第24深 覚えはない。
再び動き出す『かつての自分』。
遅れてやって来たドッペルゲンガー。
その動きは洗練されていた。
いや、洗練され過ぎている。
洗練され過ぎてもはや突拍子もない。
いや、突拍子すらない。
予備動作を極限まで削除した動き。
この動きはズバリ、
『無拍子』と言う。
しかも敵は、動きの中にそれを織り交ぜながら接近してくる。これをやられるとブレて見える。目だけで追えば幻惑される事は必至。
ドッペルゲンガーが使うこの技は、魔炉を持たず、故に魔力を持たず、故にスキルやクラスを発現出来ずにいたソラがその不足を補おうとして身につけた技。
血の滲むような修練…いや、血を撒き散らすような死線を何度もかいくぐる内に誰に教わるでなく身についていった技。
今や失伝された事すら忘れられた……大袈裟に言えば 幻の武技だ。
つまりはソラの他には、スキルの助け無しにこんな事を出来る者などほぼいない。…そう、ソラ以外は。つまりソラ自身にとってこれは、知っていて、身につけてすらいて『初見の技』。
その性質は単刀直入。
敵に機を掴ませずの一気。
一方的に攻撃するためにある。
でありながらフェイントにもなる。
攻守に優れた性能であり、修練次第ではどんな動きにも応用出来る。勿論ソラはどの動きにもこの『無拍子』を織り込む事が出来ていた。これほどに高度なフェイントになると、達人であればあるほど引っ掛かったものだ。
…と、列挙してみれば確かに厄介な業なのだが、対応出来ない訳ではない。それには相当の経験が必要となるが…しかし。
ソラは自身以外にこの『無拍子』の使い手を知らないのだ。つまりは『無拍子』に対する想定はしてもその経験は全く積んで来なかった。実際に自分が仕掛けられる側になるのは今回が初のこと。
かくしてソラは想定を遥かに越えて惑わされてしまうのであった。
容易く間合いを詰められそして──来た。無拍子の攻撃っ。これは──相当な手練──そんな自画自賛を笑う余裕もない。
敵の得物が剣に変わっている。こちらは依然として短剣。リーチに差が開いてしまった。このレンジは相手の制空圏内であり自分にとっては制空圏外。圧倒的に不利な間合い。攻撃を届かせるにはそれを掻い潜って踏み込む必要があり、その分だけ攻防が遅れる。
ならばこちらも無拍子を使えばいい。さらに【魂力依存】と【領力操作】による肉体酷使で対応すれば…と、思うが……それはかなわなかった。
(なんだ?手傷を負わされ過ぎたのか…?)
身体が思うように動かない。『領力』で無理矢理に身体を操作しようともしてみた。だが…
(ぐ…なんなんだっ、クソ!何故出来ない…っ!)
どうやっても上手くいかない。何が原因なのかも分からない。どうやっても力が発揮されないのだ。シャドーゴブリンの群れと戦った時も大きな傷を負った。普通なら致命のそれを。だがそれでも動けていた。なのに…
(…あの時とは全く勝手が違う。何故だくそっ!………!…まさかコイツのせいなのか?こうなると分かって何かをやった…!?)
自分すら知らなかったダンジョン人間の生態…そんな、知っておくべき何かがあったのかもしれない。敵はそれを知っていたのではないか。このドッペルゲンガーはそれで勝算有りと踏んだのか?だから真っ向勝負を挑んで来たのか?
──と、有りもしない可能性まで模索し始めていた。この苦戦の理由を知ろうとソラも必死なのだ。疑心が暗鬼を大召喚。ここまで度重なった想定外は、歴戦である彼をこうも混乱させていた。…それを見かねてか、
【…………おい。】
「ぐ…なんだ!今は忙し──ぅわっ!くそう…ッ」
ここでやっと、内蔵ダンジョンが口を挟んできた。
【ハァ〜〜…だから。いつまでそうやって、『人間でやってく』つもりなんだ。お前は。】
「…?」
珍しくソラにアドバイスするつもりなのか。対するソラは無言だ。これでも戦いの最中にあって聞き逃さぬよう必死なのだ。
【ここはお前が構築したんだ。この場所は…この世界は…いいか?ここは『お前の中』で、お前の『領域』なんだぞ?
昔のお前がどんだけ手強かろうがダンジョンの本能がどんだけ邪魔してこようが、ここはお前が支配して然るべき場所…その事実だけは、変わらねんだよ】
「……?いや分かりにくいわっ!」
悪化していく一方な状況に焦れに焦れていたソラはつい、声を荒げてしまう。だがそれに対して内蔵ダンジョンは、
【おおいいね。それだソレ。】
意外にもその悪態をヘラヘラ高評価。その一方で、
「はあ?何を言ってん──って、どわあっ!もぉうっ!」
今の自分の…何に『いいね』をもらえたのか。それが全く分からないソラ。危うく敵から『いいの』をもらいそうになっていた。
【はぁ〜〜…ったくお前は】
内蔵ダンジョンは呆れながらこう答えるのであった。
【このピンチに懇願よりも憤りを優先させる『傲慢』さがあるなら、その資質はアリってこった。つか今までそうやって生きてきたんじゃねえのかお前は?いい加減な。コツを掴めよ】
「はあ?だから何を──」
【この世界の理不尽に抗って、何度も死にそうになって。それでも抗って抗って、魂までも変質させて!抗って抗って抗って…!】
「…………?おま…何言って──」
【何が何でもってなぁっ?抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って!…そうやって生きてきたんだろうがっ!?本来のお前はっ!】
「本来の…俺……?」
【…そうだ。本来のお前はそうなのさ。『とびっきりの傲慢』、それで出来てる。
なんせ世界相手に噛み付いてきたんだからな。何の力も持たないくせにたった独りで。魂一つを拠り所として。これだってある意味、傲慢と呼べるんじゃねえか?】
内蔵ダンジョンのアドバイス…それは単純にして明快…過ぎてかえって謎。
──汝、傲慢たれ──
しかも『お前は昔から傲慢だったのだ』と指摘された。ちっぽけな自分がどう足掻いた所で弱者の抵抗…でもやらないよりはマシ。それくらいに思っていた…つもりだった。
「いや、だからって──」
【ここまで言って分からねえか?…ったく。いいか?そもそもとしてお前はもう弱者じゃねえんだよ。俺と同化しちまった時点で紛れもない強者。そんな強者が弱者の土俵に上がってどうする?弱者的純度なら相手のが遥かに上だぞ?一体どんな真面目でそんな茶番に付き合ってんだお前は。】
表現がどんどんアバウトになっていく。
【お前みてえな傲慢なヤツはな。その傲慢をドーんと活かしてガアーッと全部掻っ攫っちまえばいいんだ。】
遂には擬音まで混ぜてきた。
「わ…かんねーよ…もっとこう…」
ソラがこう言うのも無理はない。
【支配だ。支配しろ。】
「支 配…?」
【その傲慢を活かすにゃこれしかねぇ。勿論『全てを』とまでは言わねえ。だが相手が困る範囲。自分が助かる範囲。その全ては支配する。せめてそれぐらいの我は通せ。『領力』はそのためには最も使えるエネルギーだ。だから言ってんだろう?もっと『領力』を活用しろって。】
「傲慢……領力……支配する…………………力。」
【何となくでも分かってきたか?分かったんならこっから先は自力でぶち破れ。
こんなもん…肝心要のお前の魂を持たない『かつてのお前』なんてな。ただのパチもんだ。壁とすら呼べねえ。なんたってお前の魂はもう違う次元に…片脚どころか半身、突っ込んじまってんだからなっ!ほら……やれ!力を信じろっ!傲り、高ぶれっ!】
今、新たな指針を得たらしいが、それは皮肉にもソラが忌避してきた事。
ずっと、迷っていたのだ。
この、慣れない力の使い方を。
力に酔ってはならぬとして。
なのにこの相棒は、『むしろ酔え』と言ってくる。
だがはたして…おのが心を焦がしてきたらしいソラの傲慢…本人としは自覚もないそれが、この状況を覆しうるのか…この時点のソラはまだ懐疑的だった。しかし、
【…おい。返事は?】
いつまでも逡巡するこの情けない背中を押してくれるこの相棒を信じ抜く覚悟。それが自分にあるかと問うてみれば…
「分かった。やってみる。」
不思議なことに、即答だった。




