第2深 修羅バス。
「な、なんなんだこりゃぁ…っ!いいい一体、何が起こってやがるっ!」
「ス、スタンピードか…!?」
「な…っ、オーガ種だけで構成されたスタンピードだと?そんなお前…っ」
「絶望しかねえじゃねえか…っ!?」
「…でも、、そうじゃねえってんならこの状況…!何て説明すりゃいいんだ!?」
後部座席にたむろしていた先輩探索者達がガナリ合っている。
スタンピードとは大量発生した魔物が暴走状態となる現象の事だが…それを聞いていた若僧探索者は思っていた。『確かにおかしい』と。
スタンピードには二種類ある。
一つ目は魔物の間引きが間に合わず、ダンジョンから氾濫した魔物が大挙してくる場合…。
しかし、おそらくだが今回はそれに該当しない。オーガ種はコボルトやオークやゴブリンなどとは一線を画して強力な種属だが、そういった強力な種属ほど繁殖力は弱く、大量発生などありえないからだ。
だとすると二つ目…『変異種』や『希少種』や『特異種』などと呼ばれる異常進化を果たした個体に追い立てられた魔物が、ダンジョンから逃げ出し暴れまわる場合なのだが…。
これ程の数のオーガが逃げ惑う…?それ程の脅威となる個体が出現した?…だとすればそれは、どれ程強力な変異を遂げたのか──そこから先の思考を躊躇う若僧探索者に向け、
「これは通常のスタンピードじゃない。……『狂戦士化』だ。」
偶然返事をする形となったのは、ソラ。
「おっさんそれって──」
素直に聞き返そうとした若僧探索者だったが、
「運転手!おい!」
それは先輩探索者達の怒鳴りに遮られてしまった。
「何をボーっとしてやがる!ここから離れるんだ!早くしろおっ!」
若僧探索者は我に返る。
確かに。
もはや出来る事は少ない。
…というより撤退以上の妙案などあるはずもない。あってもそれを試すには力が足りていない。それも絶望的に。このバスに乗る全ての者がそうだった。隣に座るこの、ソラという男だって──
(そうだ…俺はなんだってこんなおっさんに…)
何を、何故、期待したのか。…よく考えれば根拠など皆無。若僧探索者は人知れず反省するのだった。先ほど先輩探索者達に叱咤された運転手の方も
「は、はいぃぃぃィ…ッ!!」
…どうやら我にかえったようだ。左右キャタピラを反回転。慌てながらも巧みにバスを旋回させた。
そのかいあって群らがっていたオーガの多くがバスから離れた。運良く解放をせしめたバスはここぞとばかり引き返す。それでもと足掻いて張り付いていた残りのオーガは……1体、2体、3体……と順調に轢き殺されていった。それを固唾を飲んで見守っていると…
「…あぁもったいない」
また呟かれた。今度もソラだ。それに対し苛立った若僧探索者がキッと睨む──と同時。
ガコンッッ!
速度が上がり切る直前。
バスの勢いがまさかの急沈。
何事かと騒ぐ乗客には見えなかったが、キャタピラの隙間にオーガの角が突き刺さっていたのだ。それはやがて頭蓋諸共砕かれる訳だが、その時にはオーガ共がまた殺到していた。その数、さっきの倍。
ガガラララララ───
地を削るキャタピラ音が虚しく響き渡る。ガラスの割れた格子窓に吹き込む粉塵が成果の無さを伝えてくる。それでもと運転手はヒイヒイと引き攣った声を上げ再発進を試みた。だがバスは一向に動かない。オーガ共が結集した膂力により完全に堰き止められているようだ。ドゴンドゴンとバスを揺らすのは、魔動エンジンの唸りではない。殺到したオーガの打信。
──それに異音が混ざる。
──メキャ──それは絶望の音。
運転席の横にあるバス出入口…そのドアがひしゃげ隙間が空いた音。
「ヒイイイイイイイイイ───」
運転手は見た。その隙間に汚らしくも鋭い爪を生やし、各関節がボコボコと盛り上がる指が捩じ込まれゆく様を。ドアの隙間が見る間に抉り広げられていく様を。そして堪らず、
「ヒャアアアアアアアぁぁああ────」
絶叫を上げる。
「「「「ぃ───────!」」」」」
先輩探索者達も声なき絶叫を上げた。
そしてそれら絶叫虚しく、
ドグアアンンンン────ッ!
ドアは、ついに破られた。
内側に向け雑に蹴飛ばされたそれが被さる形となり、運転手は幸か不幸かここで失神、突っ伏すことに。脱力したその上半身がクラクションを押す。
ッビィーィィィィイイイイィィィイイ──
不吉に鳴ったそれは、これから降りかかる惨劇を知らす魔笛のようで
──ゴウン…プシュー──
次に鳴ったこれは、頼みの綱であるバスが全ての機能を沈黙させたを知らせる音──
「「「「……………………─────」」」
この一連を見聞きしていた乗客達。
その全員も沈黙し──
───そして。
「バッガハアアアアアアアッ!」「グラアオオオオオオ!」「ガハガ!ガラウアァァァア!」
──オーガ、殺到。
先輩探索者達は後部座席に殺到。逃げた先に出口などないが。
中部に座していたソラと若僧探索者は逃げ遅れた。逃げた所で逃げ場などないが。
2m半を超える巨体が殺到したのだ。我先にと車内へと遮二無に一気に。この魔物達にとってバス内は狭い。当然つっかえる。故にその進撃は遅くなる。遅いが…
着実に、
迫ってくるッ。
頑丈に据え付けられた座席が見る間、ビニール製のおもちゃが如く無理矢理ひしゃげられていく。
オーガ数体という超過密にして獰猛な筋肉の質と量。異臭と熱気。それらにバス内が圧迫され、それを見せつけられる恐怖で視界が歪む。
急速に異界化していくようなその非現実を、若僧探索者はスローモーションで見守った。
これは本能が極限まで身体の機能を停滞させた結果…つまりはこの時、若僧探索者は本能レベルで全てを諦め、死を覚悟したのだった…が、 その時だ。
──ズブり──
──プシャアァァァァァァァア──
見れば。先頭のオーガはつんのめっていた。片方の眼窩から盛大に血を吹き上げながら。
──?──
理解不能。再びの沈黙。それは、そのオーガ本人も。その他のオーガ達さえも。
…何故なら唐突過ぎたからだ。
あまりにも。
黒くも赤い水玉模様がパァ──バス内を彩ったかと思えば血臭、モワり。顔面を温く撫でたそれが鼻腔に挿さってそして──
それら現象を発生させた原因は?いつの間にか突き立っていた短剣だ。
そしてオーガの眼窩に生えるそれを握っていたのは?現在進行形でドス黒い赤に染まりゆくその男は──
──『ソラのおっさん』?
「……え?」
非現実的光景の中、さらなる非現実を引っさげ、突如降臨したのはあの──
──『ソラのおっさん』だったのだ。
「……はあ?」
この男…いつの間に。いつコマを省いた?この狭い座席から一体いつ、自分をすり抜けそこに立った?あの…最弱と名高い底辺探索者がどうやって?
…これが本当に散々言葉で嬲って…しかもその鼻先に肘打ちまでくれてやった、あの──
「おい、『ソラのおっさん』……あんたが……やったのか…?これを──いや、」
聞くまでもない。
この男だ。
『確定された死』
それを不当に捻じ曲げたのは。
「あんた一体…」
この事態に妙な理不尽を感じたアホな若僧探索者は、思わずと抗議してしまった。
──プシャアァァァァァ──
それを聞いて呆れるソラの顔はオーガの血に濡れ、凄絶に凶悪。
──プシャアァァァァァ──
…そして漂うはあまりにあまりなシュール感。
それを修羅場らしく整えんとするかのように。ソラが短剣を引き抜くと同時、刺されていたオーガの亡骸は跳ねのけられた。嫌な熱と臭気を引き継ぎ次のオーガがまた迫る。グワリ──
そしてまた、ズブリ。
──プシャアァァァア──
…何故かそのオーガもつんのめった。…そしてその眼窩にはやはり短剣が生えていて…そしてやはり大量の血が飛沫いて…その短剣を握る者はやはり、『ソラのおっさん』で………なんなのか。この理不尽。
しかもそれは何度も繰り返された。何をどう思っていいか分からない若僧探索者が言えたのはただの、これだけ。
「いやいやいやいやいや…」
やがて中部から先頭まで。バス車内に詰まりに詰まったオーガの死体。明らかに定員オーバー、だが一先ずは侵入を防ぐ形になっている。なってしまった。
しかしオーガは外にもいる。思い出した若僧探索者は格子越しに見た。バス襲撃を諦めたオーガ達が、逃げ惑う人々を襲っているのを。
あの人々はこれら暴走したオーガの発生元であろう『鬼岩砦』から逃げて来た探索者達なのだろう。
中には見知った者もいる。そんな仲間達が一人また一人と殺されゆく惨状を、自分ではどうする事も出来ない…そんな新たな絶望に顔を歪める若僧探索者をよそに──
【──ソラ───素材を───】
ソラは彼以外の誰にも聞こえないその声に従った。そして【吸── ──急に失せた圧迫を不審に思った若僧探索者が振り返れば、バス内を埋めていたオーガの死体は綺麗サッパリ消えており…。
その代わりとして残っていたのが、バス内の通路に空いたいくつかの──『穴』。
…どうやらこの穴に足を取られ、オーガ達はつんのめったようだ。
しかし…直径にして40cmにも満たないとはいえこの穴。…一体全体、いつ、どのようにして生まれた?
そう思いながら覗きこもうとしたが視界が届く前にそれは小さくなって──
終いには消え───……
…………… ………… …… …
……… …… … … …
…… … …?
……。
…まったく訳が
………分からない。
あっという間の惨劇。
あっという間の絶望。
あっという間の逆転劇。
あっという間の絶望回避。
気付けば股関が妙に暖かい。
それが急速に冷やされていく。
そこでやっと気付いた。
失禁している事に。
恥じるより感じたのは、
この身を支配する徹底した弛緩。
安堵感。
生きている。
助かっている。
何故かは分からない。
いや分かっているが理解できない。
(………一体、このおっさんは何をした?)
そう思いながらソラから今度こそ目を離さないようにしていると、後ろがドヤドヤと騒がしい。
先輩探索者達だ。「でかした」とか「よくやった」とか上から目線でなんとか虚勢を張ってソラを労っているようだが…。そんな先輩達の姿を見た若僧探索者はこう思わずにいられなかった。
(…あんたら一体 何してた?)
一方のソラは先輩方の白々しい言葉などは完全に無視。しかもあろうことか外に出ようとしている。やっと手にしたこの安全地帯を早速、放棄するつもりでいるらしい。
それを引き留めようとする先輩探索者達。必死になって撤退を提案してみるの図…どうやら毟りたかろうとした相手に、今度は守ってもらうつもりのようだ。その様子はどう贔屓目に見てもダサかった。
…そしてそんな勝手は許されなかったようだ。
ヴアッ──
車内に吹き荒れたそれは、理外の殺気。
その発生源は──ソラ。
先輩方の我が儘は彼のひと睨みにより呆気なく消沈した。それも一瞬にして一斉に。まるで尻の間に巻かれた後に凍りつき、さらには砕け散る…そんな幻の尻尾が見えたようだった。
そして見ていた若僧探索者も例外でいられない。また遅れて気付く。またも股関を這う温み…そしてこれまた遅れて来る急速な冷え。
だが慌てない。二度目だからではない。失禁して当然。そんな納得があったからだ。
今ソラが発した殺気は、異次元のそれだった。
殺気を受けたその瞬間、この若僧は若僧なりに積んだ歴史を思い出してまでいた。
それは、走馬燈のように──
とある居住区を壊滅させた希少種の魔物…それを目にした時の事。凄腕と評判だった探索者達…その多くが簡単に死んでいったあの日。次は自分の番と心底から震えたあの日にしかし、自分は、恐れるだけで終わらなかった。こうも思っていた。
『あれ程の絶望を前にしても探索者は…ダンジョンの腹の中を探ると決めた人間は…対処しなければならない。それぐらいの気概なしで探索者などやってはいけない』──そんな事を想っていたのだ。初々しきかつての自分は。
そんな、ちっぽけでも自分なりの栄光を久し振りに思い出した訳だが、先ほどソラが発した殺気を前にしてはこう思わざるをえない。そんな思想など無意味だったと。なぜなら、
(今味わったあれは………あの時以上の──いや、)
ついさっきの絶体絶命をすらカワイイと思えるほどの。探索者の気概云々なんて想いなど差し挟めないほどの。そんな恐怖だった。今感じた脅威はともすれば…
(…魔物以上…いや違う…っ)
さっきのあれは、生き物の範疇にすらなかった。そんな気配──
(いや、気配とすら呼べない…)
ただただ、、
異質。
──丸呑みにされた。一瞬にして──
そんなイメージを喚起するこれは、
(…これが……これこそが…)
絶望というもの…なのだろうか…助かった事実がある今、それも頼りない推測となるがしかし、こんな埒外の殺気…自分は知らな──
(いや。知っている?)
何故か覚えがある。それは何だったか──……と思考に没頭している間に、バスは走り始めていた。
運転手が目を覚ましたのだろう。バスはそのまま、オーガに追い立てられる人々を素通りしていく。
バスに揺られる若僧探索者はその無情をどう思っていいのか分からない。車内に吹くすきま風…その肌寒さを感じられる余裕すらも、何だか許せなかった。
そうやって分からないまま、自分を許せないまま、ただ見送る事しか出来ないでいた。ソラの背中を。
見えなくなるまで。
そして見えなくなった時にやっと、
「ぉ…そうか…あの気配…」思い出す。
あの気配ないし殺気は、未討伐ダンジョンに初めて踏み入った時に感じたそれに近かった。
「(…いや、それを何倍にも増幅したような──)…って、いやいや……そんなの……」
咄嗟に思い出せないのも当然。そう思った。何故なら、
「……ダンジョンの……殺気……?」
そんなものを人間から感じるはずなど、なかったからだ。
《クレクレ劇場。》
パイセンA「な、 なんなんだこりゃぁ…っ!いいい一体、何が起こってやがるっ!」
パイセンB「ど、読者ばなれか…!?」
パイセンC「な…っ、たったの二話で読者ばなれだと?そんなお前…っ」
パイセンD「絶望しかねえじゃねえか…っ!?」
………まったく訳が、、
………分からない。
あっという間の惨劇。
あっという間の絶望。
あっという間の…『アレ?どうして?』
あっという間の『えっと…何かすみません。』
気付けば股関が妙に暖かい。
それが急速に冷やされていく。
そこでやっと気付いた。
失禁している事に。
恥じるより感じたのは、
この身を支配する徹底した弛緩。
『やっちまった感』。
??「それでもまた…読んでくれりゅ?」
??「『ブクマ』欲しいっチ。」
??「『感想』とか『レビュー』とかも欲しいじょ。」
??「あと『一話ごとに評価ポイント』もらえると最高だみャー。」
ソラ「いやだから。お前らも誰?」
誰の声かは分からない。
いや分かっている。
これは『クレクレの精』。
一方、それを見ていた若僧探索者は思っていた。
これぐらいのあざとさ…ないし図々しさなくては、なろう作家などやってはいけない──そんな事を想う汚れきった今の自分…でも『しょうがないよね』と開き直ってもいた。