第16深 ジェノサイド。
それは連続して振るわれた。
透過して見えるほどに速く鋭く振るわれたそれは、ソラの隻腕。
その指先から離れた石の礫は重力や空気の抵抗という影響を確実に受けながら、それでもシュミレーション通りの射線をなぞっていった。
ヒュッ──ヒュッ──ヒュッ──ヒュッ──ヒュッ──ヒュッ──ヒュッ──ヒュッ──ヒュッ──
と規則正しく風をぶち抜く猛速の石達それぞれが追加で鳴らすは、
ゴ「ギ…っ!」チャッ!
骨と肉を破壊する音。
メ「ぎぺッ!」キョッ!
極短い断末魔。
バ「カ…っ!」ガッ!
頭部を粉砕する音。
べ「キ…ッ!」キュッ!
頸部を裂いて千切る音。
ド「ギ…ッ!」パンッ!
胸部に大穴をあける音。
過程はともかく結果は等しく。
投擲した石の数だけ死がもたらされていく。これだけで後衛のアーチャーやソーサラーのゴブリン共は全滅してしまった。
それにより突然匂い立ったであろう血臭。それに驚いたらしい中衛のコボルトが後ろを振り返れば。
ゴン!ゴ「「「ギャン! ワゴ! ヒャン! 」」」ガ!ドゴ!
その後頭部には死の礫が再飛来。あまりに早い地獄顕現。
いや、コボルトの中にも『血臭よりもこの地獄』と、本能が鳴らす危険信号に賢く従った者達がいた。いち早くソラを目指した彼らはなんとか死を免れる。そしてソラが陣地とした大樹の根に辿り着いた先からよつん這いとなって一直線、樹の幹を駆け登っていった。
憐れな事に『それこそが罠である』と気付ける者はいなかったようだ。
樹上で待ち構える者はもはや、彼らにとっては『鏖の権化』だというのに。
括り付けたロープをまた利用する。張力で身を支え、今度は樹の幹に対し垂直に(※つまりは地面に対して身体を水平に)踏ん張って立ったソラは、樹を駆け上ってくるコボルトを真正面から迎え撃つつもりのようだ。
元々培ってきた技量の高さ。それを支えてきた絶妙の身体操作…それらは隻腕となった事で致命的に損なわれたはずだった。
だがそれに【依魂】と【操力】による超常の肉体酷使と『支配領域』による超常の把握能力というダンジョン能が複数合わさった今、隻腕のハンデはもはや無となっている。それに内蔵ダンジョンでの対集団戦…あの経験も活きていたのだろう。
かくして無理なく、遠慮なく。ソラは無慈悲に死の石を降らしていく。そして被弾したコボルトからぼとぼとと地に墜ちていく。
しかしこのコボルト達の犠牲は全くの無駄という訳ではなかったようだ。ソラが道具袋に詰めていた石は遂に底をつく。
…眼下に残すコボルトはあと、3体。
それを確認したソラは短剣を抜き放った。
そしてあろうことか、我が身を吊って支えるロープを断ち切った。
さらにあろうことか、前傾姿勢(墜落姿勢?)そのままに、落下しながら樹の幹を踏んだ。
重力により否応なしに上がる速度にさらにと加速をプラスし、駆け降りていった。
いや、落ちながら、駆けて征った。
そして空中すれ違いざま──1体目のコボルトは短剣で即座に切り裂く──2体目のコボルトは失くした腕代わりに道具袋…リュックの背負い帯を利用し引っ掛ける──それにより絡め取られた首は逆さまに吊られ──頸骨を瞬時砕かれたそのコボルトを盾に3体目はやり過ご──いや、やり過ごさない。通過のち、すかさず短剣投擲──敵の後頭部にそれが突き立つ。それを確認してすぐ身を捻り──背を打つはずだった衝撃──それは首を絡め取ったコボルトの肉をクッションにして緩和する──遅れて降ってきたのは血の雨と2体のコボルト──その内の1体から忘れず短剣を抜き取り──そしてようやく、地を踏みしめる──少々血でぬかるんでいたが、踏ん張れない程ではない──踏みしめ、踏み切った──そして駆けた。駆けながら。
「あの『ブアっ』てなるやつ…頼む。」
【ああ!?くそっ…しょうがねえなぁっ】
相棒ダンジョンとの雑で短いやりとりの後、
──ブオ──
突如、ソラを中心にして異形の殺気が吹き荒れる。
【何で俺が…】
これは『ダンジョンの殺気』。装甲バスの中で若僧探索者を失禁せしめた濃度数倍のアレ。
しかし内蔵ダンジョンが苛立ち紛れに放ったこれは、技と呼ぶほどに大袈裟なものではない。
生来の頂点捕食者である彼にとってただの気質でしかなく、ステータスにも記載されていない…その程度のものだ。
だがダンジョンの眷属として生み落とされた下級種の魔物にとっては、どうか。
効果は覿面にあらわれた。逃走に邪魔と判断したのか、ゴブリンランサーやゴブリンソードマンは無様にも武器を放り投げ、逃げ出してしまった。
その場に残るはオーク12体。しかしこれは踏みとどまった訳じゃない。殺気にあてられ動けなくなっただけ。それを十分に理解しているソラは迷わず突貫。
肉の装甲で鎧われたオークの身体に点在する数少ない弱点を正確に突き、刺し、裂いていく。吹き返す血飛沫を避ける余裕さえあった。そして瞬く間。生けるオークが過半数を割った時。
オーク達がそれまで見せていた恐慌──
「「「ヴブヴォォオオォォォォオッッ!!」」
──それが突然、変質した。
これは、 狂乱。
「……やっぱ狂戦士化したか…」
【……ったくっ!…おい。いるか?援護。】
「いいや。」
突然の出来事ではあった。だが、ソラにとってこの狂戦士化は想定の範囲内であったらしい。いや、むしろ望む所だったか。
前に述べたが。狂戦士化すればその者は死を恐れず、疲れ知らずとなり、攻撃力と速度が上がる。それは確かに恐るべき効果だ。しかし、その代わりとして防御力と技量が下がってしまう。
今回それは、実際に変動したステータス値以上の顕著さで顕れた。
鈍重ではないにしろ、オークは素早いとは言えない魔物。それが多少速くなったとしてどうという事はない。
そして力が強くなったとしても同じ事だ。そもそもとしてオークというものは被弾しない事を前提として戦わなければならない。それほどの怪力だ。
しかしどれほど怪力になろうが…そう。今のソラにオークの攻撃など当たらない。
その上で狂戦士化の影響で技量が下がってしまったのだ。元々直線的で単調だった動きがさらに単調となってしまった。こうなると当たる方が難しい。
唯一の脅威としていた防御力も低下している。攻撃が通りやすくなったならそれだけ狙える箇所も増えるという事。
(しかも死を恐れないって言うんだから有り難い)
ならばと提供しやすくなった死をプレゼント。ソラはそのまま狂戦士オークを圧倒し尽くした。
その瞬間後には逃げたゴブリンを追っている。彼の仕事に妥協はない。
というか、逃げても無駄だ。支配領域内で確認した最後の反応を見れば、逃げた方角は大概知れる。それさえ分かっていれば、今のソラの能力なら殲滅など難しい作業ではなかった…。
.
.
.
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【はあ~~……】
「何だよため息なんてついて…」
【あのな…結果的に勝てたがお前…もう少しこう…なんつーか…】
「え?なんだ?何かマズかったか?」
【いやお前な。群れと戦う危険ならシャドーゴブリン戦で散々知ったはずだろ?もっと慎重に──】
「いや、ちゃんと斥候潰してからじっくり地形の有利を確保した後に遠距離潰して──あれ?結構上手くやったと思ったんだけどな…」
【……いや、もういい。】
「…?…変なやつだな…」
死地に赴くソラの、相変わらず過ぎる躊躇のなさ。それを危惧して言ったつもりの内蔵ダンジョンであったがしかし、途中でやめざるを得なかった。実際…
──スキル無し。
ソラはそう呼ばれ差別されてきた。
「才無し」と呼ばれ蔑まれ。
「最弱」と呼ばれて侮られ。
「底辺」と呼ばれ踏み躙られてきた。
他にも「愚図」とか。
もしくは「クズ」とか。
果ては「ゴミ」やら。「カス」とも。
そんなありとあらゆる侮蔑の言葉にまみれ生きてきたソラであった。
だがここにはもう、そう呼んでいい存在は、無い。
数十単位の魔物の群れだったのだ。それが抵抗らしい抵抗も出来ずに屠られた。こんな結果を見せつけられて、文句など言えるはずもない。
…そう、ソラは変わったのだ。
虐げられ、踏み躙られる側から。
──蹂躪する側へと。
実のところ内蔵ダンジョンは我知らずとソラの精神性に変容はないか…それを危惧したのだが……気付かないまま口をつぐむ。それに──
《【依魂】のスキルレベルが3に上がりました。》
《【操力】のスキルレベルが4に上がりました。》
──これらダンジョンスキルは自分が授けた力。このようにして着実に伸ばしてきている。きっと心配する事など、ないはずだ……そう自身に言い聞かせていた。
その一方のソラだが。彼には表面上、変容なんて見られない。
「……うーん…これって明らかな異常事態なんだよなー」
【んあ?】
「あ…いや。コレはさすがに支局に報告しないと…」
【あ?なんだと?】
「あー、それにだ。別の群れがまた現れないとも限らないし…」
【ふーん…それで?】
「いや、この先には居住区があってだな…」
【だから、なんだよ?】
「いや、えっと…住人達を避難させないといけなくて…あの、だから今日予定してた特訓は………無しって事に…」
【あああん!?】
(ほらこれだ。やっぱ怒った──)
【チ…ッ】
(──ほら舌打ちっ)
【……でもまあ、しょうがねえか。】
「ええ?」
【ああ?なんだよ】
「いや、えらくあっさりと引き下がるな?俺はてっきりまた怒鳴られるもんだと…」
【あー。まあ…オークが狂戦士化した場面もあったが。この魔物の連携自体は…まあ、『俺達が今やらなきゃならない事』とは直接関係はなさそうだったしな。
…かと言ってお前はどうせこれを放置なんて出来ないんだろう?なら、俺達が出張らなくていいようにさっさとその報告とやらをして他の連中に丸投げしちまった方が、のちのち面倒がなくていい。
…とにかく。せっかく倒したんだ。殺した魔物は全部吸収しとけよ?】
「お、おう。(なんなんだこの物分りの良さ…逆にやりにくいぞ)」
……このように。実に締まらない。変容した部分?蹂躪した側とは思えない威厳のなさだ。
実はそんなソラを見て少し安堵していた内蔵ダンジョンであったが…それには言われたソラも、言った内蔵ダンジョン自身も気付いてはいなかった。
========ステータス==========
種族名 ダンジョン人間(界命体)
個体名 ソラ / 内蔵ダンジョン
界 位 1
段 界 基礎段界
魂 力 328/928
領 力 900/1900
物理性能 306
力 D 守 ? 速 D 技 D
領力性能 351
力 H 守 B 速 G 技 E
《ダンジョンスキル》
【内蔵Lvー】
【吸収Lv8】
【依魂Lv2→3】
【操力Lv3→4】
【階層構築Lv1】
《界命戦術》
『陥穽』
===========================
・
・
・
ソラは道具袋に入るだけのオーク肉を確保し、それぞれの魔物から討伐証明をもぎり取った後、残り全てを【吸収】した。領力に変換するためだ。
しかしそれは満タンにまでは届かなかった。
『界命戦術』も結局使えるようにならなかった。
しかしその前段階として必要となる『支配領域の展開』にも、領力は必要とされるのだ。【依魂】と【操力】で肉体を酷使するあの戦闘法でもそうだ。ダンジョンの端くれである以上、あらゆる場面で領力は消費されてしまう。なので…
あれ程の数を倒し、吸収したソラであつたが、領力の収支は結局、ギリギリ満足のいくプラス…にとどまった。
「…やっぱ最底でもオーガぐらいの強敵が相手じゃないと、領力の効率は良くないみたいだな」
【ああ。そうだな…】
かと言って今はガッカリする暇もない。諸々の作業を手早く完了させたソラ達は最寄りの居住区へと向かうのであった。
・
・
・
が、しかし。
【おい…もぬけの殻だぞ】
「そう…みたいだな…」
居住区には誰もいなかった。
家屋の中を覗けば散らかってはいたが魔物に襲われた後…という感じはしない。争った形跡も血痕もなかった。
その代わり、道を見てみれば新しい足跡が多数。それは居住区の出入口まで続いていて…。どうやら住人全員で揃って大移動をした後のようだった。
(ちゃんと界命戦術の特訓もしときたかったし、領力も満タンまでチャージしたかったんだけど…)
これで、それよりも優先する事ができてしまった。
支局へ異常事態を報告しなくてはならない事。…なのだが。人命に関わるほど優先度が高くなるのは当然の事で。
つまりこの場合、安否不明となったこの居住区の住人達の行方を探り、発見次第避難勧告…いや、避難誘導する事までが最優先事項となる。報告を頼める相手がいたならまだ良かったが、生憎とソラはソロの探索者であった。
(く…そうなるとその後で支局への報告もしなくちゃならなくて…特訓はそのさらに後…)どんどんと予定が狂っていく。こうなると…
【チ…ッ!何だか面倒な展開になってきやがったなぁ…ッ!ええっ?】
(…結局怒るわけね。)
苛立つ内蔵ダンジョン。
気を遣うソラ。
しかし、それでも決断するしかない。
「こうなったらしょうがないよな…。するか捜索。」
【チィィィィィィ…ッ!】
…かくして。
予定の全てと
後ろ髪引かれる気持ちと
内蔵ダンジョンのわざとらしくも盛大な舌打ち。
その全てをソラはうっちゃった。
保護し、避難させるべく、行方不明となった住人達を探し出す事にしたのである。
《クレクレ劇場。》
内蔵【はあ~~……】
ソラ「何だよため息なんてついて…」
内蔵【あのな…毎回見てて思うんだがお前…もう少しこう…なんつーか…】
ソラ「え?なんだ?何かマズかったか?」
内蔵【いやお前な。クレクレする危険なら他所様の作品読んで散々知ったはずだろ?もっと慎重に──】
ソラ「いや、一旦作者を貶しておいて状況を整えた後にいやらしくもそれとなくクレクレして──あれ?結構上手くやってたと思ったんだけどな…」
内蔵【……いや、もういい。】
ソラ「…?…変なやつだな…」
クレクレ劇場に赴くソラの、相変わらず過ぎる躊躇のなさ。それを危惧して言ったつもりの内蔵ダンジョンであったがしかし、途中で諦めざるを得なかった。
内蔵【(重症だこりゃ…)】




