第18深 凶兆。
支局に足を運ぶ踏み入れてみれば案の定、閑散としていた。いつもとこうも雰囲気が変われば空気も変わるものだ。
雑多な臭いが混ざらない支局…その意外な香り方は、ソラを一瞬だけ新鮮な気分にさせたが、そのすぐ後には辟易とさせた。
いつもの活気がないこの状態は勿論、ストライキの影響によるものだからだ。
それは『組合』に所属する探索者はそれだけ多いという事でもある。外で騒いでいる連中はまだ一部に過ぎない。それでも探索者全体の四分の一にまでは届いていないはずだし、構成員は実力的に中の上に届いていない者が殆どであるはずなのだが…
(困った事に団結力だけはあるんだよな…)
『組合』はもはや、一つの勢力と言って良かった。
そんな組合に所属してなくて、ストについても良く思っていない探索者達も大勢いる。
だが彼らの方はダンジョン探索のためにパーティを組む事はあっても、『組合の対抗勢力となるべく徒党を組む』…という考えにまでは発展しない…いや、しないというより、『するという発想が端からない』のだ。
管理不可能なダンジョンを仕事場とし、常に命懸けな稼業である以上、探索者の身の振り方は基本、自己責任となってしまうのは当然の事で、皆それを受け止め自らを律しているのだ。その気概は真っ当な探索者であればあるほど骨の髄まで染みている。
確かに探索者同士、挨拶や軽い会話だってするし酒を酌み交わし、許容範囲内であるなら情報交換も吝かではない。
でもそれは表面上の事。
本国栄転にまつわる出世争いを除いたとして。それでも互いに競合する関係である事に変わりはない。管理の及ばないダンジョン内で欲をぶつけ合う相手。それが探索者における同業者の認識だ。
そんな微妙な関係性が拗れてしまえば命のやり取りに発展することは珍しい事でなかった。
なので契約的な協力体制にあるわけでないならば、互いに徹底した不干渉を貫くのが常識だ。
…皮肉な事にその強固な個人主義が裏目に出た結果生じたのがこの『多勢に無勢』。
こうなると個人の実力など関係なくなる。実際、組合に所属していない者達には『組合』に忖度して──つまりは睨まれたくなくて──仕事を自粛しているパーティも相当数あるようだった。これも自衛の一環なのだとして。
という訳で探索者相手に顔繋ぎや販売目的でロビーを賑やかしている一般の人々まで組合に忖度して殆どいない。
「(支局としちゃ頭痛の種もいいとこだろうな)一体何やってんだか…」
おそらくはこのエリアに危機が迫っているのだろうこの時に、このグタグタ感。改めて呆れかえるソラなのである。
「ソラさんこんにちはっ」
そしてそんな人がまばらなロビーにいたのだからすぐに見つかる。
「お、おう、ラーム。」
声をかけてきたのはラームだった。その顔は険しい。どうやらこれは…つかまってしまったようだ。
「…ソラさん。もしかして今日もクエストを受ける気ですか?」
そんな、詰め寄る姿勢のラームを相手にしては、
「ん…ああそうだが…。えと、お前さんは休まないのか?」
こんな、バツの悪そうな受け答えしか出来なくなるソラであった。そしてこうなる。
「もう!私はいいんです!荒事とは無縁の仕事なんですから!でもソラさんは別です!今日は絶対休んで下さいね!」
「え。やだよ──」
それでも何とか抵抗しようとするソラだったが。
「いいえ──帰って下さい。」
ラームではない。誰かの声。どうやら思わぬところから伏兵があったようだ。
「オークとゴブリンとコボルト。これら『三竦み』が変則にもパーティを組んで活動していたのを見たと多数の報告がありました。
少なくとも『豚人の巣窟』『犬人の丘』『幼鬼鉱山』…これら複数のダンジョンが連携し、勢力としてまとまりつつある…我々はそう見ています。」
突然声を掛けて来たのは女性の支局員。
「この急造の一大勢力を構成する魔物は繁殖力が強いものばかり。つまりかなりの大軍となるはずです。
まあ、統制が取れている以上スタンピードでないことは確か…それは不幸中の幸いなのですが。
ともかく。この通り究極的に人材が不足している状態です。この大規模な侵攻が人類圏へ向けたものか…それすらもまだ特定出来ておりません。つまりは非常に、厄介かつ危険な状況です。」
「お、おう珍しいな『ヒミ』の姉御。…つか侵攻って──マジか。」
やっぱりソラが報告するまでもなく、三竦み関連の情報は既に上がっていた。それがまさか──
「いいえ──私はあなたのお姉さんではない。ですが──侵攻だけは、マジです。」
分析も既に(中途ではあるが)済まされており、それは『連合体の進行』という、ソラが想像していたよりずっと深刻なものであるとは。しかも…
(もしかしたらそれって俺のせいか…?)
嫌な心当たりに囚われるソラなのである。
「あ。ヒミさんこんにちは。珍しいですねこちら側にいるなんて」
「いいえ──こちらこそこんにちはラームさん。今日も素晴らしいハリとボリュームですね。」
「ああ、ありがとうござ、…え?」
「いいえ──こちらこありがとうございます。誠に眼福です。」
「眼?……あ…もうっ!ヒミさん!?」
こうしてソラの思考は姦しきガールズトークに阻まれた。この女性支局員の名は『ヒミ』という。
ベリーショートの水色の髪と目、鋭角なフォルムの眼鏡をかけ、175cmと女性にしては高身長なスレンダーボディながらも、腰元から太ももにかけては迫力満点にムッチリとしていて、そのラインがくっきりと際立つスリムタイプのパンツスーツを格好良く着こなしている。
ラームとセットで『北風と太陽』に例えられる事が多いちょっと…いやかなり冷たい感じのする知的美人だ。
職位はそれほど高くないはずだが支局長以上のカリスマ性を発揮し、支局員のまとめ役的存在である。その戦闘力は未知数。粗暴な探索者達の脅しやハッタリにびくともしない豪胆さから、かなりの凄腕なのではないかともっぱらの噂なのだが、どこで買うのか嗅いだこともない若向きの香水が香ってくる事からも、女子力方面への努力も伺える…が。それでも結局、通称は『姉御』で不動。因みに彼女自身はこの通称に不満がある。
いつもは業務で忙しくカウンターからこちらへは出て来ない彼女だが、今日はストの影響でロビーにいつもの賑わいがないため、暇を持て余したのかもしれない。ちなみに見ての通りソラに対してあたりが強いが、ラームの事はお気に入りだ。特に胸の部分が。
「ところでソラさん。」
「なんだよセクハラ姉御。」
「いいえ──これはセクハラではありません。至宝を愛でているだけ。…そして。私はあなたの姉ではない。そして。毎日欠かさすクエストを受け続けるその姿勢には感心を通り越して心底呆れると言っておきます。」
「いや照れるなそんな──」
「いいえ──ほめてません。あなたの無謀行為は目に余ると言っています。これだけ人手が不足している以上、猫の手も借りたいところですが先程述べたように街の外は今、どこも危険地帯。
よってあなたごときレベルの者が出張っていい案件は今の所ございません。避難民の世話を頼みたい所ですがスタンドプレーの権化たるあなたにそんなデリケートな仕事は任せられない…なのでお引取りを。速やかなるお引取りを。」
「もしかして心配してくれてるのか姉──」
「いいえ──心配などしていない。あいにく。全く。ただ邪魔だから帰れ。そう言っている。それからあなたの姉ではないと何度も言っている。あなたより3つも若い事実をいまだ正当に理解出来ない愚か者は去れと言っている。あと『至宝に馴れ馴れしくする下郎、お前はともかく目障りだ。だから素直に我が視界から消え失せろ今すぐ。』…そう言いたいのをとても我慢している。」
「いや全然我慢出来てないよ?」
「えっと…ヒミさん?そこまで言わなくても…」
口は悪いがこの姉御。なんだかんだやたらとソラに絡んでくる。だが他の探索者と絡む所は何故か、あまり見た事がない。
(…という事はもしかしたらこの人にとって俺は仲が良い部類…に入るのだろうか)
そんな風に思うソラなのである。相変わらず無駄にポジティブだ。
(つか、これ、見る人によったら両手に華なのかもしれない…って、おいおいおいもしかしてモテ期ってやつが来たのか?つか、人間辞めたこのタイミングでかょ)
…などと無駄な心配をしてみたり。そう、彼はポジティブなだけではない。結構なバカだった。実際そんなソラにイラついたのか、
「オイてめえ。なんでいつもストに参加しねえんだ?」「ああん?なんでだゴらぁっ」「なんでだこの野郎っ」
ソラの事を外から睨むだけでは足りなくなったらしい3人の探索者達が、統治支局内にズカズカ入ってきた。どうやら因縁を吹っ掛けているようだ。
「てめえみてえな『底辺』こそ、今が立ち上がる時なんじゃねえのか?」「ああん?違うかごらァ。」「違わねえだろこの野郎っ」
ストに興味を持たないソラが気に入らないのか。それとも美女二人に構われるソラが気に入らなかったのか。もしくはその両方なのか…いや、きっとこれは彼女らの前で脅し困らせ、ソラに恥をかかせるのが狙い…どれもそんな顔だった。それに対してソラは
(…なんだかな。)
と思うのだ。『言ってるお前らこそ状況が見えてないんじゃないか』と。
この街に危機が迫るこの時に便乗してストなどと…探索者として職務怠慢だと責められても仕方がない。実際そのせいで外にいる避難民やこの場にいる彼女達を含む周囲に、どれほどの迷惑をかけていることか。なのにこうも居丈高に人を見下し、それを当然と思っていてしかも、『人としての道理』まで説いてくる。
(まあ『スタンドプレーの権化』とまで言われる俺が思って良い事じゃないのかもしれないが……はぁ〜…まったく恐れ入る…)
このようにソラにも悪い所はあるし、それでも言いたい事はあるのだが…彼の経験上、こういう時に有効なのは
「おい姉御。クエスト受理が無理でも素材買い取りくらいは出来るよな?オーク肉とか要り用だろ?」
そう、いつものスルー。
「なん……てめえッ!」
「無視か!ゴラぁっ!」
「無視するなこの野郎っ!」
「いいえ──私はあなたの姉では以下略トニカクカエレ……と、言いたい所ですが。」
ソラに便乗する形でヒミまでがスルーした。まあ当然か。支局員である彼女が彼ら組合員達を良く思っているはずもない。
「はぁ~(溜め息)…オーク肉は助かります。あれだけの避難民を支えるなら『まずは食糧』ですから。にしても…そうですか。あなたという人はクエスト受理も挟まず、もう既に…。本当に呆れたものです。なのに文句も言わせてくれない。とても厄介です。」
「ヒミさん…お察しします…」
「なんだその連帯感─」
【いやお前も分かれよいい加減。】
ヒミが呆れ、それにラームどころか内蔵ダンジョンまでが同調する…だがそんな呑気な雰囲気は怒鳴り声により壊された。
「おいっ!!!無視してんじゃねええーーっ!」
(なんだしつこいな…ってオイっ!)
ソラに因縁を吹っかけていた探索者達の一人が激昂。どうやらこの相手にスルースキルは通用しなかったようだ。
「オレぁ、前から気に入らなかったんだ!底辺のくせに『俺は関係ねえ』って気取った──」
「お、おいゴラどうした急に──」
「何トチ狂ってんだこの野──」
「──そのツラがなぁっ!!!」
突然のブチギレに仲間も戸惑いを隠せない。あわてて制止した。にも構わず、冒険者Aは手に持つそれを怒気諸共に振り上げた。
「いやゴラお前何して──マジかっ!」
「お、おい!避けろ底辺この野郎ッ!」
「ソラさ──!」
「……………はぁ?」
ブォンッ!
暴走した探索者の怒鳴り声が響く中唸りを上げるスイング音。
その仲間達が呼びかけるは緊急避難。
ラームから洩れるは短い悲鳴。
ソラから漏れるは間抜けな声。
それぞれの反応も当然の唐突さだった。振り上げたそれは脅しではなかったのだ。というよりまったくの問答無用。
手に持っていたプラカード。武のスキルを持つ探索者特有の人外膂力で振るわれたそれは、まともに風圧の影響を受け、それでも仲間達が止める暇もないほど凄まじい速度を伴っていた。
実際、振り下ろされる過程でプラカードはベキバキと割れて圧し折れ飛んで散った。このままでは飛んでくる破片によりソラの隣にいるラームにまで被害が及ぶ。
が、ソラは簡単にその全てを回避した。トトト…とラームを抱えてなお余裕あるステップで──しかし、届く風圧で逆巻く前髪の下で…その顔は驚いていた。
「おいおいこの状況であんた……マジか。」
因みに、ソラに強く抱かれたラームの顔は真っ赤だった。体温も急速に上昇したようだ。それに伴って香り上がる柔い体臭がソラの鼻腔を直に撃ったことは…まあ余談だ。
「あう…ソラさ…」
「なんと畏れ多い…っ」
いやまあともかく。なんかアウアウ言ってるラームはともかく。それを見て青筋ビキらせるヒミもまあともかく。
理不尽に振るわれる暴力などソラにとっては日常の事で慣れていたし、今はダンジョン人間となって対処する力も得ている。なので武器でもないプラカードを振り回された所でいまさら脅威を感じることもない。
ただソラが驚いたのは、デモを警戒する大勢の統治局職員はおろか、その纏め役であるヒミの目の前で不用意に暴力を振るったその無謀に対してだ。
「「「こんな事すりゃぁ…」」」
ソラとソラに狼藉を働いた探索者の仲間BとCを含む3人が同時に見たその方向には──青筋はそのままに無言で片手を上げるヒミがいた。その合図を目ざとく察したか。
「「「オイ!お前っ!」」」
と叫びつカウンターを飛び越えやってきたのはいかつい男性支局員だ。
「何やってるっ!」
「そこを動くなっ!」
しかも大勢。殺到してやってきた。
「馬鹿ゴラぁ!だから止めたってのに…っ」
「お、俺ぁ知らねえからなこの野郎っ!」
「…ああん?」
BとCの仲間達は薄情にも逃げて行った。それなのに当の暴力男Aはソラを睨んだまま生返事。まだ理解していないようだ。自分が今、何をやったのか。
「「こっちに来いっ!」」
「…んな…っ、は、放せ!な、なんだ!てめてらっ!放せぇっ!」
…当然こうなる。案の定、その狼藉者は大勢の支局員に取り押さえられてしまった。簡単に制圧されたところを見るに、大した実力もない。それなのに、
「ぐガああ!放せっ!!放せよラァっ!殺、殺すぞっ!ぐ、う、がああああっ!」
「く…なんだコイツはっ」
「こら!じっとしろっ!」
「抵抗するなっ!くっ!」
「がああ!放せっ!放せ!放せ放せ放せ放せ放せ放せ放せよ死ねよてめえらああっ!ううあがあああああああああああああああ!!!」
騒がしく怒号が飛び交う中、カツカツとやけに響く靴音を立て近づく音…ヒミだ。彼女は言った。鳴らした靴音と同じ平坦さで。表情も平坦なままに。
「……いいえ──放しません。そして死にません。そしてオーク肉一つ寄越さず文句だけは一人前、しかもこの狼藉、その上反省もなし…馬鹿なのですか?」
おそらくは伊達であろう鋭角眼鏡がこの時、ギラリと光って見えたのは多分錯覚。しかし──
「……いいえ──それとは違う。これは…私を舐めている。そういう事なんですね。では教育しましょうきっちりと。……どうか死なないで下さいね。」
──この、皮肉を込めに込めたる凄みはきっと現実。その証拠に鉄壁の平坦さでも隠し切れなかった青筋はそのままだった。
ソラはそんなヒミの様子に背筋を寒くしながらもそれ以上に…
口端から糸引くつばを散らして憤怒し、身をよじり、多勢に無勢であるのは明白であるのに抵抗する事に我を忘れる探索者Aの姿に茫然とさせられた。おのが相棒に向け、こう呟くのがやっとだった。
「…おい…これも狂戦士化の影響なのか…?」
【ああ…このエリアがどれくらい保つのか俺にも分からねえが…いよいよもって時間がねえみたいだな…】
ソラの呟きに応える内蔵ダンジョンの言葉は、どこまでも不吉なものだったという。
エリア11区──その滅びの時は、近い。
《※愛すべき読者の皆様へ。》
まずは言わせて下さい。
いつもご愛読、誠にありがとうございます。m(_ _)m
そして。
作者には『現実世界の法に沿って在る組合や活動や発言の自由や自由競争などなど』について思うところなどは一切ございません。…という事をあらかじめご理解いただきたく思います。
今回の描写は『人として生きる上でスキルというものがどんな矛盾を生じさせるか』という作者の想像により生まれたもので、この小説内の一設定の一側面を描いたに過ぎませんので。あしからずm(_ _)m
あ。あと、この主人公は私の一部…の発露である事は認めますが。代弁者ではありませんし、理想像でもありませんので。
彼は別にバランスの取れた大人な訳でも聖人君子な訳でも勧善懲悪を目指す正義漢でもありませんし、きっとこれからもそうはなれませんし色々と足りない男です。…いや、今回書いてます通り、『結構なバカ』です(笑)でも自分なりに愛すべきバカであって欲しい。そう思いながら描いてます(笑)
そんな彼も内蔵ダンジョンという相棒とダンジョンスキルを得てしまい、人を辞めてしまい、それによって多くの人と怒涛のごとく関わる今後の過程で、少しずつ、いやもしかしたら激烈に?変容していくかもしれません。
それが成長と見られるのか堕落と見られるか…作者自身もまだまだ人間的にも技量的にも未熟者である事ですし、捉え方は人によりけりだとも思ってます。
ともかく、今後も温かい目で見守ってもらえたらと切に願う次第です。
それでは。
愛すべき読者の皆様。
どんな時代もどんな年もどんな季節も…そしてきっとこれからも。世の中は毎日毎日厳しいんでしょう。ですが。どうか。
心と身体のご健康を、
ご自愛下さい本当に。
その一助としてこの小説があったなら、例え暇つぶしでも私にとってそれは量り知れないほどに喜びなのです。
…え?あーいや(笑)
クレクレも本心ですよ?(真顔)
何の野望も承認欲求もなく、ただなろうに投稿するなんてあり得ない…そんな俗物…それが私!(グッ)
それでも読んでもらえただけで嬉しいと思うこの気持ち…これだって本心なのです。
そして……えっと。
無駄に長くなってしまってすみません(汗)
m(_ _)m作者でした。




