第29深 触発ソラ。
ガタガタっ
『思わず』という動作で2脚分の椅子がずらされた音…その方を見れば二人の組合員が立ってこちらを睨んでいた。目が合うやいなやズカズカと足音荒く向かってくる。そしてソラの前に立つと、
「てめえ…」
「この野郎…」
何を言い出すのか分からないが…とりあえずとして料理を囲う右腕──鬼鋼義手による防御網をさらにと狭めておくソラなのである。一方の組合員二人はといえば…案の定、
「ブダンのやつは未だ『指導房』から戻って来ねえ。どうしてくれんだ。ああ?」
「てめえのせいだぞ底辺この野郎…分かってンのかこの野郎。」
と因縁を吹っ掛けて来た訳だが(ブダン…て誰だっけか)と思案するソラに心当たりは──いや、あった。昨日ヒミによって捕縛された暴走探索者の事だろう。そう言えば目の前にいるこの二人はそのブダンとやらを見捨てて逃げた連中だ。まあ、思いあたっても
もザ。 (いや)
もザぎゅじゅ。 (言われても。)
もさくじゅ。 (どう考えても)
もぐもぐじゅ? (自業自得だろ)
と咀嚼音で返すソラなのであるが。つまりはいつも通りのスルーである。
ちなみに『指導房』とは監獄行きにするほどではない軽度の狼藉を働いた探索者が入れられる……『謎の部屋』だ。
入った者は中での記憶をさっぱり忘れているが、何故か働いた狼藉について深く反省しており、そのついでにヒミの事を深く畏怖するようになるという、とにもかくにも謎の部屋。ちなみにソラはまだ入った事がない。
「そんで?一方のお前はこんな所でこんな馳走を食らってやがると。はあっ?理不尽だと思わねえか!ああん!?」
「そうだぞ!羨ましいぞこの野郎!昨日だって両手に花…じゃなくて!とにかく裏山!この野郎!」
もザぐ。 (なんか)
もザぎゅザじゅ。(お前ら)
もさキゅザじゅ?(キャラ濃いね)
…もジゅももじゅ。(モブのくせに。)
「そうか?…って、そんな話はしてねえっ!どう落とし前付けるつもりだっつってんだ!底辺ゴラぁっ!」
「はあ?誰がモブだてめこの野郎!ちんけな義手ぶらさげて箔つけたつもりか底辺この野郎!」
もザぐ。じゅ。 (ええ?)
もザぎゅ。じゅ。(なんで通じ─)
もさじゅ。 (──つか。)
も…ジゅ (…なんつった?)
…ゴクリ。
「………『ちんけな義手』…つったか今。」
ブアッ──
「ゴラぁ─ぐぅ…っ!?」
「この野─ひぃ…っ!?」
店内に吹き荒れる理外の殺気。途端、二人のチンピラ組合員は硬直してしまった。…これは、今やお馴染み『ダンジョンの殺気』…しかし。これはいつものそれとは違う。
これは内蔵ダンジョンが発した殺気ではない……何故なら彼は今、沈黙している。呼び掛けても返事がない状態だ。原因は不明…いや、明らかだ。分かってはいるのだが、ソラとしてもどう対処していいものか…まだ分かっていない──ともかく。
これはソラが己の力だけで発動した『ダンジョンの殺気』。このようにソラは先のダイブで幸なのか不幸なのか…ダンジョン人間として更なる覚醒を果たしている。
無言で伝えるこれは警告。そして優しさだった。…ただし、『辛うじての』と付くのだが。
ソラがダンジョン人間に生まれ変わってまだ数日…極短期間だ。しかしあまりに濃厚過ぎる短期間だった。
そう、ダメージを受けているのは内蔵ダンジョンだけではない。ソラもまた、限界まで来していたのだ。
一度死に。
生まれ変わった。
人間を辞めたその後も、
人であるなら死亡、良くて発狂。
そんな経験を繰り返してきた。
そんな極限の中、傲慢を知り、
支配する事を覚え、
遂には『己』を殺し、
『人としての生』と決別…
そう、短期間とはいえ、ソラの魂は絶え間なくダンジョン的本能に侵され続けてきた。その上で相棒である内蔵ダンジョンが背負う…果てしないほどに深いカルマ…その一端まで垣間見てしまった。
こんなのは…人であるなら狂死してもおかしくない。規格外の魂を持つソラだったからこそ耐えられただけで…しかし。そんなソラでも変質までは止められなかった。それはもう始まっており、今も継続中。
そんなソラが放った殺気…これだって実は、ただの威圧では…なかった。
『大恩あるラゴウがその命を削り造った義手…それを馬鹿にされた。』
このチンピラ組合員達が軽い気持ちで触れたそれ…いつものソラであるならスルー出来たはずのそれは、今の彼にとって思わぬ逆鱗であり、実はこの時、思ってしまったのだ。
『こいつら…殺るか』
当然ソラ自身、そんな事を思った自分に怖気が走る思いだった。慌てて自制し暴発を免れた。
つまり、殺気をそのまま継続しその威圧をもってこの馬鹿者達を傷つけず退かせ、場を治めようとしているこの行為はソラの配慮でも何でもなく、ただの偶然。不幸中の幸いでしかない。
先ほど『乾坤一擲』で涙しそうになったのもそうだ。あれも危険な兆候と言える。自身の変質を無意識にも押さえ付けようとしていたソラの覚悟と緊張が、不意に途切れそうになったからの発露であり…。
これは、今のソラが衝動を抑えられなくなりつつある事を意味していた。
つまり今、ソラは揺れに揺れているのだ。
『ダンジョン』と『人』。
相容れぬ存在の間を。
つまりは相当に不安定な状態だった。
間が悪い事にこのチンピラ組合員達はそのタイミングで絡んでしまった。そしてさらに間が悪かったのは──ガタッガタガタッガタッ、ガタガタガタ──椅子がずれる音。その数20超…このように多くの仲間を引き連れていた事だ。
「おいおい剣呑じゃねえか…」
「馬鹿やるなら、に、人数見ろコラ!」
「てめえ…なんだ?殺る気かオラ…っ!」
「て、底辺のてめえがかっ!?馬鹿が!」
「わ、笑かすんじゃねえぞっ!」
「やって、やってやろうぜこいつ…っ!」
「ああ、調子にノリ過ぎだコいつ!」
「気に入らねんだよ!ずっと、前から!」
「狂ってんのか?ええ?お前狂って──
──次々と席を立ち、何とかドスを利かそうと四苦八苦する大勢の組合員達。中には無言のまま得物を抜く者やら、攻撃魔法の詠唱に入った者までいる。明らかに過剰な反応であるのだが、これは『狂戦士化』の影響などではない。
この結果は…なんだかんだと『ダンジョンの殺気』に頼り、そして発動してしまえば思い通りの結果を得てきたソラの過信が招いた事態。
こんな殺気など所詮ダンジョンの本領ではないのだ。ステータスにも明記されていない。その程度の技でしかない。実際、今までだって数人の探索者や下級の魔物を短時間硬直させる程度の成果しか上げていないのだから。
つまりこれは…今のように膠着した状況では使えない技。敵の瞬殺が許されるなら話は別だが、時間さえ経過すれば荒事の専門家である探索者なら解いてしまうし、彼らは魔物のような本能的生物ではなく人間で、今の彼らは数的有利があると錯覚できる状況にあり、その勘違いはある程度の余裕を生む。当然その余裕も錯覚でしかないのだが、これでは『ダンジョンの殺気』が十分に効果を発揮出来ない。
……それにしても。何故、こうなってしまったのか。
ただの売り文句に買い文句…こんな馬鹿な理由で刃傷沙汰になればどう転んでも恥にしかならない。今のソラが抑えが効かないのは確かだが…それにしたってこうも拗れるはずはなかった。何故ならこれは組合員達にとっても望まない状況であるはず…いや『で、あるはずだった』と言うのが正しいのか…。
『面子を重んじるのが探索者であり、このソラという男はスキルも持たぬ底辺の探索者。こんなに人数を揃えて舐められるなど在ってはならない。それに例え負けるにしてもあのアマチャンで有名なソラだ。殺されるなんて事は万に一つもあるまい。』
彼ら組合員達がそんな見通しの甘い思い込みや習慣でかかってくるとはソラも想定外だったし、組合員達にとっても
『ソラが決して生粋の善人などではなく、立派な探索者であり、(※人知れずという条件付きだが)自分を殺しに来た同業者を闇に葬ってきたという経験なら既に何度もあった』
…という事など想定外。しかも今回に至っては…
『きっかけさえあればもう、止まれないかもしれない。』
…そんな危うさまで秘めているという事もだ。それら想定外の全てががっちりと噛み合ってこんな状況が出来上がってしまった。…実に間が悪い。悪すぎる。
そんな悪い間を、
ッダンンッ!!ビュボッ!
切り裂く二条の銀光。
一つ翔びで両者の間に割って入ったその正体は、ヤンミ。彼女は言った。
「あらあらぁっ!随分とハツラツとしちゃってぇっ!そんな元気が余ってるならストなんかやめてさあっ!仕事で発散したらどうなんだいぃっ!?ここはウチの顔で治めてさぁっ! ………それが出来ないって言うなら…見てくかい…ウチの包丁が人間もさばけるってトコ…」
気付けば…最初に絡んでいたチンピラ組合員達の喉元二つにはまとめてヒタリ。包丁の刃が当てられている。
ヤンミの言葉…その後半は『死神ヤミー』と呼ばれ畏れられていたかつての彼女に戻っていた。つまりこれは脅しでもハッタリでもないという事だ。
他の組合員達の気勢もこの時点で完全に削がれている。だがそれはヤンミだけが原因ではない。
「ソラ…いくらあんたでも………って…あら…」
…ヤンミは包丁を二刀流で持っていた。その片方を突きつけたはチンピラ組合員。そしてもう片方はソラに向けていた。だがその切っ先は…
ソラの新たな右手──鬼鋼義手──しかもその指で挟まれており、しかも首筋から離れた位置で静止しているこの状態は…ヤンミが寸止めする前にはもう受け止めていた証拠になり…。
「「「「「「ゴクリ。」」」」」」
それを見た組合員達は一斉に喉を鳴らした。そして心底思った。
『殺り合わなくて良かった』と。
ヤンミの動きはあまりに速く、厨房からカウンター越しの跳躍を挟んだにも関わらずその動きは全く見えなかった。
しかもソラから見ればカウンターは背後にあったのだから、自分達以上にヤンミの動きは捉えずらかったはず。
で、あるのに。
そのヤンミが振った包丁を指先で白羽取りとは。しかもそれをヤンミに気付かせないとは。
これは、ヤンミ襲来を事前に知る事が出来、ある程度余裕をもって予測も出来、精密な動きも出来たからこそ可能な事であったのだが、それを可能としたのはソラが展開した支配領域により『絶対把握能力』発動したからであり、そんなダンジョン由来の能力を知らぬ彼らにとっては到底あり得ない現象にしか見えず…これはまさに、人外をも超えた人外の業。
『もう格が違うのだ…全く。』
そこにいた組合員の全員、それをいやというほど思い知らされてしまった。一方寸止めとはいえ本気の速度で放った攻撃を受け止められたヤンミは、
「へえ…いい気当たりだと思って来てみれば…これまたいい見切り、いい覚悟…。料理人としては芽が出なかったあんただけどぉ、まさかぁ!探索者としての私を超えるたぁねぇっ!いやいや恐れ入ったぁっ!」
ソラを褒め称える。その顔はだんだんと『今のヤンミ』のそれに戻っていき、最後の方は本当に嬉しそうだった。だが言われた側のソラはそう思えない。
(あの死神ヤミーを超えただって?これは…そんなんじゃない…こんなのは違う。振り回されただけの…ただ癇癪を暴発させただけの…こんなの、傲慢ですらない……何が支配だ。支配されてんのは…)
…自分の方だ。
そんな内心を何とか隠し、
「いや、場を荒らしてすまなかった女将さん。それと…ホント、旨かったよ。これ、お代…」
と早々に立ち去ろうとするソラだったが、
「いやぁっ!お代はいいよぉっ!組合の連中にちょっとお灸をすえるつもりがこんな事になるなんてねぇっ!ウチこそ悪かったぁっ!」
「いやいやそういう訳には…」
「ほんとに真面目だねぇっ!………ソラ。そのお金はあんたを待ってる人に使うといい…子供達とか…外にいるかわいこちゃんとかにね…つまりは、たまには羽を休めなって事さ。危険な稼業に身を置くならそれだって大事な資質だ。」
『死神ヤミー』にこうも凄まれ固辞されてしまえば、もはや受け入れるしかない。
こうして(※『何とか…』という感じであったが)何事もなく『マンマまんま』を出る事に成功したソラは、店の玄関をくぐり、外へ出た。
そしてはたと。
「ん…?」
足を止めた。
ラゴウから半ば借りパク状態の魔導バイク。店の外に停めていたそれを、誰かが眺めていたのだ。
「あ。ソラさんっお食事のお誘い感謝ですっ!」
「…え?…いや…ええ??」
…掛けられた言葉の思いがけない内容と相変わらずな天然ぶりに、何とリアクションを取ればいいのか咄嗟に迷う。そんなソラなのであった。




