第22深 試練。
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「ここが…3階層か…」
【……みたいだな。】
ソラ達が訪れたここは、内蔵ダンジョンにある第一の迷宮。その3階層。
その天を覆うは闇だ。その闇は滲む光の渦巻き模様で埋められている。無数のそれらが逆に暗さを引き立てている。
(…あれは、天蓋?)
地上には草原が広がっている。
正面を見れば少し向こうに森が見えるが、背後へと振り返れば腰高まで生え伸びた草で地平線まで埋め尽くされていて、この草原の馬鹿げた規模を知らせてくれた。
「ここはフィールドタイプの階層なのか…にしてもなんっつー広さだこれ…」
風に吹かれた草原が生む途切れのないうねり…それが暗い地平へ向かい消えゆく様には言いようのない不吉さを感じさせられる。
「マジで気味悪りぃな…」
思わずその雰囲気に飲まれそうになるソラなのであった。
【惑わされんな。こんな早い段階で『界層』なんて創れっこねえ。つまり今の俺にこんな世界を構築する力はねえ。
これは幻影…つまりこの空間には当然限りがあって…いや、もしかしたら次元を繋げたループ部屋って可能性もあるな…そうすりゃ限りそのものを撤廃出来るから…ともかく。
言いたいのは見た目通りの広さなんかねえってことだ。…つか、早速お出迎えだそソラ。 敵さんだ。】
内臓ダンジョンに敵出現を指摘され、慌てて周囲を見回せば。広大な風景の中ポツン。遠目に見えたのはお馴染みの立体的な影だった。
「…アレがこの層の敵か」
【……みたいだな。…っていうか…おい!】
「ん?」
【アレって…っ!】
「おいどうした内蔵ダンジョン。」
【いや分かんねーのかよっ?】
「え?だから何がどうした?」
前回のダイブ時。
1階層の敵はシャドーゴブリン。
そして2階層の敵はその群れだった。
ならば3階層はシャドーホブゴブリンなりシャドーゴブリンキング…そんな敵を想像していたソラだったが…大ハズレ。
【アレは…ソラ──】
「…ん?」
【だからあれは、『ソラ』だ。】
「…?…」
【だから!あれって『お前』なんじゃ─】
「………?…………って、へ?俺……?」
そう。
この層の敵は『シャドーソラ』。
彼自身だった。
「いや言われても…」
ソラとしてはピンとこない。得てして人は自身の姿を本当には理解出来ていないものだ。鏡や写真に写るそれを自分だと認識する以外、他に習慣を持たないのだから当然と言えば当然なのかもしれない。
こんな一風変わったステージで自分自身と戦うなど…誰だってどうしたものかと考えてしまうのではないだろうか。
そんなソラを安定させようとしたのか。
【なるほどな…】
「ん?何か解ったのか?」
【ああ。これは俺の推測なんだが──】
内蔵ダンジョンが珍しく穏やかに…というか慎重に?ともかく文句を挟まず話しかけてきた。この後内蔵ダンジョンが語るには──
『ダンジョン人間』とは読んでそのままだ。
『ダンジョンでもあり、人間でもある』
そんな意味に聞こえるが逆に言えば
『ダンジョンでもなく人でもない者』
…いわゆる『半端者』…と捉える事も出来る。そのためなのか。ダンジョン人間の生態は煮え切らない。どうにも『想定外』が付きまとう。
例えば…通常ならばダンジョンが『領力』を消費して簡単に階層の構築を出来る所を、ダンジョン人間は構築する度にいちいち敵を倒してその力を示していかなくてはならない。今回の界位昇格条件の急な変更にしたってそうだ。
この妙な仕様の数々は、ダンジョン的本能が人間の部分…つまりソラに対し懐疑的であるからなのではないか──とのことだった。
「それっていわゆる拒絶反応ってやつか?…ダンジョンと人間が同化するってのはやっぱり無理があって──」
【いや、拒絶反応って感じでもねー。多分これは試してんだよお前を。】
「…試す?」
【つまり『ダンジョン人間の力ってもんを見せてみろ』ってゆーアレだ。これはダンジョン的な本能が叩き付けてきた挑戦状みたいなもんなんだろうな】
その極め付けとして突き付けられたのが、『自分を越えろ』というメッセージなのだろうか?
「もしかしてここでのお前が界命戦術を使えないのもダンジョン的な本能とやらに封じられて…」
【ふん…多分な。ヤツのことだからお前に『いつまでも人間気分でいねーでダンジョンとしてしっかりやれ』って言ってんのかもしれねえが……チッ、全く何様のつもりだ……あ~いや、これはいい機会だと思え。『界命戦術』が使えないままのお前じゃぁ多分、今後は厳しくなってくだろうしな。】
「…そんな諸々を俺に理解させるために俺そっくりの敵を用意した訳か…?…いや…これ以上はもう考えても無駄なんだろうな…」
つい最近までただの人間だったソラにダンジョン的本能の意図なんて分かる訳もない。
「…して、あそこにいる俺のそっくりさんはもしかして使えるのか?界命戦術を。」
ソラが最も心配する点はそこであった。もしそうであるなら勝ち目はない。
【いや、あの影から『領力』を感じねえ。多分ダンジョン人間になる前のお前だな。アレは。ほら。隻腕じゃねーし。】
「ああホントだ。揃ってるな。腕。……て、はあ?それが本当なら……どう考えても楽勝だろう。」
欠損なしの五体満足VS隻腕。そのハンデがあっても今の自分はもう昔の…底辺探索者のソラになど負けるはずがないと豪語する。彼を弁護するならこれは、慢心ではない。むしろその逆だ。
彼は徹底して弱者たる自分を分析し、可能と不可能を徹底して分け、可能のみを選択し、それがどんな小さな可能性でも挑戦してきた。その過程では自身の非力さを嫌というほと味わってきた。そんな彼ならではの自己評価の低さがこれを言わせた。
だがそれもまた──甘かったのだが。
「──…って、あれ…… くそっ!」
ソラはここでやっと気付いた。いつの間にか敵の姿を見失っている事に。
「どこに消え…」
慌てて支配領域を展開しようとするが、それは間に合わない。
──ザ
「そこ…ぐぁっ!」
姿勢を低くして草むらに忍び接近して来た自身を模した不吉の影…。突然現れたそれの狙いはソラの足の甲。そしてそれをまんまと貫いたのは短剣だった。
「痛いぃぃ!…クソぅ!」
痛みに悶えるこちらの得物も短剣だ。しかし低い位置にいる相手を追い打つために使うこの場合は逆に、リーチに難のある短剣は不利となる。さらに足元にダメージを負ったため踏み込みが甘くなった。反撃が遅れる。その間にシャドーソラはまた、草むらの中に隠れてしまった。そしてまた見失う。
何とも鮮やかなヒット・アンド・アウェイ。
勿論、それを姑息などとは思わない。弱者なりの知恵を絞りそれを全て実践するあの戦型はむしろ、自分本来のそれ。
そう、ソラにとってアレこそが探索者の底辺を這いずっていた自分の姿だった。
(くそ…っどうやら本当に人間だった頃の俺を真似てるようだな…っ)
ソラはかつてない経験に動揺していた。そしてこの後知る事になる。
弱者だと思っていた『自分』
弱者として周囲に蔑まれていた『自分』
その自分がもし……本気で戦ったら?
その自分ともし……本気で戦ったら?
どうなるか…ソラは思い知る事になる。




