんですね…子供時代のソラさんは…」
なんだか自分以上に感慨深そうにしている。そんなラームを見て何となくくすぐったい気持ちになるソラ。このように繋いだ手を放しても良い雰囲気は継続中なのである。しかし、
「「「っ、わはぁいっ!」」」
二人だけの空気に割って入るのは複数の子供の声。
「発見したにゃ!発見したにゃーっ!ソラ兄ぃにゃー!」
「おおおお?なんか一杯持ってるじょっ!それおみやげ?おみやげじょ?」
「な…っ?あのソラ兄ぃが女連れッチ!しかも美人だと?生意気ッチ!実に生意気ッチ!」
「…………! …………! …!」
建物の中からわっと走り出てきたのは、喋りに特徴的な語尾を利かせる三人と、やたら無口な一人の子供。
「あーもーうるさいぞ『四バカ』。さっそくうるさい。」
どうやらこの四バカと呼ばれる元気な子供達はソラとはよく知った仲であるらしい。
「「「バカじゃない(みゃ!)(じょ!)(ッチ!)(……っ!)」」」
抗議しながらも走りより、ソラの周りをぐるぐるとまわる。それは嬉しそうに。跳び跳ねるようなその動きはなんとも愛らしいものだったが。
「こぉるぁぁあッッ!!!!」
そこへ突然、特大の怒鳴り声が落とされた。
「ひぃ…っ」
その大音量に仰天したラームは肩をビクンと跳ね上げた。苦労して運んできた紙袋を危うく落としそうになる。
「ミケ!」「にゃっ!」
「ジョイ!」「じょっ!」
「チャーリ!」「ッチぃ!」
「ミンミ!」「………!」
雷を落とされた当の四人もビクンだ。反射的な動きで『気をつけ』の姿勢をとった。案外よく躾られて──「ったく!靴くらい履きなっ!」──いや、そうでもなさそうだ。
「…ていうか。ソラじゃないか。」
件の雷の主はソラの存在にも気づいたらしい。
「お、おう。しばらくぶり。」
先ほど古巣と言っていたはずが、挨拶はなんともぎこちない。どうやらソラはこの人物を苦手としているようだった。
「まあここしばらく…つっても3日くらいかい?ともかくその大荷物─つかそのべっぴんさん─つか────その、腕。
………って、はあ?…ったく、はぁ~~ぁ!
相変わらずだねぇ!あんたは話題に困らない子だったよっ!昔っからね!」
一連のやり取りを見ていたラームはピンときた。ソラは苦手とするこの人物に伝えそびれていたのではないかと。隻腕になってしまったという重大過ぎる報告を。
(…これってもしかして…)
その報告がてら自分は緩衝材として利用されたのかもしれない。そう思い至れば、
(もっと言って下さいっ!)
…となる。ソラの無謀ぐせを何とか直したいラームだ。良く知らない人が相手だって尻馬に乗る。まあそれは心の中限定だったが。
「いや、うん、その…『色々あった。』今はそれで勘弁してくれ。マリ母さん」
それにこのやり取り。ソラが『マリ母さん』と呼ぶこの…二十代半ばとおぼしき…しかも度が外れて妖艶な女性は、、、もしや。
(『母さん』…?…え?どう見てもそうは…ええ!?……まさか。
この人が…え?ソラさんの育ての親?えええ!?ウソでしょ?いくつなの?キレイ過ぎるでしょっ!)
ラームは茫然と自失してしまった。挨拶も忘れていた。
いやこれは確かにはしたないと言えばはしたないのだが、最初にきちんと紹介してやらないソラも悪…いや、彼も一杯一杯なのだろう。汗を垂らしてしどろもどろだ。
「えっと…あの、せっかく買った飯が冷めちまうよ…それに、あー…今は、ほら、こうして元気にしてる訳だし…な?ほら、ガキ共の飯もまだだろ?」
どう見てもいつものソラではない。そんな彼を見て『母さん呼びでやっぱり合ってるみたい』…と硬直したままラームは理解した。あのソラが『マリ母さん』相手だと随分としおらしい。スルースキルにいつもの切れがない。
「…ったく、卒院しても手のかかる…まあいい。入んな。」
一方の『マリ母さん』は動じていないようだ。それはそれは堂の入った肝っ玉母さんぶりで──…いや、いい加減そこじゃないだろうラーム。
(…はっ!ああ!私ったら!)
『ソラの育ての親』…そんなキーパーソン中のキーパーソンといきなりの邂逅。そして早々に堂々の貫禄を見せ付けられた。
つまりは完全に圧倒されてしまったラームはここでようやく、自己紹介もまだだという不覚に気付いたのであった。遅れを取り戻そうと慌ててしゃしゃり出た。
「も、も申し遅れましゅたっ!ラームでてっ!言う…ますっ!」
そう、慌てていたので噛みもする。ある意味期待を裏切らない。それがラーム。
「へー。私はマリアって言う。うちの子が世話になってるようだね。よろしく、ラーム。」
マリ母さん…もといマリアは相変わらず動じない。それを受けてさらにと緊張を深める安定のラーム。
「そしょ!しょんな!お世話なのは私でされてるので、でして…っ!(あー!もうっ!)」
コミュ力に自信あり。…職業柄そう思っていたのにこの自爆っぷり。
「えと、そう、お世話されてまして!どんなお世話かっていうと…えっと…あの…」
それでもと頑張ってみるのだが、一方的辿々しさをぶつけるという失態をただただ重ねるだけ。なのに…
「まあこんな場所で立ち話も何だよ。ラーム、あんたも一緒に食べてくといい。あ!これはもちろん、歓迎してるんだからね?」
…こんな不審過ぎる言動で終始した自分をこんなにも快く『我が家』へと迎え入れてくれた…。
ソラの育ての親であり、この孤児院の院長であるらしいが、間違いなくの初対面。で、あるのに。
ラームはこのマリアなる人物を速攻で好きになっていたのであった…チョロ過ぎるぞラーム…いや──何となくラゴウに似ていた──というのもあったかもしれない。…まあともかく。
「「「「「「「いっただっきまーすっ!!」」」」」」」
先ほどまでのデート的ムードは何処へやら。ソラとラームは今、数十名にも及ぶ大勢の子供達と共に大きな食卓を囲んでいる。
…これはこれで楽しいが…正直なところ少し残念にも思うラームなのである。
実際…
「………っ!………っ!………っ!………っ!………っ!………っ!………っ!………っ!………っ!」
「…って、おいこらミンミ。さっきからお前は…あーあーも~…どうすんだコレ…」
ひしと抱きついて離れない甘えん坊のミンミからは、ひたすら無言のまま、屋台飯のタレで汚れた顔をグリグリと擦りつけられて服を汚されまくったり。
「むにゃ!珍味!この焼きそば珍味にゃっ!ソラ兄ぃも食べるにゃっ!」
「ふべ…っ!おま…ちょ…っ!」
しょっぱい焼きそばを甘く味付けたスライムの皮膜でつつんだオムソバもどき。その上何の卵が材料なのかよく分からない…何故かほろ苦い味の目玉焼きがトッピングされている。それを天真爛漫なミケによって無理矢理口元へと押し付けられ、顔の方までソースまみれにされたり。
「じょおおおお!?これ痛いじょっ!いや美味しいけどいややっぱ痛いじょっ!という訳でソラ兄ぃも食うじょっ!」
「こらやめ…っはがもごっ、うぎ…っ」
甘辛く味付けされたのちカリカリになるまで揚げられ…それでもなおパリパリと音立てて蠢くのをやめない何かの触手。(※因みにこの魔物食材は人の唾液または胃酸により急激に弱化する性質であり害はない…らしい)それを食いしん坊なジョイによって口内に放り込まれ、歯茎に吸い付く吸盤を咀嚼するのに四苦八苦していたり。
「ほらソラ兄ぃ、(プス)吐けッチ、(プス)白状するッチっ、(プス)あの美女とどこまでいったッチ(プス)説明するッチ(プス)なるべく詳細に(プス)臨場感たっぷりに(プス)重要なとこは生々しくっ(プスプスプ…)」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいやまじで痛い痛いから──!」
焼き鳥の串でチクチク…いやプスプスと。脇腹を何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もマセガキなチャーリに突かれ……っていや……アレは大丈夫なのだろうか?ともかくそんな感じで少なからずの血を滲ませていたりと。
「ああもう…ッ!!どいつもこいつもっ!いい加減にしろおおぉっっ!!!!」
さすがのソラもアレ全部はスルーしきれなかったようだ(笑)いや笑ってはいけない。
「汚ねえし!ホント痛いよ?ものっっ凄く痛い!ホントろくでもねえなこの四バカわっ!」
いつになく怒っている。
「「「「バカじゃない(にゃっ!)(じょっ!)(ッチ!)(……っ! )」」」」
一方の四バカはまったく堪えていないようだが。
「…ったくホントお前らはよー~…、頼むから。食えよ。大人しく。せっかく買ってきたんだからっ」
もはやあきらめの境地に入ったか。その声は黄昏ていた。それに対して
「「「「ソラ兄ぃありがとう(にゃっ!)(じょっ!)(ッチ!)(……!)」」」」
どこまでも屈託がない四バカなのである。これでは怒るに怒れない。
…このようにしてソラは離れた場所で子供達にもみくちゃにされていた。その対応に忙しく、自分から料理に手をつけていないし、ラームの事も完全に放置している状態だ。そんなラームに気を遣ったのか、
「すまないねラーム。本当はデートの途中だったんじゃないのかい?」
マリアが声をかけてくれた。
「ええ!?いえ!…それに…あっちはデートのつもりじゃないようでしたし…だからその………はぁ~…」「あらため息。」
つい、ため息混じりの返事をしてしまった。
「『あっちは』…?なるほどね。ホント、すまないねぇあんなボクネンジンに育っちまって。こんな可愛いらしい女の子を放置するとか…まったく、、私の育て方が悪かったかねぇ」
マリアも色々察したようだ。ソラとの付き合いの長さはラームより上。察せられたラームはまた慌てる。
「あの…いえ。大丈夫です。あれはあれで…その…ソラさんは(ゴニョゴ)…ですから。だからマリアさんの育て方も間違ってなくて…そんなソラさんだからこそ私も(ゴニョ)…になったんですし…」
慌てからか照れからか。いやその両方か。『ゴニョ』の部分…その声は小さ過ぎて聞き取れなかったが…しかしその内容を大方読み切ったマリアは…
「…ふはっ!可愛くてボインな上に…こんないい子を捕まえたかい!あのソラが!」
大層喜んでいる。
「ボイ……えええ~…」
まあ、ラームは困惑したが。
「あの、私(ゴニョゴ)…ボンクラ息子がねえ!ははっ、なかなか隅に置けないじゃないか!」
しかしこの、わざとらしくも好ましい意趣返しには精一杯の微笑みで返すラームなのであった。それは耳の先まで真っ赤にしながらだったが。
そんなラームの健気さにほだされたのか。
「……ラーム。…どうか…捕まってそのまま、放されないでやっておくれよ…」
マリアは言った。
それは…言った本人ですら思いがけないほど素の声だった。




