第28深 トレードマーク。
天蓋に滲む光の渦達がその力を最小にまで弱め、すっかり夜の帳を下ろしている。ろくな照明を揃えていないここは、外に合わせて随分と薄暗い。そんな室内に
「ぐ…く…お」
何が思い通りにならないのか、渾身を込めた力み声が響いていた。
──ギ…キ…ギ──
力むその声に続いたのは金属が鳴らす擦過音。その音はまるで、己を使う主に対し『そうではない』と訴えているようだった。しばらく店内に響いていたそれが、
──キュン──突然。
滑らかな音に変わる。なんの天啓を得たのか。それほどの劇的変化であった。
「ふー…、どうだ具合は。バカ野郎…」
固唾を飲んで見守っていた男が確認する。その声には安堵が混ざっている。
「…ああ。悪くない…つか……凄いな。」
──キュシュン──ピシュ──
この音からも分かる通り結果は上々であるようだ。連続して鳴らされるその滑らかさは最後まで変わらなかった。
ソラは今、ラゴウの店『乾坤一擲』にいる。
頼んでいた武具が夜には出来上がると報告を受け、半信半疑なまま引き取りに来たのだが、扱いに困ったのは最初の数分だけ。慣れてしまえばその武具の出来映えは信頼していた以上に素晴らしいものだと分かった。たったの一日半で造り上げたとは信じられないほどの逸品だ。
元は不出来ながらも街一番の武具職人と名高いラゴウの弟子だったソラであり、信じ敬う元師匠相手とはいえ、難しい注文をした自覚もあった。それだけに驚嘆を隠せない。それに…
(目の下に隈…きっと徹夜してくれたんだろうな…)
いや、生産系の最高位スキル【錬成】を持つラゴウが徹夜をしたにしてもだ。これ程のクオリティをこれほどのスピードで仕上げるなど…やはり尋常な事ではない。
もはや『健在』などという言葉では収まらない。『決死』すら匂わす覚悟が伺える。…となればこの感嘆と感謝を言葉にせずいられようか。
「ここまでくると『凄まじい』…だな。さすがだおやっさん…この一言に尽きるぜ。恩に、、着る。」
ソラとしてこれは、率直な感想を述べたにすぎなかったのだが。
「ふん。過分な世辞は要らねんだよバカ野郎が。俺としてもこんなのは初めての作だからな。『悪くない』ぐらいで上等だ。軽々しく職人を甘やかすな。腕が鈍っちまうぜバカ野郎。」
この返事…半隠居の構えでいたラゴウを心配したものだったが、益々もって技の研鑽に余念がない。そんな様子にソラは安堵し、感謝しながらもつい揶揄してしまった。
「は…相変わらずだな──いや、戻ってきたんじゃねえのおやっさん?」
「生意気言ってんじゃねえバカ野郎。それよりお前…よくもまあそんなもん自在に操れるな?どんなからくりか知らねえが…何かの『スキル』に目覚めたか?」
「それは…」
「いや、いい。今のお前とはあんま話し込みたくもねえ。金置いてさっさと行けバカ野郎。」
「う…ひでえな。」
言い淀んだ様子を見てすかさず質問を引っ込めるラゴウ。酷いと口では言いながらも元師匠の無骨なその気遣いにソラは感謝した…が。そんな顔から何を察したか
「ひでえのはお前の面だバカ野郎。一丁前に"鬼"を背負いやがって…」
結局こうなる。
「いいか?何を背負ったか知らねーが。お前も戻れたならその面、改めて見せに来い。」
ラゴウを相手にしては隠し事など通用しないのだった。まるで、今ソラが置かれている状況を大方把握しているような口振りだ。
「どんだけ頑丈に作ったもんでもメンテナンスは必要なんだ。…まあ…お前みたいなガサツもんに必要かどうかは分からんが。つかお前、ホントひでえ面してんな。ちゃんと飯食ってんのか?」
「ったく…ちゃんと食ってるよ」
『あんたは俺のお袋か』時々そう言いたくなるソラであったが、
「…て、あー。…そういや今日はまだだったわ…たは。」
ラゴウ相手ではすぐボロを出す。
「…ったく、探索者は身体が資本だ。そこで抜かってんじゃねえよバカ野郎が。「うぐ、面目ない。」」
そこを詰められたらこうして白旗を上げるしかない。即答で謝るしかなくなる。
「ふん。分かったなら飯食って…溜まった糞をひり出して「いや糞っておやっさん──」」
そしてラゴウはいつもこうだ。いちいち口が悪くて、そして…
「──その勢いでその用事とやらもさっさ終わらせて、ちゃんと、戻って来いよ。バカ野郎が「お──」」
こうだ。口悪くとも、情深いのだ。たまらない時にたまらない言葉をくれるたまらない漢。自分を破門にした最初であったにも関わらず、それでも親しみを変えられないのは、そのためだ。
半隠居したと聞いて心配したものだが、このようにして逆に心配させていたのはいつも、自分の方だったか──
と、そこでソラは思い至るのであった。先ほどは決死と表したラゴウの覚悟…いや、想いが何であったかを。
『生き急ぎがちな馬鹿弟子だが。どうか守ってやってくれ。』
そんな想いを込めて作られたであろうそれに、ソラはもう一度触れてみる──いや。触れてしまった。不覚にも。
「お、ぉ…、うん、じゃ、行くわ、」
目元から…何を…?
今自分は何を溢しそうになった…?
「おう行け。ああくれぐれも食っとけよ?飯だけはな。」
「ああ、じゃぁ…、」
…パタン…
尻切れトンボな挨拶で何とか誤魔化し、ソラは『乾坤一擲』を後にした。
「………あのバカ野郎。」
ソラを見送った後、それだけをやっと溢すと、ラゴウはドカリと椅子に座り込んだ。足腰に全く力が入らない。自重を支えられぬほど疲れていたのか。多分だが…筋骨だけでなく神経…いや内臓のアチコチにまで相当な負担がかかっている。カウンターにもたれる肘に感じるいつにない圧迫でそれに気付きながら、それでも『そんな事より…』とうつむいてはまた、、ソラを想う。
「…お前が泣きそうになる…それほどか。…一体何を知っちまったんだバカ野郎が…」
そう、この親父相手にソラの誤魔化しなど通用するはずがなかった。
「まあ…何となくだが…察しはつくがな。」
この11区に住む者なら誰もが引っ掛かりを覚えるものだ。このエリアの不自然な在り方について。きっと、ソラはその謎の一端を知ってしまった…いや、ただの一端で済めば良かった。だが、全てを背負ってしまったようなあの顔から察するに、相当まずい何かを知ったのだろう。
当然、力になってやりたいが、ソラは絶対にそれを拒絶するだろう。それ以前に事情すら話さないだろう。アレはそういうバカ野郎だ。
だから、助けを求めてきた分にはせめて全力で、心血…なんなら真血をだって注いで応えてやりたい。そうして仕上げたのが先ほどの武具だった。
「……頼むぞ。」
その言葉が何に何を頼んだものかはわからない。造った武具に活躍を頼んだか。命を落とす無茶に走らぬようソラに頼んだものだったか。あるいは、普段は疎遠とする神に向け、図々しいと知りながらあえて頼んでみたものだったか。これが今生の別れにならぬようにと…いや、それとも──ヒイィィィィィィィィィ──ていうかこの音っ。
「…んああっ!?あんのバカ野郎…くそっ!!返せや!俺の魔導バイクぅうっ!」
徹夜明けのせいですっかり忘れていたラゴウなのである。
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一方のソラはラゴウの言い付けを忘れずに守り、「まずは飯だ」と『マンマまんま』という店を訪れた。
ここは、とある事情でいつも金欠なソラが屋台飯以外で唯一利用する飯屋だ。使っている食材は安価なものばかりだが、それを最大限に活かしたとびきり旨い飯をさらに利益度外視でたらふく食わしてくれる…そんな店だ。
「よっす女将さん」
「お。いい時に顔を見せたねぇソラぁ。」
ソラの顔を見るなり、女将が声を掛けてきた。この女将の名は『ヤンミ』。ラゴウと同じで女性ながらも元探索者。ソラが料理人をしていた頃の師匠でもある。健康的な日焼け…というより荒れ狂う殺伐の中を生き抜いた者特有の浅黒い顔は、複数かつ複数種の傷で埋められている。歴戦なのは一目瞭然だ。目も片方が潰れている。なので眼帯着用だ。他のコーディネートもタンクトップにアーミーパンツ、鉄板入りの分厚いブーツと、隻眼のいかつさに合わせた感じになっているのに純白のフリル付きエプロンを愛用している。そんな常軌を逸したギャップを経由してもなお、見逃せないのが、古傷と実で詰まったその肉体だった。相当引き締まっており、引き締まって生える四肢は鍛え抜かれた男性探索者と比べても太い。…色々と濃すぎる。
「あんたその腕ぇ──まあいいかぁっ、片目を持ってかれたうちが言うことじゃないしねぇっ。よし、座って待ってなぁっ」
彼女はソラの隻腕を些細な事と片付けて、粋な動きで顎をしゃくってソラを席に着かせた。と思えばとっとと厨房に引っ込んでいく。そしてその数分後には…
「ホレ食いなぁっ!」
ダンっ。
「おお…っ」
「このヤンミ特性ぇっ!オーク肉と迷い香草の気まぐれ多層揚げ《~迷いもやしと迷いキャベツを敷きつめて。迷い生姜レバみぐらすソースを大胆に絡めて。しかもそれ、マシマシで~》定食ぅっ!の!」
ダんっ!
「おお…っ」
「迷いライス、トリプル盛りぃっ!」
言葉の意味はよく分からんが。とにかく凄い量、そして良い匂いだ。昨夜の出来事が原因で食欲というものを全く失くしてしまっていたソラだったが。
「何も言わずにぃ、さっさと食いなぁっ…て、おろ?」
ハんグ…っ!
ヤンミに促される前にはもう、料理を頬張っていた。それほどうまそうだったのだ。
もザぐ。じゅ。
もザぎゅ。じゅ。
もさキゅ。じゅ。
もジゅ。もじゅ。
噛み締めるたび。口の中に溢れ出す。オーク肉特有の濃厚な脂。
なのにしつこくない。ミルフィーユ状に挟まれている香草のお陰だろう。控え目なスパイスに漬け込んで干したそれらが衣とともにサクサクと口内に紛れて溶けていく。その際に脂っぽさを中和し、旨味だけを抽出しているのだ。
オークレバー…そして生姜を始めとした数種類の野菜をこして煮込んだ濃厚なソースを絡めてもなおしつこくない。もやしとキャベツを一緒に噛んでみればジューシーさが別の次元へ進化する。
これら菜類はどれも迷いの森由来のもの。魔素による変異具合は絶妙の噛みごたえを実現していた。なのに異常なほど口溶けが良い。それは、
ハモっ、ハモッグモ…ッ!
両頬がリスの如く膨らむまでご飯を口内へと投入しても咀嚼の邪魔にならないほどだった。
むぐもぐ、うむもぐ…ホンマ。
ご飯と合う合う。
合いすぎる。
「~~~~~っ!」
あまりの感嘆…いや感舌に、ソラは眼をぎゅーっとつぶってしまった。その様子を見ていたヤンミは「ふふ」と誇らしげに、そして愛おしげに鼻を鳴らした後『こころゆくまで御堪能あれ』と、厨房に引っ込んだ。
やがて。
立ち去ったヤンミに気付かないほど夢中になっていたソラが咀嚼を終えると同時、閉じていた眼を開けてみれば。
「「「「…ゴクリ。」」」」
よだれを垂らさんばかりにこちらををガン見する客達の姿があった。何なんだと見てみれば、彼らの前にある料理はどれも質素なものばかり…。
なんだか気まずくなり視線をさ迷わすと、壁にあるメニュー表には殴り書きされた板が一枚張り付けられていて…。
『半スト中。』
と大きな字で書かれてある。
(…なるほどな。)
と察するソラなのであった。
おそらく組合によるストライキのせいで、ろくな食材を仕入れる事が出来なかったヤンミによるこれは、組合員の怠慢に対する意趣返し。
実際、今ここにいる客達、いや探索者達はおそらく、組合員ばかりなのだろう。
ストライキに加担せずとも組合という勢力に忖度し、活動を休止している探索者達は自身を恥じてか、ここに来ていないのかもしれない。
組合への忖度など知ったことかとする気骨ある探索者達に至っては、組合員のボイコットにより空いた仕事の穴を埋めるため支局に駆り出され、忙しくて来れないはずだ。
「「「「…チッ」」」」
店内、同時に響き渡る複数の舌打ちからは『何であいつだけ…』という組合員達の怨念が込められていた。
それを聞いたソラは──ニンマリ。
もザぐ!じゅ!(そんな)
もザぎゅ!じゅ!(ことも)
もさキゅ!じゅ!(わからない)
もジゅ!もじゅ!(のか?)
満面の笑顔で軽快な咀嚼音に皮肉を込めに込めてやるのであった。そして食事中、テーブル上に肘を置くのは行儀が悪いと知ってはいるが。
滑らかな関節の稼働を実現するため──
精巧な細工が随所に施されている──
それが一目で分かる滑らかな動きで──
ラゴウ渾身の作であるその──
鈍く黒く光を放つそれを──
ソラの新たな──
黒き鋼で出来た『右腕』を──!
ダンっ!
料理を囲うようにして置いた。
これは!
『お前らにはやらねーよ』の意。
……いや気持ちは分かるが。
初お目見えとなるソラの新たなトレードマーク。
『鬼鋼義手』
それは、なんとも残念な使い方をされたのだった。
しかし、それが悪かったのか…
ガタタ…ッ
この時、場が動いてしまった。




